思わぬ居候

 とりあえずドタバタ続きで、マガネたちがなにも食べていないということがわかると、

「あら、それはいけないわ」

 などと、警備長は、質素なダイニングキッチンへと三人を案内する。


 そして、各自にテーブルへの着席を促しつつも冷蔵庫を管理しているAIに、今ある食材などを聞きながら、

「簡単なもので、いいかしら」

 などと、キッチンへ向かいつつ振り向くころには、既に、マガネは彼女の真ん前まできていて、

「フィオナお姉さま~」

「ん、ん……どうした、の?」


 すかさず、抱きつくマガネは、わざわざ自分の顔が、フィオナの胸のなかにすっぽり埋まるようにして、思わずそれを抱きとめるフィオナは、冷静な口調を取り戻しかけたところで、またもや、愛おし気に見下ろしてしまう、といったところだったが、


「エプロン、ないの~?」

「え? あるにはあるけど……」

「……マガネ、お姉さまが裸エプロンしてるとこ、見たいナ~」

「……え! ……え?!」

「あほっ! だから、テトがいるって言ってんだろっ」


 今のマガネが甘えてねだれば、フィオナはどんなことも聞いてしまいそうな勢いだ。慌てて、マーブルがツッコミに向かわざるを得なくなるのも致し方ない。そして、そのまま、

「なんか、手伝うー?」

「私が助手するから無問題~っ」

「あら、マガネ、手伝ってくれるの?……なら、いいわ。ここ、そんな広くもないし」


 マーブルが一応の気遣いを見せるなか、マガネはすっかりデレデレといったところで、そんな黒いセーラー服に、フィオナの表情は微笑みすら浮かべている。


 「……やれやれ」とマーブルはテーブルに戻ったが、窮屈そうにして座っているテトなどが、「ハダカエプロンッテ、ナンダ?!」などと問いかけてきた頃には、思わずずっこけるしかなかった。


 ただ、中華鍋など取り出したフィオナに対し、マガネは、ただただ、目を瞑っては、そんな相手に抱きつきっぱなしではないか。流石に、フィオナも、振り向いては、「マガネ……ちょっと」と、調理をしづらそうにするのだが、自分より背丈もある警備長のセーターに顔をこすりつけるようにしてみせては、「フィオナお姉さま……いい匂い……」などと夢心地にする黒いセーラーの妖怪乙女は、はじめての大人の香水の香りに酔いしれて離れる様子もない。


 ここまで甘えたな姿を見たことあるのも、友にとってははじめてかもしれない。とりあえずマーブルが、すぐ隣に着席する巨人に言えたことといえば、

「こ、これもねー、すき、の一環なのよー」

 ということくらいだろう。

 人造人間は、「ガウ―」と、これまた関心深げにしている。ただ、そんな二人の姿を目にしていれば、ふと、マーブルにとっては想像するしかない、朝帰りしたマガネのアスナ宅でのひと時がよぎるというものだ。


(……あーんなに、ラブラブだったくせにさー)


 それに、「手品」だと本人はいっていたが、マガネがついさっき起こした現象も不可思議といえば不可思議だ。子供の頃から、ミステリアスな雰囲気は醸し出していたが、いつ頃から、あんな芸当ができるようになっていたのだろう。ただ、やがて、中華皿に盛られた、色とりどりの本格中華を、新たなパートナーとともに、マガネが運んでくるころには、自らの作りし人造人間が「ゴハン!」などと興奮するなか、すっかり花より団子と化したマーブルも、自分の興味以外は全くの無頓着という生来の天才の性分も加わって、

(……ま、いっか!)

