After Story  序章

 新たな三日月連盟の拠点である、広大な、元太陽系連邦の前線基地本部周囲は、各星々から次々に連盟に集う宇宙船で、ひしめき合い、施設の通路を行き交う人々の姿は、かつての連邦本部を凌駕する、気づけば、異種族同士の大坩堝となっていた。そして、尚も、星々の解放に奔走する日々は留まらなかったわけなのだが、イヨは、あくまで戦艦ツキヨミの艦長である事以上の事は望んでいなかったし、オレも、上官にはグリーン・リーダーとシリナを冠する部隊の、一兵の一人の立場で充分であったのだが、全銀河系を支配しようとしていた恐ろしい野望の帝国から自由へと導いている解放戦線は、その勢力を更に増大させていくにつれ、人々はヒーローとヒロインの存在を欲したのだ。頼れるべきはずの結晶卿は最早、なく、互いの事実に虚構も入り混じって、オレとイヨは、否が応でも、三日月連盟の顔とならざるを得なかった。

 「船のイヨ、剣のタケル」として、未だ、連邦領に在る人々には、前線基地内にある通信室から立体映像として話しかけ、時に、言論の自由をも取り戻しはじめた、各星々の新聞記者の取材も、うける事すらあった。


 だが、それは、わざわざ小烏丸ではなく、ギター持参で記者の前に現れても、その質問の全てが、オレが古来から続く、天照宮殿の元皇宮警察隊の一族の末裔である事と、言わば地球人ばなれした剣技の話題ばかりだったので、すっかり白けきったオレが適当に答えながら思った事と言えば、

(……あの~。オレ、ミュージシャンなんですけど)

 で、あったりもした日々だった。


 弱体化して、尚、太陽系連邦との戦いは終わってなかった。そして、ここまで一人歩きしてしまえば、周囲のアドバイスもあり、イヨは、とうとう三日月連盟の「代表」を名乗り、オレが「副代表」というポジションに就く事も、最早避けられない事態であった。無論、若輩者のオレたち二人である。勝ち戦ばかりが続くとは言え、前線基地本部の作戦室では、各星々の戦後処理に、オレたち二人が頭を抱えていると、共に考えてくれたのも、人工知能テオや、グリバスといった、頼れる従者やベテランの同志たちであった事は言うまでもない。

 こうして、絶えず担ぎ出されるオレとイヨは、もしかすると、ヤマタノオロチとの戦い以前よりも、多忙を極めていったが、引き換えのようにして、共にいる時間は、もしかしたら、かつての秘密基地で暮らしていた時よりも多くなっていた。


 オレたちの乗る宇宙戦艦ツキヨミと、それに続く、今や、宇宙空間を埋め尽くす勢いの、多種多様な大型戦艦で構成される連盟有志艦隊の快進撃は更に続く、そんなある日、ブリッジでは、あるメッセージが受信されていた。オペレーターに促せば、そこに映し出された立体映像は、いつぞやの星の、ケンタウロスのような半人半馬の、原住民である異星人の姿で、あの日、オレに「去れ」と促した酋長は、先ずはオレのオヤジに対する謝意などから語り始めたが、結局、そこも、やがて連邦領としての圧政がしかれていたところを、スサノオなき今、占領軍が大混乱している隙を見て反乱を起こし、今は、他の異星人たちと共に、平和に暮らし始めているのだと続けると、

「我々は、うぬらが扱うような、カラクリの類は苦手だが……」

 それは前置きがあった上での、彼らの星からの戦線への協力の申し出であったのだ。あの日、あのシリナをも追い込んだ、腕自慢の部族まで加わるとは心強い。これは白兵部隊の力の幅などぶ厚くなるだろう。イヨたちと歓喜はしていたが、

(シリナ…………)

 と、オレは最近、めっきり会えなくなってしまった、かつて、共に旅をした異星の乙女の事を、ふと思った。


 銀河系一の戦闘民族、ハイデリヤ人を、銀河系中に分散させる政策は徹底されていた。だが、前線基地本部を奪取した際、関係書類が行き交うネットの網の目から、テオが分散先のリストのデーターを発見すれば、話は早かった。生き残ったハイデリヤ人の生還に徐々に成功する中、モル族の数をも次第に増えていったのだ。そんなある日、「男子禁制」らしい、その儀式自体は謎のベールだが、本来は草原で行うという盛典を、連盟の拠点と化した旧前線基地本部という仮初の場所で済ませると、モル族を従える者として、シリナは正式に、姫から巫女に即位したのだった。


