王たちの日々 中編

 そして、赤いショールのみを着込んだアスカが、寝殿の、巨大なマンモスの毛皮も敷き詰められたベッドに腰かけ、大きな窓からそっとさしこんでくる月の光などを眺めている頃、部屋の合間を繋ぐ、モル族独特の刺繍の施された扉変わりの大きな布生地はかき分けられ、黒と白のコントラストの民族衣装を着込んだカムイは、ショールさえはがせば、全てが容易く露となる妃の姿に、まるで世界で一番、美しいものでも見るかのような表情で近づきつつ、自らの身に纏うものたちをも脱ぎ捨てていくのだ。ただ、そんな王の姿に微笑んで返してはみせたアスカではあったが、いざ、押し倒し、押し倒されるといった瞬間に、「……と、その前にっ! 王……? ちょっと、お話っ!」などと、眼前で口づけもせまる顔の頬を手で挟み込むようにして、それを御すると、

「ぬあんだ……?」

 月の光に傷だらけの黒い肌も映えるカムイは、アスカの手の平の中で頬の肉も挟み込まれ、おあずけをくらったように、不満と共に、口を尖らしているのであった。


 とりあえず、巨大なベッドの上に、共に向かい合わせに座り、不満そうなカムイの手が無遠慮に胸に触れてくれば、呼応と共にそれを許してやっていると、もう、即座に全てははじまりそうな雰囲気と紙一重ですらあったのだが、先程の浴場で眺めた、第12王妃の傷跡の事を知ってしまえば、とりあえずアスカは、黙っていられない。尚も、すぐにでも襲いかかりたくてしょうがなくなっている王の頬などを、宥めるように撫でてやりながらも、

「……っ。ところで、みんなには優しくしてあげてるんでしょうねっ?」

「……? ああ。アスカが、そう言うからな」

 妃の胸を物欲しげに弄る王は、それが一度、放棄する事を自ら宣言したものの、結局、その後も存在する事となった側室たちの事だと解ると、ぞんざいに答えたのだ。


 あの日、宴で酔いつぶれたカムイを、自らの膝で寝かしつけた後、アスカが行った事と言えば、謁見の間に取って返し、「光の妃」として、乱暴の一切を止める事だったのだ。この星の歴史はじまって以来の王の一言が絶対であるように、史上初の、真の妃でもあるアスカの一言もまた、無論であった。鶴の一声で、鬼たち全員が一斉に平伏する中、そこには傷つき、震える元妃の女たちの姿も哀れで、その不憫さに、アスカの顔は一層に険しくなったのである。


 几帳面に制度化したくなるのは、彼女の血の中を流れる、ギルド発祥の国のお国柄の民族的DNA故だろうか。事態の深刻さに、一先ずアスカが行った事と言えば、宮殿の一室を面接室のようにした、元妃とされてしまった女性たちに対する、本人たちの今後の希望の聴取だったのだ。中には同性故に、アスカに対しては顔をそむけては唇を噛み締め、くやしさも存分に心を閉ざしてしまった者もいたものだが、粘り強いヒアリングでわかった事と言えば、そこにいた誰もが、あれだけの辱めを受けて尚、カムイのそばにいたい、というせつなげな意思であったりしたのだから、アスカの方が目を丸くして驚いたものである。


 特殊部隊の隊員であったアスカや、女騎士であったという第十二王妃のように、そこにいた誰もが、侵略者としてやってきたカムイたちと勇敢に戦った勇猛な女戦士ばかりであり、かつては、囲われれば尚更、敵憎しと思っていた時期もあったのだが、あの豪胆で、冷酷、時に残忍ですらある気性の、実は、その裏腹にあるのは、まるで母の温もりを求めるだけの、か弱き、哀れな赤子の姿であるという事を、そこに見出してしまえば、できれば自分がその母変わりになってやりたいと誰しもに思わせてしまうのだから、これは、一つの星に全く新しい歴史を一代で作り上げた、カムイという男の、持ってうまれた一種のカリスマの類であったのかもしれない。ただ、カムイという、相手の気持ちあっての妃でもある。やがて、アスカは、知恵に知恵をしぼって夜のスケジュールを作りあげていくはめとなったのだ。


