月に吠える

 夕暮れが水平線にせまる頃、圧縮カプセルを次々に放っては、専用AIたちは現れ、石を組み、火もくべたドラム缶風呂は煮立つと、その前にて、テトを座らせ、マーブルはデッキブラシと、スポンジなど準備すると、自然にも優しい泡立ちのオタカラコーポレーションの製品でもって、その体をゴシゴシと洗い始めてやる。そんな光景に、


「こーりゃ、いったいぜんたい、いつの時代さー」

 などと、目もパチクリと呆れていたのはマガネである。そして、

「いいの! この子には、こういったことが大事なの!」

 と、装甲とそうでない部分の絡み合いも複雑なテトに対し、汗粒すら額に浮かべながら、マーブルは振り向き答え、猫背のテトは、「ガァ……」と一声、気持ちよさげにしていた。やがて、ブラシをたてかけるように持ったマーブルが、「……そこは自分ねー」などと、一息ついたようにすれば、「ガウ……」 と、テトは、一度、立ち上がり、すると、腰回りを覆っていた装甲部分などは、ガチャリと外れるではないか。

 「えっ、外れたりすんの?」などと、マガネはギョッとしたが、額の汗もふきふきマーブルは、「当たり前でしょー」などと、答える。


 後は、古今東西変わらない、男性ならではの洗い方であったかもしれない。さすれば、マガネなどが、ソロリとテトの前方までやってきて、座り込み、確かめると、

「……ほほう、これは、なかなか興味深い……」

「ガウ?」

「なーに、言ってんのよー。ほらー、かかるわよー」


 そして、機械から繋がったホースを手にしたマーブルが、湯の立つ水しぶきを一斉にテトにかけようとするのだから、マガネは、「うわっちゃっちゃっ!」などと飛びのくのだった。


 こうして、満天の星空のもと、ドラム缶に、テトが体を浸せば、マーブルは、そんな姿に微笑みつつ、

「ねー。テト、地球よりもたっくさんの、星、ねー」

「ガア! タクサン!」

「どう? これが夏といえばキャンプよー。楽しい?」

「ガウア! タノシイ!」


 そして、はしゃぐように、湯のなかでテトは万歳でもするかのようにしたら、バシャバシャと音を立たせるのだから、跳ねる湯煙には、「キャッ」と呼応しつつも、マーブルはうんうんと頷いてやるのだった。


 そんなマーブルの背をちょんちょんとつついたのはマガネである。


「……ねぇ、私たちの風呂はどうすんのさ」

「……え?」

「……え?」


 マーブルは、マガネを見返し、しばし、パチパチと瞬きするだけだったが、

「……もともと、テトとわたしだけで来ようと思ってたしなー」

「えー!」


 ただ、考え直すようにすると、

「んー……そ、そうだ! こんだけ広いお風呂なら、ふ、二人で入りましょうよ!」

 と、マーブルは笑いかけたのだが、「ヤダー!」と、途端に拒否をしめした黒いセーラーの乙女の声音は、珍しく多少の感情なりとも織り込まれているかのような口ぶりだ。


「……ちっちゃかったころは、よく一緒に、はいったじゃなーい」

「やったら、やっ!」

 そして、マガネのそっぽの向き方が、足元も内股に、いつになく、なにかの乙女心を匂わす影を見せれば、八の字眉となったマーブルが、ため息をつき、「……しょうがないわねー」と、ポーチから圧縮カプセルを選んで取り出し、作動させると、そこには、こじんまりとした半円ドームの家などがあらわれる。


「……なかにバスタブあるわ。これでいい?」


 すっかり呆れたマーブルが腰に手をやり、マガネに語りかけようとしたときには、既に、その自動ドアをあけ、黒いセーラー服姿は、「あんじゃん。あんじゃーん」と、鼻歌交じりの後ろ姿だったのだから、マーブルがもう一度、ため息をつくのは致し方のないことだった。


 こうして、すっかり機嫌も戻ったマガネは、この後、テトが、生まれてはじめてのキャンプファイヤーを経験すれば、逐一、それをからかい、マーブルが小言のひとつも言ってやることも、いつもの風景となったものの、いざ、就寝となったときには、少々の複雑気な表情をし、


