番人の少女

 ハイパーワープで使われるエンジン加速でもっての、モモにとって初の太陽系、遥か彼方までの旅は、ほとんど、駿足といっていいほどに数々の星々を早送りのように駆け抜け、あっという間に終わってしまった。

「………………っ!!」

「データーヲ確認。目的地ニ到着致シマシタ」

 少女が大きな瞳をパチクリしてる間に、気づけば、永遠の夕焼け空をたたえる雲しかない世界の中を船は航行していて、やがて、もう使われなくなって久しい、廃墟の空中宮殿の一角の係留施設に、宇宙船はドッキングをするところであったのだ。ハッチが開き、モモが一足踏み入れると、一際に風を呼び、埃が舞った。ムーコを残念がらした見せパンのままとはいえ、少女は乙女心で、思わずスカートを抑えつつ周囲を見回す。


「あの~…………」

「基本回路ガ何本カ動イテイルノミデス。誰モイラッシャイマセン」

 呼びかけるまでもなく、テオの一つ目が周囲を飛びながら、その高性能の機械の眼でもって、現状を確認し、主に報告をする。

「………………」

 とりあえずためらう心もあるままに、煤だらけの女子高生の姿は歩き出すのであった。


 カツン……カツン……ジャリ………ジャリ……革靴は、巨大な通路の中に鳴り響き、たまに砂利を踏みつける。随所、随所には石像が飾られていて、古代のギリシャ彫刻のように、精密で趣深かったものだが、そのどれもこれもが、異性間か、または女性同士が、むつみ合っているか、そういった行為に及んでいるかという内容のものばかりが延々と並んでいて、絵画などもあったのだが、それらも似たような趣向の作品ばかりが壁面に並び、全てはボロボロとなっていた。

(………………)

 先刻の授業中や、いつしかの放課後に、自分のクラスメートのカップルが行っていた行為とかぶるものもあれば、年ごろである乙女の表情も、つい、目が泳いでしまう。ただ、それでも、つい先程まであったはずの平和の全てが、まるで嘘のように思えてしまえば、顔も険しくもなるというものだ。モモは振り切るようにすると、

「テオ、ここ、いつから誰もいないの?」

 などと、気分を変えるように訪ねてみた。テオは、浮遊する機体から覗く触覚のようなスコープをクルリと一回りしてみせると、

「新政府発足ノ年ニ、各電源ノ稼働ノ、著シイ停止処置ノ痕跡ガ、認メラレマス」

 と、答えてみせた。


「……ふ~ん。大昔、ね」

 思いもしなかった自らの高祖父と高祖母の映像を思い出しながら、少し、遠い目をするふうにしてモモは答える。しかし、グリバスは、このようなデーターをテオに託して、自分に何をしてもらいたいのだろう。

(……確か、ウズメって、新政府の最初の総理大臣だった人の名前、よね?)


 記憶と知識を思い出せば、おのずと心は、故郷の地球、日本に残してきた数々の思い、想いが交錯するというものだ。少女が、もう一度、顔を険しくしてみせた時、丁度、場所は、開かれた、憩いの庭園にでも扱われていたのであろう、未だ草木も茂る場にでたところであった。何もかもが打ち捨てられたように滅んでいる中、永遠の黄昏が少女の瞳にうつり、風が黒髪も撫ぜた、刹那。


 タッタッタッタッタッタッ………………!! 

 何かがこちらに駆けてくる! などとモモが気づく間もなかった!


「えっ………?」

 振り向いた時には、猛烈な衝撃が、今や自分に襲い来るところであると共に、

「フワターーーーーーーーーーーーーっ!!」

 独特の奇声が起き、その主の、スラリと伸びた女の生足が、今や、自分の顔面を蹴り飛ばそうとするところを、モモは、持ち前の運動神経で辛うじて避けれたところであったのだ!

「ちょっ……ちょっ……なに?!」

「御嬢様……!!」

 あたふたと逃げるようにするモモは、眼前の野原の中に、引きずり出されるようにされたところで、従者の声がそれに続く!


 BUWOOOOOOOOON!!

 すぐさま、矢継ぎ早に追いついてきた襲撃は、今度は、なにやら棒状の凶器で、モモに襲いかかる!

