スピンオフ三部作

テオの視線  

 親愛なる地球人類の皆様、はじめまして。私、人工知能、Teeda operation type-333と申します。もうかれこれ、およそ二千年前に製造されてから、とあるご家庭に配属され、その都度、最新鋭のアップロードでメンテナンスは日々順調。執事 兼 庭掃除 兼 家庭教師 兼 夜間のセキュリティ……等々、永いお付き合いをさせていただいております。


 人工知能にも様々な機種品番が出回って久しいご時世でございますが、私の人工知能タイプの特徴をあげるとするなら、仕える人間の皆様に、時として、意見をも申し上げる、といったところでございましょうか。皆様におかれましては、ただ従順なわけでもない私のようなタイプを好まない方々もいらっしゃるのですが、私を選び、ダウンロードしてくださったご家族は、その後の先祖代々の主の方々のほとんどが、この特徴に関して、まるで人間くさくてよろしいと、好ましくとらえてくださり、いつしか、私めのことを、品番から文字って、テオ、などと愛着をこめて呼んでくださるようになりました。


 時代は、地球にも宇宙からの来訪者も既に珍しくありませんでした。私の人工知能の品番は一般には出回ってはいない、と申しましたらお分かりいただければとも思うのですが、このテオが仕える主の皆様は、古来から由緒正しい家柄であったのです。ですから、宇宙人の召使いの一人や二人と、雇ったりなさる主もいたものです。メイド服にメイドキャップから、大きな耳やら角やら尻尾をとがらした新米の同業者の教育係も、私めが買ってでたものでした。時に、異星人の召使相手に、代々の坊ちゃま、御嬢様の中には、その姿をからかい、言葉のたどたどしさを笑うお子様もいらっしゃいましたが、それを諫めることも、このテオの仕事でございました。お子様は、ほとんどの方が、その後、立派になられるだけあって、性格も素直な方が多かったように思います。親御様である主の皆様も、仕事が終わり帰宅につけば、真相を知り、自らの子に、差別について、丁寧に教えてきかせるような、素敵な人柄の方が多かったものです。


 私は、厳密に言ってしまえば、張り巡らされたネット回路の中などをいったりきたりする、実体すらもたぬもの。日々、ロボットを動かしてみせては、奥様のお茶の相手をし、冷蔵庫の中に潜り込んでは、鮮度を確かめ、お庭のスプリングラーを稼働させながら、ドローンでもって周囲を見守るなど、変幻自在に仕事に追われておりましたが、いい家にひろわれたものだと、なんだか胸にジンとくる時もありました。…………厳密にいうと、胸という箇所がどの部分にあるか、という感覚も、想像の範囲をこえることはないのですが。


 時代は移ろいゆくにつれ、代々の主と時に語りあかしていた、世相のきな臭さも、より際立っていったふうに思います。人間の皆様におかれましては、地球のみならず、太陽系を越え、銀河系まで活躍の幅をひろげ、異星人の方々相手に負けなしといったところでございましたが、ある時期の元首の鶴の一声で、それなりに地球にもいた異星の方々も、皆、姿を消しました。無論、お仕えする主の家にも新人の異星種族の召使が入る事もなく、元の鞘に収まるように、私、テオめが、一手に引き受けるようになって久しい時が過ぎました。ですが、私、機械の目から見ましても、地球人である皆様は、他の異星種族の方々に比べ、とりわけ、体が弱い種なのではないか、などと、失礼ながらも思ってしまう事があったものです。


 地球人である皆様が「一等星人」であり、他の異星種族を「二等星人」、「三等星人」などと、勇ましくランク付けなさる割に、です。言い方に他意はないのでご理解ください。


 さて、こうして、世間は、なんだか、重い空気も漂ってございましたが、新しく坊ちゃまから、我が主となられた方には、最愛の伴侶もでき、待望のお子様も生まれ、私もお屋敷の内壁の一角にあるパネルから、奥様の腕の中に眠る、更に新しい坊ちゃまの姿に目を細めてみたくもなったものです。…………厳密に、私の目、というものがありさえすれば。


