急転直下

「で~? この先、どうすんのさ~」

 すっかり元の調子となったマガネは、助手席であくびなどしながら呑気に聞いてくる。

「はぁ? あんたがそれ言うー?」

 パイロット席では操縦をしながら、作業を繰り返すマーブルが流石にムッとした。


「……ったく。地球と似た星や、入国ゆるそうな国ってなると、意外と大変なのよ~」

「えー。いいじゃん。少年には、人類に残りし、尚、未踏の、最後の大自然を満喫させてやろーよー」

「公園星程度でダダこねたあんたが言うかっ」

「アハッ。確かに」


 こうして、コンピューターで検索をかけつつのマーブルが、「別に、あのままトルバナいてもよかったのにー。まだいってないお店、たくさんあったしさー。アスナさんなら、いろいろ案内してくれただろうしー……」などと呟いてみては、視線を移すと、一瞬、マガネは固まったかもしれない。だが、

「やー。ほんっと、いい女だったーっ! まーじ、惜しかったーっ!」

 と、思いっきりガクンと肩を落としてみせたと思ったら、「……まあ、タイミング、ってやつだな~」などと、ヘラヘラ笑ってみせたりするのだから、付き合いの古いマーブルも、こんなときは計り知れないといったところだったが、とりあえず気を取り直すようにすると、

「まあ、いいわ。ワープ経由するけど、なんか最近、中国の保有になったっていう星系があるみたいよ」

「へぇー」

「……なんか、あんま情報でてこないけど、とりあえず、いってみよっか。テトー」

『…………』

「ん? テトー?」

「おーい」

 そして、すっかり沈黙している、船体と一緒となった機体に、乙女たちが首をかしげていると、


『……ガ、ガ、ガウア?』

「やだ。あんた、寝てたの?!」

 漸く、示した反応に、ギャハハと笑ったのはマガネだ。


「さっすが、人造人間クオリティだねー。自動運転にしてたら、今頃、ブラックホールのど真ん中だったりしてーっ」

「朝っぱらはやく急かしたのあんただろうが!!」

 マーブルはすかさず突っ込んだが、そこで、大げさなほどのびをしてあくびをしてみせたマガネは、

「じゃあ、次の星のチャイナタウンで食っちゃねーしよーっ」

 などと、マーブルの方を振り向いた笑顔は、いつもの不気味さを醸し出しつつも、一筋の涙が頬を伝っていると、

「……顔、拭いて」

 と、一言だけで、マーブルはアクセルを踏み込むのだった。 


 こうして、ニョロニョロとしたAI突き出すお馴染みのゲートの輪っかを少しばかりくぐると、宇宙空間にはポカリと浮かぶ恒星が見える。


「あれねー」


 そして、マーブルがハンドルを切ると、徐々に恒星へと近づいていく。すると、その周囲を取り巻く惑星と惑星の間で、様々な色で煌めく巨大な虹のような帯が延々とかかっていて、思わずマーブルもマガネも驚いていると、テトなどが、

『ン? デブリ、カ?』

 などと、呟いたのだが、マーブルとマガネなどは顔を見合わせると、

「んーんー。きっとあれは違うんだなー。照準合わせてみよー」

「……すっげー。教科書の映像のってる、昔の宇宙みたいじゃーん」

 と、乙女たちも口々に、その光景には興味津々といったところだった。


 やがて、テトの視界にも映っているであろう、その巨大な虹の拡大画面が、パイロット席にも表示されると、それは大小様々をした宇宙船の行き交う群れの塊なのであった。『オオ……』と、テトもそのダイナミックな景色に心を動かされた様子だったが、

