飢えた黒

(…………いつからだろう)

 暗闇の虚空を眺めながら、男は、思いを巡らしていた。

(…………心の底から笑えなくなったのは……)

 とても懐かしい、子供の頃、男は、今とはまるで別人のようによく笑う少年時代を過ごしていたように思う。草原は彼方まで青々と生い茂り、空はどこまでも晴天であった。

(…………それも一時までの事だがな……)

 そして、今に戻ってくれば、男は、苦々しい顔のままに、険しく、鋭い、黒い瞳で、彼方までを睨みつけるのだ。すると、男が乗る宇宙船は揺れ、目的地に到着したようだ。自動ドアが開かれれば、鎧を着込んだ家来が、

「黒王……、着いた」

 と、報告を告げる。

「おう……」

 黒王と呼ばれた男は、暗闇であった一室で、答え、すっくと立ち上がった。そして、振り向いた先には、光をたたえる場所がある。黒いマントを翻し、鎧も黒づくめで、カチャリ……カチャリ……と歩き出すと、無遠慮な言葉遣いではありながら、そこにいた家来は即座に道をあけ、立礼すらするところに、互いの上下関係はしっかりと物語っている。やがて、通路には、黒い瞳で尻尾も持たぬというのに、ハイデリヤ人特有の角は顔から生やしているという、特異な容姿をした褐色の肌の青年の姿が現れるではないか。頬には、癒えぬ刀傷もあり、それは彼の人生が戦いの連続であるという事を物語っていた。


 専用のハッチが開けば、そこは、日本は、新国会議事堂前にある広場であり、既に多くの者が虐殺され、街は焦土と化した最中にあった。そして、黒王を出迎える為にずらりと並んでいる同胞の兵たちの姿は、どこまでも続いている。彼の黒い髪が、その異星の風になびく頃、思わず王は、

「ここが、ととさまの星…………」

 などと呟くのであった。風は青年の懐に帯びた独特の剣をも、その黒マントから垣間見せる。そして、整然と並ぶ兵たちの間にできた長い道を、今、ゆっくりと、周囲を睨み付けるようにしながら歩きはじめたのは、すっかり成長した、タケルとシリナの子、カムイであったのだ。


 カムイが議事堂内に入る頃、その歩く道すがらには、夥しい数の警察、自衛隊員、国会関係者の骸で埋め尽くされていたが、何事もない顔で、数人の家来と共に、マントをゆらめかし、カムイは進む。と、丁度、いよいよ議場にさしかかった時の事、扉を突き破るようにして吹っ飛んできたのは、同胞の兵の一人であり、

「………………」

 無表情にカムイが見下ろす中、その者はあっけなくカムイの前で息絶えた。すると、側にいた家来の一人が、彼の角に耳打ちするかのように、

「王、ではないらしいのだが、この国を司る者がいてな。そやつは虫だが、家来どもが、とかく、強いのだ」

 と、現状を報告するのであった。


「おう……強い、か?」

 カムイが聞き返すと、

「ああ。だから、黒きあなたに託すしかなくなってしまった。許してほしい」

 その時まで、自らも手を焼いていた家来は頭を垂れる。すると、共にいた全ての者が、その場で土下座をするように一斉に平伏してみせたのだ。カムイには余程、権力が集まっているらしい。

「……敵の数は?」

 相変わらず表情を変えない、合いの子の青年が同胞たちに訪ねれば、

「……女が、数人」

 平伏したままに、更に一人の家来が答え、

「ほう……かかさまのように、強ければいいな」

 呟くように言い、今や、カムイは議場内に入っていくのであった。


「ぎゃーーーーーーーーーーー!」

 丁度、室内では、宙に浮かぶようにしていた同胞の兵が、みるみる、風船のによう体を膨らますと、木っ端みじんに砕け散り、その五臓六腑が、あちこちに横たわる政治家の背広姿の死骸の上にまき散らされるところであった。手をこまねいているようにしていた他の兵たちが、カムイの姿に気づくと、