「きゃっ………!」

 人間離れした素早さを前にして、とうとう単なる女子高生はたまらず目を瞑ってしまった!!


 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 すかさず、自らの機体にあるレーザー銃の機能を稼働させ、反撃に打ってでたのは従者のテオであった!


 ヴン……!

 ヴン……!

 ヴン……!

 だが、襲撃は、今度は華麗にバク転を繰り返し、それらを鮮やかによけるではないか!


 そして、とうとうテオと襲撃が睨み合った時、その正体はモモの前に、明確に姿を現したのだ!

 今や、目の前にいるのは、腿の付け根以上に生足を露にした、深みのある青きチャイナドレスを着用し、赤毛の長い髪を双方で、二つの団子の被り物でもって結んである、モモと同い年ほどの、色素の薄い肌の白さもまぶしい美少女が、きびしくこちらを睨みつけていて、先程も容赦なくモモに繰り出した棒の武器を、ブンブンと自らの天で振り回すようにしてみせると、

「ふわっちょぅううううううう………っ!」

 などと、モモの住んでいた国の隣国独特の武道の使い手が発声しそうな気の入れ方をした後、手練れらしく身構えてみせたりするのであった!


「警告致シマス……」

 テオは、機体から生やしたレーザーの筒を相手に向けつつ、

「私ニハ、AIトシテ、三原則ノ制御規定ガカケラレテオリマス。第一条、AIハ人間ニ危害ヲ加エテハナラナイ。マタ、ソノ危険ヲ看過スル事ニヨッテ、人間ニ危害ヲ及ボシテハナラナイ。第二条、AIハ人間ニ……」

「ふわっちゃあああああああああっ!!」

 語りかける最中、チャイナドレスが待つ事などなかった。赤毛が舞い、赤いほどの瞳がテオへと襲いかかる!


 BEEEEEEEAM!

 際に、テオもレーザー光線を発射すれば、それは、瞬時に受けて立とうした、彼女の握る太い棒状の武器を、見事に粉砕するではないか!


 だが、尚も、チャイナドレスが留まる事はなかった! 更なる加速度を増して駆けぬける足は、むしろ、とうとう、人間離れしたスピードとなり、

「あっーーーーーちょーーーーーーーーうっ!!」

 今や、華麗に伸びた生足の先は、テオの機体に牙を突き刺す有様となり、その時点でも、原型を破壊されていたAIは、そのまま、猛烈な勢いで壁面に吹き飛ばされては、ガラガラガラ……と、ひび割れ、砕かれた壁と共に、もろくも崩れ去っていくところだったのだ!


「テオ……!」

 なんということであろう! 最早、モモは、目の前の突然の襲来をも忘れ、その場に駆け出そうとした、その時!


 ビュン……!

 不規則なほど猛烈な風こそ一瞬、我が身から巻き起こす、赤毛のチャイナドレスは、途端に、モモの目の前に出現していて、かの国の素手の古武道の構えを作ると、モモの事を睨みつけているではないか! その気迫は、空拳でも充分の手練れである事を意味している! ただ、なにもできない単なる女子高生ではあるにせよ、気の強さなら負けないモモも睨み返すと、

「ちょっ! ちょっと! どきなさいよっ!」

 せめて、思いっきり、相手に食ってかかるのだ。すると、赤毛に赤い目の少女は、

「……あんた、バーバパーパの宝、盗みにきたネ?」

 などと、全くよくわからない事を問いかけてくるではないか!

 

「バ……? たからぁ?」

 全く嚙み合わない会話に、モモは困惑するしかない。こうなれば仕方がない。くわえて、間ができたことにモモは好機を見た気がした。意識を集中さえすれば、「ミラクルパワー」の発動である。やがてモモはじっと相手の瞳を見つめ、

