After Story  

 更に破竹の勢いで、オレたちの星々の解放は成し遂げられていく。その勢いは、とうとう首都星のある太陽系に差し迫る勢いであった。窮鼠猫を嚙むとも言う。いざ、決戦とした旧前線基地本部の会議室では、改めて気を引き締めていこうなどと、まるでイヨは、かつてのリーダー格だった結晶卿のように皆に語っていると、スタッフの一人がやってきて、首都星地球からの入電が入っているなどという報告を告げてくるではないか。そしてイヨが、オレの隣で、「映像、だして」と告げると、皆が見下ろすディスクの上に表示された立体映像の媒体は、オレとイヨの故郷、「宗主国」日本の、その同盟国であるアメリカ、中国の首脳たちによるメッセージであったのだ。


 曰く、彼らによると、天照宮殿から、皇帝、皇配を中心とした政府関係者たちが突然いなくなったのだという。主を失ったもぬけの殻の宮殿で、残った女官たちも狼狽える中、事態の異常を察した同盟国は、急遽、自分たちを中心とした軍を送り、ヤマトポリスの治安維持等につとめているというのだ。メッセージは、三日月連盟の代表、副代表の名に、直接呼びかけられていて、

『貴殿らの、早々の凱旋を、心より待っている』

 という、首脳らの流暢な「公用語」の日本語で締めくくられ、

「えっ? なに? 夜逃げ?」

「……あり得るわね」

 オレが肩をすくめてみせ、オーバーに苦笑すると、隣にいる連盟代表は、厳しい視線で呟くのであった。


 事態は決戦というよりも、政変のようだ。いざ、太陽系突入を眼前に、急遽、この情報を精査する会議すらはじまったが、テオ、グリバスなどを含めた、機械、地球人、異星人問わずの真剣なミーティングの中、元来が芸術家肌の副代表は、つい、メロディーが浮かべば、そちらの事で頭がいっぱいになったりしていた。

 その帰り道、イヨの運転しようとする助手席に、オレが座ろうとするとするや否や、

「あんた、途中から、作曲してたでしょっ?!」

 と、三日月連盟代表の小言ははじまったのである。

「え~。だって、ほら、いい感じのメロだったからさ~。忘れないようにって~」

 鼻歌の音量は随分しぼったつもりだったのに、すぐ隣にいた我らがキャプテンの地獄耳には叶わない。やがて、二人乗りの車は、音もなく車体を浮上させ、動きはじめる。流れる景色は、まるで、ヤマトポリスのオフィス街のような、ビルディングの施設が立ち並んでいるエリアで、上空の星空も伴って、永遠に続く摩天楼のような道なりであった。


「気ー、抜かないようにって、皆に言ったばかりでしょー」

「だーって……!」

「んー?」

 食ってかかろうともしたのだが、こんなふうに、オープンカーの助手席で、丁髷もゆらめかしてるとはいえ、オレも一応、副代表なのだ。ハンドルを握る代表殿から間髪いれずに返されれば、何も言えなくなってしまった。

「……わーったよ。いよいよだもんな……ちゃんとやるよ」

 尚も憮然とオレが返せば、横目でニヤリともしたイヨは、

「……ききわけのいいこでよろしー」

 なぞ言った後、

「それなら……今日も、ご褒美、あげなきゃ、かな~」

 とも言われれば、途端に明るい顔となったのは、本日もエロさ絶好調のオレの方であり、既に、制服ごしのその突き出された豊かな胸やら、スカートからスラリと覗いた足などを無遠慮に触りはじめると、抑制の効かぬ、どっかの獣のオスと化す始末で、ある程度をイヨは受け入れながらも、

「あんっ……こらっ……もーう。あーぶないっ。……帰ったら、どんな曲か聴かせてねっ」

 と、すっかり慣れたふうであったのだ。


 こうして、オレたちは、かつてのように、連邦の隊員の私室であった一室で共に暮らしはじめ、どちらが先に言い始めたのか、ご褒美というのは、情事についての二人の隠語であった。ベットの上で、今にも達しようと背中越しにオレが抱きつけば、マウントを取られてるような体勢のイヨは振り向き、ザンバラ頭を愛おしげに撫でてくれる余裕すらあったりした。

