夢で会いましょう

 夜も遅くになったところだった。ショートパンツにサンダル履きをしたマーブルが、ピチピチとしたTシャツに着替えていて、そのすぐ下がノーブラであることすらすぐにわかれば、

「ジュルリ……マーブル、サービス、あざーす」

「ばか。ほら、はやく帰んなさい」

 月明かりの下、これでもかとばかりに、マガネはそれによだれを垂らし、マーブルが自らを守るように手で覆いながら、彼女の自宅から目と鼻の先にある、ところどころがライティングされた、広大な日本邸宅の方に、学友を促すことも、よくあることだった。


 ただ、その日、そこには、新たに大きな影が、街中の路地に影を作っていて、それは頭上に光る天然の衛星を呆けるように見上げているのである。気づいたマーブルが、

「あれは、月よー。青くて綺麗でしょー」

「ツキ……」

「で、あのチカチカしているのが星よー」

「ホシ……」

 そして、見とれる巨人に、うんうんと頷いている刹那、


「……私さ。私の居場所って、ここじゃない気がすんだー」

「えっ」


 気づけば、テトと同じように宙を仰いでいたマガネがぼそりと呟くものだから、思わずマーブルも振り向いてしまうといったものだった。


 幼馴染が、ふと、したときから、意味深なことを口にしては、普段からは思いつかないほどに、ほんのり寂しげに無表情な横顔をみせるようになったのは、いつのころからだろう。

「マガネ……」

「なーんてね。なんでもないっ! じゃあ、マーブル、明日も学校でねー! テトくんも、おやすみー」


 そして、おどけてみせると、つい、神妙となって隙ができたマーブルの胸をここぞとばかりに鷲掴みにするのだから、激しい剣幕でもって、心配して損したことを心の底からマーブルが表すことも日常茶飯事だ。


「まったく!!」

 肩をいからすほど怒っているというのに、学友はケタケタと笑いながら、路地の向こうの自宅の方へと消えていく。こんなとき、闇夜のなかに消えていく学友の姿は、その、いつも黒一色のいでたちも手伝って、まるで、いづこかの妖怪の姫にすら思えてしまうものだ。


(…………)


 だが、なんだかんだで心根の優しいマーブルが思ってしまうことといえば、そういえば、片時も、肌のひとつも見せなくなった学友のそれは、いつのころからだったろう、なんてことであったりする。


 あれは、それこそマーブルの方から、マガネの家に泊まりで遊びにいったときのことである。古めかしい柱時計などがアンティークのように並ぶ玄関先で、一応、出迎えにきた着物姿のマガネの母親などはクスリともせず、あからさまに歓迎されていないことはよくわかったものだ。そして、そんな親に応ずるマガネの態度で、母子の仲は明らかにうまくいってないことも、マーブルは察した。ただ、掛け軸なども置いてあるマガネの自室で、その日は、マガネの当時の「彼女」も同伴した女子会は充分に盛り上がったことは間違いなかったのだが、二人は普段着だというのに、その「彼女」だけがバックレスのハイスプリットのドレス姿であれば、流石に、マーブルもなんだか恥ずかしくなったりするなか、「強要」したのであろう、マガネの瞳はいつになく怪しく、眼前で繰り広げられる過剰なスキンシップは、マーブルにとっては苦笑交じりとなるしかなかった。

 そんなさなか、風呂を借りたいとマーブルが申し出れば、もはや、マガネたちは二人の世界に入っていたかもしれない。ただ、着替え一式を手に取って、襖を開ければ、ガラス窓の向こうには、ところどころに、中身はハイテク機器である燈籠なども飾られた日本庭園が広がる和室廊下の木目をミシミシとさせ、勝手知ったるマガネ宅の風呂場まで向かい、大浴場ながら、その和風様式にはいつものように苦戦しながらも、一通りを済ませては、もう一度、マーブルが元いた部屋へと辿り着こうとする頃、その襖の向こう側からは、既に激しい喘ぎ声とともに、なにやらかにやらを思いっきり吸い上げるような音らが、漏れ出てているではないか。


「…………?!」


 びっくりしながらも、こっそりとマーブルが襖を開いたその刹那、そこで、マーブルは、マガネたちの愛し、愛されているような姿を目撃してしまったのである。


「…………!!」


 はじめての光景に、マーブルは、一気にきた赤面とともに、瞬きを繰り返しながらも、目が釘付けとなってしまった。

 ただ、たたみの上で這いつくばるようにすらしているパートナーが、一糸まとわぬ姿である上に、首輪まで装着されてるというのに、そんな姿を激しくせめたてているマガネは、その首輪から連なる鎖を握りしめ、額に汗すら浮かべながらも、相変わらずの黒一色の姿でいたのだ。


 マーブルだって、年頃である。そして、未だ誰とも交際はないにしろ、素敵な王子様と愛し合うことを夢見る乙女だ。ただ、自分が知りうる知識のなかでは、男も女も互いに裸となって愛を紡ぎあっていたはずなのだ。


(…………)


 では、これが女同士の場合の定石、なのだろうか。それはマーブルにはわからなかった。ただ、あの日を思い出せば、幼馴染の自らの黒いいでたちをほどかなくなったのは、気づけば頑、といっていいほどだったということなのだ。


「ママ、カオ、ドウシタ」

「!!」

 マーブルは、ハッと我に返った。どのみちあんな強烈な光景を思い出せば、乙女の顔も真っ赤になる。


「う、ううん! なんでもない! じゃあ、テトも寝ようか」

「ネル……?」

 かぶりをふって、思い直すようにすると、マーブルは、テトのために自分の隣室に用意した、彼用の「自室」に向け、彼を誘うことにした。


 まだそこは、カプセルを横にしたような、筒状の機器がポツンと置かれているだけで、殺風景この上なかったが、マーブルは、その筒のなかの、特殊なクッションをした箇所からコンセントのついた、大きなケーブルのようなものを引っ張り出すと、先ずはテトの装甲の背中にある、専用の接合部分にガコ……とした音もたてて、取り付け、瞬間、テトなどは、「オオ……!!」と、自室に案内されたときと同じような感嘆を口からもらしたが、ケーブルの尺が短くなるにつれ、彼の姿がやがて、特殊クッションの上に綺麗に収まるころには、マーブルは、自らの設計に満足気に頷いた後、


「別に24時間モードにもできるけどさー……あんたは生き物だもん。先ずは眠ってみて」

「ネム、ル……」

「うん。そのうち、うとうと~ってしてくるから」

「ウト……ウト……?」

「わたしなら、すぐ隣にいるから。おやすみ~」

「ママ……?! ドコ、イク?!」

「だから、隣の部屋だって~」

 そして、照明を消してやれば、彼専用の特殊ベッドは、様々な機器の起動を象徴するように、ボォ~っとした鈍い光すら放っていたのだが、慌てるようにテトが起き上がってしまえば、苦笑交じりで、マーブルは、もう一度、赴いてやる。そして、そのメタリックな顔面を、ポンポンと叩きながら、「……意外と寂しがりやだな~」だなんて、しげしげと眺めていたのだが、「まっ、部屋もまだ淋しい感じだしな~」などともひとりごとをするようにすると、なにかを思いつき、「よし、ちょっと、待ってて~」と、一度、自動ドアを開いて戻ってくるころには、そこにはひとつの端末があり、


「よーし。わたしが、読んでしんぜよう~」

 などと、テトの目の前で展開させたのは、立体映像となった絵本の類のアプリであったのだった。

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