最後の戦い 前編
BEE! BEE! BEE! BEE!
その日、ツキヨミのみならず、生き残った全ての味方艦船の船内では、けたたましくブザーが鳴り響いていた。
「総員第一種戦闘配置! 総員第一種戦闘配置!」
ツキヨミのブリッジからのアナウンスに、同志たちは、各自の持ち場へと急ぐ。そして、ブリッジにて、テオが、
「座標位置確認、ヤマタノオロチ、一隻ノミデス」
と、現状を告げると、腕を組み、艦長である事を表す制服制帽の姿も、すっかり板について立っているイヨが、
「了解!」
なぞと、力強く答えているのであった。
「ついに、この時が来たね」
そして、結晶卿は語りかけるように、共にブリッジに待機していた、オレや、シリナ、マグナイたちの方を振り向き、
「君たちならやれると私は信じている。そして、私自身も、死力を尽くそう……!」
言い切った彼は、ブリッジの隣室に特別に設えられた、自らの「力」を発動させる為の一室に、黒いローブをひるがえしながら、向かっていった。そしてオレは、シリナの方を見、
「行こうか……!」
と、穏やかに語りかけ、彼女が、
「はい……!」
と、静かに答えると、今度は小烏丸を抜刀して天に掲げるようにしたオレが、ハイデリヤの皆の方を見回して、
「やったろーぜーい! みんなー!」
なぞと、明るく呼びかければ、突入隊の仲間たちは勇ましく呼応したのだ。
この決行に至るまでの、彼らとの修行を通した暮らしの中で、オレは、一人、民族も違ったのだが、気づいてみれば、一角の人望も勝ち得ていた。
ただ、そんなオレとシリナたちのやりとりに、なんとなく複雑な顔をしてみせたのはイヨで、無論、相変わらず八方美人なオレは、今度はイヨの方を向くと、
「いざ! 参るでござる!」
なんて、自らが丁髷に袴姿である故に、同郷のよしみもくわえて、まるで、歴史ものが好きだったオヤジのような物言いで、おどけてみせたりもしたものだった。悟られまいとしたイヨの表情は、すっかり様子を変えていて、
「……ばーか」
と、期待通りのツッコミもかましてくれたが、その後は表情を変え、こちらをジッと見、少し瞳も潤んだ顔から口についた言葉と言えば、
「絶対、帰ってくるのよ……っ! 約束っ! ……いってらっしゃい……」
だった。
突入するための小型の移送船にて、シリナたちとひしめき合うようにした無言の空気の中、
『宇宙戦艦ツキヨミ、及び、連盟有志軍全艦隊っ! 発進っ!』
すっかり艦長も板についたイヨの発令が、アナウンスとして鳴り響く。途端に、移送船の外の空気が動いていくのを感じた。今、正に、総力をあげた艦隊が、宇宙へ向けて飛び立っていこうとしているのだ。
『ワープ開始っ!』
やがて宇宙空間へとでれば、後は敵軍へ向け、まっしぐらである。イヨがきびきびと命令を繰り出し、ツキヨミを筆頭とした艦隊は、忠実にそれを実行する。そして、ワープが何度か繰り返された時の事だった。
『ヤマタノオロチ! 前方にとらえました!』
『了解っ! 全艦隊、全方位シールドを張れ!』
ブリッジからの、緊迫したやり取りが聞こえる! そして、
『敵機BB29の連隊! 来ます!』
という一声の確認と共に、DOOON…………! DOOON…………! DOOON…………! DOOON…………!
次々に、重い音が鳴り響き、オレたちの乗るツキヨミはすぐさま振動を繰り返しているではないか!
『神風特攻隊…………?! わたしたちが来るのを予見していたというの…………?!』
『艦長!』
ブリッジ、及び、味方艦隊は、すぐさま、緊迫した事態に陥った模様だ! オレは、じりじりとした気持ちを抑え込むようにして、ゴクリ……と唾を飲み込んでいた。
『……大丈夫っ! 全方位シールドが効いてるわっ! 大した損害じゃない! 0式ウイング、グリーン隊、シルバー隊、及びブラック隊の護衛専任部隊以外は全機発進! テオ! サポートをお願い! 距離をかせぐわよっ!』
『Yes Miss』
DOOON…………! DOOON…………! DOOON…………! DOOON…………!
