Runner

 ムムム……! と、マガネが羨ましさも惜しまずに口をへの字にしているなか、やがて、マーブルとともに、陸に上がってきたテトは、装甲箇所などに水滴を滴らせながら、海の楽しさにすっかりご満悦といった具合で、


「ガウォォォォ……!」


 などと、背をのけぞらして口にする咆哮は、近場の森並みの木々にいた、始祖鳥のような鳥たちを、驚かせて羽ばたかせるほどであった。


「ふふっ。ねー、テトー、楽しいでしょー」


 こちらも負けじと抜群のプロポーションに水滴を浮かばせながら、マーブルは見上げて答える。


 丁度、パラソルのもとに乙女が戻ってきたときなどは、マガネが、「……こりゃあ、強烈なライバルの出現だー」などと呟くと、タオルで一通りを吹きながらのマーブルが、「なーに、言っちゃってんのよー」とあしらったりしていたが、「さてっと……」などと、続けると、テトの方を振り向き、

「よーし。じゃあ、テトー、今日は、『走る』、やってみようかー」

「ガガ……ハシル……」

「そうそう。あ、そだ。マガネ、あんた、授業じゃ、サボってばっかだけど、ほんとは運動神経、いいじゃない。お手本みせてやってよ」


 そして、首元にタオルをかけたマーブルは、マガネの方を向いたのだが、

「えー、私ー? やだよー。こんなあっついなかさー」

「……そういうと思ったわ……たく、だから、上着くらい、脱ぎゃいいのに……」


 旧友が、オーバーに両手をあげて肩をすくめて、ヘラヘラと返してくれば、マーブルも彼女に対しては、すっかり諦めも早くなっている。

「……まあ、いいわ。テト、うちで教えたわよねー? じゃあ、とりあえず、わたしが走ってみるわ。見ててねー。こんだけ、広いとこだもん。『思いっきり』、ね!」


 そして、ストップウォッチなどを手にし、頭には、テト専用の遠隔用の器具なども飾りのように取り付けたマーブルは、一応、様になるような助走をつける構えをつくると、「よっと!」などと、砂粒をまき散らし駆け出したのだ。


「ガウ……」

「うっひょー」


 途端に、色めきたったのは、その姿を追う視線を送るテトとマガネである。すかさず、そして、そんなテトの横顔にすら、なにかよからぬ悪だくみを考えたふうにニヤッとしたのはマガネであったのだが、

「……どうだい? テトくーん。あの曲線美……ゆれる果実……女の子って、ほんと、素敵だろー?」

「ガギ……オレ、ミテイイノカ?」

「そりゃあ、キミのママが、見てなさいって言ってんだ。よーく、見てあげるべしっ」

「オグ……オレ、カオ、トカ、ヘンダナ……」

「ギャハハ! なに? もしかして顔、真っ赤なの?! そのかったそうな顔、どこが真っ赤かどうかもわからんけどさー。ほーんとに人造人間なんだなー! おもしれー」


 そして、一通りをいつものようにからかって、チェアの上で胡坐もくんだマガネが腹もかかえて笑う頃、砂浜の遠くからは「おーい!」などと、マーブルが手を振っている。


「わたしもサポートするからー。さあ、テトもやってみよー」

「オオ……」

「さぁ、テトくん、ダーッシュ」


 とりあえず、テトは、見よう見まねで構えてみせた。すると、『そうよー。そんな感じー』と、遠くにいるはずのマーブルの声が、思念となって、テトの体内に響き、遠くでは、じっと立つマーブルが集中するように目をつぶっている。少し、生まれてはじめてのことにドキドキもしたかもしれない。となれば、『だいじょうぶ! あんたなら、すっごくできるんだから!』と、作り主に励まされるのだから、気持ちも高揚していくというものだ。また、『走ると、とっても、いい気持ちなのよー』などという心の声も伝わり、そこまで言われれば、その感覚を味わってみたくなるというのがヒトというものだろう。


『いちについてー』

「…………」

『よーい……』

「…………」

『ドンっ!』

「……ガウ!!」


 突然の予期せぬ砂塵に、流石のマガネも「わっ!」などと、目をつぶった刹那、そこには、一瞬、突風が吹いたのかとすら、誰しもが思うような光景だったろう。そして突風は、あっという間にマーブルの元を過ぎ去れば、彼女も等しく、「きゃっ!」と驚いた。そして、作り主の乙女は瞳を見開き、慌ててストップウォッチを止め、そのタイムに驚いたあとに、視線を移せば、既にテトは、そんな彼女の立ち位置からもはるか彼方のところで、尚、砂塵を共にしながら、ようやく立ち止まったところだったのだ。


「テトー! すごーい! すごーい! またテスト大成功ー! やったー!」


 こうして、感激の塊となったマーブルがその後を追い、惜しみなくテトの腕などに抱きついて、まるで、自分のペットでもあるかのように、その兜のような頭を撫でてやろうとしては、灼熱となってる金属箇所に、「あちち」などと思わず、テヘっとペロリすらする無邪気な乙女の姿を前に、テトのなかでわきあがる感情たちといえば、自らの腕を思いっきり包み込んでいる、なにやら、ムニムニとした弾力のことが手伝えば、余計、なにかがムクムクとするやら、こそばゆいやらで、大忙しであったりするのだった。

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