Departure Time
「オジー……! マミー……!」
燃え盛る光景を前に、もう一度、少女は、どこにでもいるかのような女の子へと戻り、うずくまる。すると、
『モモ……』
彼女の名を呼ぶ、聞き慣れた声がするではないか! モモが顔を上げれば、燃え上がる家の光景のただ中にあるようにして、祖母、マミが立ち、こちらを見つめているのだ!
「マミー?!」
驚き、少女は答えていた。ただ、その姿はなにかのホログラムのようでいて、その向こうの景色をも映す透明色なのだ。
『……大丈夫よ、モモ。オジーもこちらにいます。あなたの事をどんな時も見守っているわ……。……いつまでも』
穏やかな笑みは語り続ける。と、すぐ間近で、今度は聞き慣れた機械の作動音がし、モモは振り向くのだ。
そこにはギターケースを抱えた、お馴染みのドローンが浮遊していて、
「御嬢様……」
などと語りかけてくるではないか!
「テオ……!」
思わずモモは立ち上がると、抱きつくようにして、人工知能が手にしていたギターケースを抱きしめたのだが、すぐに、ハッと思い直すと、
「……! テオ! あそこにマミーがいるの!」
と、炎の方を指さした! だが、既にそこには盛る炎が、ただただ、燃えているだけだったのだ。
「え…………」
爆風に、少女の髪も揺れる中、やがて、代々の主につき従ってきた機械の従者が口にした事と言えば、
「……ソレハ、テオノ、コノスコープノ眼デハ探知不可能ナ、御嬢様ニシカ見レナイモノ二ゴザイマショウ……サァ! 此処ハ危険デス! 安全区域ヲ割リ出シマシタノデ、避難ヲ!」
という、催促であったのだ。
一体、現在がいつの時間なのかもわからないほどに、炎は空を覆っていた。鎮守の森の一角にて座り込むモモが、漸く本格的に憔悴しはじめた頃合であろうか。
「御嬢様……」
隣に置かれたギターケースの上にて、それを守るように佇んでいたテオは、再び、浮遊をはじめ、
「事態ガ事態トナッタ時、開示スル様ニ仰セツカッタ、ホログラムヲ再生シマス」
と、意を決したような口調で、モモに語りかけるのであった。そして、地面に再生された映像は、詰襟をした、白い無地の制服のようなものを着込んだ、品のある老婦人の姿であり、同じクマソの生まれではあるが、当時はヤマトポリスで暮らしていて、モモも生前に一度だけ会った事のある見知った顔と確認すれば、
「……アミオバーっ?!」
と、自らの曹祖母の名を口にするのであった。ただ、その顔は、縁側にて、着物調の衣服をまとい、ひ孫に常に柔和な顔を見せていた記憶と異なり、随分と深刻な表情でもって、やがて口にひらくと、
『大きな力が……融和となるはずであった大きな力が……変容する兆しがあります。……あなたがこれを見る頃、銀河の調和は大きく乱れはじめている事でしょう。父さ……全てが我らが神祖、近衛タケルが、晩年、憂いていた通りに……私には力不足でした……ごめんなさい。ですが、あなたに託させて…………!』
などという意味深なメッセージであったのだ。
(……タケル?)
モモは理解はできないままに、その名は聞いたことがある。否、今日日、日本人でその名を知らぬ者などいないであろう。先の第一次宇宙大戦を終結へと導いた伝説の剣士の事ではないか。
ただ、少女にとって、自らのひいおばあちゃんが何を言っているのは全く理解できないでいた。
「……テオ、なあに? いまの?」
モモは首をかしげて訪ねるしかない。すると、
「御嬢様ガ名付ケラレタ『ミラクルパワー』ニ関シマシテモ、起源ハ、タケル様ニ遡ルノデス」
テオの答えはいまいち要領をえない。教科書端末にも記載がある名が、自分とどんな関係があるというのだろうか。だが、今度は、歴史上でも伝説の人間が自分のルーツなのだと、人工知能は話し続けるではないか。
「はあ? うちと名字も違うじゃなーい」
確か、その家柄は先祖代々、随分と由緒正しかったはずである。こんな時に何を言い出すのか、もしかしたら故障でもしたのではと、モモは、困惑気に、その大きな南国美人の瞳でドローンを覗き込むようにしていると、
「……後ニ旦那様ハ、当時ノ奥様ノ、婿養子ニ入ラレマシタ」
と、AIは続きを語りだし、その後に映し出されたのは、モモも授業中や勉強中に眺めた事のある、長身に細面で丁髷姿の、割と整った顔立ちの男が、どこかで見たことのあるギターを手にしていて、すぐ隣には、そのギターにちょっかいをだそうとしている赤ん坊を抱いた、実際、授業中などに、同級生からもその相似を指摘された事のある、自分とよく似た女性が、共に笑っている画像であった。
「イヨ奥様ノ御手ノ中ニイラッシャルノガ、アミ様デス」
(…………!)
