ファーラウェイ・ファーラウェイ
マーブルたちの乗る宇宙船に、再び舵の自由も戻ったのは、フィオナのいたコロニー星系から随分と離れた宇宙空間の只中だった。そして、コックピット席では機器の調子も確かめつつ、とりあえず、ハンドルをマーブルは握ったが、すぐ隣では、幼馴染が「バイバーイ……」などと、ぼそりと呟いている。
それを横目で眺めつつ、もはや、マーブルもなにも言うことはしなかったものの、
「……で、こっからどこいこっかな~」
と、ひとりごとをしたのだが、それに反応したマガネはクルリと横を振り向くと、
「ねっ! もっと、遠く、遠ーくまで、いこうよっ!」
などと無邪気に言ってくれるではないか。
マーブルとしては、流石にピクリとして眉をひそめたくなるというものだ。
「あんたねー。簡単に言ってくれるじゃなーい」
「いやいやいや~、マーブルの腕に船もあればどこまでもいけるっしょ」
「なに言ってんのよー。まあ、多少はオーバーしてもいいかもだけど、これでも、夏休み終わるまでのこと、考えて、こっちは計画たてようとしてんのよー」
そして、黒いセーラー服の友の自由さには、すっかり呆れてしまう。それも毎度のことだ。
ただ、マーブルにヘラヘラと笑いかけていたマガネは、ふと、真顔に戻ると、視線を伏せ、「……夏休みなんて、終わらなきゃいいんだよ」などと、ボソリと呟いたのだが、
「んー? なんか言った?」
「……いやいやいやー、なんでもなーい。あー、てかさ、この船、ハイパーワープってやつ、できんだよね?」
「まーねー。テオがいればねー」
「少年じゃ、無理なの?」
「いや……できなくは、ない、けどー」
『ハイパーッテ、ナンダ?!』
また、要らぬところで、人造人間には興味を与えてしまったようだ。それには苦笑しつつ、友の指摘に、つい、興味すらもたげてしまうのは、制作者という研究者である上に、少女がまだまだ幼いからでもあるかもしれない。そんな青い瞳がクルリと回るところをマガネは見逃さなかった。
「ねーねー! やってみようよーっ。いつだったか、一度、見せてもらったことあったけど、うちら、いって、太陽系か、その周辺くらいだったじゃん! こんな機会だしさーっ」
「んー……」
そして、天才少女のおだて方も、マガネならすっかり熟知しているというものである。口では唸りつつも、天才頭脳は悩むということをあまりしない。
「……そうね! これもテストタイプにはいい機会かもっ。よしっ。テトー、先ずは、ワープ専用データとか、あんたの脳のなかに直接送付してみるわねー」
『ガウッ』
「……えっ、脳のなかに送れるの?」
「あたりまえでしょー」
なにが飛び出すかもわからない天才の作り出すトンデモ設定には、毎度、マガネも驚かされるが、マーブルはさも当然といったふうな手つきで、コックピット周囲の機器を動かしはじめる。と、テトは、途端に、『ホントニ、宇宙、デッカイナア……!』などと興奮しはじめた。
時に、「少年」などとも呼ばれる者には、いったいどんなふうに映っているのだろう。一応、マガネの目の前にも銀河系の図などが映し出されたが、専門的なデータもあちこちに点滅すれば、全くちんぷんかんぷんだ。そして、作業を進めつつ、「……よーし。じゃあ、ハイパーに使うパワー、注入するわよー」と、マーブルが言った途端、『ガウォォォォォォ……!』と、テトは更に興奮したようにすると、船内の計器などの照明はあちこちで点滅を繰り返し、船室自体も揺れ始めるではないか。
「……うわっちゃっ」
「ちょっと! こ、こらっ! テト?! 落ち着いて!」
『ガウォォォォ! チカラガ、ミナギル……!』
乙女たちが戸惑い、抑えようとするなか、振動は止まらない。そして、
「テ、テト?! 先ずは、航行間の表示をよく見て! 星のデータもよく見て! こ、こら、勝手に起動させるなっ!」
マーブルがなんとかしようとするなか、船内には、いつかマガネも聞いたことのあるような起動の音が鳴り響きはじめてる気がする。
「……まさか、暴走……?! テト、主導をこっちに返してっ! くっ……こうなったらー!」
そして、素人のマガネが口もポカンとするなか、友の横顔は、荒れる船内になにかしらの処置を施そうともしたのだが、
『宇宙ガ……ミナギル……!!』
まるで、テトは、恍惚としたかのような声音を吐いた途端、船窓の外の星々は全てが光の群れとなり、
「きゃっ」
「うわっ」
乙女たちが各自座ったままに、そのまぶしさに思わず瞳も瞑ってしまえば、その最中を、『ガウォォォォォォォォ!』などという咆哮のみが響き渡るというものだった。
それは一瞬の刹那であったかもしれない。ただ、ものすごい勢いで星々の隙間をぬっていくひとときは途方もなく長い時間でもあるようで、
――死んだかな。
少なくともマガネにはその光の世界のなかでそう思った。また、
(……それならそれで、いっかな。とっとと生まれ変わりたかったし)
などと、よぎれば、フッと笑みたくもなったころ、なにやら、聞き慣れぬアラームが船内には響くなか、『ゼェ……ゼェ……』などというテトの荒い息遣いが聞こえてくるではないか。
「つつ……」などと、マーブルはコックピットではひっくり返るようにしてたが、やがて、状態を改めると、
「こーの! すっとこどっこい! あんたが銀河中、走り回ってる最中に事故起きたらどうすんじゃ! ここ、宇宙なのよ⁈」
先ずは雷の一発でも落とさずにはいられないというものだろう。それには我に返ったテトが、『ガヒッ……ゴメンナサイ……』などと答えていたものの、
「あーあーあーあー! 太陽系からこんなに離れてるじゃなーい!」
「えっ、いまどこ?」
「エリアの端っこー! もう第二エリアのほうが近いくらいよーっ」
そして、呆然とするマガネに対しては、モニター画面にうつる銀河系を指さしながらわかりやすくマーブルは説明すると、マガネとしては思わず、「……そりゃ、よかった」などとニヤリとしてしまったのだが、
「よくないわよー。ほっとんど、エンジン空っぽだしーっ」
「え、まじ?!」
「まじよー。てか、此処、どこよー。星図でてこないんだけど……あ、けど、目の前の星に、街? が、あるわ。うん……とりあえず、此処に降りるしかないわね」
こうして、宇宙空間にただただ漂う恐怖から逃げるようにして、マーブルは、赤い海が広がる、眼前の星に向け、アクセルを踏むのだった。
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