夕暮れの一番星

 先ずはマーブルは、テトに対して、知識を口頭で伝えることを心がけた。この時代、人間でもない相手に、そんなやり方で物を教えていくという行為は、「非効率」と断じられても仕方のないことであろう。ましてやはたから見ればロボットにしか見えないのだから、尚更だ。だが、数あるアプローチのなかでも、マーブルがテトにそれでもって物を教え込ませようとしたのは、彼のことを、血の通った「人間」とすら見なしてあげたいからで、そう思えば、少しずつ、紙の本や、端末なども本棚に揃え始めてやったテト専用の部屋では、ページを開くと、ホログラムで映る世界の、そのひとつひとつに、興味津々といった巨人の隣で、乙女は、それらを噛み砕くように、彼に伝え続けたのである。


 今日もかきむしるような蝉の声のなか、早々に学校をさぼると、マーブルは、お手製の空飛ぶバイクで、自宅まで帰っていく。すると、庭には、テトが座り込んだりしていて、主の存在に気づけば見上げ、手を振ってみせるのである。そして、マーブルが彼の元に駆け寄り、「なに、見てるのー?」などと問えば、じっと下を見つめたままのテトは、「……アリ」などと、その行列を指さしてみせたりするのだから、そのギャップに途端に、ギャハハと笑ったのは、共にさぼったマガネのほうであったりした。


 まるで赤子のようだった人造人間も、今や、少年と呼べる程度には、中身も成長した、ということであろうか。流石に、マーブルもクスリとしつつ、日に日に成長する姿には、微笑ましく感じながらも、


「テトー、今日は、お出かけしてみようかー」

「オオ……オデケケ?」

「お・出・か・け。実際、街にでて、色々、見てもらいたいのよ」

「オオ……! タノシソウ!」

「坊主ー、やったねー。はじめてのデートが両手に花なんてー」

「デート?」

「こらっ! また、へんなこと、教えんなっ!」


 そして、マーブルのそばから、マガネがテトをからかうことも日常茶飯事となったなか、いよいよ本のなかでしか知らなかった世界に繰り出せることに、マーブルによって培われた、情操豊かな人造人間の心は、小刻みなステップを踊りたくなるほどだった。


 わざわざ徒歩ででかけた一行は、モノレールなども乗り継いで、ミナトミライ・シティでも、特に、多種多様な人々が行き交う繁華街へと繰り出した。そして、マーブルの自宅では、とっくに見慣れたロボットたちにも様々なタイプがあることに驚きながらも、彼が、この世界に降り立ってからは、漸く目にした、マーブルやマガネたちとも姿形の違う人々に、つい、指をさしてしまえば、


「ウチュウジン……!!」


 などと、興奮気味に口にしてしまうのだった。


「こーらー。人に指ささない。そ。ミナトミライは、国際都市だからねー。特に、大勢の宇宙人で賑わってるのよー」

「私は、どっちかっていったら、地球人系の女の子が、好みだけどねー」

「それは、余計じゃ!」

「マタ、マガネハ、エロイ、ノカ?」

「テトも、深追いせんでいい!」


 今日日の未来の街中では、はたから見れば、長身のロボットを連れた二人連れの乙女など、風景のなかにすっぽりと入り込んでしまうほど、誰もが違和感がない。モノレールに、音のない車も路上をシュンシュンと闊歩し、それは、青空彼方にも行き交う、今日の未来都市も平和そのものである。そして、生まれてはじめての中華系の料理の味に舌鼓を打てば、「オ……オ……オ……オ……!」などと、面頬のような顔面のなかで煌々とする眼も、思わずにやけ顔といったところであった。マーブルは、そんな「成長」ぶりに改めて満足気に頷きながらも、「ほらー。こぼしてるわよー」などと世話を焼く。


 観光がてらの「お出かけ」は、一行が帰ろうとするころには、すっかり暮れなずみ、マガネやマーブルの豪邸が立ち並ぶ高級住宅街の路地の上には、三人の影が伸び、なかでも一際、巨大に伸びる影は、これまでで一番に小躍りしているようだった。マーブルは、その様子を伺いながら、

「どう、テト、楽しかったー?」

「ガア……イロンナヒト、イロンナロボット、オイシイノ、タノシカッタ!」

「どうだい? もっといろんなところに、いってみたいと思わないかい?」

「イロンナトコロ! イッテミタイ!」


 そして、マガネが後を続けるように訪ねれば、屈託なく巨人は答えるではないか。その反応を見て、申し合わせたように頷きあったのは、マーブルたちで、

「この前、もうちょっとしたら、わたしたち、夏休みだって、話したでしょー?」

「ガア……マーブル、学校、ナイ」

「そ。それでね。このご時世、切っても切り離せないと思うから、連れてってあげようと思うのよ」

「ン? ツレテク? ドコ?」

「宇宙さ!」


 遮るようにして、そこには一番星などが輝きはじめる空を指さすと、話をまとめたのはマガネの方だった。

「オオオ!」

 つられるようにして、テトが空を見上げれば、彼の眼のなかでは、注目した一番星に『Venus』などといった表示画面が映りこむ。


 もはや、多くは語るまい。本のなかでしか知らなかった世界に思いを馳せれば、マーブルが作り上げた、テトの血は、一層に流れを強くするだけだ。ただ、すっかり興奮した柱のような姿の眼前では、マーブルなどが、マガネに心配げに八の字眉にすると、


「あんた、ほんとうに、だいじょぶなのー?」

 などと、問えば、

「だいじょぶ、だいじょぶ、無問題ー」

 と、頭で後ろ手にしたマガネがのらりくらりと答えるのだった。

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