崩壊寸前
すっかりマガネが不機嫌と化しているとマーブルが気づいたのは、イケメンの余韻とともに絶品の中華にも満足して帰宅した、フィオナの自宅の玄関先の自動ドアが開いて早々、
「フィオナお姉さま、今すぐ、脱いで」
などと、睨み付けるように、銀色のチャイナドレス姿を見上げる友の横顔を目にしたからだった。
そして、「はあ? ちょ、ちょい……」と、マーブルは、変容に対し、一言いいかけようともしたのだが、
「……わかったわ」
と、実は、夕餉のひとときに、マーブルがテトと浮かれているなか、終始その変化に気づいていたフィオナは自らの着用に迷いもなく手をかけようとするではないか。
「ちょ、ちょっと、フィオナさんもー!」
「……マーブルは黙ってな。これは、私と、フィオナお姉さまの問題にゃ」
慌てるマーブルに、押し殺したようにして答えるマガネの横顔は、フィオナを睨んだままに、尚、厳しい。
ただ、マガネの睨みを前に、目を泳がしてはいるものの、フィオナの手の動きはスムーズなものだ。ただでさえ、普段着に比べても露出の多いチャイナドレスである。このままではあっという間に全裸にもなりそうだ。これには流石にマーブルも黙っていられない。
「ちょっとー、二人とも、どうしたっていうのよーっ」
「だから、マーブルは黙ってな」
「黙ってらんないわよーっ! テトもいるのよーっ!」
そして、友の一言を聞き、ただただ、ポカンとしてやりとりを眺める巨人の姿に、マガネは視線を送ると、チッと思いっきり舌打ちなどをし、
「……なら、とっとと、寝かしつけてよ……!」
などと吐き捨てるようにすれば、部屋の奥へと引っ込んでいこうとするではないか。
親友とはいえ、自らの作品にそんな態度をとられれば、マーブルだってムッとする。
「ちょっと! マガネ?!」
「マーブル……」
そして、尚の追及をしてやらんと、その背を追いかけんとした刹那、クールビューティの声が名を呼べば、思わずマーブルも振り向く。
少しはだけたチャイナドレス姿のフィオナは、自らの妹のような年齢差の去った後を、切なげにも見送ったりしつつも、
「……私が、悪いの」
「だから、なにがー?」
「……お願い。マガネのいうこと、聞いてあげて。彼、いつでも眠れるんでしょ?」
言われれば、テトの就寝時間といってもいい頃合ではある。
「……ったく、二人とも、どうしたっていうのよー。テトー、おいでー」
「ガウー」
ただ、恋人の事情には疎いマーブルにとっては、首をかしげることばかりであった。
とりあえずマーブルたちが部屋に移動しようとしていると、既に、奥まった方からは、チュパチュパとした、マガネであろうリップノイズに、「んっ! はあ」というフィオナの呼応が響いている。そして、「お、お願い……シャワー、浴びさせて……!」などという、それはフィオナの乙女心であろうが、まるで哀願であるかのような口調に、マーブルは目を丸くしたくなったが、同じく音のする方に立ち尽くそうとしてしまっているテトに気づけば、
「はーい。寝るわよー」
と、打ち消すようにして、移動を急がせるのだった。
マーブルが、「マガネ、フィオナ、スキスキダ!」と、すっかり興味津々と興奮してしまっているテトを、なんとかなだめすかしながらも専用ベッドに括り付け、「強制睡眠」の処置をほどこす頃には、ボイラー音もかすかにしていたかもしれない。ただ、程なくして喜悦の声となれば、ベッドの上に腰かけたマーブルもため息のひとつもつきたくなるというものだった。
ただ、ふと、
「……わたしも、お風呂、入りたいな」
と、ひとりごとのように言ってしまうと、マーブルだって乙女である。そして、ソロリソロリと自動ドアを開ければ、マガネの搾取の音はいつにも増して激しく、反応するフィオナは絶叫にすら近かった。