「ちょ、ちょっと、恥ずかしいんですけど……」

 当日のシリナは、頭の上に、小さな、金の王冠のようなものをかぶっている以外は、コインの装飾が散りばめられたヒップスカーフ状のものと、ハーレムパンツ状のものを身にまとっていて、それら全てのものを包むようにしてある、ショール状のものも含め、赤で統一されていれば、うっすらと透けていたりする箇所も多々ある有様ではないか!

「……あに、言ってんだよ。最高だよ……!」

 通路にて、ヤマタノオロチとの大戦の前夜、結局、とことんと言っていい程抱いてしまった異星の乙女の、アラビアンナイトのような美しい体のフォルムを眼前に、オレは、恥ずかし気なシリナを、遠慮なくガン見の真顔で答えていた。

「……ばーか」

 すかさず、ツッコミと共に、オレにデコピンし、現実に引き戻したのはすぐそばにいたイヨであり、

「……と、に、もぅっ! お祝いの席なのよっ?! ……じゃあ、タケル、わたし、先にいってるから! シリナっ! おめでとっ! がんばってねっ!」

「……ありがとうございます!」

 ハッとはしたものの、オレがおでこの痛みをおさえる中、イヨは先を急ぐようにして去ってしまった。


 ただし、今や、多種多様、制服すら正式にも決まってはいない三日月連盟では、少しくらい露出がある程度では、何も驚かない世界だ。戦友の女友達に手を振る、新たな巫女の姿も、見事に周囲になじんでいた。そして、再びオレが見とれはじめ、鼻の下をのばしてみては、抜群の井手達に、再度へんな目で誉め続けていると、

「……タケル君、時間は大丈夫ですか?」

 と、現実に引き戻してくれたのはシリナの方だった。なんとなく携帯端末で時間を確認すると、

「うわっ! やべ! もう、こんな時間だ! シリナ、悪い! オレも、もう、イヨんとこいかないと!」

 今やオレが慌てふためく中、シリナは穏やかに、

「……はい、また、今度」

 と、答え、もっと楽しんでいたかったのに、本当に心底残念に思いながら、オレは別れを告げ、背を向けた、その時だった。


「タケル君!」

 唐突に呼び止められ、振り向くと、まるでアラビアのおとぎ話にでてくるお姫様のようなシリナは、うす透明なショールの下で露となっている自らのお腹に両手を添えたまま、何やらはにかむような、嬉しそうであるかのような顔で、こちらをじっと見つめているではないか。オレも思わず笑顔となり、

「えっ? なに?」

 と、問うてみたのだが、異星の乙女の光る瞳は、尚、嬉しそうにしたまま、

「……いいえ。また今度。……いってらっしゃい!」

 なぞとオレを送りだし、そして、それが、オレがこの目で見た、シリナの最後の姿となってしまった。


 気づけば、白兵部隊を指揮するのはマグナイとなっていて、戦線に向かう最中、移送船内でシリナの様子を知ろうとするオレに、

「……余輩に、他の部族の事は聞くな」

 と、旧前線基地本部内でも、かつての習慣通りに、部族ごとに暮らしはじめているという酋長の口は重く、ただ、

「……なんでも『神託』があったそうだ。さぁ、戦だぞ。タケル、集中しろ」

 と、だけ付け加えられた。


 煮え切らない態度をとり続けるオレに、ハイデリヤの神様も愛想をつかしたのかもしれない。だが、やがて、新たな勇猛な部族たちとの再会という、嬉しい日々も訪れたのだ。あの日、王国の街で満身創痍であったケンタウロスの者も、すっかり元気で、今日も、連邦領に自由をもたらす蹄たちの音は、ハイデリヤの人々に等しく、頼もしい存在であった。だが、そんなある日、シリナたち、モル族は皆、前線基地本部の一区画から、姿を消してしまったのだ。スペースコロニーも有する、巨大な基地の中を、シリナたち、ハイデリヤの人々が住まうエリアまで向かうと、広大な人工芝が広がる一区画はがら空きとなっていた。


