大人と子供

 その日の昼下がり、友のあまりの学力の無さぶりに、

「あんた、よく、進学できたわね~」

 と、教えるマーブルは流石に呆れてしまっていた。そして、キッチンテーブルに隣同士で座るすぐ側では、「だぁ~ってー」と、専用の端末やテキストなどをひろげたマガネが、言い訳にもならないようにしながら、すっかり退屈気だ。質素な間取りながら、隅に観葉植物など置かれた、隣のリビングでは、子供用のアニメ映画などがテレビ画面には映っていて、体育座りをしたテトが、自分のような姿のロボットなどを眺めている。


「……私も、テレビ、見たいにゃー」

「こーら。フィオナさんに怒られちゃうわよー」

「フィオナお姉さま……」

「そっ。ま、わたしはいつもみたく見せてあげることくらい、別にかまわないわよ? けど、フィオナさんの言ってることも一理あると思うなー。あんた、このままいったら、夏休みのあと、どっかで大変なことになるかもよー?」


 ただ、友人のアドバイスを前に、フッと、マガネは表情を変えると、「……私の夏休みのあとなんて、あるわけないよ」と、ボソリと呟いたのだが、聞き取れなかったマーブルが、「えっ?」と口にしたところで、テーブルの一角に放ってあったマガネの携帯端末には着信があり、途端に表情を明るくしたマガネは、「フィオナお姉さまだーっ」と、嬉々としてでれば、画面には、リブニットセーター姿のフィオナが映りこむ。


「フィオナお姉さまーっ」

『……マガネ』

 そして、相手がクールビューティながら名を呼ぶや否や、

「さびしかったよーっ」

『嗚呼、そうよね。さっきはでれなくて、ごめんなさい。丁度、今、ガサ入れが終わったとこで……』


 マガネが、感情をパートナーにぶつける向こうでは、成程、テレビ画面モードとなっている画面には、散乱した部屋が垣間見える。ただ、そんな修羅場があった場所とは思えぬほど、映りこむフィオナの表情は、途端に愛おし気だ。


『課題は? やっているの?』

「もっちのローンっ。バリバリだよーっ」

 そして、大して進んでもいない、専用の学習端末を画面越しに見せつけようとする友の横顔には、(……っと、空気のように嘘をつく……!)などと、マーブルは呆れていたものの、


『そう。いいこね』

「へへっ」

 すっかり取り込まれているフィオナはまんまを受け止めてしまっていて、ふと、マーブルは、ここまで芯から嬉しそうな友の笑顔を見たのもはじめてかもしれない、などと、しばし、瞬きを繰り返していたのだが、


「ねぇ……今晩も、ご褒美、くれる?」

『えっ……』

(あちゃ~)

 ここからはいつもの展開とばかりに、マガネの顔が悪鬼のようにニヤリとすれば、マーブルにとっての気づきも本当に束の間といったところだった。


『も、もちろん。マガネが頑張ってるんだもの』

「たっぷり?」

『た、たっぷり……』

 ただ、フィオナの答えに間髪入れずにマガネが問い、それに圧されるようにして応じる警備長の姿は、恥じらいつつ目も泳いでいて、これではどちらが年上なのかもわからない、といった感じだ。こうなってくると、ニヤリ妖怪女は止まらない。


「フィオナお姉さまー、マガネちゃんねー、今、お姉さまのおっぱい、見たい気持ちかもー」

『え、え?!』

(…………?!)


 マガネはテーブルの上に顔をのっけると、体をくねくねとさせながらおねだりをはじめるではないか。画面の向こうの顔は更に頬を赤らめ、マーブルは目を丸くするしかなかった。


『か、帰ったら、いくらでも見せてあげるから……!』

「あーあ、おっぱい、見れなかったら、もう、頑張れなーい」

『そんな……』


 くねくねを繰り返す黒いセーラー服を前に、いくつも年を離れた淑女だというのに、フィオナは完全にペースを持ってかれてしまう。そしてとうとう、『……わかったわ』などと答える警備長の答えには、マーブルが更に目を丸くするしかなかった。


 そして、おずおずと、セーターを自らめくれば、豊かに実ったそれを包むブラなどが露となり、フィオナは、『……これで、いい?』などと、顔も真っ赤にマガネに伺うようにしたものの、


「んーんー! もっとぉー! セーターは両手に持ってー。もっとめくってー。そーう。で、ドローン機能使ってー携帯、飛ばしてー」


 矢継ぎ早にだすマガネの指示の結果、とうとう、書類などが散乱し、テーブルの位置なども傾いている修羅場の後の現場にて、恥ずかし気に、その通りにしたフィオナが画面越しに見つめている。


 そして、現場にて、空中に浮かぶ自らの携帯端末の画面にはニヤニヤとしたマガネのドアップなどが映りこんでいるであろうフィオナが、しばらくはそのひとときのままでいたが、

『マガネ……私、そろそろ、仕事、が……』

 鑑賞の対象という羞恥で、もはや吐息交じりともなった声音を絞り出そうとする。


「オッケー! じゃあ、そのままで、何枚か、写真とらしてー!」

『えっ……写真?!』

「おーねーがーいーっ」

『も、もう……』

「いっくよーっ。いいねー。いいねー。ナイスアングルだにゃ~……はーい! オッケー! いいよー」

『そんなの、どうするつもりなの?』

「帰ってくるまで、これ見て、がんばるのー」

『そう……今夜も遅くなってしまうのだけど……なら、帰るまで、それで、いいこに勉強なさい』

「はーいっ」


 こうして、どちらにイニシアティブがあるのかも不思議な会話は終わったが、鼻歌まじりに携帯の画面をスクロールしては、その際どいポージングの写真の一枚、一枚を楽しむ横顔は、いい返事をした割には、すぐに勉強を再開する気配にない。


 隣にいたマーブルは、いつものようにはじまった友の織りなす二人の世界に、とりあえずため息のひとつもつくと、

「ラブラブね~」

 と、話しかけてやる。ただ、マガネは、「まーねーっ」などと、ギザギザした歯並びを惜しみなくだしてニヤリと答えたものの、

「……社会人って、大変だにゃー」

 と、ボソリと呟いた。


「そりゃ、そうよー。ましてや、フィオナさん、お巡りさんなんだから、余計よー。わたしたち、学生のようにはいかないわよー」

「だーよーねー」

「ガッグッグッ!」


 そして、マーブルが答え、テーブルの上に顔をのっけては、携帯画面を眺めつつ、マガネが自らの顔を覆う、しなれ柳のような前髪をめくるようにため息をつくなか、唐突に笑い声のようなものがリビングから響いたので、二人が振り向けば、テトが、もはや、テレビ画面のすぐ真ん前で、なにやら夢中になっている。


 マーブルは、一度、「こらー。テトー、目、悪くなるから離れなさーい」などと席を立ったのだが、そんな二人のやりとりを、テーブルの上に顔をのっけたままにじっと見ながらのマガネは、ぼそりと、

「……こどもはいいにゃ」

 などと、誰にも聞かれない音量で呟いた。

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