海にうつる月

 オレが木星へと旅立っていた間も、イヨや結晶卿たちなどの連盟の人々は、人工知能テオをも含め、逆襲の狼煙をどうあげるかで、計画を練り続けていたのであった。最早、二分としていたあの頃のように、真正面から張り合おうとする事は難しい。スサノオらによって、連盟に加わっていた有志の味方艦船は、そのほとんどがヤマタノオロチの毒牙にかかってしまい、それらの艦船に取り付けた砲台などの運用の為、技術協力として乗り合わせたりしていた、団長グリバスを筆頭とした連盟の、素晴らしい隊員たちも、宇宙の藻屑とされてしまったからである。


(グリバスのおっさん……!)

 宇宙戦艦ツキヨミのブリッジにて、今や、オレも会議に参加しながら、はじめての初陣から帰投した日、茫然自失としたオレを奮い立たたせようと、掴みかかってきた何本もの腕は、その全てがサイボーグであったというのに、何故か、暖かみすら感じた事を思い出しながら、よぎるのは団長への感情であった。思えば、グリバスとは、オレの三日月連盟における父親のような存在だった。


「そして、作戦なんだが……この現状を考えると、作戦は、奇襲攻撃による一斉総出の短期決戦しかないだろう、という結論に至ったんだ」

 今日もツキヨミ艦長とイヨと、白兵部隊隊長のシリナという、錚々たる女神たちを両隣にしたオレの方を向き、結晶卿は語っていた。そして、彼が、

「テオ……」

 と、語りかけると、続きを受け継いだテオは、

「デハ、データー結果ヲ、表示シマス……」

 我らが母艦ツキヨミに搭載された、ハイスペックな人工知能は、負けに負けこんで追われた日々の中、人知れず、ヤマタノオロチのエンジン部がある機関室への場所を割りだしていたのであった。その上で、一番近い距離で辿り着く事ができるルートをも探り出し、その図案を、皆が眺めるスクリーンに映し出すと、

「……やはり、以前の手口しかないだろう」


 結晶卿が口にしたのは、ムサシを沈没させたように、少数精鋭部隊による突入でエンジン部を爆破させる、という作戦だった。ただ、これだけ、船や戦闘機の数等に圧倒的な開きがあるとするなら、作戦の決行以前にハチの巣にされようものだが、敗走の最中でも、随所、随所で自らの目の変わりとなるインターネット端末を宇宙空間に設置、浮遊させ、尚且つ、現地の回線の中にすら潜り込み、連邦領の情報を、巨大遺跡から観測し続けていたテオによると、再び、自らの奴隷となった星々の上空を、凶龍戦艦は睨みをきかせるように飛行はするが、やがて、その広大な領土への凄みは、他の艦隊に任せるようにすると、定期的に、オレたち、ツキヨミを見失った座標位置に、単独で現れたりするのだという。

「あれだけの船だ。よほど、自信があるという事なのだろう。実際、あの一隻のみに我々は屈してしまった、と言っても過言ではないからね。ただ、この動き、私たちも引っかかりがないわけじゃない……」


 そこで卿は、一呼吸おくようにはしたのだが、

「だが、このまま、忘れ去られた文明の遺跡の下で、私たちがいつまでも、惰眠を貪っているわけにもいかないんだ」

 とも、言い切った。オレは頷くのみであった。

「加えて、これは私の仕事だがね……」

 結晶卿は語り続ける。それはヤマタノオロチが、何故に、オレたちにとって脅威となっているかという根本的な問題の話であった。彼は、凶龍戦艦の全ての力の源となっている有機体部分、即ち、戦艦に結合された八匹の宇宙龍に、ツキヨミ艦内から、強烈な「力」でもって、彼らの「命の光」に語りかけてみるというのだ。


「彼らは、言わば、完全に『闇』に堕ちている。その『光』に語りかけ、無力化させる事ができれば、例え、機関室の撃破が叶わなかったにしろ、今ある戦力でも、戦艦一隻くらい、充分におとせるはずだ。我々には立派な艦長殿がついている」

 クリスタルの男の瞳は、優し気にイヨの方を見、今度はイヨが力強く頷いていた。

「また、少数による精鋭部隊の内訳だが、ここは先の大戦で、あのムサシを見事陥落させた人々に任せようと思っているんだ」

 そして次に結晶卿がシリナの方を見れば、彼女は、穏やかでありながらも、どこか凛とした横顔で、ゆっくりと首を縦に振るのだ。


(………………)

