夜の光景

 夜も少しずつ更けていくと、すっかり仮住まいとなったフィオナの部屋のリビングでは、二人の乙女と人造人間の談笑などが響いていたが、マーブルが、壁時計などで頃合など見ては、


「テトー、そろそろ、寝る時間よー」

「ガウー」


 そして、従順なテトがついてくるようにすると、後のマーブルのテトへの仕事といえば、「強制睡眠」 の処置くらいだ。

 シングルベッドの隣に置かれたカプセル状のなかで、途端に面頬のなかの眼が真っ暗となるのを見届けると、マーブルは、もう一度、自動ドアをあけ、リビングに向かう。


 其処では、気まぐれにテレビスクリーンの画面をホログラム化させてみたり、元に戻したりしているマガネの顔が、すっかりアンニュイだ。

 丁度、友が戻り、すぐ隣に腰かけると、


「あーあ! フィオナお姉さま、晩御飯に、一度、戻れるかもーって言ってたのにーっ!」

 マガネは途端に不満をぶちまけた。


 なだめることは友の役割なのだろう。ただ、言えることがあるとすれば、


「しょうがないんじゃなーい……だから、あんたに言われた通りに、また、してくれて、あんたも嬉しそうに写真撮ってたじゃなーい」

「それとこれは別腹っ!」


 そんななだめくらいでマガネがむくれることを止めないことは、幼馴染としてよく知っていることだ。とりあえずマーブルは八の字眉にため息のひとつもつくと、


「……に、しても、フィオナさんって、料理上手よねー。流石、本格中華って感じ! わたしならAIに全部、任せちゃうけどなっ」

 それは、突然の居候となった三人に対して、フィオナが朝早い出勤前には必ず冷蔵庫等に用意してくれている三人三食分の作り置きの味についてのことだった。


 とりあえずマーブルとしては話題を変えたつもりだったのだが、


「……花嫁修業してたから、なんだってさ」

「…………?」


 なんだか、今度は、マガネはムスッとして答える。そして、友の突然の不機嫌に、マーブルは理由もわからないでいると、黒いセーラー服は、今や、自分の寝室と化している部屋の暗がりに視線を移し、


「あのダブルベッドも、多分、そのために変えたんだ……」

「はあ?」

「だって、言ってたじゃん。マーブルが今使ってるベッド、独身しか考えてなかった頃ってー……絶対、相手、男だよ。やー、ピーンときた日にゃ、燃えたねー。一睡もさせないで、仕事いかしてやった……」


 話を続けるマガネの表情は、いよいよ嫉妬も露に妖しくなっていく。ただ、古くからの友として、その一言にはマーブルも表情を変えたくなった。


「あーのーねー。わたし、マガネのそういうとこ、よくないと思う!」

「……なにがさ」

「た、たしかに、わたしたちと違って、フィオナさんは、大人、だし? わたしたちが知らないような経験もいろいろしてるだろうけど……! 今、フィオナさんが尽くしてんのはあんたなんだから、いいじゃなーい。こんだけのことしてもらってんのよー? むしろ、ありがとうでしょー?!」

「どうだかにゃー……てか、ほんと、『光』の血のほうが強めだねー」

「なによ?! それっ」

「べっつにー……あー、に、してもー、お腹すいたにゃー」


 そして、コントローラーなどが置かれたリビングテーブルの上に、ドサリと自らの顔を置いて、マガネは軟体動物のようにぐにゃぐにゃしながら呻いた。途端に瞬きを繰り返してそんな姿を見つめたのはマーブルである。

「だから、晩御飯だって、今日も、しっかり、フィオナさん、作ってくれてたじゃなーい」

「それとこれは別腹っ!」

「はあ?」

「私が食べたいのは、フィオナお姉さまの体っ!」

「なっ……!」


 ぞんざいに堂々と言い放つ親友を前に、流石の天才少女は年頃ゆえに赤面してしまう。ただ、テーブルの上のうねうね軟体化妖怪女は、これまでの情事を反芻するようにして、「やー。年上ってのも、いいもんだにゃー……」などとヘラヘラとしはじめた、その矢先のことだった。


「遅くなってごめんなさい! 今すぐここで着替えるから、待ってて!」


 玄関の灯りがつくと、息を切らして帰ってきたふうにしたフィオナの声が響けば、なにやら、彼女はゴソゴソとその場ではじめるのだ。そして、しばらくすると、その豊かな胸の谷間も強く強調された、ほぼ裸同然といっていいチャイナドレス風のランジェリーを着込んだフィオナが、部屋には現れ、「……あら、マーブルも起きてたのね」などと、恥ずかし気にしていたが、

「お、おかえりなさーい」

「フィオナお姉さまーっ! さびしかったよーっ」


 もはや、既に夜の日常の光景と化しつつあったとはいえ、流石のマーブルも目も泳ぐなか、それを相手に課した友は、さっきまでの表情もどこ吹く風で、今宵も、屈託なく、パートナーの体へまっしぐらだった。

 あとのことは、せいぜい、聞こえるのは、壁伝いのフィオナの喜悦の声くらいだろう。とりあえず、今、二人の前にいるのも野暮というものだ。


「……さってとー、じゃ、わたしも寝よっかなー」

 やれやれといった具合で、マーブルが自室に向かおうとした、その矢先のことだった。灯りのついたダブルベッドのある寝室からは、「あ、マーブル、待って」などとフィオナの声が聞こえる。


「ふぇ?」

 と、声に誘われるままにマーブルが覗けば、丁度、ベッドの上では、マガネがフィオナの膝枕などを楽しんでいて、友の新たなパートナーの格好も相まえば、思わず、どこに視線を持ってっていいかわからなくなりそうだったが、妖怪乙女に既にいろんなことを許しながらの、大人の女性は頬をそめつつ、マーブルたちに、

「正式に、あなたたちの外出許可がおりたわ」

 と、告げる表情はすっかり愛おしげだ。

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