プリズン墓穴

「長南……というのも、あなた……やれやれ。とんだVIPのお嬢さんたちね。好、把她们都带到我的房间」


 こうして、警備長が命令すれば、武装警官たちにマーブルたちは両脇を抱えられるようにされてしまう。途端に「ガウア!」と、テトが野獣のように抗い、手錠すら引きちぎりそうだったので、それにはマーブルが、「テトー! 大人しくーっ」と鎮めるのだった。


 施設は、未だ、突貫工事中といった様子だったが、やがて、殺風景な空間ながらも、個人が生活しているような室内に通され、尚進むと、そこには、ダブルベッドなど置かれた寝室などがあり、そこの一角にある機械に向け、コートの女は自らの左目だけ覗いている箇所を当てるようにすると、登録されたデーターによって、自動ドアは開く仕組みとなっているようだ。 

 なかには、鉄格子のある牢屋などがあるではないか。マーブルは嫌な予感とともに、ゴクリと唾を飲み込んだが、とうとうガシャーンとした音も響き、一行は鉄格子のなかの囚われの身となってしまった。


「とほほー」

「ったく、いってーなー。これだから男は……」

「ナンダ?! コレハ、ナンダ?!」

 そして、三者三様の反応のなか、テトが格子に触れれば、いとも容易く壊しそうだったので、マーブルが、「触っちゃだめっ」などと小声で耳打ちしていると、


「珍しい、ロボットね」


 やがて武装した者たちが去るときに、三人は手錠からは解放されたのも束の間、それまで壁に寄りかかるようにしていた銀髪ボブは、クールビューティな声とともに、カツリカツリとブーツを響かせ、近づいてくる。

 「へへっ」などと、改めてマガネなどは、いつものように獲物を前にしたかのような喜びようを表したが、それには一瞥のみとしたクールビューティは、「中華人民共和国特殊開発星系第三管区警備長、フィオナ・リーです」と自らの名を口にする。


「え、あー。どーもー。わたし、高原マーブルでーす。こっちは長南マガネ、で、テトでーっす。って、知ってるかー」


 マーブルとしてはつとめて愛想よくしつつ、マガネも、相手が自分のお気に入りとくれば、つづくように手など振ってみせた。


「……あなたたち、自分の出自に感謝なさいね。一般人だったら、今頃射殺してるところよ」

「ええー?」

「……わーお」

 鉄仮面のようなフィオナは、淡々と話を続ける。そして、その内容が穏やかでなければ乙女たちの表情も変わるというものだ。


「どのみち、あなたたちは逮捕します」

「えーっ?!」

「あれまー」

「タイホッテ、ナンダ?」

 ただ、あまり事態を重く考えてなかったマーブルたちは、

「えっとー。たしか、お金払ったら、いいのよねー? あーあ、流石に、とうさんには謝らないとかー……」

「あー。なんか、そういうの、見たことあるねー」

「ナンダ?! ナンダ?!」

 などと勝手に話を進めていたのだが、


「この星系に入った以上、そんなことで許されると思わないで。今後、三十日、此処に抑留後は、地球の本国に強制送還よ」

「えーっ!」

「ちょ、ちょっと、待ってよ!」

「ナンダ?」

 そして、フィオナのとどめの言葉には、マーブルが、部屋の隅にあるむき出しのトイレだったりを眺めつつ、「ひぇ~……」と、首もふりふり、ただただため息などつくなか、


「そういうわけにはいかねーんだよっ!」

 などと、尚、くってかかったのはマガネであった。


「あなた、学生でしょ? この星系は我が国の領土よ。なら、我が国のルールが適用されるのが当然なことくらいわかるでしょ?」

「今日日、地球の国境なんて、あってないようなもんじゃんか!」

「これだから、元宗主国の子供は困るわね。それはあなたたちが勝手に、頭にお花畑でも咲かせているんでしょ」

「あのー。わたしたち~、単なる学生の夏休みの旅行で~……」


 ムキになってるマガネの隣で、尚、マーブルはもみ手に言い訳のひとつも考えようとしていたのだが、

「なら、旅行先のことくらい、出かける前にちゃんと調べておくべきだったわね」


 ピシャリと無表情に言い切られてしまえば、マーブルも閉口するしかない。と、刹那、マガネは俯いたが、「ちっ、こうなったら!……いい女だしにゃ……」などと、語尾にはなにやら妖しい欲望を垣間見えさせると、

