出現
大気圏の振動をこえた先は、そこには赤い海と共にひろがる、赤色をした大地などが広がっているのだ。そしてマーブルたちの乗る船が歩を進めていくと、やがて船窓のなかに忍び寄ってくる陽射しは随分と強めのようだ。
「……ふーん。此処も、ちょうど、夏、って感じねー」
そしてマーブルが、モニター画面を確かめていると、
「……なんか、すっげー昔のさ、火星の映像とかで、こんなんなかったっけ?」
「ねー。でも、一応、適温よ。こんなんだけど、地球タイプみたい」
「へぇー」
学友同士の会話は続き、宇宙船は上空を進む。
運転を続けつつ、マーブルは、ふと、船窓の外を見下ろしてみた。そこには、ただただ荒涼といっていい世界が広がっている。彼女たちにしてみれば、石器時代ともいっていい頃の、太陽系開拓時の火星の光景などをまさしく目の前でみさせられているような感覚だ。
(ふーん。こんなところもあるのねー)
常に最新情報が反映されるはずの、オタカラコーポレーション産の宇宙船のモニターにもかからない星があるのも珍しい、と、マーブルは眺めていたのだが、そんな大地に僅かな影の形があるようにも気づくと、
(……ん? 人?)
に、しても巨大すぎる、などと、とりあえず更に映し出そうともしたのだが、
『マ……ママ……』
船内には、テトの声が響き、その声はすっかりしゅんとしている。
「なーにー?」
さすがに、ついさっきあったばかりのことなので、返すマーブルの声はいつものようにおだやかではない。
『ガウア……ヤッパ、オコッテル……?』
「そりゃ、そうよー。こんな遠いとこまで来ちゃってさー」
『ガウ……ゴメンナサイ……』
ただ、素直に謝れる心を持てた、というだけでもよしとしていいかもしれない。それでも、下手すれば大事故に繋がったかもしれない案件を考えると、
「とりあえず、テトは運転禁止ーっ」
『ガウ……』
鼻でひとつため息をついたマーブルはお沙汰を言い渡し、きっと船底では、いじけたペットのような人造人間の表情などがあるのだろう。
「まあまあ、少年も反省してるんだしさー」
そこへヘラヘラとした黒いセーラー服の友が仲裁に入ったところで、マーブルは、もう一度、鼻息をスンと吹くと、
「……ともかく、街に降りて、いろいろ補給するわよ。そろそろだわ」
進む船の先は、そこで、ようやく鬱蒼とした森をたたえた山並みが唐突に現れ、沖の果ては赤いものの、なぜか周辺だけは青い海で、それに向かって広がる人工的な建造物の群れも確認できると、
「おー。人、住んでるー。よかったじゃーん」
などと、マガネは喜んだものの、「そうね」と、一応は返しつつのマーブルであったが、なにか、妙な違和感があることは、幼い頃から様々な人工物に触れあってきたからこその、培った勘のようなものであったかもしれない。
とりあえず、彼女たちの乗る船が、青い空の下の公道に着陸したのは、そこが人っ子一人いない無人地帯の街並みばかりが広がっているからだった。
「……たく、駐宇宙船場、どこよー」
「やー。ほんとだー。夏だー。あっちいねー」
そして、ハッチからは思い思いに乙女たちが現れ、周囲を見渡せば、そこは、ちょっとした商店街のようなのだが、やはり人の姿はない。また、テトを船外に排出させつつも、先刻から、二人の鼓膜に響いてくるのは、街全体に轟くようにしている、中低音から高音へと伸びる、ある一定の音階だ。
「……なんかのアラートみたいねー」
「てか、マーブルー、蝉みたいな鳴き声するよー。てか、蝉じゃね?」
その瞬間までは、彼女たちは気ままな観光気分でいたのだ。ただ、道沿いに連なる電線からは白い鳩の群れが、パッと空に飛び立ったとき、今日日、電柱も珍しいなんてこともよぎったのも束の間、「マーブル……」という、誰かもわからぬ声に「ふぇ?」と振り向いた刹那、青い瞳に映ったのは、どこまでも不思議な虹色の様な光沢でほのかに彩られた何もない空間で、なんと、その中にて、マーブルは浮遊するように浮かんでいるではないか。