「黒王だ!」

「黒王様が来てくれたぞ!」

 などと、次々に口にし、その場で平伏する。カムイは者共に応えるようにして片手をあげると、じっと敵の方を眺めてみた。


 今や、中央にある檀上では、烏帽子のデザインの制帽をかぶり、水干に袴の、白拍子の様なデザインの制服を着込んだ若い女性たちが、円を描くように浮遊していて、一斉に祝詞を諳んじつつ超能力を発揮し、奮戦しているところであったのだ。激戦故だろう。女の誰もが、その額に、球のような汗が拭きこぼれている。

「ひぃ………………!」

 一際に、甲高い男の声がした。そこにはその女たちに守られるようにして、腰くだけとなっている、白髪交じりの老いた男がいるではないか。それは初代内閣総理大臣の代に編成されたという、超能力を主軸とした特殊部隊に守られた、時の内閣総理大臣の姿であった。


 詳細を知らないカムイは、男のだらしない姿にとりあえず、表情をしかめ、

「弱いな……」

 と、一言、口にし、

「お前たち、邪魔だ……もっと、強くなれ」

 そう続けると、マントから手を突き出すようにしたのであった。


 撤退命令であることを悟った兵たちは次々に、

「黒王……すまない……!」

「次の星では、俺だけで半分は焼け野原にしてみせる……!」

 などと、口々に言いながら、カムイの姿を横切る時に必ず、立礼をし去っていく。


 カツリ……カツリ……

 やがて誰もがいなくなった頃、鎧の音をきしませつつ、カムイは階段を降り、檀上に迫っていこうとすると、

「はやく! はあく! しっかりと! 彼を殲滅しなさい!」

 やけに滑舌の悪い大臣は、慌てふためき、早口に、特殊部隊に命令を下すのだ。

 いくら代々、鍛え上げられてきたとは言え、部隊の女性陣は、段違いの相手が目の前に現れたことを戦わずして感じていたが、事態は国家存亡の危機だ。一人がサイコパワーを打ち放つと、カムイはそれをまともに受けた!


 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON………………!!

 鈍い音と共に、カムイの体もくの字に曲がり、

「やいまちたね!」

 年老いた男は歓喜したが、烏帽子の下の女たちの顔は、どれも厳しい表情のままである。


「ふーむ……」

 やがて、カムイは何事もなかったかのように、顔をあげてみせたのだった。再び慌てふためくは地球側の方であり、

「はやく! はあく! しっかいと!」

 年老いた大臣の声は、どんどん滑舌が悪くなる中、カムイはそちらにはもう一度、顔をしかめた後、再び歩きはじめ、

「なぁ……お前たち……」

 と、宙、浮かぶ特殊部隊の戦闘員たちの方を見上げ、

「そんな情けない者の家来でいいのか? オレは強い者が好きだ。そして、強い女が好きだ。オノゴロの民は、オレの元、男も女も、皆、強い。そして、オレは誰よりも一番に強い。お前らもオレの家来になれ。それはオレが屠ってやるから」

 などと語りだしていると、それを遮ったのは、守られるようにしてある、老いた者で、

「き、君! 何を言ってうんだね! ちゃんとした外交ルうートも通さなかったくせに! さぁ! 君たち、しっかいと!」

 発音不明瞭も、カムイが近づけば近づくほど、どんどん極まっていく。


 言われるまでもなく、特殊部隊はサイコパワーを次々にカムイに放った!


 BEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAM…………!!

 BEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAM…………!!

 BEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAM…………!!

 BEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAM…………!!

 波動は強烈な閃光だ! だが、カムイが利き手である左手を、マントからかざしただけで、その全てはまるで吸収されるかのように、あっけなく掻き消えてしまったのだ!


「残念だ………」

 そして、カムイは呟き、そのまま、ゆっくりと握り拳を作るだけで、

「………………!」

「………………!」

「………………!」

「………………!」

 宰相を守り抜こうとしていた精鋭部隊は途端に一斉に苦しみだし、絶命すれば、地に落ちていくではないか!