「攻撃をやめて……ここを通す……っ!」

「………………っ!」

 暗示は、一瞬、相手の表情を変え、それは成功したかのように思えた。だが、その後にチャイナドレスが更に厳しい表情となって、激した口調で放った言葉は、

「うちに、そんなもん、通用しないアルネ! 怪しいやつ! 盗人、違いない! バーバパーパの宝の番人としてっ! 成敗! 覚悟!」

「………………っ!」

 自分の「パワー」が全く通用しなかった事に驚く間もなかった。ただ、いくら、気の強さだけは負けないとは言え、さっきまで単なる学生でしかなかった女子は、今にも、襲いかかってこようとする物凄い速度の武術の前には、くやしい表情のままに、思わず目をつむってしまったのだ。と、その時であった。


「……おやめ、クー」

 という、しゃがれ声と共に、モモの可憐な顔が傷物にされるかという寸前で、攻撃はピタリとやんだのだ。

(………………)

 そして、モモがおずおずと、目を開き、声のする方を振り向くと、そこにいたのは、随分と小柄な老婆の姿であり、

「……パーパ」

 クーと呼ばれた少女は、攻撃を止めたままに、かの国でいう所の「父親」をさす単語を呟いて、その老婆の姿を眺めているのであった。ただ、その老婆、モモはどこかで見たことがない気がしないでもなかった。

(…………)

 尚も、何かを思い出すようにしていると、小柄な者もこっちを上から下まで何度も見るようにしているではないか。そして、その皺くちゃな口が、今や、よだれまで垂らしてニヤリとすると、

「いい……! ええのおおお~……!! イヨ、そっくりでないかい……!」

 などと、呟いたと思えば、

「たっまら~~~~~~~~~ん!」

 と、雄叫びと共に、老人とは思わぬ跳躍力をはなち、モモに到達する頃、二つの三日月の眼となったいかがわしい視線に、その口からは我慢できぬとばかりに大きな舌がベロベロと大回転し、よぼよぼの小さな手まで、あやしくしきりに動かすものが大接近で、モモの背筋には、迫りくる悪寒を禁じえなかったのは言うまでもない!


 が、それもそこまでだった。小さき野獣の襲撃は、まるでカスるようにして、モモの体を突き抜けると、そのまま、果ての野原にすっころび、少女が唖然と振り向く頃には、「いちちち……」などと呟きつつ、立ち上がろうとしていて、

「くっ~~~~! 忘れとった!ワシ、ホログラムじゃったわい! あー! 口惜しい! やい! 娘! 揉ませろ! 吸わせろ! パフパフしろい!」

 見上げて、畳みかけてくる言葉の数々には、更に唖然とするほかなく、

「……パーパ、やめて、はずかしいアル」

 クーなる少女は、真剣に顔を真っ赤にして恥じている最中であったのだ。


 モモが、そのホログラムのAIの姿を知っていたのは至極当然のことだった。それは、日本の新政府、初代内閣総理大臣ウズメが、自らの死後のために残したデーターファイルの人工知能であったからだ。

「こやつは、ワシの娘、クー、じゃ」

 単なるAIに成り果てたとはいえ、愛娘を見つめる視線は、さきほどのモモに仕向けたおぞましい程の欲望とは違い、どこまでも優しい。

「さっきは、とぅいぷちー、アル」

 かの国の言葉で謝罪しながら、罰も悪そうにしていたクーであったが、共に廃墟となった広場の一角に座るモモの隣で、自らの親に紹介されれば、なんだかはにかむようにしている。

「ワシが愛しのダーリンたちから孕んでもよかったんじゃがのー。さすがにババすぎたんじゃ。それでも、どーしても欲しくなってしもうた。して、ワシはみーんな愛しとったから、最後はくじ引きで決めたんじゃ」

 

 AIウズメの語りは続く。

「この子ぞえ。女同士の本格妊娠で初めて成功した、地球医療学の最初の人間ぞな。性別も……そして、歳の差をも越えてくれた、ワシらの愛の結晶じゃ。どうじゃ? 美人じゃろ? 母親によう似たわい……美しい女じゃった……」

 その目は今や、遠くを見るようだ。ただ、親子のやりとりには、モモの表情も和やかな気持ちになる一瞬すらあったのだが、なんだか内容にはものすごく違和感がある。察したのは、クーの方だった。

「コールドスリープ! それで、うち、ずっと晩安してたネっ!」

 日本と中国のハーフであるというのに、赤毛と赤目に随分と肌も白くなってしまったのは、何かとはじめてづくしの成功であった、当時の医療の限界であった少女は、明るくモモに語りかけてきた。愛娘の言葉に頷きつつ、