揺れて鳴り響く音の中、今度は、出立ゲートが開かれる音と共に、オレたちが乗り込んでいる船の周囲に控えていた同志たちが、慌ただしくなるのを感じた。そして、それらは、直ぐに、ヒュン……! ヒュン……! ヒュン……! と、オレにもすっかり馴染みある子気味いい音を立て、宇宙空間へと迎撃のために乗り出していくのだ。そしてすぐさまに、味方機のレーザービームが、BB29を討ち落す音すら彼方から聞こえはじめた。際に、
『全軍! 進軍続行っ!』
というイヨの勇ましい声が続く。
「………………」
前線の最中、0式ウイングで奮闘し、飛行している時には、到底気づく事ができなかったやり取りが此処にはあり、暗がりの密閉された空間ながら、改めてオレは、同郷であり、ルームメイトでもある少女の成長ぶりに感心すらしていた。確か、彼女は貧乏な家族のために、少しでも孝行がしたいから、と、たったそれだけの理由で、上京し、女官となったはずだ。本当にそれは細やかな理由であったのに、本人すら思いもよらず、当時の国家元首に見初められ、果てに自ら、その元首の代をも受け継ぎ、今や、艦隊のキャプテンなのである。利発で明朗である上に、彼女には、常に、自らにのしかかる運命をドンと受け入れる度量があった。この三日月連盟の象徴的な存在として現在の彼女があるのは、なるべくしてなったと言っていいだろう。
『…………突入隊の船の飛行可能距離まで、なんとしてでもかせぐわよっ!』
DOOON…………! DOOON…………! DOOON…………! DOOON…………!
尚も揺れ続けるツキヨミは、0式ウイングがBB29を討ち落す爆音までも加え、艦長の気丈な発令と共に突き進む!
(……オレも負けてらんねーな)
そんな事を思うと、袴の帯に差し込んだ、我が一族伝来の名刀小烏丸の鞘を強く握りしめたくもなるというものだ。暗がりの中でも、煌々と光るハイデリヤ人の瞳が周囲を取り囲む中、ふと、シリナやマグナイと目が合い、思わず、互いに頷きあった。と、
『作戦展開ゾーン、入りました!』
『オーケーっ! 突入船! AIスタンバイっ!』
オペレーターとイヨのやり取りと共に、それまで沈黙していた周囲が、次々に作動音を連鎖させていく。
様々な計器類の照明に照らされたのは、それぞれに弓や斧を背負い、シリナやマグナイたちが、各自の部族を象徴する遊牧の民の衣服を纏う中、灰色の長着の下には、白地の襟付きのシャツに紺の袴を巻き、黒いブーツに加えて、丁髷頭の、まるで、大正ロマンの書生が侍にでもなったかのような出立をしたオレの、厳しく見つめる視線なのであった。
そして、オレたちの乗る小型船は、今や、敵味方の戦闘機入り乱れての戦火の中、ツキヨミから射出されると、一路、ヤマタノオロチにある、入念に確認された侵入経路に向けて突き進むのである!
『各隊員!タケルたちに最高のエスコートをしてやろうぜ! たかりにきやがる青いバカカラスどもは、一匹残らず蹴散らせ!』
振動すらも甚だしい、船内には、経路を護衛する特務を負った0式ウイングたちが周囲を飛び、作動している機内のAIの無線越しに聞こえる勇ましい声と共に、BYUUUN……BYUUUN……BYUUUN……BYUUUN……!! と迫りくるBB29の群れを爆発させ、活路を作る!
DOOOOON…………とうとう、鈍い音と共に、我らが突入機が、船壁の何処かを打ち破る音を感じた! 作戦は即座に次の段階に移り、オレたちの眼前には、ヤマタノオロチ船内の通路が現れるではないか!