「……だから、いったい、いつの時代さー」

 などと、ねっ転びながらのテントの天井を眺め、ぼやくのだった。


「だからー。これもテトのためなの。どうー? テトー、こうしてると、森の音や、海の音、聞こえて、気持ちいいわねー」

「ガウア……キモチイイ……!」

 ちょうど、川の字となった、その真ん中に陣取ったマーブルは、PCでネットを徘徊しつつ、友と人造人間に交互に応対する。そして、横になって尚、凹凸有りは否めないテトのために設えたマットの上に横たわる横顔を、改めてじっと見つめると、「……自然睡眠、うまくいくはずなんだけどなー」などとも呟き、


「ちょうど、これ、うちの新商品でさ。とうさんが使った感じ、教えてほしいんだってー」

 そして、テントを見回し、うつぶせの乙女は、足をパタパタとしながら、PC画面に視線を戻す。

「……ねぇ、これからずっと、こんな感じ?」

「特に、決めてもないけど、異星(よそ)の街、見せるより、先ずは、異星(よそ)の大自然の方が、育成にはいいかなあって。ここにも書いてあるけど、大人しい生き物ばかり……」

 ただ、そこまで画面をなぞっていた桃色のパジャマ姿をした乙女は、パタリと足を止めた。


「……ただし、夜間は、凶暴な肉食生物が出没するので、注意ー?!」

「……来る……!」

「ガア……!」

 そして、マガネが呟き、テトが呼応するように反応した刹那!


「GAAAAAAAAAAAAAH!!」

「ふぇええええええ?!」


 突如、野獣の叫びが迫れば、ビリビリビリ!! と、テントの超高性能ビニールは破られ、夜にそびえ立つは、往年のティーレックスのような宇宙生物であり、予期せぬ事態に唖然としかできなかったのはマーブルであったが、次に、乙女に目をつけた牙が今にも襲いかからんとしたときに、その間に立ちはだかったのはテトの背中であり、ケダモノの噛みきらんとした口に、自らの腕を差し挟めば、即座に鮮血はほどばしるのだった!


「ガア!」

「テト!」


 生まれてはじめての強烈な痛みであるというのに、テトは見事に耐えている! そして、その痛みを払拭するかのように、煌々とした面頬の眼は相手を睨みかえすと、


「ガアアアウオオオオオ!!」

 と、空いた方の手で思いっきり殴りかかれば、相手も怯み、見事にやり返すではないか!


「テトー!!」

 もはや、腰もたたなくなっていたマーブルであったが、悲鳴とともに名も呼ぶ刹那!


「……マーブル! 離れるんだ!」

 と、友の一声がしたと思えば、気づけば、破られたテントの上で、恐竜と対峙する人造人間の姿を、ある一定の距離を持って、マガネと見つめているマーブルの姿があったのだった。


「……えっ?」

「ねぇ、あいつ、武器、ないの?!」

 ただ、驚く間もなく、切迫した黒いセーラーに問いかけられれば、


「そ、そんなの……だって、あの子、兵器じゃないもん!」

「ちっ……競り合えてるけど、あのままじゃ……!」

 そして、ギザギザの歯で黒手袋の爪をかむようにしたマガネであったが、言われてみれば思いつく設計をマーブルは見出した! すかさず、


「テトー! 肩部ラックから、非常事態用ナイフ、取り出してー!」

「ガア……ウ!」


 乙女の大声に、猛獣と張り合い続けるテトが呼応すると、テトの両肩から突き出すようにしているパーツの片方がなにやら作動し、中からは、一本のナイフが現れる!


「それで刺すのー! ブスッーって!」

「ガアアアウオオオオオ!!」


 本能で理解した人造人間の眼は一際に輝いた。そして、月夜に煌めく刀身を際立たせると、その相手の喉元に向けて、手にした凶器で見事に一突き!


「GAH……!」


 途端に、とうとう、テトの腕を捉えていた口元は離れ、睨む眼も白目を向けば、ティーレックスはドスンと倒れる!


 こうしてヒューなどと口笛を吹き、マガネは、

「……いい得物、もってんじゃーん」

 と、感心したようにニヤリとしたが、

「テトー!!」

 と、マーブルは悲鳴にも近く駆け出したのだ。


 血だまりのなか、気が抜けたように、こちらもドスンと尻もちをつけば、

「イタイ……イタイ……」

 などと、のびるソリッドも欠けた腕からとめどない流血をし、傷を押さえながらの人造人間は、言葉を繰り返している。

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