「ひぃ…………!」

 またもや、一際に、甲高い男の声がし、絶命したはずの特殊部隊が皆が皆、容姿端麗でもある中、誰か一人の者は生き残ったでようある。丁度、落下した箇所で、女座りにせきこんでいて、やがて、カムイの鎧の音が近づけば、もはやここまでとは思いながらも、その者は、相手を見上げ、意思の強そうな青い瞳でもって厳しく睨みつけてやったのだが、黒い者は無表情に、じっと、その乙女を見下ろすのみであった。


 世界は、滅ぼされる最中にあった。尚も、ヤマトポリスには激震が揺れる議事堂内では、一つの机とパイプ椅子が用意されていて、その片側には、日本の首相が座り、

「わ、私たちはなにもね、お互いに文化をもった、文明人同士であるわけなのだから、こういうふうに、ちゃんとしたはなちあいをもって、問題を解決したいだけなのだよ」

「………………」

 顔をひきつらせて語りかける、その向かい側にはカムイが座っていたのだ。だが、カムイは、自らの膝にのせた女を眺めているだけで、何も答えようとすらしなかった。そして、女の方もまた、悔し気に見返していたが、やがて水干調の制服を脱ぎ、つけていた下着すらも取り除けば、途端に、豊かな乳房がふきこぼれたのである。


 全てはカムイの命令で、とうとう女は屈辱に顔をそむけてしまった、その時、

「………………!」

 その光景を前に、途端に目を潤ましたカムイが次にした事と言えば、その胸の中に飛び込んでは、顔を埋めるようにすることであり、

「かかさま……かかさま……!」

 なぞとうわごとを何度も呟いては、頬ずりすらはじめ、

「かかさまのように……撫ぜてくれ……! 抱きしめて、くれ……!」

 と、やがて懇願する声音は、まるで子供のようではないか。顔をそむけていたはずの女は、思わず拍子抜けしてしまい、しばし、驚くように敵の大将を眺めるのみだったが、やがておずおずと、言われた通りの事をしはじめれば、

「ここに、ここに……! 口づけを……くれ……!」

 どんな耐えがたい陵辱が待っているのかと思えば、目の前の鬼は、今や体が大きいだけの赤子のようだ。ただ、ただ、女は驚き、今なら、せめて首相一人を逃がす手くらいあるのではないかなどという考えを巡らせながらも、どこか切羽つまってすらいる懇願を目の前に、つい、言われた通りにし、敵のその額に口づけしてしまっていた。


「………………」

 羨まし気にしながら、目を泳がせ、困っていたのは総理の方だった。そして、眼前の敵は女に熱中して隙だらけである。ふと、総理が見渡せば、そのすぐ近くには、丁度レーザー銃が転がっていたりもするではないか。ここで大敵を討ち倒せば、かの英雄と肩を並べられるかもしれない。

「ちゅ、つまいは、君たちの大オノゴロ国とも、わ、我わえは、太陽系連盟のどの星、国よりも、国交できる準備はあう、と。ハイデリヤと地球、日本! 遠い距離ではあるけれども、我わえは、お互い、信頼を、といもどす! と、つまいは、そこから……」