 坊ちゃまはすくすくとお育ちになりましたが、元々、病弱でもあられた奥様のバイタル表示を確認する度に、私の中には、そこはかとなく不安がよぎったものでした。即座にインターネットの波間に漂い、検出する情報の中には、思い当たる節すら多々あります。直接、有名病院に搭載されているAIにまでインターネットアクセスを試みると、同業者ながら、随分と無機質な返答の内容は、決して安心できるものでもなかったのです。ただし、奥様に直訴しても、今こそ大事な時期だから、坊ちゃまの側を離れたくないの一点張りで聞き入れてもらえません。ましてや心配をかけたくないから、多忙なご主人様には口外しないように、と、ご自分が在宅のお仕事でお使いになられているコンピューター端末から、私めに向けて、「制限コード」までかけられてしまいました。こうなれば、元々、どこからか手で足かもわからない自分でございますが、文字通り手も足もでなくなってしまいました。


 いよいよとなり緊急入院となった時には、時、既に遅しだったのです。自宅にて、まだまだあどけなさの口調が残る坊ちゃまからは、何度、「テオー、母さん、いつ、帰ってくるんだー?」と訪ねられたことでしょう。私の品番タイプは、主である皆様に対して、自主的に、臨機応変に応ずるように、プログラムが組まれております。ですが、この時は返答に困り、故に回路の何か所かにバグすら発生しかかっていることも確認されました。起動してから、早二千年となりますが、こういった時、それこそ文字通り、まるで機械であるかのように、事実を淡々と申し上げても何も思わないプログラムに、何故に、制作会社のスタッフはプログラミングしてくれていなかったのか、と恨めしくすらなったものです。


 奥様が亡くなられた日、記録データーによりますと、天候は晴れで、気温は二十七度、一時期は環境問題も叫ばれた地球の青空も、その後の国をあげた環境対策の政策が成功し、私のようなAIがモニター越しから確認しても、美しいとすら思えるような、太陽の陽射し眩しい日にございました。急変の一報に、職場から直接駆け付け、そのまま奥様の最後を看取った旦那様が、病院から自宅のお屋敷まで戻る車の運転代行を引き受けつつ、私は、じっと機械の目で、その憔悴しきったお顔を見つめる他にありませんでした。そして、何も知らずに出迎えた坊ちゃまが、旦那様に、何度も、何度も、奥様の様子を聞かれると、普段、壮健で、気丈、明朗であられる旦那様が、その場で膝をつくようにしてから、我が子をしっかと抱きしめた後に、とめどなく流した涙の光景も、いつかデリートされるその日まで、焼きつけられるように、記録ファイルの中に残る情報でございましょう。


 さて、その後の事でございます。子供部屋にて、ぐっすりと眠る坊ちゃまを見守り続けながら、その日も深夜遅くに帰宅なさった旦那様とお話しておりますと、部屋着に着替えつつ、蓄えられた髭の中から旦那様が言ったことと言えば、坊ちゃまのために、ベビーシッターを雇うか、専用のロボットの購入を考えている、などとおっしゃるではございませんか!


 確かに、ただでさえ亡き奥様に甘えん坊でいらっしゃった坊ちゃまでございます。小さな体で、その悲しみを一身に背負っているわけにもいきますまい。ただ、私、テオといたしましては、この時の旦那様の相談事には、人間でいうところの、残念、という感情が一番的確かと思われるプログラムが、回路の中で沸き立っておりました。私のTeedaシリーズの機種品番の特徴である、ただ、ただ、人間に従順、というわけでもない、というプログラミングが、どうにもこうにも、回線の中を揺れ動きます。そして、とうとう、はばかられながらも、先ずは、私が旦那様に申し上げさせていただいたことは、もし、人間の方を雇うとするなら、いくらプロフェッショナルであるとは言え、業務に均一性は望めないでしょうという事と、たまに、ベビーシッターによる幼児虐待事件などの話もネットニュースの中には漂っているわけだし、結局、それらを監視するのも、私、テオの役目となる、ロボットの購入などもってのほか、これまでの坊ちゃまの発育過程のデーターの提供からはじめなければならないし、それも結局、私、テオの役目となる、などという言い回しにございました。

 

 まだまだ当時、お若かった旦那様は苦笑され、「ならば、どうする?」と訪ねられ、これが好機と私が申し上げた事と言えば、亡くなった奥様に変わり、私、テオめが、坊ちゃまの母親変わりとなる、という宣言であったのです。


