薄氷の崩壊

 寝耳に水なのはマーブルだ。


「ふぇ……はあ……?」

「てか、此処いてもさー。ほとんどどこにもいけないじゃーん。少年の情操教育のためにもさー。部屋にこもりっきりってのは、よくないと思うんだな。私は!」

「はあ?」

「やー。やっぱ、年齢差って、壁あるねーっ。こりゃ、またひとつ、いい経験したわー」

「え?」

「もう二度と、この星系に立ち入らないってことで、もう、航行も確保してくれてんだっ。さあ、支度ー! 支度ー! ほら、いこーっ! いますぐいこーっ!」

「ちょ、はあ?!」


 すっかりグニャグニャと陽気に怪しい挙動のマガネはいつも通りといったところだが、意識がはっきりしていくにつれて、その急展開にはマーブルがついていけない。だが、構わずに、マガネは、カプセル状のものに横たわるテトの姿などを見下ろせば、「少年の再起動、どうやんのー?」などと聞いてくる。

「ちょっと、勝手に触んないで!」

 慌てて飛び起きたのはマーブルである。そして、未だに事態の把握に追いついていなければ、


「ちょっと、どういうことなのよ?!」

「そういうことだよ~」

 マーブルの問いに、マガネはいつものようなのらりくらりだ。


「はあ?」


 そして、思わず、自動ドアを開けると、マーブルはフィオナのいる寝室の方へ向かおうとすれば、既に、その通路にはマガネの旅支度が一式置かれていたりする。


「えー?」


 全く意味がわからない。とりあえず寝室に向かえば、ベッドの上には、最近のいつも通りといっていい全裸のフィオナの姿がある。


 そして思わず、その姿に声をかけようとしたのだが、フィオナは俯いていて、小刻みに震えている姿は、まるでものすごい悲しみをこらえているかのような圧すらあると、流石にマーブルも躊躇いが生まれてしまった。


「恋人ってのはね~。二人にしかわからないこともあるってもんなんだー……」

「…………!!」


 そして、気づかぬうちに背後にいた友の声に、マーブルが驚いて振り向くと、

「聞くのは、野暮、ってもんだよっ」


 暗闇のなか、黒いセーラー服がペロリと舌をだしておどける姿は、まるで妖怪めいていた。


「まったく~。わたしとしては、もっと、テトには自然睡眠させてあげたいのよ~」

 小言を言いつつ、人造人間の横たわるカプセルにて、操作をするマーブルはすっかり着替えを終えていて、やがて、「ガウ……ア?!」と、寝ぼけまなこに面頬に眼が宿ると、


「おはよー。ごめんねー。テト、無理矢理起こしてー」

「やーやー! 少年、次の星にレッツゴー! するぞ! 楽しみだな!」

「ガウ……ホシ! ツギモオモシロイ、カ?!」

「おもしろい! おもしろい!」

「……ったく」


 単純なテトに、マガネが合わせるようにするのを、マーブルは呆れ顔でため息をついた。やがて、部屋をでれば、青い瞳は、ふと、改めて、奥まった寝室に視線を送ったものの、途端にマガネはそんなマーブルの肩を組むようにすると、


「そっとしといてやんなよ~……うちらの問題なんだしさ~」


 などと、突然の下宿先となった、その出入り口の自動ドアに誘おうとする。


 玄関をでれば、一人の武装警官が立っていて、「……ついてこい」などと日本語で促すのであった。


 警察施設のなかを連行され、やがて、宇宙船の出向ゲートには、マーブルたちの宇宙船がスタンバイされていて、時間調整としてある人工の空は、夜明けをつげるように、白んだ先に、船の行き交う宇宙空間が重なるようにして有った。


 こうして、またもや、ドタバタした旅の再開、となってしまったのだが、特殊開発星系なる領内の外にでるまでは、完全に航行の主導もAIプログラムに支配されるという念入りの前に、やることもないマーブルはコックピット席で、大あくびをすると、


「……あんた、ちょっと、激しくしすぎたんじゃないの~?」

「え? なんのこと?」

 すると、助手席のマガネはしれーっと逆に訪ねてくるではないか。


「ほ、ほら、フィオナさんに、手錠、とか? 蝋燭、とか、そ、その、使ってさ~……」

「ん? SMしたこと?」

「はっきり言わんでいいっ!」


 途端に顔を真っ赤にマーブルが猛抗議すれば、そういうときに限って、『エスエムッテ、ナンダ?』などとテトが訪ねてくるのだから、今度、マーブルは、「あんたにはまだはやーい!」と、尚、真っ赤に制しなければならなかったが、コホンとひとつ、咳払いをすると、


「ま、まあ、わたしは、お互い、好き合ってたんなら、それもいい、とは思うわよ? に、したって~……ちょっと、わたしもびっくりしちゃったし~。まあ、理由、聞くのも確かに野暮だけどさー、フラれちゃったって、言うならさー……」


 ある意味、友人として、思いも言葉も選びつつ、マーブルは青い瞳をクルリとしたのだが、フンッと鼻で笑ったようにしたのはマガネで、舌すらペロリとだすと、


「あー、あれねー。嘘っ」

「……はあ?!」

「……てか、半分、本当っ」

「……なっ?」

「フィオナお姉さまと全部終わりになったのは、本当だよ~」

「…………」


 ただ、最終的に言い切られてしまえば、八の字眉にマーブルはならざるをえない。気づけば、船内には、テトのいびきなどが響き渡っていて、マガネはいつしかのように船窓の宇宙空間に対して遠い目をし、


「……実際、好きな男が、目の前にいるってのも、はじめてだったかも」

「えっ?」

 やがてボソリとマガネは呟くとマーブルには検討もつかなかったが、

「ほら、レストランで、会った、ロイドとかいうやつ……」

「あー! あの人、イケメンだったわねーっ」

「……フィオナお姉さま、あのヤローのことが、好きなんだよ」

「え、えっ?!」

「花嫁修業とかもぜーんぶ、あいつのためさー……私にはわかんだよね……」


 そうして、黒いセーラー服は肩をすくめると、ため息をつきニヒルに笑ったが、途端に瞬きをマーブルは繰り返すと、


「た、確かに、素敵な人だったけど! フィオナさん、あんなにあんたに尽くしてたじゃなーい。なにを……」


 例えそうだとしても、目の前で、二人のラブラブっぷりを見ていれば、なにも別れることはないだろうと、友なら誰もが思うだろう。ただ、うんうんと頷くようにしながらのマガネは、マーブルの小言には黒手袋でもって制するようにすると、


「……ちょっと、あそこだと、地球……日本からもまだまだ近いと思ったしさー」

「はあ?」

「ともかく、これで終わりーっ。これもまた青春の一ページさっ」

「……もうっ」


 ただ、八の字眉ににして呆れるマーブルにはヘラヘラと返しつつも、ふと、黒手袋で顔を隠した指先のなかでは、「せいぜい、私と、男の間で悩むがいいさ……」などと、マガネはニヤリと不気味に笑みを浮かべたのだが、


「んー? なんか言ったー?」

「んーんー。なんにもーっ」

 丁度、またもやあくびをしたマーブルなどが、訪ねると、マガネは愛想よくしらばっくれるのだった。

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