王たちの日々 後編

 互いに負けじと、口づけと愛撫を繰り出し合い、やがて体も繋ってしまえば、王の息は勢いと同列に乱れ、妃は激しく喘いでいく。

「あんっ! あんっ!」

「………………っ!!」

 そしてカムイは、時に、行為の最中の感情の昂りの際にみせる、甘噛みと、それ以上の力で肌に歯をあてる癖を、早速、発揮し、

「ん……んん……っ!」

 アスカは、さっき自分が言ったばかりの誓いを守るというふうに、口を真一文字に結ぶと耐えてやるのであった。


 当初、これも鬼の名をほしいままとするハイデリヤの男の習性というものなのか、などともアスカは思ったものだが、光の妃となってからの宮殿暮らしの中、やがて打ち解ける仲になったモル族の女中との女子トークでは、少なくとも、自分自体は旦那にされた事など一度も無いなどという話も聞かされれば、ならばこれは彼が歩んだ複雑な生い立ちの由縁なのであろうか、単なる文字通りの獣なのか、快楽が激しくなるにつれ、アスカの体も喜びに満たされるが、今宵も、少しばかりの痛みも伴う予感もある。


 それは情熱的にアスカを抱くカムイが恍惚とし、「アスカ……アスカ……美しい……美しい……! ずっと……ずっと……オレと……いてくれ……!」などと、耳元で囁かれれば、尚更の事であった。


 そうして、あれだけ雄々しい野獣の王であったと思えば、しばしの余韻を楽しむひと時などは、アスカの胸の柔らかさを楽しむ、かつての無邪気な子供の姿に戻っているのだから、いつもの事とは言え、そんな王の姿が、光の妃にとってはとても愛おしかったのである。


 なにせ、その夜は久方ぶりな、二人だけの夜なのだ。まだまだ、求めあう事となるであろう。そして、アスカが、たった今、受け止めた、カムイの無意識の歯形の肌を、じっと眺めてみたりなどしている時であった。ふと、寝殿の布生地の扉の向こうでは、かがり火に浮かんだハイデリヤ人の顔なじみの女中の横顔の影があるではないか。


 それは、黒王と光の妃の寝殿への入室の許可を、願い出る合図であったのだが、アスカの体に酔い、恍惚と頬ずりしては何も気づかないでいる王を見下ろしては苦笑すると、まるで代行を務めるように、アスカ妃が、沈黙の願いに頷いて、許可をしめしてやり、宮仕えの女は立礼のままに音もなく、部屋の中へと入り来てくると、

「黒王様、恐れながら申し上げます。ケレル族の長が、王に是非とも話があると、宮に入られました」

「……なんだ。月もこんな深い夜に……!」

 アスカの腕の中でカムイは急激に不機嫌となり、召使いは、恐縮して平伏している。


「なんでも……宇宙狩りの事で問いたい事があるとの事……」

「なんだ。今度、オンサルに全員集った時でいいだろうが。今宵のオレは、光の妃といるのだぞ!?」

「申し上げたのですが……なんでも、その、光の妃様の草原であられる、その、太陽系の狩場の事、でだそうで……」

「………………」

 その言葉に、カムイもふと、様子を変えた。やりとりを聞いていて、ここぞと機転をきかしたは矢張、アスカで、

「……ねえっ! 会ってあげなさいよっ。遠くから来てくれたんだしさ……っ!」

「……ふんっ。だが、オレは、アスカの腕の中で聞くぞ! その方が心も安らかにいられるだろうからな!」

 すっかり我も忘れて駄々っ子な様子なのは、黒き王の方であったのだ。


「王よ。しかも、光の妃と共にある時に大変に失礼する」

 通された族長は、平伏している。カムイは父親譲りの長し目で相手を一度見やると、

「…………ふんっ……!」

 などと、惜しみなく不機嫌にして、アスカの胸の中に、更に、押し入ろうとする素振りをしてきた。

(……あんたね~……)

 それを許し、アスカも髪など撫でてはやるが、見おろしては苦笑に歯止めがきかない。


「……黒き王よ。神の子である我らが長兄よ。どうか、弟の話を聞いてくれ」

 ケレル族の族長の口調は何やら深刻そうだ。尚も、アスカの腕の中で相手の顔も見ないふうであったが、「……なんだ」という一言には、カムイという、この星はじまって以来の王の出現で、主従の関係がより絶対となったという風習も、先ずは、話す許可を与えられた事に深く頭を下げて、謝意を表すと、

「カムイ王よ。黒きあなたが全ての部族の長兄となり、俺たちを導いてくれた宇宙狩りは俺たちケレルの者だけでなく、この大地に根ざす全ての部族に心躍るものをあたえた。これは俺たちの斧の行く末が、無限にひろがるような感動だ」

 などと、口にする言葉も先ずは改めての感謝と、相手を讃えるものからはじまるのだから、徹底しているというものだった。カムイは当たり前であるかのように、未だアスカの腕の中で憮然としている。族長の賛辞は更に続いた。