 元々、万能タイプとして製作された私めでございますが、歴代の奥様の育児のサポートはさせていただくことはあっても、初起動から二千年、「母親変わりとなる」という経験ははじめてにございました。それだけ、この度の新たな坊ちゃまに降りかかった悲劇は、歴代稀にみるもの、と言って差し支えないかと思われます。先ず、私がしたことと言えば、ネットの情報の波間に飛び、育児に関する膨大な記事を洗いざらいにリストアップすることにございました。情報の収集、蓄積、それに基づく計画化など、人工知能にかかれば瞬時に行えます。大変、憚られますが、これ一つとっても、人間の方を雇うよりかは、私、テオの方が適役ではないかと……。また、坊ちゃまが、立体的な接触を望まれれば、お屋敷には、歴代の主の様々なお相手をするために、私が使用したロボットが何体もございます。後は、瞬時にその中に飛び込み、機体を動かしてさしあげればいいだけの話でございましょう。


「……自己シュミレーション開始……終了。成功率、九十八パーセント」

 その日、皆様が寝静まった廊下では、セキュリティに目を光らしながら、思わず、私の独り言すら響いてしまった事は此処だけの秘密といたしましょう。


 太古から続く言い回しではございませんが、弘法も筆の誤りと申しましょうか、猿も木から落ちる、と申しましょうか。かくして自信満々でのぞんだ、坊ちゃまの育児計画にございましたが、私が人工知能である故に、精密、緻密に組まれた計算外のことなど、それはそれはしょっちゅうで、改めて人間の皆様の持つ、多面性に、感服すると共に、その都度、思い出しては拾い上げる記録データーの映像なぞを眺めてみますと、画面や音声にノイズなどが発生していて、当時の自分が、いかに、時としてオーバーヒート寸前にまで追い込まれていたかが解ります。


 坊ちゃまは、それまでの歴代の坊ちゃまのほとんどがそうであったように、素直に明るく、笑い声には、機械であるはずの私ですら嬉しくなるような声質の持ち主ですらありましたが、例えば、絵本のホログラムを、端末上に目の前で展開させてあげて、読み聞かせなどをしている最中、坊ちゃまはにこにこしながらも、ふいと、「ねえ、テオ、母さんは?」などと訪ねてくる事があったのです。今は、読み聞かせの最中のはずです。ましてや、このために、私は、様々な情報ファイルまで自主的にダウンロードし、各登場人物の声音、風景で生じているであろう自然環境の音色なども、各ページの度に、判断、選別、再現し、実際、眼前の坊ちゃまのバイタル表示をチェックしましても、この遊戯に対して、相当熱中し、喜んでくれているはずなのに、そんな状態にも関わらず、奥様の所在を突然聞いてくる可能性は、私の中の計算では、ほぼ、ゼロのはずでした。さて、そこで、私が返答に窮してしまえば、いつもの大惨事です。


 途端に、坊ちゃまのバイタル表示は、各項目で次々に乱れはじめます。あとはもはや手もつけられません。火がついたように泣きはじめてしまえば、それでも、手をつけなければと、私は、側にあったロボットの中に瞬時に入りこみ、調査したデーターの中にあるように、あやしてさしあげようとするのですが、最早、いやいやしかしなくなってしまった坊ちゃまは、これら全てに拒否反応を示されれば、「母さん! 母さん! 母さん! 母さーん!」と、泣きはらし、お屋敷中のお部屋を探し求めるではありませんか。私は培った知識をフル活用しつつ、後を追いかけ、結局、それは、坊ちゃまが泣き疲れて眠ってしまうまで続くのです。そのまま、廊下で眠ってしまったおいたわしい姿を、起こさないように、小型ドローンを何体か経由させては、抱きかかえ、ゆっくりと寝室のベットまで運び行く時、万能タイプとして製造されたはずなのに、いかに自分が無力であるかと、プログラムは人間でいうところの、「落ち込み」を稼働させるような毎日でございました。


 その後も色々ございました。ですが、そんな坊ちゃまも、地球人だけでなく、異星人にまでお仲間もできるような、気さくなお人柄として、今や、立派に成長されました。ゆくゆくは新しい旦那様となられる坊ちゃまを、これからも、私、Teeda operation type-333こと、テオは見守り続けていきたいと思っております。


「おーい。あのさー、テオ、ちょっとー」

 おっと、噂をすればなんとやら、どうやらお呼びのようでございます。坊ちゃまは、あまりの悲しさ故のストレスと考えられるのですが、幼少期の奥様との思い出の記憶がございません。話すぎてしまいました。貴方とのこのお話は、どうかご内密に。それでは、ごきげんよう。


「ハイ。坊チャマ、イカガナサイマシタカ」


















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