 シリナがいなくなった後、オレは、アホのようにイヨを求め、彼女もまた、それを存分に受け入れてくれる仲となっていた。


 その日も共に汗だくとなる中、後はシャワーも一緒に浴びて眠るだけと、イヨの胸の中、オレがまどろんでいると、ふと、彼女は、前戯である、言わばオレのオーラルセックスが、あのヒミコと似ている時があるなんぞと、奇妙な事を言い始めたので、オレは、驚き、イヨを見上げたのだ。彼女は変わらずにオレのザンバラを撫でつつ、悪びれもない口調で、遠い日々を思い返すかのようにしながら、続けた。


 曰く、最初は、蛇が這いずっているかのように不快でしかなかったが、いつの頃からか、そのせまりくる「舌」は、自分の中にある「子宮」に帰りたがっているかのような、そんな愛撫に感じていったと言うのだ。

「……あの人も、ほら、お母さん、知らなかったわけでしょ?」

 イヨの告白は続く。気づけば性的に体も反応していた事も事実だが、その気持ち自体は、哀れな乳飲み子に乳を与えるような想いですらあったと。


「前世とかあるならさ、わたし、きっと、あの人のお母さん、とか、だったんじゃないかなー、って」

 何か、大きな運命を見つめているような表情の乙女に、

「……なんか、嫌だ……」

 と、その撫でまわしてくれる両手を自ら離し、年上らしからぬ嫉妬をもって、口をとんがらせて見つめていたのはオレの方だった。当初こそ、キョトンとこちらを見るだけのイヨは、

「……え、えーっ? で、でも、男の子は、あんたがはじめてなのよー?」

 なぞとも微笑みかけてきたのだが、全然、フォローにもなっていない。


「……なんか、嫌だ……!」

 オレは、もう一度言うと襲いかかり、イヨは困惑気にしながらも、喜んで応えた。やがて、流石に精も根も、限界を超えたオレが、そのまま眠りに落ちいく中、イヨは、微笑みながら、自らの胸の中で眠るオレを見つめた後、虚空の暗闇の方に、視線を移して、

「さよなら……ヒミコ様……」

 と、呟いたらしいのだが、それにはオレは気づかなかった。


 翌日のブリッジでは、

『うっひょー! ほーんと、ピッチピチギャルのええ女じゃのう! 小僧のものとはもったいないわい! どうじゃ、代表! ワシの嫁にならんかえ?! うっひっひ!』

「やめろ! このエロババア!」

 という、師弟対決から幕を開けた。ホログラム越しの木星の師匠は、制服姿でもスタイルの映えるイヨのプロポーションと美貌に、すっかり鼻息も荒くしている。


(……ホント、明るい人ね?)

 近親者を知るイヨは、オレから聞かされた前評判以上のテンションに流石に驚き、耳打ちしてきたが、肩にかかる髪を、気を取り直すように、かきあげると、

「ウズメ様、これまでの連盟へのご支援、情報提供、ありがとうございます。改めて、代表として謝意を」

 なぞと立礼した後、

「……で、早速、本題に入りたいのですが」

 と、あくまでビジネスライクに徹したのである。

『……なんじゃい。ワシ、ふられたちゅーことかい』

 ブツブツと最初は拗ねるようにしていたウズメだったが、やがては、話題は、太陽系、主に、首都星で起きている事についての詳細に及ぶのであった。


 スサノオとヤマタノオロチが倒された後、天照宮殿内で、守旧派たちが行いはじめたのは、互いの責任のなすりつけあいであり、その誰もが、かつての老獪ぶりの余裕すら消え去ったものであったという。やがては、前線基地本部も落ち、イヨ、そしてオレの呼びかけに、次々と星々も離反する中、スイコは金切り声を上げ、ビダツはおろおろとするだけで、総裁代行臨時政府のメンバーであった大臣も官僚たちも、保身に走り、とうとう我先にと雲隠れしたのだそうだ。どうやら、連邦「宗主国」の同盟国から送られてきた親書に、裏はないようである。

『まっ、一際に、往生際だけは悪い連中じゃ。どこまでも逃げるとは思うがの』

 ウズメの話は続く。「宗主国」日本に対して、同盟国であるアメリカ、中国は、現在、同盟解消の宣言の、準備の最中ですらあるそうだ。宇宙のみならず、地球内部にまで、強権的な中央集権を強いてきた「宗主国」日本は、今や哀れな裸の王様の一歩手前だったのだ。


