JUNGLE
――マーブルたちが、愉快にバーベキューの準備をしていた、その頃、はるか彼方の、森の奥で、その、肉の焼ける匂いに鼻腔をゆらし、瞑る眼を一瞬見開いた獣がいたことなど、そのときは誰も知る由もなかった。
「うへ~。ムシムシするな~」
食後の散歩とばかりにジャングルを分け入りはじめたマーブル一行だったのだが、「オオ……ガウオ……!」と、興味津々とあっちこっちをキョロキョロと動いては、木々の葉の手触りなどを愉しむテトとは対照的に、さっそく根をあげたのはマガネなのであった。
「だから、べつについてこなくていいって言ったじゃない」
そんなテトの姿には微笑ましくしながらも、マガネに振り向けば、マーブルは口をへの字にする。すると、オタカラコーポレーションの「O」の字のアルファベットのデザインのロゴが肩には刺繍されたジャンパーを羽織り、足元は専用のブーツを覆いていながらも、それらが全て、水着の上にまとわれている姿であるマーブルを、ジットリと見返す、マガネは、
「……いやいや。夏だし? 目の保養はなるべくしときたいじゃん?」
などと、ここぞとばかりにニヤリとするのだから、マーブルが身の危険を感じるように自らの姿を隠すと、
「ほ、ほんとに、懲りないわねっ! このヘンタイ!」
「マーブルの肌、ほんと綺麗だなぁ~」
「そりゃ、どーも!」
「ねぇ、ちゃんと、虫よけ、した?」
「さっき一緒にしたじゃなーい」
「へんなムイムイに吸わせちゃだめだぞー。マーブルのあんなとこもあーんなとこも、吸っていいのは私だけにゃっ」
「なっ」
そして、マーブルが思い浮かべるのは、いつぞやのマガネ宅での衝撃的な場面であったりする。あの日、覗いていたのを知ってか知らずか、赤面し硬直するマーブルの目の前まで近づくと、まるであかんべーをするように、マガネが口元から舌をダラリと伸ばせば、途端に水着の肌はゾゾゾとし、
「だ、誰が、吸わすか! このすっとこ大ヘンタイ!」
「そんなー、いけずぅ〜」
なんとか絞り出した抵抗の声に、黒いセーラー服は、手を頬に、腰をくねらせ答えていたものの、「ママ……」という声に、いつものやりとりの真っ最中だった二人が同時に見上げれば、ジャングルの木陰のなか、テトが首をかしげつつ、
「ヘンタイ、ッテナンダ?」
その素朴な問いかけに、途端に腹を抱えて爆笑したのはマガネなのであった。そして、
「ほらー、またへんなことおぼえちゃったでしょー?!」
などと、一通りの流れをかき回すだけかき回した黒いセーラー服の乙女が歩き出せば、水着の乙女が後に続くようにしながら猛抗議するのは必然といったところだろう。テトは、そんな二人の後を「ナンダ? ナンダ?」とくっついていった。
それは、巨木の上に成る果実を目標に、テトに「飛ぶ」ことを教えさせてるさなかのことだった。遠隔用の装置を頭につけたマーブルは、想像以上の跳躍力に、またもや、無邪気にテトに抱きついてるそばでは、「これ、うんめー!」などと、マガネがさっそく、それらの果物に舌鼓を打っていたのだが、途端に表情を変えれば、テトすらもあらぬ方向を同時に見、研ぎ澄まされた五感は、頭の器具を通して、思わずマーブルにも伝わると、
「……誰か、来るね」
と、ボソリと呟いたのはマガネなのであった。
「えっ……?」などと、マーブルは答えたであろうか。ただ、程なくして、木々がポキリポキリと鳴る音すら間近に、ぬっと現れたのは、体躯のいい、髭ツラの丸顔をした地球人の中年男がリュックを背負っている姿ではないか。なんだ。同じくこの星を楽しんでる者か、と、マーブルなどはホッとしながら、テトと繋がっていた頭の器具なんかを外しつつも、
「あ、どーもー、こんちはー」
などと会釈もしてみたものの、髭ツラ丸顔が、先ずは、マーブルの姿などに目を丸くすれば、
「おいおいおい。君さー、なんて格好してんだよ!」
「はぁ」
「それに、君も!」
そして、トレッキングポールでセーラー服を指示されれば、「……はぁ?」などと、マガネのトーンは一気に不機嫌そのもの、となった。
「あー、なに? で、このロボットに護衛やらしてる感じー? いやいやいや……君たち、自然、なめちゃだめでしょー。この星、なんだと思って……」
とりあえずマーブルは、突然、語りだした男に瞳をパチクリとしながらも、テトが今にも襲いかからんとしている構えを、無言に手で制しつつしていたのだが、手にした果実を最後にバクリとそのまま放れば、マガネが間に立ちはだかり、
「はいはーい。おじさん、さよーならー。マーブル、いこっ」
「ちょっ、マガネ?!」
「ガゥウゥ……!」
「こら、テト、ストップ! よ、よい旅をー!」
「話、終わってねーぞ!」などと、背後から山賊のような怒号も聞こえたが、男を「敵」とすら思っているマガネがこうなってしまっては、従ってあげるしかないことも、昔馴染みの心得だったりする。今や、人間なんて瞬殺できる機能もいよいよ覚醒しはじめた作品の主でもある身としては、ここいらでおいとました方が賢明、といったところであった。
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