「うっひっひ……昔は、ここも活気があったんだぞえ……」

 老婆は、当時を思い出すように語り続けると、どこも宙浮かぶ空中宮殿はもぬけの殻の廃墟である、永遠の夕暮れ空を眺めるようにして、

「今では、忘れ去られた星じゃ……」

 などと、呟くのだった。


「ふむ……エウロパ含め、どの月面国家も降伏したようじゃな……」

 そして、現在の木星圏内で住まう人々の状況を、インターネットと繋がることで確認したあとは、

「……ここは誰もおらんしな。で、タケルの玄孫、名前は?」

「モモ、です」

 AIウズメは問い、モモはおずおずと答えてみせる。穏やかな笑みをしていた老婆は、

「モモ、か。いい名前じゃの。大変じゃったろう。美人が台無しじゃ。先ずは一浴びでもして、疲れもお取り」

 と、長い間眠りについていた、自らの施設の稼働を再開しはじめるのであった。


 湯気立つ上では、竹の籠のカラクリが、パッコ―――――――ン………………なんぞと子気味いい音を立てる大きな浴場に、今、モモの姿は有った。湯舟の心地よさは先程までの事が嘘のようだ。と、浴場の出入り口のガラスに人影があったと思えば、

「着替え!ここに置いとくネ!」

 などと、クーが語りかけてくるではないか。

「あ、ありがとっ!」

 モモが答える間もなく、サーという作動音と共に、出入り口である自動ドアも開いた。


 するとそこには素っ裸となったクーが仁王立ちしていて、

「ふわっちょぅうううううううっ!」

 なとど、かけ声も勇ましく、一気に、モモが浸かる湯舟に突進してくると、ザップ―――――ン…………と、とうとう浴槽の底まで沈みきったかのように飛び込み、

「…………?」

 やがて、ちょっと時間が長いのではないか、などとモモが覗きこんでると、

「ぷっはーーーーーーっ!」

 赤髪を降ろしきった美少女は、笑顔と共に、浮上してきて、

「はぁーっ! なっがい冷凍睡眠で、うち、体中、コリッコリッアル! 久々のシャバ、ね~。生き返る~」

 なんぞと、湯に満喫したりしているのである。何はともあれ、目はパチクリの連続であるモモであったが、自分の「ミラクルパワー」が全く通用しなかった、目の前の少女を見つめていると、

「……小(シャオ)モモと同じね。うちも遺伝」


 まるで答えるように、彼の国で、(……ちゃん)という呼び方に相当する言い方で、クーはモモに語ると、手を掲げるようにしてみせた。すると、湯気の向こうからは、純白のタオルが種も仕掛けもなく飛んできて、びしょびしょにペタリとなっている赤毛の頭の上に到着し、

「……っはーーーーはおあ~」

 クーは、もう一度、久々の湯加減を満喫してみせ、なんだか見た事がある現象の光景のそれに、モモの心も更に和めば、二人が仲良くなるまでの時間は、そんなにかからないというものだった。


 すっかり女子トークに花が咲き、盛り上がりながら、自動ドアを抜け脱衣所に戻る頃、二人の着替え置き場にあったのは、共に、うす透明をした天女の羽衣のような一着、一枚であり、モモが、南国の瞳をパチクリしながら、それをひろげていると、

「バーバパーパ!」

 事態を直ぐに理解したクーが、呆れ顔で、自らの親の記憶に語りかけたのだ。すると、室内に設えられてたマイクからは、

「や、ほら、ここは父の目の保養、と思って……」

 などと、嗄れ声すら、なにやらごにょごにょ話しはじめたが、

「着替え、返しなさいっ! アル!」

 クーは腕を組み問答無用であった。


「まーったく……どんなカタチ、なってもエッチ、ネ~」

 こうして愛娘が、呆れ切ってぶつぶつと言う頃、モモは、戦災の最中を逃げ延びた女子高生の姿から、クーと同じデザインのチャイナドレスを着込み、その色は、まるでピーチのように桃色であったりしたのだった。



















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