 こうしてオレたちが太陽系の星々をあっけなく通り抜け、いよいよ地球にまで辿り着く頃、ツキヨミから見おろせば、正に、着地しようとしているヤマトポリスの紺碧の湾岸沿いには、ごった返す人だかりすらできており、オレとイヨの名声が、地球にすらも到達している事を、オレたちは実感すると共に、スイコ、ビダツまで続いた治世に、どれだけの人々がうんざりしていたかも考えさせられた。


 国は、形のみならず、その根幹から変わろうとしていた。


 船から降りれば、あれよあれよという間に、ヤマトポリスを練り歩く凱旋パレードに担ぎ出されたのも束の間、オレとイヨを中心とした、主に三日月連盟の主要スタッフは、各国から、まるで、日本政府代表のような扱いをされる事となり、それは次第に、芸術家肌のオレのストレスとなっていった。宮殿に入る事をよしとしなかったオレたちは、とりあえず、停泊させた戦艦ツキヨミの艦内で、日々の執務に追われ、海に浮かぶ船は、戦艦から、臨時の政庁と化していったのだ。


 銀河の旅を終え、艦隊の艦長まで率いたイヨは、かつての傀儡の総裁であった頃の雪辱を晴らすかのように、方々の国と渡り合う程であった。ツキヨミのブリッジや甲板などにて行われる、各国の首脳たちとのホログラム対談や、来日対談等を通じ、イヨのすぐ隣で、聞いてるふりだけで、オレが新曲やライブの構想などに頭を巡らす中、結局、全ては三日月連盟が提唱してきた自由と民主主義という主張に帰結する事なり、そしていよいよ彼女は、第一次宇宙大戦の終了を宣言すると共に、「宗主国日本」と首都星地球という体制の解体をも、世界中に、宇宙中に、発表するのだった。それは、地球においては、日本を中心とした各国との世界関係の構図を平等にし、やがて、かつてあった国連なる組織が復活すると、地球自体が緩やかな国家の共同体となり、宇宙においては、いよいよ太陽系連邦の崩壊すら意味していたが、最早、時代は他の異星との交流は避けられない時代であった。

 そして、此処に、共存共栄をうたう「銀河系連合」が設立される事となった。当面の間は、地球以外の太陽系の星々に住む人々や土地にも、平等な権利をうたう国際機関として発足した「太陽系連盟」の、その代表として「地球代表」が派遣される事が決定もされたのだが、臨時とは言え、その初代代表をイヨが担うと発表されれば、太陽系内に住まう異星人たちにすら、文句を言う者は誰一人いなかった。


 目まぐるしく、何もかもが変わっていく。宗主国をやめた日本では、「第二次王政復古の令」なるものが発令され、ナデシコポリスに永らく幽閉されたように暮らしていた、一部の人々の間で「元皇様」と慕われつづけていた皇族一家が、ヤマトポリスに移り住む事となれば、新皇居と呼ばれる場所にて、いよいよ、日本の本当の皇帝から、イヨは代表に任命される儀が執り行われようとしていたのだ。スーツ姿を着込んで直立する、その姿は颯爽とすらしていて、

「……やれやれ、しょうがないのう。これも、罪滅ぼしちゅーもんかの……」

 そんな姿を共に直立して見守っているオレの足元からは、聞き慣れた嗄れ声がぼやくようにぼそりともれたのである。

 日本の新政府の初代内閣総理大臣に任命されたのは、木星から駆けつけた、なんとウズメであったのだ。


 そして、オレは、「征天大将軍」という、大昔の宇宙開拓時代の日本固有の官職で、今や名誉職でしかない肩書に就いたのだが、実質は、イヨと共に頑張りたいための、「地球副代表」であった。


 天照宮殿は解体されていき、新国会議事堂の建築も急ピッチで進む。ヤマトポリスのみならず、世界中の街中で、地球人のみならず、宇宙人の姿も共に当たり前のように活気づいていく中、オレとイヨは、時に、地球と、宇宙空間に浮かぶ、建築中の「銀河系連合会議所」をいったりきたりし、業務に励んだ。それは、慣れない多忙の中、オレがいよいよ静かに疲れはじめ、気づけばギターを弾く余裕すら無くし、宿泊先や、共に暮らす仮初の一室で、ルームメイトを求めては、イヨが健気に応じてくれる事でなんとかしのぐような毎日でもあった。


 今宵も「銀河系連合会議所」である、宇宙ステーションの仮設の一室のベットでは、イヨの腕の中にいるオレがいて、ザンバラ頭は、尚も、癒してもらおうと、目を瞑り頬ずりをして夢現にしていると、その頭を撫でながら、見おろすイヨは、

