これからの象徴

 想像以上の爽やかな海風を瞳に映し、気持ちよく伸びをするマーブルの隣では、マガネが今か今かと待ち受けているような視線を、よだれもジュルリとしたような口元とともに、乙女に投げかける。ギョッとしたのはマーブルであったが、念を押すように、人差し指を突き出すと、

「いーい! あ、あんたのためじゃないからね! テトー、ちょっと待っててー」

「ガウ?」


 そしてはじめて見る大自然に見惚れるようにしていたテトが我に返って、自らの主の方を振り向けば、マーブルは、丁度、宇宙船に戻るところで、マガネなどが、「照れちゃってー。ツンデレー」などと声をかければ、「違うわ! この色ボケっ!」と、マーブルは本気で怒ったりしていた。


 だが、しばらくして、その豊満ボディをなんとか覆ってるかのようなビキニ姿となり、マーブルがふたたび、宇宙船から現れれば、「うっひょー」などという、マガネの歓喜とともに、テトですら、視線をどこにもっていいかわからない「混乱」すら生じたのだ。


 友の相変わらずには、すっかり呆れているのはマーブルの方である。ただ、

「もうっ。マガネも、それ、熱くないのー? せっかく、こんなお天気なのにー」

「いいのーいいのー。私は、乙女の肌を愉しむ方にゃのだー」

「なーに、いってるんだか」

 などと、二人は自分たちのやりとりのことしか視野に入っておらず、ただ、ただ突っ立っているテトには、


「あー、テトー。ちょっと、そこどいてー」などと、マーブルはお構いなしに指示をだせば、それまで、手のひらのなかで転がすようにしていた、カプセル状のもののスイッチを押すようにして放り投げ、途端にBOMB……と、少しばかり煙があがると、そこには、ビーチパラソルやビーチチェアが現れるのである。


「オオオ……?!」

「ほら、じゃあ、あんたはここで、日焼け止めでも塗ってなさいよ」

「おーう。流石、マーブルー、気が利くー。な、なんなら、私も塗ったげようか? ハァハァ」

「そ、そうくると思ったわ……」


 いつものことながら、いい加減、友の指向にはマーブルも眉間に皺も寄せたくなっていると、漸く、驚くようにしているテトに二人は、ふと、気づいたのである。


「圧縮カプセル、っていうんだよー」

「ア、シュク?」

「そ。マーブルパパの、大発明品さ。いろんなものを、小さいカプセルにして、持ち運べるようにした、ってわけ。オタカラコーポレーションが、有数企業であるとこの秘密のひとつだねー」

「オオ……スゴイ!」

「そうでもないわよ」


 日陰からマガネが見上げ、大きな影を作る巨体に説明をしていると、腰に両の手をやったマーブルが話に割り込んだ。

「そりゃ、戦争続きだったんだから、大した飛躍もないのが当たり前だけどさー。ここ何百年とあまり変わり映えしてこなかった、これまでのほうが、ちょっと異常よ。とうさんがやってきたことなんて、いまあるものに、ちょっと付け足ししたような発明ばっかりよ」

「おやおやー。これまた、手厳しい……」


 そして、マガネがおどけてみせると、

「けど、これからは、ちがう! テト、あんたは、きっと、これからの未来の象徴になるのよー!」

「ショウチョウ……?」

「そっ! さあ、いらっしゃい!」


 パッと明るく笑いかけてきたマーブルの、太陽の元の輝きに、そのプロポーションも相俟って、なにか血流にかつてない動きを感じたのはテトであったのだが、差し伸べられた手を、おずおずと握り返せば、


「よーし。海にはいってみよー!」

「ガウ?! ハイル?! ドコ?!」

「海よー! うーみ!」

 そして、マーブルは、波打つ水平線を指さし、

「アンナ水、イッパイ! コワイ!」

「ギャハハハ! ほーら、がんばれー未来の象徴ー!」

 途端にへっぴり腰となったテトの姿に大爆笑したのはマガネなのであった。


 マーブルのなだめる声も遠巻きに、テトが、尚、波打ち際でおっかなびっくりとしていれば、それをぼんやりと眺めていたマガネは、

「……母子かよ」

 などと、ふたたび、クックックと笑いつつも、ふと、複雑な表情すらよぎらせたが、やはり、海の解放感は素晴らしい。彼女は、セーラーの、リボン代わりの深紅を緩ますと、とりあえず、潮騒にまかせるようにチェアーに横になり、目をつむってみた。


 刹那、うつらうつらともしたのだろうか。そんな時間もたっていない陽射のなか、キャッキャッ、ガオオオと、乙女のはしゃぎに、聞いたこともない咆哮が空に響けば、そら何事かと、黒いセーラーは視点をそちらに向けてみたのである。すると、そこでは、もはや、しぶきをあげて、海水を掛け合う、水着の少女に、人造人間の姿すら確認できるではないか。思わず、身を起こしたマガネが放った一言と言えば、


「カップルかよー! ガッデーム!」

 などという、悔しさも惜しみなくにじませた一言であったりしたのである。

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