 ふと、オレはこのままでいいのだろうか、と思った。そして、それは次の瞬間には、

「ちょっと、待ってください!」

 という衝動と共に口についていて、気づけば、両隣の女神が心配げに見つめる中、オレはシリナの白兵部隊の隊員の一人に、自ら志願していたのだ。しばらく結晶卿は、そんなオレの事を無言で見つめていたのだが、最後には一言、

「……やってくれるかい?」

 と語りかけてくるのであった。


 会議後、がやがやと各自が持ち場に戻ろうとしている最中、オレの元に来た結晶卿は、

「よくぞ、言ってくれたね。君の勇気に、『意思』の加護があらん事を」

 と、語りかけてくるのであった。

「あの船には、スサノオ提督がある。だからこそ、連邦という組織を突き崩す最大のチャンスでもあり……実際、ヤマタノオロチを突き崩す戦力としても君の存在は、今や、頼もしいというものだ。だが、彼にとって、とりわけ『光』であり『闇』でもある君の匂いには、敏感だ……。……よし……では、私は、『結界』を張りつつ、あの、哀れな竜たちの『命の光』にも、コンタクトをとってみせるよ」

 未だ、オレの付近では、両手の花である可憐な乙女たちが、心配げにこちらを覗き込む視線もある中、師匠に褒められれば、頭もかきかき、はにかんでしまうというものだ。だが、尚、オレに解らない事といえば、

「……で、結局、その光と闇、つーのは、なんなんすかね?」

 と、それはつい、質問として訪ねてしまうものであった。


 この概念は、オレと結晶卿、後は、せいぜいスサノオ位しか共有はできないものなのではなかろうか。卿は、弟子の問いに静かに頷いてはみせたのだが、

「……一言で語るには難しいんだ。『光』と『闇』、それは表裏一体。そして、互いに切り離され得ないもの。そして、それは生命の『生』と『死』という関係にも表される。ただ、この場合の『光』と言えば、銀河系で最も気高き野生の王であった、竜たちの穏やかな死、という事にもなるだろう」

 などと、答えてみせたりするのであった。


 こうして来たる作戦決行の直前まで、オレはシリナやマグナイたちなどの、突入精鋭部隊であるハイデリヤ人たちに合流し、ギリギリまで鍛錬に励む事にするのであった。この場所の主は、もしや途方もない巨人族でもあったのかという程、広大な遺跡の中は、訓練にももってこいだったのである。ともかく、銀河一の戦闘民族であるハイデリヤ人は、誰もが、地球人を遥かに凌駕する身体能力を兼ね備え、本人たちが魔法と呼ぶ超能力まで持ちあわせているのだ。単なる地球人であるオレに「力」なぞなければ、とっくのとうに爪弾きであるだろうし、それでも追いつくのに必死な日々が続いた。


 ガッキー――――ン!! 

 今日もオレは、マグナイの斧に吹っ飛ばされ、

 ズザーーーーーーーー!!

 派手に、滑り込む音までぶっ放し、

「いってって……!」

 その後を引きずるように、擦り傷だらけにしたオレが、よろよろと立ち上がろうとする。


「タケル君!」

 最早、見てはられぬと過保護なシリナが、駆け寄ってきたりもしたが、小烏丸を杖変わりに立ち上がったオレは、それを笑顔で制していて、

「……男なら、そのくらい、大した事ないだろう」

 なんだが憮然とすらしている眼前のマグナイには、大いに頷き、

「……もーう、いっちょーう!!!」

 なぞと、雄叫びのように答えれば、我が「力」を発動させ、今や、その光は、オレの刀身のみならず、体中をも発光する現象と共に、なんとか、ギリギリのところで、ハイデリヤ人に食らいついていくのであった。


 そして、作戦決行前夜となった。オレとシリナは人知れず遺跡を抜き出していて、満天の星空がある砂浜の元に来ていたのだ。透明な色のさざ波の遥か向こうで、途切れる水平線に映える月の形は大きな三日月で、まるで、それはオレたち、三日月連盟の旗であるかのようであった。足元に拡がる砂浜は、闇夜の中でもそこに白い光沢があるのすら解る、まるで、地球の南の島にあるような、サンゴの死骸たちが折り重なってできた浜のようだった。互いの弓矢と刀を置くと、すっかり、修練仲間となった他のハイデリヤ人たちにもお馴染みとなった、オレのつま弾くギターや歌声に、隣でじっと聴き入るシリナの、この闇の中でも、煌々と光る瞳をもつ視線すらあったりすれば、穏やかな時間の流れの中、明日、戦争に赴く事なんて、全てが嘘のようだ。