「……これは、オレが坊の頃、他の部族の族長の子から聞いたのだがな。母に乳がないと解ると、乳母が現れ、変わりに与えてやるものらしい。アスカ以外、抱く気にもならなくなったオレだが、ふむ。今は乳母がたくさんいるようで、これはこれで悪くもない。……まぁ、もはや、オレは立派な男だ。それに、この国、最初の王だ! 乳だのなんだの言うような、ややでもないのだがな」

(……オッパイ星人のくせによく言うわよ)

 嘯くカムイに、アスカは内心呆れてみせ、

「言ったでしょーっ! 噛んでいいのは、あたしだけって! あんた、エミリアのオッパイ、バクッって、したでしょー?!」

「……?! な、なぜ、それを……!」

「さっき、大浴場で一緒になったのよ~。染みるのよ~? いつも女の子の肌はデリケートだって言ってるでしょ~?」

 エミリアとは、第十二王妃の、エルフの姿をした異星の側室の名であった。それにしても、威勢よくしている男を、たった一言で、違う姿にしてしまう、女とはまるで言葉のマジシャンである。


「つ、つい、夢中になったら、自分を忘れてしまっただけだ……!!」

 理由にもならない理由を述べ、王が、すっかり、赤面していると、

「そおよね~。あの子、あたしよりあるもんね~」

「……ん、んー? まぁ、そう言われれば、あいつの方が僅かばかり……。だが!……アスカのこいつもだが! 歯ごたえのあるものは、食いたくなって当然というものじゃあないのか!?」

(……女の子のオッパイを食べようとするな……っ!)

 更にからかってやろうとも思ったが、どこか天然の鬼の王はその手には乗らず、実直に比べてみせては、答えると、すっかり開き直る始末ではないか。アスカは思わず突っ込みたくもなったが、とりあえず、気を取り直し、

「……ま。仲良くやってるのね」

「ああ。アスカが、そうしろというからな。自分の女など、玩具としか思っていないうちに存外、増えてしまったのだが、話せば、それぞれにいろいろな引出しを持っているものだな。面白い! ……これもアスカに言われた通りだった」


 ただ、王の一言は、他意がない率直な言い方な分、思わず乙女心が気にもなってしまう事もある。(……こ、これは実態把握の調査よ……っ)などと、アスカは自分に言い聞かせながら、

「……あ、あら~っ。どんなお話しているのかしら~?」

 と、今度は、アスカの方が、この日一番の自らの心の中の狼狽を取り繕いつつ、聞いてみると、「ふうむ……」と、まるでお構いなしのカムイは、少し思い出すような素振りをしてみせた後、

「それぞれの国での数の数え方や、その活かし方や、それぞれの星での夜空の見上げ方や、古代にいたという、剣や魔法をよくしたという伝説の英雄の事や……そうだな。じつはアージム鉱石なども記号で表せる、などという話もワクワクし、興味深いな!」

 各自、かつてはその星のエリートだった者たちである。アスカがそうであったように、軍人となるまでの学生時代は、皆、優秀な成績を修めたのだろう。肩にかかる髪をかきあげ、それは算数、数学、天文学、化学だろうか、などと推測しながら、悟られまいとすましつつ、「ふ、ふうん……!」とアスカが答えていると、

「妃など、その柔らかさを枕変わりに、後は、とことん飽きるまで抱く玩具、としか考えた事ない連中だったが……皆、内側には様々な顔を持っていた。驚きだったぞ」

 アスカと出会うまでの、カムイの女性に対する物の見方自体が、歪み過ぎていた感は否めないものもあったが、今や、饒舌になり始めているカムイの瞳は、好奇心が満たされる喜びで、月も映えるとキラキラしているほどである。


 実は未知な事への好奇心が強いのは、母親譲りだったりするのだろうが、その性格の真相を知る者は、今、誰一人、おらず、カムイは更に語り続けた。


「やつら、オレがよく答える事ができると、誉めたりするんだ。面白いから、もっとと話をせがむと、撫でるぞ。そんな時は、まるで坊の頃に、かかさまから神話を聞かされた時の事を思い出す。ああいうふうに誉められたり、撫でられるのは、中身がある包みを手にした気分で、なんだか格別に、いいものだ。そんなときは、みんなが、かかさまみたく見えるし、たまに忍び寄る闇も、どこかずっと向こうに立ち去っていくような気持ちだ」

 生まれてこの方、狩りと戦しか知らないような王である。各自が求める理解も大したレベルではないだろうが、カムイは、そのひと時を思い出せば、はにかむように噛みしめたりもしていて、満更でもない様子ではないか。