「マーブル……」

「ふぇ?」


 名を呼ばれ、マーブルが振り向けば、マガネは、一歩踏み出すようにすると、その顔をマーブルの目の前に突き出した。と、その普段から、怪しさを醸し出している眼が、マーブルの青い瞳をとらえるようにすると、途端に、マーブルの視界のなかの黒一色の友の表情は、二重にも三重にもみるみるぼやけはじめ、すると間もなく、マガネはなにかをマーブルに語りかけてきたのだが、最大限のリバーブでも効いてるような音響の世界のなか、内容はひとつも聞き取ることができず、マーブルはそのまま意識を失ってしまったのだ。


(…………!!)


 次に、我に返ったときには、後ろ手に、ニヤニヤと、首をかしげるふうにしている黒いセーラー服に対し、フィオナは、レーザー銃を手にしていたものの、「……はーい。じゃあ、そんなもんは、しまって~。マガネちゃん、おっかない〜」などとマガネが語りかければ、「え、ええ……」と素直に従うフィオナの、檻の向こうを見る視線は何やら熱っぽい。


「マ、マガネ?!」

 突然の光景にマーブルが驚いたことは言うまでもない。ただ、尚、続く強烈な眩暈に、顔をしかめていると、マガネは幼馴染に振り向き、

「……へぇ。こーりゃ、驚いた。さすが、マーブル。だいじょぶだよー。これで、ぜーんぶ無問題っ」


 ニヤリとした笑みのまま答えつつ、今度はフィオナに、「はーい、お次は牢屋をあけてーっ」と続けると、フィオナは無言でコートのなかからなにやら小さい端末を取り出し、それを格子のドア付近にかざせば、ピッとした音とともに、牢屋は開いてしまった。

(…………?!)


 一体、何が起きたというのか、マーブルにはひとつも理解できないでいると、やがて、マガネは牢からでようとしつつも、

「よーし、これで、王手、だけどさ~……こうなりゃ王将も欲しいってな話でしょ……」

 などとひとりごとのように呟くと、やがて、フィオナの腕に自らの腕を絡ませ、しなだれるようにして彼女を見上げ、「ねぇねぇー、フィオナお姉さま~」などと、甘えるような声をだせば、顔も真っ赤にしたフィオナは、「な、なに……?」などとなんとか冷静さを装いつつも、まんざらでもなさそうなのだ。


「マガネねー、お腹空いてるのー」

「えっ……な、なら、なにか作ってあげる?」

「ううん……そっちじゃなくてー」

 そして、オーバーなほど、頭を振ったマガネは、自分よりも長身であるフィオナの肩にほおずりするようにしながら、やがて、黒手袋の指先を、フィオナのコートのライン上に撫でるようにしはじめ、短い吐息とともにピクリピクリとした警備長の反応は、指先が、とうとうコートの隙間から豊かな胸を包むセーターのなかに迫った刹那、「あっ……」という明らかなものに変わったりしたが、マガネは、そんな相手の可憐な反応に禍々しいほどニヤリとすると、

「……隣、いこ。んなわけで、マーブルーちょっと待っててー」

「…………?!」


 尚、頭を抱えるようにしているマーブルには更に意味不明だったが、こうして、自動ドアが開かれ、二人が去っていくと、

「テト……?!」

 と、とりあえず、自らの作品の名を呼んだのだが、振り向いた先にいた巨人は、面頬の眼は真っ暗にしていたものの、なんと、突っ立ったまま俯き、いびきをかいていたのだった。

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