夜の裏側で

 どこまでも街が続くような世界のなかは、天空を青空状に覆っていたものが取り払われると、各所で宇宙船が行き交う星々などを映し出していて、都市の光景もあちこちにネオンが煌めいていれば、それは、夜であることを物語っていた。


「ガウォォォ……!」


 ライトが街路を照らすオープンカーとなっている車輪なき車体の後部座席にて、人造人間は思いっきり伸びをするようにして咆哮をあげる。思えば人造人間の乗り物の経験は、未だ宇宙船のみである。新鮮を楽しむ、そんな姿に、「ふふっ」と微笑むマーブルなどは軽くジャンパーを羽織っていて、

「マガネ、寒くない?」

 と、ロングコートを着込みながらも、ハンドルを握り、アクセルにある足元は生足にヒールも色っぽいフィオナは、助手席にいる愛しいパートナーを気遣う。


 ただ、マガネがいつもの格好ながら、「ぜーんぜんっ! 無問題ー!」と明るく答えると、フィオナは少し口の端に笑みを浮かべ、


「私たち、香港系が融資しているから、時間の問題なのだけど、このコロニーは、まだ、気温システムが、うまく行き届いていないの」

「へぇー。言われてみれば、香港って感じかも……」

「フィオナさん、香港出身だったんだー」

「コンコン、ッテ、ナンダ?」


 まるで広大な夜のチャイナタウンといった雰囲気だったが、そう言われれば、そう見えてくるのだから、認識なんてものはそんなものだ。車内では、久々の外出に羽根をのばすような会話がひろがっていく。


 マーブルが自分の携帯端末を取り出し、地球のホログラムなどを映し出しながら、テトに、隣国の都市などを指さし、教えていると、


「許可がおりたといっても、あまり見せられるところもないのだけれど……とりあえず、五つ星の中華レストランを予約しといたわ。今夜はごちそうするわよ」

「おー! いいねー! テト、ご飯よ! ご飯! それもとびっきり! 楽しみねー!」

「ゴハン!」


 フィオナの一言には、後部座席も盛り上がってくるというものだ。ただ、助手席のマガネはニヤリとすると、「私はー……」などと前置きのようにしながら運転中のフィオナに近づき、コートのボタンを、ゆっくりとひとつひとつ外していく。するとそこに現れるのは、シルバーのチャイナドレスの紋様も美しい曲線を描くフィオナのプロポーションだ。既になにかが起きそうな予感にフィオナの表情は赤らめていたが、「ちょ、っと……」などと呟くだけで、大人の色香はこれといって抗することはしない。


 そして、マガネの黒い指先はとうとうそのプロポーションなどをなぞり、

「……フィオナお姉さまってごちそう、毎日、食べてるけどなー」

「……はうんっ」


 刹那、マガネが耳元で囁くと、フィオナのハンドルさばきはぶれた。するとバランスを崩してしまうのは、後部座席組である。


「ガウッ?!」

「ちょ、ちょっと! マガネ! なにやってんのよ!」

「アッハッハッハ!」

「……ごめんなさい。二人とも大丈夫?」

「フィ、フィオナさんもー! こいつのこと、そんな甘やかさなくていいからーっ」


 でかける前に、フィオナにチャイナドレスの着用をねだるマガネの姿を垣間見たときから、マーブルは嫌な予感はしていた。もはや、ここ数日の帰宅後のフィオナの普段着が、ほとんど裸同然であることに関しては、マーブルもなにも言う気はないが、こんなところで事故にでもあったらたまったものではない。ただ、

「……でも、マガネには淋しい思いを、させてるから」

「そうだよー。マーブルー。時間のないカップルってのはねー、こういうときに埋め合わせをしていくもんなんだっ」

 と、懲りた様子はない。とりあえず、マーブルはそんな二人の姿にひとつため息をつくと、

「……だからー、テトの前では、あまりお触りしないでよー」

 などと、座り直しつつぼやいたのだが、すかさずテトが、「オサワリッテ、ナンダ?!」と気づいてしまえば、

「あんたにはまだはやーい!」

 と、大声で制するほかなかったのだった。


 異形の宇宙人たちがタキシード姿でウェイターとして接客している店内は、中華独特の円卓が並び、各自、着飾った中国の人々が食事を楽しんでいる。


 地球でいえば蛾にも似た顔面のウェイターが、中国語の発音に悪戦苦闘しつつも、一角の席へとマーブルたちを案内すると、すかさず、支配人らしき地球人の者が厨房の奥からやってきて、小声ながらも、そのウェイターにダメ出しをしているようだ。


「うわー。なんか、意識高そー」


 着席しつつ、マーブルがその光景にボソリと呟くと、「この星系の原住民のひとつよ……そうかもしれないわね」とだけ、フィオナは答えたが、すぐに気を取り直すようにすると、

「さぁ、いくらでも食べて」

 などと、促し、早速マーブルやテトなどは、漢字だらけのメニューの表示をなぞれば、時にそれらの料理が、写真や映像となって空中に浮かぶ仕組みで視覚でとらえつつ、吟味していると、マガネなどは、いよいよ露となったフィオナのチャイナドレス姿に釘付けとなっていて、

「私は、いますぐ、フィオナお姉さまが食べたーい」

 と、瞳もハートマークにジュルリとすれば、「も、もう……」と、フィオナも顔も赤らめ、まんざらでもなさそうな様子を示していたものの、「……Ms.リー」という見知らぬ男性の声がすれば、一同は一斉にそちらに振り向いてしまうというものだった。


 そこにはスーツを着込んだ金髪碧眼高身長の男性が微笑んでいる。思わずマーブルなどが、(うわっ。イケメーン!)と心のなかで歓喜してしまえば、


「……ミ、Mr.アルバート」


 と、その者の名を呼ぶフィオナの声はクールビューティといったところながら、柄にもなく噛んでいた。


 やがて革靴の底を絨毯に染み渡すように、フィオナたちに近づいてきた、アルバートと呼ばれた者は、マーブルたちに視線を移すと、


「例の……レディたちですか」

「……ええ」

「なるほど……はじめまして。うら若きレディと、ユニークなロボットくん。私は、イギリス東ユニバース会社、専門アドバイザー、ロイド・アルバートといいます」

「は、はじめましてーっ! わたし、高原マーブル! 16歳でーす! えっと、趣味は、機械いじり……じゃなくってーお菓子作りでもはじめちゃおっかなー。えへっ。ほら、テト、ご挨拶っ」

「ガウッ」


 すっかり舞い上がった乙女心に、従者はつられて応じていたが、先刻までのご機嫌もどこかにいってしまったような顔で、マガネは一気に無言になると、ロイドなる紳士をギロリと睨むのみだった。


「はは、元気がいいね。オタカラコーポレーションのお嬢さん、そして、Ms. 長南、君たちの夏休みがいいものになることを祈っているよ」


 そして、ロイドはニコリと微笑み、マーブルたちに背を向けたのだが、その去り際、フィオナのドレスの肩に手をかけたりすると、

「賢明な判断です……まだ彼らともめる時期ではない……では、また」

「ええ……では」


 やがて、男は、ハットをかぶると店をでていこうとしていたのだが、すっかりいつものクールビューティという雰囲気ながらも、チラリとその背を視線で追ったフィオナのことを、まるで見たこともないほどの嫉妬といった表情で、マガネが見つめていたことなど、すっかり久々のイケメンに夢中となっていたマーブルが気づくわけもなかった。

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