 などと結論づけてしまうのだった。


 足を組み、お茶のみを嗜むフィオナは、テトの野獣のような食い散らかし方には、「ほんとにAIじゃないのね」などと、改めて多少は驚くようにし、マーブルは、「ま、食べなくてもいいんだけどねー」と、説明をしながら箸を動かしていると、

「……なるほど。それで、このテトを、自由研究の対象にしている、と」

 と、警備長には彼女たちの旅の目的が充分、伝わった様子だ。


「そんなとこー。ま、テストは、夏終わっても続けなきゃだけどねー」

「マガネはなにをするの?」

「アハハ、私は自由研究なんてわざわざめんどくさいことしないよー」

 舌鼓をうちながらのマガネはヘラヘラと答える。


「……ところで、他の課題は?」

 職業柄か、フィオナの言い方はどこか事情聴取のようだ。ただ、その点において、天才少女は一味違った。

「わたしは、もらったその日のうちに全部やっちゃったー」

「さっすがー。マーブルーっ」

「あんなの簡単すぎよー」

「……よーし。もしものときは、またマーブルの、うつさせてもらうっ、と」


 そして、友の悪だくみにも似た呟きに、マーブルが「またー? ったく、しょうがないわねー」と、昔からの馴染みゆえに呆れた一言で返した、そのときだった。


「あら、マガネ、あなた、不正をはたらくというの?」

「えっ?」


 ヘラヘラしていたマガネであったが、なんとなく異変を感じる一言に振り向けば、フィオナはすっかりクールビューティに戻って、相手のことをじっと見据えているではないか。


「え~……フィオナ、お姉、さま?」

「それは、見過ごせないわ。課題は持ってきているんでしょうね?」

「え、え~……や、まあ、い、一応~?」

「学業は学生の本分よ。夏休みの間、自由に使っていいから、ここでやりなさい」


 こういった場合においては、職業に年の差も加わって、流石のマガネも圧にやられ、「ひぇ~……」という悲鳴しかでない様子だ。そして、

「しばらくしたら、表向きは私の監視付きということで、この『街』も案内してあげられると思うわ」

「街って、このコロニー?」

「ええ。箇所は限定されるけど……」

「あー、異星(よそ)の自然も街も、とりあえずテトには見せたとこだし、丁度いっかー」


 マーブルなどはうんうんと頷いているなか、気圧されたマガネは、すっかりしょんぼりとしている。


「……フィオナお姉さま……しどい……」

「え、え? だって、あなた、学生なのよ? 課題は自分の力でやらないと……!」


 しかしクールビューティに舞い戻ったと思えば、容易くマガネの態度に翻弄されてしまうフィオナは本当に忙しい。

 マガネは、「じゃあさ、じゃあさ、ちゃんとやったら……」などと、猫なで声をだしながら、ショートパンツからのぞく、大人の色香の脚線美をあやしく撫で、フィオナが、「ん……」という反応とともに、頬をそめたら、

「『ご褒美』、くれる……?」

 と、上目遣いとともに、ベッドまで向かう通路などを交互に眺め、可愛げをだしながらも妖しい笑顔をフィオナに向ければ、当のフィオナもすっかり瞳も潤ませ、吐息交じりに答えようとしたものの、


「あのー。じゃあ、しばらく厄介なっちゃうならさーっ」

 と、テトが食事に夢中なのをいいことに、あわてて間に入ったのはマーブルなのであった。

 

 フィオナの、職場まで直結しているプライベートルームはなかなかの広さで、


「物置にでも使おうと思っていたのだけれど……」

 と、マーブルたちが案内された部屋は、広々としたフローリングのみが覗いた。これならテト専用のカプセルベッドを置いても、尚、余りありそうだ。

 そしてマーブルが、無事、手元に戻った、押収されていた圧縮カプセルの何点かなどを手のひらで転がしていると、


「ねぇ、マーブルー、ベッド、とっちゃっていいのー?」

 などと、フィオナの腕にべったりと腕を組んでいるマガネがあくびをしながらたずねる。


 それは聞くのも野暮というものだろう。


「いいわよー。そっちはそっちで、フィオナさんとごゆっくりー……約束は守ってよー」


 そして、マーブルも思わずつられてあくびをすれば、まだ日もあるというのに、食後の乙女たちは急激に眠くなっていた。


「……星差ボケね。薬あげるから、二人とも飲んで、とりあえず休みなさい。私はまだ仕事があるから。それと、マーブル、ベッドなら、私が独身しか考えてなかった頃のがカプセルに閉まってあるわ」

 こうして諭す、警察関係者の自宅に居候となるのも、夏休みの一興なのかもしれない。

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