 当初の話題は、ハイデリヤにある海も、ここの星に負けないくらいに美しいなんて事を、シリナが言っていて、オレが首をすくめてみせては、こんな海は、流石に地球でもリゾート地にいかないと無理、なんて答えてみれば、

「いつか、タケル君に、見せてあげたいです」

 と、シリナが、こちらに微笑みかけて言うものだから、ちょっとドキッとしてしまう位の他愛ない戯れみたいなものだった。


 そして、此処にいた星の住人たちは何処にいったのだろう、何故に跡形もなく消え去ったのだろう、などと、謎解きなんてものもしてみたり、月夜の浜辺では、ひと時、何もかもを忘れた、元々の出会いすらたまたまだった、二人の会話の時間が流れていったのだ。

 ただ、女性に年齢を聞くというのはひどく失礼な事ではあるにしろ、いつの間にかオレたちの話題は、地球人とハイデリヤ人の間の数ある違いの中でも、決定的な時間の流れの違い、つまりはハイデリヤ人の寿命は五百歳をゆうに超えるというという話に行き着いてしまっていた。


 ましてや、顔を真っ赤にしたシリナが、

「わ、私は、百二十一歳、です」

 なんて口にした時には、

(えーーーーーーーー?!)

 と、あまりの年上ぶりにオレはのけぞってしまったのだ。明らかに年下だと思っていたオレは、此処にきて、またもや世界の広さを噛みしめる事となった。


 シリナは、尚も、

「……わ、私たちは、百を越えて、漸く、大人と認められるんです……っ」

 なぞと、すっかり、恥ずかし気に、自分たちの星の習慣も付け加えてきたりもしたが、やがて、ふと、

「確かに地球の方々の寿命には驚きました。けど、そんな皆さんだからこそ、生を謳歌し、素敵な服や、日用品を生み出せるんだって思っています」

 と、すっかり馴染みとなった、自らが着込んでいる柄物の地球人女子のシャツや、尻尾を覗かせたデニムのショートパンツを眺めたりしているのだ。


 なんとなく、オレも、

「や~。そっか~。オレがよぼよぼのモーロクじじいになっても、シリナ、そのまんまなのか~。参ったな~」

 なんて、おどけてみせた時だった。すかさず、

「えっ、そんな……! そんなおじいちゃんになっても、タケル君はタケル君です! 私、最後まで面倒みます!」

 なぞと、その異星の乙女の真っ直ぐな瞳は、オレを突き刺すようにして答えてくるものだから、

「えっ?」

「あっ……」

 オレは、ドキリと絶句してしまったし、口にした当の本人が、この日、一番に顔を真っ赤にしていたのだった。


 沈黙の間を、静かな波の音が漂っていた。ただ、今、お互いの気持ちを遮るものはなにもない。いつしかのように、互いに見つめあう、種を超えたせつなげな瞳には、既に両者の答えすらでていた気がする。

「……タケル君……あなたが、好き、です」

 先に口にしたのはシリナの方だった。潤んだ視線にこうも見つめられては、まるで、熱気に溺れてしまうようだ。

「オレも……」

 やがて、オレもそれに答えた。そうして、気づけば、二人は口づけを交わし、海の音しかしない夜の世界の中で、オレたちの鼓動だけが聞こえてくる、そんなひと時に酔ったのだ。


 一度、顔を離すと、ファーストキスの味に、

「これが、キス……。なんて……素敵……!」

 シリナの異星の乙女の瞳は目の前で潤んですらいて、それは、オレの中の熱情を爆発させると共に、なんか違う欲望をも爆発させるにはもってこいな位の、可憐さだったのだ。


 ほんとに、まぁ、我ながら呆れるほどの、抑えの効かない下半身だ。否、寧ろ、あの日、風俗星で出会った時からの、これは宿願であったのかもしれない。その後も何度もキスを交わし合ううちに、それだけではもの足りなくなっていってしまったオレの衝動は、今や、シリナの、グレー色の、きめ細かな肌にも、何度も、愛おし気に口づけをすれば、彼女は、吐息だけで、その全てを許してくれるではないか。とうとう本能が、その首筋を甘噛みすらしてしまえば、

「はっ……あっ……!」

 今まで、経験した事のない心地よさに、感じるままに喜び、シリナは応えるのである。

 

 これでは、オレの欲望はケダモノと化していくにはもって来いというものではないか。既に、この清純さをめちゃめちゃにしてやりたい一心で、手は、シャツの中に忍びより、いつしかに触れた、その豊かな胸をもまさぐってやろうと、呼吸も荒くしていると、