「そんな頭遊びや、語り部のひと時の後にやつらを抱くと、何故だか、ポカポカとした不思議な気持ちにもなるぞ。そうだそうだ! 十二番目のエミリアだが、オレの頭遊びがよくできたから、噛んで遊んでいいと言ったのは、寧ろあいつの方だぞ? そ、そりゃ、オレも、少し、嬉しくなりすぎて、歯をたててしまったのだが、アスカに言われた事を思い出して、ちゃんと、謝ったんだぞ?」

「ふ、ふうん…………!」

 元来の性格が性格なので、存分に語るカムイは、何も気づくわけないのだが、ある程度の事は覚悟していたとは言え、むしろ行為に及ぶ前後に、それだけ他の妃たちと仲睦まじくしている様子を想像する事が、アスカの心の中ではせつなく、それを感情にだせないままに、なんとしてでても取り繕うとしている、自分の性格が、より、苦しかった。


 それは良かれと思ってアスカが成した、言わば大オノゴロ国における、「王妃制度改革」の一環だったのだ。時に、気の乗らなさそうな王を、無理矢理に送り出した夜もあり、その一夜が安らかである事を祈れば、心配になった事もあったが、気づけば、思った以上に、上手く機能している様子である。ただ、目の前の王は、他の妃と共にいる時も、片時もアスカの事を忘れていない素振りすらあるのに、彼女の心の中を切なく苦しめるものは一体、なんであろう。


 相変わらず言葉こそ歪であれ、その言い方に、人の心の機微もわかってきたかのような例えもあれば、素直に嬉しくもなってもいいはずなのに、それ以上に、彼女の心の中に疼く、くるほしさはなんであろう。

(……かわいくないな……あたし……)

 自分に厳しいアスカは、自らの内にそんな事をよぎらすと、尚も、新しい知識たちを、惜しげもなく披露し続けようとするカムイの首に、ソッと両手をかけてみた。


 妃の青い瞳は、今や、切なげに自分自身をじっと見つめているというのに、知った事を語る事に楽しくなってしまった王は、全く何も気づかず、その瞳の輝きは、時折、垣間見せる、無邪気な少年そのものである。そして、とうとう、その口を塞いでしまうように光の妃が熱く口づけをしてみせたところで、黒王も、漸く、黙って瞬きをするのみに大人しくなったが、アスカが解放してやって尚、顔は上気させつつありながらも、カムイの目は全く真意をくみ取れておらず、突然の事にキョトンと首を傾げたりしているのみだった。言い様のない感情が駆け巡れば、その傷だらけの鎖骨に顔をこすりつけるようにし、

「………………っ!」

「な、なんだ、アスカっ。くすぐったいぞ」


 声なき乙女の声に、地球の男なら、胸の高鳴りと共に、思わず耳もそばたてたくなるところだが、そこには角しかない、異星人の血、流れる男は、本気で、こそばゆさに大笑いするだけで、暫し、その筋肉の胸の中に佇んでいれば、漸くカムイの腕も両側から伸びてきて、アスカの体を包み込んだりもしたが、やがて、鼻筋のよく通った二つの穴は、すぐ真下にある赤茶の髪に無遠慮に押し付けられると、

「あ~……っ! やっぱり、アスカの髪の香りが一番いい! 此処こそが、オレの帰るべき鳥の巣、というものだ!」

 などと、情緒もへったくれもデリカシーもないのだから、やっぱり、カムイは鬼の王であった。


 やがて、意を決したようにして、カムイを見上げたアスカは、尚、抱きついたままであったが、

「あ、あたしの事は、なにしてもいいからっ。他の娘たちは噛んだりしちゃダメっ。優しくしてあげてっ」

 恥じらいながらも語りかけるそれは、側室たちへの優しさだったのであろうか。それとも、女心だったのであろうか。ただ、いつしかも同じような事を言われた事のあるカムイは、相変わらず自分の気持ちの赴くままで、

「ん? どういうことだ? 相手が噛んでよい、と言っても、ダメなのか?」

「……ダメっ! 言ったでしょ? 女の子の肌はデリケートなんだから……っ!」

「ん、んん? まあ、わかった。では、アスカの肌も、でりけと? なんだろう……? ……気をつけよう……」


 その夜は、カムイにとっても待ちに待ったアスカと過ごす夜である。間近で見つめるアスカの瞳に吸い込まれるように、おのずと気分も高鳴っていくのは時間の問題だった。












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