「草原には死の風も吹かない、凪が続くのも、全ては神の子である王のおかげだ。俺たちは更に生み、育て、全てを戦士にし、遥か彼方の空まで王が行けと言うのならば、喜んで応じよう。そして、更には、賢明な王よ。角なき、儚い者たちにも、ととやかかがいる、兄、弟もいる、と言われれば、その通りだとも俺たちは驚いたのだ。戦をひかえている今、仕える家来の異民族たちだけでなく、時に奴隷たちにも、星々で、国で、都で、狩場で、奴らに、それなりに応じてやる兄弟も増えた。するとどうだ。俺たちには叶わぬが、それなりに腕のある一族たちも、更に忠実であろうとするし、まあ、恐れてばかりの情けない連中たちも、玩具なりに喜んでいたりするではないか。そう。王は、俺たちに、まるで俺たちにしかないと思っていた、心、が、全てにある事を教えてくれたのだ。正に、これぞ、神のなせる技、だ……!」

(…………!)

 思わずアスカは碧眼をパチクリすると、かつてカムイに説いたような気がした事を、今更、返された気がして、張本人の顔をも見おろしてみたのだが、自分の中に埋もれたままにいるカムイは、部下の、これでもかと続く賛辞を当たり前のように聞いては、アスカが髪を撫でる愛撫に心地よさげにしているのみだ。と、そこで様子を変えたは族長だった。


「……だから、皆がもつ心、であるからこそ、聞いてほしい、王よ」

 それは、カムイの父祖の故郷であるからこそ、遥か彼方の太陽系で未だ陣取る同胞たちの里心の問題であった。


「実際、太陽系には俺の部族からも兄弟たちを多く出している。それも全ては皆、王のためだ。宇宙狩りは愉快だ。だが、天翔ける船に未だ、慣れぬ者も多くいるのも事実。夜の瞬く光の群れの中に、草原は見えない。どの部族も、皆、女子供も勇猛な戦士ばかりだが、母なるこの刃の海を、思い出さずにはいられない」

「…………!!」

 薄皮のように二人を覆っていた布地を、思わず、はいでいたのはカムイであった。驚いた目をしている横顔をそっと眺めながら、アスカは、乙女心で自分の肌は隠し直し、自らを凝視する王の視線に恐縮するのは族長で、

「お、俺たちにとって、従うのはカムイ・モル、あなただけである事は生涯変わらない。偉大な兄が死ねと言うなら、俺たちは死むことも厭わない!」

 などと、慌てるように答えていたが、

「……船をうまく使え、と言ったはずだが……きついか?」

(…………)


 王の言葉には、驚愕の事実を前にして、部下を労わる心がこもっていれば、肌を隠しながらの妃の顔も、思わず、ほころぶというものであった。今や、頭を地面にこすりつけるようにしている族長であったが、

「なんとか兄弟で話し合い、やってはいるんだ。だが、言った通り、まだ船をあまりよく乗れぬ者もいるんだ。そしてオノゴロの領土は、とうに、容易くとって帰すのも難しいほど、広い……太陽系は、更に、はるか彼方だ。周囲の銀河系連合の者共は、どれもひ弱な奴ばかりといっても、旅路の複雑さはどうしてもつきまとう」


「……ふーむ」

 カムイにとってのそれは、虚を突かれたも同然で、思わず唸ってしまったのだが、

「すまない……王よ。強固な戦士として、打ち明けるのも情けないが、族長として、兄弟たちの心に揺れ動くのもまた事実……」

「いや……兄弟よ。よく打ち明けてくれた。その心、解らぬわけがないだろう。この星は、大地は、オレたちの母だ。いくら強き子であれ、母から遠くにある子が、孤独に耐えきれなくなるのは、オレが一番にわかっているつもりだったんだが……兄弟の事を思えば、オレの心は今、蠢いているぞ……だが、今、暫く、待て。兄弟よ。……もう少し、オレに時間を与えろ。少なくとも、お前たちの長兄であるこの王は、太陽系にいる兄弟たち全てを、常に思っている事は忘れるな」

「……そうか。わかった。一先ず、族長として、神の子に打ち明ける事ができて、俺は嬉しい。……これを聞けば、太陽系にいる者たちも、喜ぶだろう。…………俺たちも、ただ、あなたに付き従うのみなのだ。それも忘れないでほしい」

 やがて、深々と頭を下げると、ケレル族の族長は去っていき、

「……うーむ」

 その頃には、すっかり、ベッドの上であぐらをかき、王は、妃との夜どころの気分ではなくなったようで、暫くはそんな傷だらけの背中を、じっと見つめていたアスカであったが、起き上がると、そっと、その肩に手を伸ばしてみた。なんとそこには為政者の苦労故の筋肉の凝りなど張っているではないか。アスカは思わぬ発見に切なくなると、王の肩もみをはじめるのであった。


