はじめての星

 夜も明けきらないうちに、マーブルは宇宙船とテトを同期させ、コックピットに座れば、モニター画面には、テトという名の「機体」が映りこみ、その映像を立体化させたり、平面化させたり、指先でなぞってみせては、傷ついた箇所を調べる画面はコロコロと変わっていく。

 そして、機内に、人造人間の『イタイ……イタイ……』というフレーズが響きっぱなしであれば、切なさも相俟って、マーブルの眉も八の字となり、


「痛いわねー。ちょっと、待っててねー……ん~」

「よくやったぞ~。少年!」

 また、マーブルのすぐ隣に座るマガネは、足を組み、手を頭の後ろ手にしながらも、今回ばかりは惜しげもなく人造人間の名誉を称える。


「さすが、人造人間だね~。宇宙生物とタイ張れるなんて、ハンターにでもなれんじゃないの?」

「そんなことのために作ったんじゃないわよ。ともかく、直近の落ち着いた星で、修理してあげないと……」


 そして、「……もっと、のびのびさせてあげたかったのになー」などと、眼前の画面の一画にて、惑星の検索をかけはじめれば、ちょうど、おあつらえ向きを見つけたようで、マーブルは、一度、瞬きをすると、あえて、話題を変えるようにして、


「テトー、今、マガネが『ハンター』って、言ったでしょー?」

『ガウ……』

「宇宙にはねー。テトがやっつけてくれた宇宙生物みたいのを、実際、やっつけることをお仕事にしている人たちがいるのよー」

『ガウ……』

「え、登録所にでもいくの?」

「そんなガラのわるいとこ、いかないわよ。このアインクランドってとこ、ハンター、いっぱい、いるみたい。こういうとこって、いいパーツも揃ってそうだし……」

 そして、マガネが話題に入り込めば、マーブルはコックピット席に映るホログラムの星を指さして、答え、


「ほらー、ここ、こーんな綺麗な街なのよー。テトに読んであげた、おとぎ話みたいねー」

 今度は、そのホログラムのなかに、まるで、中世のヨーロッパの街並みのような景観を映し込めば、等しくそれを眺めているのであろうテトが、『……キレイ』と、呟くようにしたが、やはり、傷が疼くのであろう、その末尾は、『イタイ……』という一言になってしまった。


 こんなとき、余計、切なくなるのは、言わば、飼い主にも似た心境なのだろうか。刹那に、目の前に出で、自らをかばってくれた背中を思い起こせば、更に気持ちははち切れんばかりだ。

「痛いわねー。じゃあ、この星で、ちょっと、休憩しよー」

 そして、アクセルを踏めば、ハンドルを握り、宇宙船はいよいよ浮上していく。


 グングンと上昇する船体はやがて緑の星を背にすると、目標に向け、舵をとり、速やかに宇宙を走りだす。機内には、『イタイ……イタイ……』という言葉がポツリポツリと繰り返され、今や、切なさの塊となってハンドルを握るマーブルが、

「あーあ、のんびり大自然に、ついでに宇宙龍でも探してみよ~みたいなノリのはずだったのに〜」

 などと、ぼやくと、隣に座っていたマガネなどは、ギャハハと笑い、

「宇宙龍~?」

「なによ」

「そんなの伝説じゃーん」

「そういう夢のないこと言わないでっ。この子にしてみたら、はじめての夏休みなのよ?!」


 そんなふうに幼馴染に切り返されれば、船内に響く『イタイ……』という声に、黒いセーラーも思うところはあったらしく、

「……まぁ、『チーモの冒険記』は、夏休みにはぴったりだけどさ。え、もう、少年には読ませたの?」

「途中までね。あれ、長いし」


 そして、「確かに」などと答えるマガネは、もう一度、ギャハハと笑ってみせたりもしたが、船窓の先の宇宙空間に視線を移し、「……まぁ、おおよそ、スサノオが狩りつくしたってとこが、だいたいの線なんじゃないかにゃ~」というニヒルも付け加えてくれば、

「もぅっ!」

「あっ、ごめん、ごめーん」

 マーブルにキッと睨まれ、マガネは、オーバーに肩をすくめてみせたりして、ヘラヘラと謝るのだった。


 その星の一角の王国に辿り着き、やがて緑豊かな大草原に、ヤギのような生き物たちを、犬らしき生き物などが追い立てるのを、人が指示してるところなども上空から捉えることができれば、ズームにした船窓の景色に映る住民たちの、布生地で巻かれた民族衣装のような井手達に、

「おいおい。いつの時代だよー」

 などと、マガネが呆れるなか、マーブルは画面に映ったネットを読み込みつつ、

「こういう国是みたいよ。もともと、原住民もいたけど……今じゃ地球人が多数派みたい。でも、ほら」


 そして、マーブル一行の乗る宇宙船のすぐそばを、どこぞの船が通りすぎれば、

「ともかく、宇宙生物、この土地じゃ、『魔物』って呼んでるみたいだけど……わいちゃって、わいちゃって、しょうがないから、保守ともいってらんないってのが、実情みたい」


 ただ、そこで、マガネはキラ―ンとした眼となり、マーブルに振り向く。


「地球人が多いの?!」

「そ、そう書いてあるじゃない」

「じゃあ、私、はじめて、異星(よそ)で地球の女の子、味わえちゃう感じ?!」

 もはや、欲望の塊といったマガネが前のめりにすらなって、舌なめずりにマーブルに問いかければ、すかさず、その頭をポカリと殴ったのは、ハンドルを握る乙女である。

「いててー」

「この色ボケ! テトの修理が先決じゃ!」


 そして、頬も真っ赤にマーブルが叱る頃、すっかり大人しくなってしまっていたテトが、『ママ……』などと呟くのだから、すかさず、「んー?」と、今度は応対する声を、パイロットの乙女はつとめて明るくする。


『……街ダ』


 テトの答えにつられるようにして、いつものやりとりを終えた乙女二人が船窓を見つめれば、頑丈な、果てなき城壁に囲まれた向こうには、レンガや、石造りの、古き良きデザインの建物がどこまでも立ち並び、二つの太陽の影に、教会の屋根のロザリオも影となって映えれば、その荘厳さも加わった美しさに、

「うわぁ……」

「ひゅ~っ」

 と、思わず、年ごろの少女なら、感動もしてしまう、といったところか。


 ただ、その上空には、ミナトミライと同じようにさまざまなものが飛び交ってもいる。

 とりあえず、パイロット席にて宿泊場所の検索をかけ、

「降りるわよ」

 と、マーブルはアクセルを踏んだ。

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