そしてテオは、モモが驚く目の前で、自らが保存し続けてきた、モモに至るまでの歴代の画像を次々に映し出していくではないか! 画の一コマ、一コマに説明を加えていくその声質は無機質ながら、まるで、大事なものを愛おしむように懐かし気であり、
「…………ソシテ、キヨ御嬢様ノ元ニ、モモ御嬢様、アナタガ、オ生マレニナリマシタ」
語り終える頃、それは、一つの家族の、壮大な群像の歴史の物語であったのだった。
(…………!)
目の前で繰り広げられていく大いなる流れに、何か、胸の奥に熱いものすらこみあげてくると、気づけば、モモの瞳には、束の間に何もかも忘れた涙すらたまってるのを感じていた。
「ソウデス。御嬢様ハ、カツテ、ヤマトニ宮殿ガアッタ時代、ソレヲ代々守護シタ、古来カラノ一族ノ末裔、トイウ事ニナリマス」
(…………!)
どこにでもいる女の子と思っていたモモにとって、それは更に衝撃的な展開となった頃、ふいに、テオは、
「メールヲ受信シマシタ。送リ主、元軍団長グリバス!」
とアナウンスをし、
「……グリバス?」
その名もどこかで聞いたことのあるモモは呟く。授業で知った記憶をたぐりよせれば、それは確か、日本の新政府設立時の内閣にいた、初代の防衛大臣だった者と同じ名前のはずだ。
「添付サレタデーターヲ表示シマス」
そしてテオが自らの機能によって、電光状に浮かび上がらせる地図の地点は、クマソの廃港となっていたのだが、
「現在地ハ此処ニイラッシャルヨウデス……至急来ルヨウニ、トノ事デスガ……」
「いいわ。いきましょっ」
テオの呟きに少女は即答で、もう、何があっても驚かない心境にすらなっていたモモは、今日、何度目かの瞬間移動の準備に、既に取りかかっていたのであった。
戦火から辛うじて逃れたようにしてある、積み上がったコンテナだらけのその一角に、少女とドローンが辿り着き、ハッチを開けると、手足もなく、まるで、ダルマのようにして床から生えている、そのサイボーグの者は、今や体中を完全に機械化していたのだが、唯一、残し、来たるその日まで瞑っていた有機体部分のトカゲの眼を、今、ゆっくりと開けようとしたところであった。だが、長い、長い、年月の中で、その目も白く濁り、映る、モモの姿と、テオを目視するのは困難な様子だったが、それでも細めるようにすると、
「おお……タケルの玄孫か」
などと、老いた声は、倉庫の中に緩やかに響くのであった。
「凛々しい少女となったな。若い頃の艦長、そっくりではないか。懐かしいのお……」
尚も老人は語り続ける。
「本当に、あいつの予言通りになってしまった…………よもや……白兵部隊隊長の子が……ゴホッゴホッ!」
度重なるサイボーグ化で、老体は、とっくに限界を超えていたのだ。神妙な面持ちでモモが見つめる中、
「この時のために、将軍……お前の大昔の先祖は、一隻の船をワシに託していたのだ。そして来たる日まで、ワシは、それの生命維持装置に特化した体に作りかえる事にしたのだよ……。ゴホッゴホッ!」
「ちょ、ちょっとっ! 大丈夫っ?! おじいちゃんっ!」
たまらずにとうとう少女は駆け寄ると、グリバスは、尚も目を細め、
「玄孫よ……今度は、お前が、銀河を救うのだ」
(…………!)