「え、ええええ?!」
何も知らない乙女が、途端な出来事に慌てふためいたことは言うまでもない。
ただ、乙女が溺れるようにしていると、
「マーブル……」
そして、もう一度、自らの名を言う者があるのだから仰ぐと、そこには、巨大な、光り輝くクリスタルが存在していたのだ。
「え、ええええ?!」
わけも分からぬ只中で、マーブルは、更にじたばたするしかなかった、が、
「恐れないで……マーブル。なにも心配することはありません」
「…………」
穏やかな声は、まるで穏やかな海のさざ波だ。すると不思議と一切の焦りをやめ、漂うままに、クリスタルを仰ぐマーブルの姿があった。
クリスタルは、そんな乙女をじっと見下ろすようにしていただろうか。ただ、やがて、口を開くようにすると、
「マーブル。とうとう、あなたは、この地にまでたどり着くことができました。私はそれを祝います……」
「は、はあ」
「そして、今、あなたは、自らの光とともに、闇をもたずさえ、其処にいる。これは真理において、とても素晴らしいことなのです」
「…………?」
「……まだ、今は、安寧と調和が寄り添う刻。私が語ることもないでしょう。ただ、今、あなたは、永く停滞してきた生命の向こう側に、新しい時代を築こうと足を踏み入れている。全ては導きです。私は、その時がきた時、あなたが、その全てを受け入れることを望みます」
「へ……?」
「……受け入れるのです。光と闇、受け継ぎし者よ……」
「…………?!」
そして、全ての世界は一際に白く光り、マーブルが我に返ったようにすると、
「……ガウア?」
「……なんだ? 今の」
すぐ側では、なにかに突然の出来事に首をかしげてみせたりしている、旅の仲間たちの姿がある。
今、起きた突然の白昼夢がよぎれば、マーブルは、思わず彼らに話しかけようともした、その時だった。
降り立った街の向こう側に広がる山々からは、ズシーン……ズシーン……という重い響きがいよいよ迫ってきたと思うと、なにかに向けてレーザービームを発射し、後退し続ける軍用機の群れなどが現れ、そうかと思うと、それらは、あっという間に、光る一閃で反撃、圧倒され、とうとう現れた、巨大な物体の「なにか」にマーブルたちが驚くや否や、軍用機の群れの一部が、乙女たちのすぐ近くに墜落すれば、
「うわっ」
「きゃっ!」
と、思わず、爆風に目も背けてしまうと、マーブルの白昼夢の記憶も吹っ飛ぶというものだった。
だが、そんな彼女たちの目の前に大の字を作って守らんと、すかさず立ちはだかった者の姿があるのである。
「テト……!」
そして、その者の名を、発明者が呼ぶと、人造人間は振り向き、
「ママ……アレ、ウチュウセイブツ、カ?」
「えっ?」
彼の指さす方向には、ほぼ黒一色をした人のような姿ではあるが、その巨大さは圧倒的であり、体のなかにめり込んだ、首のない顔のような箇所は、ドクロのようにして不気味に佇んでいる、といった物体が、軍用機たちの迎撃をもろともせずに、一歩一歩を進めているといった具合なのである。
「そ、そうねー。に、しても、でかいわねー」
「……ミンナ、困ッテル」
「うん。きっと、この星の害獣なんじゃないかなー」
「マーブル、困ッテル人ヲ、助ケナサイ、言ッタ」
「そうねー。よくおぼえてるじゃない」
「ダカラ、オレ、イッテクル……宇宙船ノ、反省……!」
「えっ? ちょっ?!」
ただ、マーブルが驚き、なにか言おうとした頃には、テトは人間離れした速力で、巨大生物に向けて駆け出していってしまったのだ。
「テトー!」
「私、あいつのああいう男気なとこ、嫌いじゃないよー」
と、やりとりの一部始終を見ていたマガネが口笛のひとつも吹いたのだが、マーブルとしては、ハラハラせずにはいられない。つい、でた一言といえば、
「だ、だから、あの子は、兵器じゃないんだってば!」
などと、心配げに見送るだけだ。
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