 やがて総理が政治家らしい言葉を並べ、誤魔化しつつ、そっと手を伸ばし銃を握ろうとした、その時だった。


 乳房と腕の隙間から、先刻までの赤子のような口調が嘘のような、ゾッとするほどの冷たい黒い瞳はのぞくと、総理を睨み、

「お前……うるさい」

 などと言い終えるや否や、カムイは抜刀し、それは眼前の机と共に、首相の腕も鮮やかに斬り捨てていたのであった。


 それは、少し驚くような内容の性的な仕打ちに気持ちが唖然としていたとはいえ、日ごろから厳しい鍛錬を積んできた特殊部隊の女性隊員ですら、気づかない程の早業であり、

「………………!!」

 声なき声をあげ、鮮血にのたうち回りながら首相は泣き叫んでいた。やがてカムイは、ひょいと女を抱きかかえては立ち上がり、そんな姿を見下ろしては、

「……よわいな~、お前」

 と、蔑むように哀れんだ後、

「お前たち、ほんとに非力だな。……本当に、ととさまと同じ民族か?」

 などと答えるのみで、

「……けど、気にいった……!」

 と、今度は女の方を振り向くと、その柔肌を確かめるようにカムイは女の胸元で頬ずりを繰り返し、それはまるで何かにすがりつくような表情すらも一瞬よぎったが、

「女……名前は?」

 ただ、ふと止まって訪ねる視線はどこか冷たいものもあり、軽々と自らを持ち上げた異星の男の腕の中で、驚きのままに瞬きを繰り返し、その頬ずりを許していた女は、護るべき首相の方と交互に見つつも、

「あ、あたし? ……アスカ、よ」

 などと答えれば、

「そうか…………、アスカ…………。お前……いい……。……気に入った……! お前も……今日からオレのモルだ!」

 と、カムイは再び頬ずりを繰り返していく。


(……あ、甘えん坊?)

 何かといろんな意味で、未だ、アスカがギャップに苦しむ中、

「なぁ……アスカ……」

 自分の胸元にある敵将は、すっかり夢現な表情で目を瞑っていて、

「ととさまの剣、知らんか?」

「剣……?」

 訪ねる言葉をそのまま返しながら、アスカは、自らの袴に尚、帯刀されているレーザーサーベルの柄と、今、正に、意識を失おうとしている総理の姿に、もう一度、交互に視線を移してみせたりもした。


 いつしかの訓練中の会議で、どうやら、このカムイという敵の王が、地球人とハイデリヤ人のハーフであるらしいなどといった情報があった事も思い出したが、

「あ、あたし、末端なのよっ!」

 未だ、口調こそ屈する意思のない強いものだったが、一瞬、腰元の剣に伸ばそうとも思ったはずの手は、気づけば、おずおずと、カムイの髪を包みこむようにしてしまうと、自らのことすら語りはじめていて、

「日本の事だって、まだ、知らない事、あるんだからっ」

 自分の気持ちにためらいながらも、アスカは、青い大きな目を泳がせ、言葉を続けるのであった。すると、いつの間にか、アスカの肌に顎をのっけるようにしていた黒い男の切れ長の瞳は、烏帽子調の制帽から覗く乙女の赤茶色した長い髪を、じっと呆けるように眺めていて、

「お前の髪色、かかさまみたいだ……」

 などと呟き、まるで、今の話などなかったようにしてるではないか。瞬きが止まらなくなるようなことの連続のアスカであったが、つい、故郷の言葉で

(……Bi……Bist du ein Muttersöhnchen(あ、あんた、マザコン)?)

 とは、心の中で呟かざるをえなかった。


 夜の帳も下りる頃、襲来した宇宙船の周囲には、やがて、いくつものトーチに炎は炊かれ、ハイデリヤ人特有のテントも張られていけば、鬼たちの勝利の宴のはじまりである。琴の音には、歌声に囃子も鳴り響いていたが、いつの頃からか、一切、その類に興味の失せたカムイ専用のテントは一際に大きく、ヤマトポリスは国会議事堂前に打ち建てられており、

「あんっ! あんっ!」

「………………!!」

 ハイデリヤの宇宙生物の毛質で出来たベットの上では、丁度、アスカがカムイに抱かれ、激しく喘いでいるところであったのだ。

「お前……綺麗だ……! かかさまみたいだ……!」

 呟くカムイは、背後から更に激しく突き上げながら、今や、縋りつくように抱きついてくれば、キスを求めてくるではないか。

(………………っ!)