 カムイが、快感に唸っていると、

「ねえ? 王さま? そろそろ、本当に政治の事を、考えないと、かなあー?」

「……セー、セージ?」

 肩をもむ妃の聞き慣れぬ単語を、王は聞き返す。


やがて、「政治」について、アスカが掻い摘んで話してやると、

「ああ、かかさまがやってた、族長たちとの話し合いの事か。それなら今でもやってるじゃないか」

「んー。カムイのママ様がやってた頃は、ここに『国』はなかったんでしょー? あんたは、王様なのよ?」


 ハイデリヤ人は、ついこの間まで、自分達の部族の事しか考えていない原始的な社会であった。そんな誰もが近視眼的な考えでしかないところを、たった一代で、王としてまとめあげたカムイは、超人的、と言っていいだろう。彼が半分は異民族の血をひいているとすれば、尚更の事である。そして、カムイという希代のカリスマを前に、どの部族の者も心酔し、従順としている今、銀河系内に、巨大な勢力をも作りあげたわけであるが、言わば、この王がそうであるように、オノゴロという国は、教えるべき親もいないまま育ってしまった歪な赤子のなようものだ。今のままでは色々と危うそうである事は、さきほどの族長とのやりとりが物語っていた。


(こんなところで役に立つとは思わなかったケド……)

 軍人となるためのステータスに過ぎなかった学生時代の知識であったが、元が天才少女であるアスカは、歴史学は無論のこと、政治学などにもそれなりに精通していた。そして、大帝国という野望が、領土を拡張しすぎて、混乱し、破綻してきた事もよく知っている。そもそも世界征服など、無理のある話なのだ。それに比べて、この国の王のそれは、部下の為、そして父の剣を手にしたいだけなどという素朴な理由でしかないのなら尚更の事である。既に大国として、銀河系連合の加盟地域であった地までも有しているのだから、それで充分ではないか。などなど諭し、王を王として、国ごと育てあげるのは、光の妃である自分の役目という気すらしてきた。


 それは、共生の道を自ら歩んでおきながら、今や、他の妃たちが、まるで子に母親が教える習い事であるかのように、王と共に過ごす夜を楽しんでいるなどという真相を知ってしまえば、まだまだ少女でもあったアスカにとっても、女心ゆえの、皆への対抗意識でもあったのだが、同時に、ハイデリヤ人と地球人の寿命の差の事もよぎれば、その治世の全てを、自分が見届ける事が難しい事も、聡明な乙女には解り過ぎるくらいに解る現実であったりすれば、一瞬、アスカの顔も曇ったが、

(……その時は、エミリア、みんな、お願いね……!)

 固い決意と共に、揉んでいた手で、今度はその黒い背中をパンッと叩くと、

「あたしも色々、もっと教えてあげるっ!……あんたが思うほど、いつまでも、ってわけにはいかないだろうケド、ねっ!」

 などと、つとめて明るく、アスカは語りかけたのだ。すると言葉に引っ掛かりを覚えたのはカムイの方で、振り向くと、

「ん? どういう意味だ?」

「プププ……寿命よっ~。地球人は、ハイデリヤ人みたいに長生きできないもーん」

「そ……そんな……なら、若化装置を……!」

「……それは、Nein, dankeっ! あたしは、あたしの人生を充分、生きればいいんだからっ!」

「…………!」


 とうとうカムイはアスカを凝視したまま固まってしまったではないか。しばし沈黙すら流れたが、やがてアスカは、

「あ、あたしはあたしの命があるうちに、あんたの子供だって産んでやるわよーっ! けど、いーい? あんた、あたしがよっぼよぼのおばあちゃんになっても、あたしと一緒にいられるーっ?!」

 など、気まずくなった空気を、どうにか払拭しようと試みた。

「アスカがどんな風になろうがアスカだ。オレは老いたアスカになってもアスカと共にいる!」

「言ったわね~っ! じゃあ、せっかくの久しぶりの二人の夜だもんっ! 今夜は……たのしんじゃお……!」

 アスカは語りかけ、今や、眼前にまで前のめりになっているカムイの頬を、そっと撫でると、優しく口づけをし、カムイもそれに返したが、

「…………やだ……オレ……やだ……アスカが先に死ぬなんて……やだ……その時はオレも死ぬ……!」

 やがて声を震わすと、とうとう、涙ぐみながら項垂れてしまう有様ではないか。そんな黒い王を叱責したのは、矢張、光の妃で、

「その時には私たちの子供もいるのよっ! あんた、子供を一人にするのっ!?」

「…………そ、それは……」

「あんたは、ハイデリヤ人として、大オノゴロ国の王として! しっかり務めをはたして! 生き抜くの! あたしも地球人として、そしてこの国の光の妃として! 精一杯、その日まで生き抜いてあげるから!」


 強く言い切ったつもりだったのだが、目の前で惜しみなくさめざめと泣く鬼の王は、まさしく大きな赤ん坊ではないか。


 とうとう、「ほ・お・ら……! 大丈夫……ダイジョブだってば……まだまだ、ずぅっと先の事なんだから……! 一緒にがんばろっ……。ねっ…………王様っ」などなど、優しく囁いてやり、結局、暫くは、自らの胸の中に王であるカムイを抱き留めては、体を緩やかに揺らし、髪をも撫でてやるアスカの姿は、正しくこの国の国母の誕生であったのだ。











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