(きゃ~……)
とりあえず何度聞いても顔を真っ赤にするしかないマーブルであったが、それでもバスルームにそっと向かう最中、喜悦に紛れるように悲鳴にも似たフィオナの声が、合間、合間に、「許して……! 許して……!」と口ずさんでくるのには、聞き慣れないそれに、青い瞳も瞬きをし、しばし、二人のいる部屋の方を見、立ち止まったのである。
なんとなく重苦しいひとときはこうしてはじまった。マガネは、まるでへそを曲げたようにして、一日のほとんどを、寝室からでてこようとしなくなり、部屋の光を背にしたマーブルが、なにをどう言おうと、幼馴染は、闇のなか、携帯端末の画面を不機嫌そうにいじったりしているのみであった。
そして、フィオナの帰宅後は、アスナの頃と同じような、聞き慣れた喜悦の声のみならばいざしらず、ときにそれは、ただならぬ悲鳴にも聞こえれば、ピクリとしたしわ寄せとともに、とうとう、マーブルも、ただただベッドに横になっているわけにもいかず、自動ドアを開け、二人のもとにそっと近づいて、ゴクリと唾をのみこみつつも、覗き込んでしまえば、ベッドの上では、乙女の全裸のすぐそばには黒いセーラー服といういつもの光景ながら、後ろ手に手錠で結ばれたフィオナの四つに這った姿に対し、妖しい笑顔を煌々と向けるマガネの表情は、自らが手にし蝋燭の灯りなどで照らされているではないか。
「ちょ、ちょっと! なにやってんのよ!」
あまりの異様さには、思わずマーブルも黙っていられなくなっていた。
「……あー、やっほー。マーブルー」
思わず一歩踏み出してしまったことにマーブルはためらってしまっていたが、幼馴染はどこまでも無表情である。と、拍子に、黒手袋のなかにある蝋燭はポタリと落ち、「ああ!」と、フィオナはビクリと悲鳴をあげる。
「フィオナさん?! ちょ、ちょっと、マガネ?! あんた、これじゃあ、火傷させちゃうじゃない!」
マーブルの追及に、「……っさいなあ」と呟きつつ舌打ちしたのはマガネである。そして、
「……マ、マーブル、い、いいのよ。これは全て合意の上……二人にさせて」
「えっ?! で、でも……!!」
自由を奪われながらぎこちなく振り向こうとするフィオナの声音は泣き顔であり、それなら、尚更、マーブルも食い下がろうとしたのだが、
「そういうことー。ったく、覗きなんて、趣味悪いよー。ほーら、いったいったー」
「で、でも……!!」
闇のなかの幼馴染は、いつになくぞんざいにマーブルを追い払おうとする。ただ、そのただならぬ光景に納得いかなかったのはマーブルであった。が、いよいよ「お願い……二人に……」と、フィオナがか細く口にすれば、
「もーう、全く理解不能ーっ!」
と、とうとう捨て台詞のようにして、マーブルは背を向けるしかなかったのである。
だが、部屋に戻り改めてみれば、マーブルも年頃である。ネットなどで、その類の情報のことを目にしたこともあった気がする。女同士でないにせよ、「どんな、なんだろ……」などと眠れるテトの横顔を眺めれば、漏れ聞こえるフィオナの悲鳴も多少は腑に落ちてしまい、すっかりそんななかでも夢の世界に旅発つことができるようになった矢先のある夜、ちょいちょいと、寝巻を指先で押す感覚にマーブルが気づけば、そこにはマガネが立っているではないか。
「……ふぇ?」
正に寝ぼけまなこであったマーブルであったが、マガネは、相変わらずどこかブスッとしたままに、
「フィオナお姉さまに、フラれちったー。てなわけでー、このコロニーでようぜーい」
と、言葉には節などつけて、まるで冗談でもあるかのように言ってのけるのだ。
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