「タケル……しんどい?」

 と、珍しく、優し気な口調で問うてくる。

「ん~…………」

 オレは尚も頬ずりしつつ、生返事だけにした。すると、イヨは、そんなオレを、強くだきしめてくるではないか。途端に心地よい弾力に埋もれると、彼女は、

「ありがとね……っ」

 と、尚も柔らかく囁いた後に、

「この前、ウズメがねー。この任期だけでいいって。若いのによくやってくれたって。グリバスたちもいるしさー。わたしも、あとはみんなのものかなーって……どう? わたしと一緒に、クマソで暮らさない? ライブハウスもあるし。あっちの方が、バーチャルライブより、リアル好き、多いと思うわよ?」

 なぞと、すっかり元のさばさばした口調に戻った頃、オレは丁度、気ままだった星々の旅の日々の事を思い出していたのだが、思わず、現実に引き戻され、ガバっと起き上がり、問うた事と言えば、

「おい! 変な事、されてないだろうな!?」

 だった。


「なーんにもないわよーっ!」

「………………!」

 オレはキリキリしたが、結局、イヨになだめられ、もう一度、彼女の腕の中に寝っ転がると、再び、過去を思い出すのであった。

「…………」

 今、オレとイヨがいる宇宙ステーションからの距離をもってしても、遥か彼方にある星に住む女の子と旅をした、なんて、まるで、夢みたいな日々が続いていた。


 太陽系連邦という独裁の帝国と異なり、銀河系連合への参加は、自由意志をモットーとしていたので、多くの星々が参加を表明したにせよ、強制ではないとあれば、不参加を申し出る星もあり、その星の一つが、銀河一の戦闘民族の住まう草原の星、ハイデリヤで、その星の代表としてシリナの名で送られた外交文書には、二星間による交易、交渉すらも辞退するという、事実上の鎖国だった。


(……だからってわけじゃねーけど)

 未だ埋もれながら、オレは今こそ、はっきりと言うべき事がある気がした。そして、

「イヨ……」

「んー?」

 語りかけ、見上げれば、屈託ない笑みがこちらを見おろしているではないか。そして、

「……オレも、君が、好きだよ」

 あの、事件とも言っていい夜に答えられなかった返事を、オレはとうとう打ち明けたのだ。イヨは最初こそ、目をパチクリとすらしたが、その後、

「…………だーい好きっ!」

 と、更に強い感触がオレの全てを覆い、オレも目を閉じれば、そっと、強く、抱きしめ返した。


 やがて、とうとう、スイコ、ビダツを中心とした、旧太陽系連邦の戦犯たちの捕獲にも成功し、その裁判の様子は、後に「第二次極東裁判」などとも言われるようになった長い法廷劇もはじまる頃、臨時の地球代表の任期も終えたイヨとオレは、惜しまれつつも、ヤマトポリスを去る事とした。銀河中のメディアも騒がせたオレたち二人は、クマソの街を行き交う地球人のみならず、宇宙人までも振り返ったりしたものだが、それも一過性なもので、オレはせっせとクマソのライブハウスにて音楽活動に励み、客席には、いつもイヨがいた。やがて正式に結ばれたオレたちの間には娘すら生まれ、名を アミ とした。


 それはクマソの自宅である市営団地の一室にて、ある時の授乳の事だった。夢中となって、自らの乳房をガンガン吸い込むアミの顔を見、

「ぷぷぷ! ほーんと、アミは、おっぱい好きだなー。……もーしーやー? パパに似たなー?!」

 イヨはそう言うと、気づけば、物欲しそうにして黙りこくってしまっていたオレの方に、意地悪げに振り向くではないか!

「は、はぁ?! オ、オレ、男だし?!」

 慌てて我に返り、取り繕うと、オレは再び、負けじとあやそうとすらする。ただ、

「……それを言うなら、ヒミコさん、なんじゃねーの?」

 とも続けてみた。思わぬ例えに、キョトンとしたのはイヨの方であったが、

「そ、お、ね……っ!」

 と、だけ言って笑い、再び、愛娘に視線を戻していった。


(…………)

 オレは、その横顔をじっと眺めてみたのである。いつのまにか、ヒミコとの日々の事を一切語らなくなったイヨだが、もう彼女の中で、それは一部となっているんだと思う事ができはじめたオレは、気づけば、なんの抵抗もなくなっていたのだ。