今日一日で随分と突飛な事には慣れたと思っていたモモであったが、流石に、その一言には驚くのであった。
「将軍の予言は当たってしまったのだ。ならば、それを止められるのも、将軍の血をひく者以外にあらず。玄孫……名はなんという……?」
「モモ、です……」
今や苦し気なグリバスに寄り添うようにしているモモは答える。
「そうか……モモ……隊員……ならば、ワシが鍛えてやらねば……レーザーサーベルは……どこだ……タケル……隊員……なんだ、そのへっぴり、腰は……敵は……待ってくれん、ぞ…………!」
「……錯乱シテラッシャイマス……応急処置ヲ行イマス……」
寄り添うモモを飛び越えるようにして、テオがグリバスの元に接近すると、なにやら、機械部分に作業をはじめ、
「ううむ……!」
唸るグリバスはなんとか舞い戻り、
「モモよ……ワシらが取り戻した平和を、再び、頼む……取り戻しておくれ……! ゴホッゴホッ!」
「わ、わかったわっ!」
最早、見てられなくなったモモは、咄嗟に口を開き、
「わたしが取り戻してあげるっ! だから、おじいちゃんは、ゆっくり休んでっ!」
などと、思わずとんでもないことを誓ってしまうのであった。
「ハァハァ……口ぶりまで……まるで生き写しだな……」
しばし老人は、何かを思い出すようにしていたであろうか。だが、そうした後は、
「テオ……あとはわかるな」
その一言と共に、ダルマと化したグリバスの背後にて、壁面だと思っていた箇所は、実はシャッターとなっており、ゴゴゴ……という重い音を立てると共に、少女の眼前に現れたのは、かなり旧式な一隻の宇宙船の姿であったのだ。テオは、懐かしきその機体を眺めた後、
「……問題アリマセン」
と、答え、
「ふむ……では、先ずは木星へ……急ぐがよい……後の事はウズメが…………モモよ……気合を……いれろ……気合……!」
グリバスは、尚も𠮟咤激励に徹しようとしていたであろうか。だが、その目は一際に大きく見開かれたと思えば、やがてゆっくりと瞳を閉じ、
「……イツカ、電子ノ世界ニテ、オ会イシマショウ。……同志ヨ」
テオが手向ける言葉を送る中、少女は静かに立ち上がったのだった。
随分と旧い型であるとはいえ、宇宙船は、コクピット席も綺麗にクリーニングされていて、この日まで、メンテナンスに関しては全く問題ない事を物語っていた。搭乗者数は三、四人ほどが乗れる程度、といったところであろうか。そんな小型な船の、空いた座席にはギターケースすらも括られている中、操縦棹のある座席の前には、女は度胸と言わんばかりに銀河の平和を買ってでた、モモの凛々しい顔が着席はしていたものの、成人にすら達していない女学生は、無論、免許の類など持ち合わせていない。しばらくは口を真一文字にした強気な瞳が、凛々しく目の前を見つめていたりしたものだが、とうとう、少し、ためらうようにすると、
「わ、わたし……パイロット免許、もってないわよ?」
などと、ひとりごちてしまうのであった。
「ゴ安心下サイ!」
そこに明朗に答えたは船と一体化したテオであり、間もなくして、着席する少女の周囲にある機器類の、回路、回線が、次々に始動をはじめれば、電光の光すら帯びていくと、
「……コノ、テオメニ!」
心なしか従者の声は機械なのに、それは心が躍っているようだ。
(……木星、か~)
少女は大きな瞳をクルリとしてみせた。せいぜい、修学旅行で、火星の古都か、青い月のリゾート地にいったことがある程度の、田舎の女学生には、それは遥か彼方の世界に思えたのだ。と、同時に、その思い出を共に楽しんだ家族や友たちの姿をも心に浮かべれば、
(…………みんなっ!)
と、乙女は祈るように目を瞑る。
「シートベルトヲ、オシメ下サイ」
今やテオは、まるで機内アナウンスである。少女が言われた通りにすると、コンテナの屋根部分は開いていき、黒い闇のような煙の隙間から、太陽の眩い光がのぞいたり、消えたりを繰り返していた。
こうして、次々に、地球の世界各地を襲撃する大オノゴロ国の軍を前に、地球側は、各国が、各自の軍隊で、それぞれに立ち向かおうとしていて、日本の首都ヤマトポリスでは、時の総理大臣が緊急事態の声明を立体映像にて国民に訴えかけたりもしていたが、その首都陥落も時間の問題であったりする最中、モモは宇宙船のもつハイスペックな機能の一つである、ハイパーワープでもって、其処を後にし、木星に向かうのであった。
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