神の左手?!

「よーし。お昼にでもしましょー」


 製作者としてすっかり満足といった雰囲気の水着の乙女が号令をかけ、ポーチ状となっているケースから、「圧縮カプセル」の何種類かを取り出そうとすれば、改めて、そんな柔肌にジュルリとさせながら、黒一色のセーラー服などは、「私は、マーブルがいいなぁ~」などとニヤリニヤリとしていたが、「あほっ」とあしらいながらも、マーブルが次から次にカプセルを放れば、そこには瞬く間にバーベキュー台などがあらわれると、ハイテクなそれはすぐさま着火し、鼻歌まじりに、マーブルが肉を並べて焼き始めれば、


「やったー! 肉ー!」

「てか、マガネも手伝いなさいよ」


 などと、学生の思い出によくあるようなBBQのひとときははじまるのだった。


 これまた、はじめての光景と、嗅いだことのない、香ばしさに、思わずゴクリと喉も鳴らして、「ガガ……?!」と、テトは興味も津々といったところだったが、


「テトも、お手伝い、お願いー。これはねー、バーベキューっていうのよー」

 と、マーブルはテトに振り向きつつ、圧縮カプセルから取り出したオーディオ機器から流れるBGMには小躍りして、笑いかけるのだった。


 そして、それまでのテトの食事に関しては、手づかみか、せいぜい扱いやすいスプーンかフォークくらいなものにしていたマーブルであったのだが、紙皿に、いよいよ箸を持たせてみれば、テトは左手に箸を持とうとするではないか。これまでも多少、気にはなりつつも、陽射のなか、箸の扱い方を教えながら、マーブルがテトに問うたことといえば、

「……ねぇ、テトー、それ、お皿とお箸、逆に持てない?」

「ギ、ギャク……?」


 マーブルに言われた通りにしてみようとすれば、未だおぼつかない箸の持ち方は、更に扱いを難しそうにし、とうとう、肉は砂浜に落ちてしまった。途端に、這いつくばってはそれを貪るテトの姿に、

「こらー。ばっちいー」

 などと、しつけつつも、研究者としての心の眼は、(ふーむ……)などと興味深く、人造人間のことを見つめていて、それは食後の一服とばかりに、カプセルからろくに弾けもしないウクレレを取り出しては、チェアに腰かけ、一応、Cのコードなどをマーブルがつま弾けば、すぐそばで胡坐をかいたテトなどが興味津々と覗き込むので、


「……そういえば、テト、音楽に興味あるっぽいわよね」

「……ソレ、オモシロイ。今、キイテルノモ、タノシイ」

 などと、砂浜の上に置かれたBGMの流れを指さしては、大きく裂けた口を開き、牙を覗かせながら、ハッハッと息を高揚させている姿など、単なる猫背をした犬の喜びようだ。


(……ふーむ)


 ふと、マーブルは思い立った。そして、カプセルをポイポイと投げると、砂浜の上には、アンプも一式そろえられたグレッチの黒いボディーが現れるではないか。


「オオ……!」

「そんなのも持ってきたのー?」

 テトは、ただでさえ煌々とした眼を、なんだかさらに強め、満腹にまどろむマガネが多少は驚くなか、マーブルは立ち上がると、ケーブルを繋げなくても音のでる、その未来型アンプに、グレッチからシールドを覗かせれば、ジャックに差し込み、


「テトー。これで、音楽、できるわよー」

 などと、エレキギターを差し出しながら、胡坐の巨人の方を振り向くのだった。


 ひょいと手にしたテトであるが、

「ほらー。そうしてもったら、ストラップが回っちゃうでしょー? それは逆ー。わたしみたく、こうやって持つの。こう」

 ちょうど向かい合わせとなったマーブルが、ウクレレの構えで指し示す。ただ、とうとう、腑に落ちたテトが、その通りにしたと思えば、ボソリと一言、「ソレ、ムズカシイ。ギャク、ガ、イイ……」などと、ままに、マーブルがやるとおり、右手をジャラーンと鳴らせば、思わぬ爆音に、本人がビクリと驚いたりとしたが、作者の乙女は瞳をキラキラとさせると、マガネに振り向き、


「間違いないわ! この子、左利きなのよ! このデーターは非常に興味深いわ!」

 などと語りかける。ただ、そんな一部始終をなんとなく眺めていたマガネは、尚、満腹感にまどろみながら、

「そりゃあ、人間なんだから、利き手のひとつもあんじゃにゃいかねー」

 と、あくびのひとつもよこすのだった。


 とりあえず、腕の下側から突き出しているソリッドな箇所のデザインのせいで余計、悪戦苦闘をしつつも、テトは、右手でグレッチをかき鳴らす。だが、新たな発見にすっかり高揚している乙女に振り向くと、


「……ママ、コレ、オレ、オンガク、チガウトオモウ」

「へ?」

 テトの素朴な疑問を前に、マーブルは我に返った。


「今、キイテルオンガク、ト、コレ、チガウ。宇宙船デ、キイタ、歌、モ、コレ、チガウ」

 今、人造人間が握っているエレキギターは、なんとなく乙女が気まぐれで購入してからは、チューニングすらまともに成り立っていない、不協和音ばかりの一品だ。だからせいぜい、マーブルが言えたことといえば、

「あー、タ、『タケルの歌』のギターはね。あれは、アコースティックギターっていうのよー」


 などという、門外漢ができるささやかなアドバイスが関の山であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る