「待って……」

 まるで、ペットにお預けをさせる優しい飼い主でもあるかのように、耳元でシリナは囁けば、やがて、おもむろに取り出したのは、自らを抑制する首輪で、尚も、荒い呼吸を続けるオレの目の前で、カチャリとはめれば、

「よかった……もってきておいて……」

 なぞと、月光の中、恥ずかし気に微笑みかける乙女は、この夜の事を、オレより遥かにとっくに覚悟していたのだ。そしてその姿は、年齢も、異星出身である事も、実は何もかもが関係ないのだという事を、これでもかという程、オレに教えさせてくれる、愛おしい存在でしかなかった。


 南風が吹く、誰もいない月夜の浜辺に横たわる、シリナの裸はどこまでも美しかった。ただ、ここにきて彼女はためらいがちに、

「タケルくん……大好きです……。けど、私たちの一族には掟があります。巫女となる者は……『光の戦士』と以外、決して契りを結んではならないのです。ですから、私……その……。タケルくんが喜ぶようにできないかもしれないけど……お願いします……」

 なぞと言って、一区切りした後、

「鱗……嫌じゃないですか? 私、地球の女の子と違う……」

 なんて、目を泳がせたりするものだから、もう、噴火寸前のオレができる事と言えば、

「…………あにいってんだよ! 最高だよ!」

 と、その鱗の部分から襲いかかるというもので、

「………………!」

 再び、彼女の人生史上、経験した事のない感触と快感に、シリナの体はせつなく跳ね、負けないくらいオレの鼓動にも恋しさは伴い、

「………………!」

 頭上に瞬く星空と、優しい波の音の中、目の前で何度も、何度も跳ねるシリナの姿は、この世のものと思えないほどに美しかったのであった。


 二人が無我夢中となった時間は、このひと時を少しでも永遠に留めておきたいかのようであったが、それもいつしか休息と終息を迎えるというものだった。砂浜の上にて、お互いの火照った体を寄り添い合わせるようにして、オレが、いつしかの風俗星にいた時のように、その胸の中に顔を埋めてみせたりすれば、歓迎するように、シリナは抱きしめてきて、

「……………」

 目を瞑れば、未だドキドキしているのが、シリナの心臓の鼓動で解るかのようだ。


 ただ、それには、つい、最近も同じ事があったような、非常に強い既視感も覚えたが、

「……………」

 今度は、こんな素敵な女性の住む、彼女の故郷で、共に暮らすなんて事を想像してみたりした。きっと、そこは澄み渡る大きな青空と、緑豊かな、広大な草原が広がる素敵な場所なのだろう。オレは、シリナたちモル族と、明日は明日の風が吹く、と遊牧の暮らしをするのだろうか。時に、朝まで、奏で、歌い、踊る日、なんて事もあったりするのだろうか。


「……………」

 だが、オレは、とっくに宇宙の広さを感じてしまっていたのだ。浮かれかけたオレに、もう一人の、現実を知ってしまったオレは、(……だが、ハイデリヤは、時に、ハイデリヤ人をも命を落す流行病も横行する厳しい風土であると聞く。ひ弱な地球人であるお前が通用するのか。また、最強の戦闘民族のいる星にいる宇宙生物たちというなら、お前が今まで遭遇してきた獣たちよりも遥かに猛者ぞろいであろう。いくら、実力が地球人離れしてきているとは言え、皆の足手まといになるのが関の山なんじゃないか?)などと手厳しい。膨らみかけた希望は、一気にしぼみそうになった、その時の事だった。


「…………」

 まるで、オレの中の、何かの感情の機微を察したように、額に口づけの感触がして、

「…………」

 見上げれば、痛みをも乗り越え、すっかり溌剌とすらしていたシリナが、抱きかかえてくれるままに、笑顔で、こちらを見下ろしてくれているではないか。海の波の音の中、心地良さだけは確かだった。ただ、そう言えば、今までのどの女も同じ事をしてくれた事なんて思い出しながら、それに笑顔で返そうとした、その時、

「………!」

 その記憶の直近として、今、目の前にあるシリナの顔に重なるように強烈に浮かんだ姿は、優しげな笑顔で見おろすイヨであったりで、思わずハッとしてオレは目を見開いたのだ。


 同時刻、なんとなく、オレの事が気になったイヨは、遺跡の中、男性隊員たちが雑魚寝などをしているテントが張り巡らされた一区画に訪れていて、オレの所在を探していたらしい。すると、なんとなく気もそぞろにしたマグナイが対応して、オレの不在を告げると、帰り道、親指を唇にあてながら、

「……なにやってんのよっ……わたし……!」

 なんて、呟いてみせたりしたそうだ。




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