「……なんでも、『神託』、らしくってさ」

 言葉もでないままに立ち尽くし、愕然としていると、連れ立ってきたイヨも、移動してきた車内の座席から下車し、オレの側までやって来る。空中停止したままの、車輪を持たない車は、一瞬、小刻みに車体を揺らした。

「……で、わたし、色々、考えてもみたんだケド……」

 そして、続けてイヨが語りだしたのは、今後のハイデリヤの人々についての処遇であったのだ。


 三日月連盟の解放がひろがるという事は、いよいよ首都星地球のある太陽系へと差し迫る事であり、それは同時に、ただでさえ遠くの、ハイデリヤ星のある星系は、更にはるか彼方に遠ざかる事を意味する。多くの銀河系の民が、太陽系連邦の政策には苦しめられてきた。だが、特に、ハイデリヤ人に対する処置は、母星にも定住できないという、殊更、ひどいものだったといっていいだろう。いくら、銀河系一の戦闘民族と言えど、里心がついてる者もいるはずだ。彼らはこれまで良く戦ってくれたし、それに、新たな仲間もできた。

「特別待遇、えこひいき、なんて、誰も思わないと思うの」

 更に聞けば、「……それはモルのみならず。今、草原に新たな風が吹く時。皆、速やかに、母なる草原に帰れ」という内容でもあったらしい、草原の主である部族の巫女が残した神託は、他の部族たちに、少なからず動揺も生んでいるというではないか。


(………………!)

 ただ、代表らしい、大局的な視点で語り続ける隣では、オレには何も告げずに帰れとでも言ったのか、ハイデリヤの神様というのは、なんてひどい神様なんだ、と、だんだん、頭に血すらのぼりはじめる、まるで自分の事しか見えていない、近視眼的な副代表もいたのだが、

(……結局、煮え切らなかった、お前、だろうが)

 なぞと、自分ツッコミもできてしまえば、途端に、気も楽になり、オレはフッと笑むと、コロニーの頭上に、どこまでも広がる星空を見上げてみたのだ。


 そんなオレの丁髷姿を、しばらくじっと見つめていたイヨであったが、

「タケル、ひょっとすると……シリナ……あの子……」

 と、オレよりも直近のシリナの姿を知っている彼女は、何やら思い返すようにしていたのだが、先刻よりも柔和とした顔つきとなった、オレが振り向けば、

「……ううん、なんでもないっ!」

 結局、彼女は間を置いてから、何も答えず、こうして、ハイデリヤの人々の帰国が決定するのであった。


 その日、ハイデリヤの人々が次々に乗り込む宇宙船の麓にて、

「……先ずは、一族、皆が食えるだけの家畜から、だがな」

 見送るオレに、酋長マグナイは、切り出す。

「遊牧をやると言うのはな、それはそれで頭を使うのだぞ?」

 取り繕っているつもりかもしれないが、故郷に帰れる喜びは、マグナイをしても隠し通せない様子である。


 前線基地本部をおさえた事で、オレたちは、あらゆる機密情報を知る事ができた。限界をとうに越えた領土は、補給路の確保すら難しく、辺境もいいところであったハイデリヤ星は、入植も開発も放棄された星となっていたのだ。先ずは今頃、シリナたちが、自らの土地にテントを張り、暮らしていたりするのであろうか。


(…………)

 戦友の話を聞きながら、まるで見た事もない青空の下の、果てしなき草原にたたずむ、異星の乙女の事を思い描いている時だった。

「タケル。モルの巫女の事だが、男なら許すのだ。お主らには解らぬかもしれんが、余輩らにとって、神は、どの部族にとっても、等しく、偉大だ」

 なにかを察したマグナイが言ってのけるので、

「わーってるって。……着いたら、シリナによろしく」

 巨大な戦友の背後では、いよいよ宇宙船が発信準備段階に入ろうとしている。機体から放出される風に、丁髷と袴を揺らしながら、オレは笑って見送る事にした。










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