 最早、心で呟く余裕も無くしたアスカであったが、もの言いたげに振り向けば、そこにある黒い瞳は、またもや、さっきのように、どこか切羽つまったように潤んですらある。

 

 先刻、出会ったばかりというのに、鬼の王が時折垣間見せる、この複雑な表情を前にすると、アスカはつい、気になってしまう。すると気づけばキスで応えてしまっていて、とうとうカムイが激しく爆発させ、それがアスカの中に染み入り、

「……………………!」

 二人は共に絶頂を迎えてしまったのであった。


 地球上、どこもかしこも世界の終わりとばかりに焦土と化し、鬼どもの宴も周囲で一際に愉快げに騒ぐ中、カムイのテントは、暗闇と静寂でしかなかった。余韻を楽しむかのようにアスカの腕の中で頬ずりし、小さく縮こまるようにすらしているカムイを見下ろしながら、

(……これが、Dämonの王様?)

 などと、青い瞳が複雑な表情でいると、

「……黒王」

 と、家来の一人がテントに入ってきたので、思わず乙女心が、自らの肌を隠そうとする最中、

「……おう…………どうだ?」

 カムイはまどろみつつ、家来に何かを訪ねていた。

「だめだ。とりあえず世界中、支配してみたが、それらしいものはなかった」

「……ないのか。他の星は? 国は?」

「そっちはまだ探しているが……」

「……まぁ、いい。続けろ。オレは、帰るぞ。ととさまの星だが、失望した」

 会話は続き、やがて家来が立礼して去った頃、

(………………)

 アスカは、自らの腕の中で目をつぶる男の言葉の中に、なにか言い知れぬ複雑な生い立ちを感じていた。 

 

 遥か彼方の星へと連行される間、アスカは、普段から自らの長い赤茶の髪を双方でまとめている、二つの赤い髪留め以外は、まるで、アラビアンナイトに出てくるショールで透けた、赤い衣装の着用を強制され、とうとう王妃にさせられてしまったのだ。


 猛鬼が、宇宙船を操縦する異星人に威圧的にして、休みなく四六時中働かす中、不本意な気持ちのままにカムイの側にいれば、

「ほう……王が一人とは珍しい。原住民か?」

「ああ。お前は?」

「俺は、金になるという事をやってみた。好き者の星に売っ払ってみたんだ。女は、この前の星の方が具合が良い」

 などという、男同士の会話には、悔しさすら噛みしめたものだが、やがて青い瞳には、船窓に映る、地球よりも遥かに大きい海の惑星があると、

「これがハイデリヤだ」

 カムイはアスカの隣に来て語るのであった。そしてそこには、これまた途方もなく巨大な大陸が一つのみ、浮かんでいて、

「刃の海だ。オレ達の草原。オレの国、大オノゴロ国だ」

 その国を名乗る時の黒き王は、少し自慢げでもあった。


 銀河系最強と言われる戦闘民族の故郷である、果てしない草原の美しい風景にこそ、アスカは見とれる程であったが、「大都オンサル」なる、オノゴロの首都は、植民星となった異星からの宇宙船こそ行き来はあれど、草むらのままに道路の舗装もなければ、未だ定住になじめぬ者たちのテントもある程の乱雑ぶりで、混沌とした市場では血だらけとなった鬼たちが、取っ組み合いの喧嘩もしている、未来都市などとは到底程遠い、まるで地球の歴史の太古に消えたシルクロードの街並みのようであれば、アスカの青い瞳は驚きに瞬くのみであった。ただ、カムイの住居である、白き、タージマハールのような王宮だけは整然とし、やがて二人が従者や兵たちが立礼する中の通路を通り過ぎると、

「お前が最初に、ややを産め」

 などというカムイの一言と共に通された、室内に、噴水のような湯もたたえる、壁面も絢爛豪華な巨大な一室では、どれもこれもショール姿の、鬼の王の元に屈した様々な星出身の王妃で埋め尽くされており、ここに至るまでの道中も夜通し抱かれ、その腕の中に抱いてやっている時の無邪気な寝顔などを眺めているうちに、すっかり心変わりもしていった新たな王妃と、古参の王妃たちの間では、女同士の戦いの予感が張りつめはじめたのである。


 そこは、かつてはモル族の狩場の一角に過ぎなかったのだが、最早、巫女の時代の往年の清貧や貞操など伺い知る事ができない欲望で満ち満ちた、都と宮殿であった。

















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