「やっぱり! コスモロードだ!」

『コスモロード……』

「尚、飽くなき地球人による、宇宙開発の歴史ってとこかい? しっかし、このご時世に、よくまあチャンコロも、がっつくねー」

「マガネー? だからー、言い方ー」

 友のニヒルっぷりには、いつものように呆れるしかないマーブルであったが、構わずに『キレイ……!!』と、テトの感嘆が船内に響けば、なにかを思いついたようにして、

「……近くで見てみよっか」

「いいねー! 賛成ーっ」

『ガウオ!!』

 マーブルは操縦を切り替え、ぐんぐんと虹の帯へと近づいていくのであった。


 天才少女は、宇宙船のハンドルさばきも抜群の腕前である。宇宙空間のなか、照明またたく、広大な船の船体たちのすれすれを縫うようにして行くのも、テトのためによかれと思った故であった。たまに中国語で、なにやらまくし立ててくるような無線もひろったが、


「はーい。すいませーん」

「……共通語、使えよ」


 と、右から左に流すようにマーブルが応じる隣では、マガネなどが鼻で笑う。そして、『フネ、イッパイ、オモシロイ!』と、テトが興奮した様子であれば、発明家としてはうんうんと頷きたくなる、その矢先のことだった。


『……そこの宇宙船、地球国際法、及び、特殊開発星系航行法違反により検挙する』

「えっ?」

「んー?」

『ガウ?』


 冷たい響きの女性の声の日本語の無線が唐突に入ったと思えば、船内にはアラームが鳴り響き、はじめての事態に各三人が驚くなか、マーブルたちの船の周囲には、「公安」と船体にはかかれた、赤色灯の灯る宇宙船たちにあっという間に取り囲まれ、ガコンとした、聞き慣れぬ響きがしたと思えば、マーブルのとる舵は無効化されると、機体は、警察宇宙船に、有無も言わせず連行され、たどり着いたところは、星間の間に漂う一角のコロニーの、その都市のなかにある警察施設であった。


 船のハッチは勝手に開錠され、瞬く間に、物々しい武装をした警察官たちがレーザー銃をマーブルたちに突きつけながら、船内に躍り込んでくると、圧縮カプセルやら乙女たちの荷物やらを次々に押収、中身をその場で確認したりしていく。

「ありゃりゃー……ひぇええー……」

「ちっ、汚い手で勝手に触んじゃねーよ!」


 完全に場の空気にのまれたマーブルが、ひきつった笑みとともに、両の手をあげて降参をしめすなか、腕も足も組んだままのマガネは、相手を睨み返し、こういったときこそ男前だ。


 そして、彼女たちの身分証を沈黙の警官たちは確認するなか、船内には、『ナンダ?! ナンダ?!』と、テトの声が響いていて、

「テ、テトー。だいじょぶよー」

 などと、マーブルが声を絞り出す。そのやりとりを見ていた警官の一人が無線でなにやらやりとりをしたあと、とうとうマーブルたちの両の手には手錠がはめられ、

「ええええ?!」

「なにすんだよっ!!」

「出去」

 悲鳴のマーブルと憤りのマガネに、警官たちは母国語で促し、二人が船外へと追い出されるようにしたときには、宇宙船の発着所となっているアスファルトの場所で、既に、船体から取り外されたテトが、突きつけられた銃口たちへ向け、「ガウウウ……!」と唸り、睨み合っているところだったのだ。


「テト!」

 そして、思わず、その名をマーブルが呼んだ刹那、


「オタカラコーポレーションのお嬢様が、こんな僻地になんの用かしら」


 無線でも聞いた、冷たい響きに、マーブルもマガネも振り向けば、そこには黒いタートルネックのリブニットセーターの上には、紺色のダブルブレストコートを羽織り、手袋もまるでマガネのように覆った、銀髪ストレートボブの女性が、腕を組み、前髪で隠れていない左側の方の美しい切れ長の瞳で、こちらを見据えている。

「やー。あ、あの~」

 とりあえずマーブルはなんとか説明を試みようとしたが、吹きっさらしの風に、クシュンとくしゃみをしてしまった。ただすぐ隣では、そのコートからのぞく黒タイツでもわかる脚線美から、下から上、上から下と眺めていたマガネが、


「マガネちゃんセンサー……キャーッチ……」

 と、ニヤリと舌なめずりをしていたのだった。

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