(…………)

 そしてオレは、イヨに無言で促し、振り向いたところで口づけをすると、それを、アミの額にも同じくした。

 世界で一番大事な二人が、共に嬉しそうだった。

 

 時は経ていく。よく晴れた日に、すっかり、イクメンも板についたオレが、宙浮かぶベビーカーを手にして公園を通りすぎる頃、そこに一面、青々とした野原が広がっていれば、ふと、思うのは、結局、この目で見る事も叶わずに終わってしまった、遠い星の風景であったりで、そっと、太陽の光、眩しい、青空を見上げた。


 時は経ていく。事件はある日、唐突に訪れた。アミは、リビングに転がるおもちゃたちを、まるで当たり前のように一斉に浮遊させていて、遊んでいたのだ。気づいたオレもイヨも大変驚き、「力」の遺伝を感じた瞬間だった。


 こうして、新たな時代は訪れた。






 ハイデリヤ星は銀河系連合に名を連ねる事を拒否した。実際、銀河系中に散り散りとされた草原の民は、何はともあれ、誰もが、かつての遊牧の暮らしに身をゆだねる事を欲し、それが全ての部族の総意でもあったのだ。少なくとも、今しばらく、この大地には、再び、悠久の風が吹く事となるだろう。果てしなく広がる草原には、ハイデリヤ人の一人の大男、マグナイの姿があり、

「巫女よ、いいのか……?」

 と、その前に立つ、部族は違えど、同じハイデリヤの淑女に視線は向けられた。巫女、と語りかけられた、その姿は、いつしかに誰かに買い与えてもらった、赤色の、遠い星の異民族の衣装を纏ってはいたが、頭には、巫女の印である小さな王冠をのせたシリナであった。


「はい……地球の皆さん、他の星の皆さんの文化は素晴らしいものばかりです。ですが、今の、この草原の暮らしを覆しかねません」

 そう答えると、今日も、雲一つない、太陽の陽射し眩しい青空に向けて、シリナは天を仰ぐにようにする。そんな彼女は、なにかを抱きかかえているようにしていて、なんと今にもそこから、赤子のむずかる声などするではないか。シリナは、すっかり慣れたふうな手つきでそれをあやしながら、

「……それに、私は、この子に、この草原のありのままを見てほしいんです。どんな星にも負けない、どこまでも自由な、草原と、青空を……!」

 愛おしげな眼差しは、すっかり母そのものである。戦い以外の時は可憐ですらあった異星の乙女は、そこはかとなく、逞しさすら増しているようだ。


 複雑な顔つきを変えないでいるのは、マグナイであった。そして、

「だが……そのややは……」

 と、何かを言いかけてはみたが、やめた。彼の眼前では、我が子を抱いたシリナが、未だあやし続けている。途端に、コロコロとした笑い声が聞こえたところで、同胞へと振り向いた視線は、無言で頷くのみであった。そしてその表情は、穏やかでありながらも、力強かったのだ。


 代々、モル族の巫女の家系に生まれてくる子は、常に女子であった。が、この度、シリナの元に産まれたのは、なんと男子であったのだ。また、顔の両方に既に有る角こそ、ハイデリヤ人特有のそれであるが、体の各所にあるはずの鱗もなければ尻尾すら一切生えておらず、瞳すら父親譲りの黒い眼をしていれば、褐色の肌のその赤ん坊が、地球人とのハーフである事は明らかであった。なにより男子である故に、一族の一部の者こそ、立ち並ぶテントの間の井戸端会議で、「不吉の前兆」などと口走ったものだが、神託で「融和の証、神の子である」とされた、巫女に抱かれた子の前では、それを表に出す者などは、決していなかった。


 実際、シリナ自体、衣に包まれた我が子が発する、なにか計り知れない、強烈な、何がしかの「力」の存在を感じる事がある。そんな時は、一瞬とは言え、憂いもよぎる。だがそれをも振り払うようにすると、シリナは、

「カムイ…………」

 と、愛息の名を呼びかけ、その額に、地球で習った口づけをすれば、カムイと名付けられたその赤子は、一際に嬉しそうにコロコロと、シリナに笑いかけるではないか。


 そうして、微笑む母は、我が子を抱きなおすようにすると、今日も晴天のハイデリヤの青空を、今一度、見上げ、

「タケル君、草原の青空は、今日もどこまでも自由です!」

 と、力強く口にするのであった。




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