『チャオ! アミーゴ!』
そして、オレたちを見送った同志たちが戦線へと、再び戻ろうとするメッセージに、
「ありがとう!」
と、オレは目いっぱいの謝意を送るのであった。目の前には、今や、ヤマタノオロチの船内の、機関室に向けての最短ルートとなる、巨大な、幅のある通路が広がっている。尚、戦闘状態を告げるアラームこそ鳴り響き続けど、そこには、連邦兵の人っ子一人いない!
(いまだ……!)
オレの顔は逸っていただろうか。そして、我らが先導をつとめるシリナが目の前に立つと、手にした弓を天高く掲げ、振り向き、
「皆さん! いきます!」
と、声たかだかに宣言し、皆への鼓舞として、
「ウィりりりりりりりりりりりりりぃいいいいい!!」
と、銀河一最強の雄叫びを放てば、全ての民族が声を同じくして答え、全く異民族であるはずのオレまでもが、熱意のままに模倣していた。
オレはハイデリヤの神話は知らない。だが、確かに、誰よりも先陣をきったシリナの雄姿は、どこまでも美しい戦の女神であるかのようで、オレたちは一斉に駆け出したのだ。
がら空きとなっている通路をオレたちは突進し、行く! もしかしたら、なんの対敵もないままに事は進むかとすら思えた、その時であった。
「………………」
いづことなく、呂律の回らぬ発音が聞こえてきたと思えば、まるで、ユラリ、ユラリ、と眼前に、迎え撃つように表れたのは、シリナやマグナイたちと同じ、ところどころには鱗と、尻には尻尾まで生やしたハイデリヤ人の者たちではないか。だが、その眼は、必要以上に血走り、体中の血管なども、やけに浮き出ているのが奇異で、
「サドゥ…………」
隣で、ふと、マグナイは、敵軍と化してしまった生物兵器部隊の同胞に、知り合いの影を見つけると、その名を呟いたのである。
「……………………!」
だが、最早、連邦の操り人形である、超能力が自慢であるというドタール族は、次々とハイデリヤの呪文を唱えると、各自が持つ、宝玉を天辺に設えた杖から、強烈な、魔法という名のエネルギー波を打ち込んでくるのであった!
「この………………!」
オレがなんとか避けようとしている時には、シリナは、舞うようにしてかわしつつも、何本もの矢を手に持つと、弓に構え、能力さえこめて、赤い炎で燃えている矢を次々に放っていたし、マグナイにいたっては、手にした斧で、エネルギー波を力技で吹き飛ばしながら、敵陣に突進していく、でたらめぶりであった。
「ウィりりりりりりりりりりりりりぃいいいいい!!」
「ウィりりりりりりりりりりりりりぃいいいいい!!」
そして、互いに張り合うかのような民族特有の雄叫びが交錯する只中!
DON…………!
正に、猪突猛進だったマグナイが吹っ飛ばされ、オレの直近に派手に転がってきたりする!
「マグナイ?!」
「ふん……相手はドタールだ。このくらいなければ歯ごたえもないというもの」
眼前でぶつかり合う、次元の違う戦いぶりに、避けるので手一杯ながら、オレは戦友の名を呼んだものだが、異星の大男は無論、タフであり、すぐさまに立ち上がると、戦斧を奮って、またもや突進あるのみなのだ。そんな友の姿を見れば、オレも負けてはいられない。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
オレだって、更に修練を積んだのだ。「力」をもっと発動させれば、友にならって突進する!
BEEEEEEEEEEEEAM!
際に、彼らが「魔法」と名付ける超能力の類のエネルギー波が、此方に向かって投げ込まれる!!
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
もう一度叫び、オレはそれをマグナイに習って、小烏丸で打ち返してやろうと目論んだ。木星で教えられた通りに、刀身にまで「力」を流し込めば、伝家の宝刀は、光を放って呼応だ!
「ふんにゅ!!」
そして、それはとうとう軸でもって、敵の技を捉えたのだ! 後は、打ち返してやればいいだけの話である! が!
(お……重い……!)
なんと重厚な超能力攻撃なのだ。こんなものを体に打ち込まれても、すぐさま、すっくと起き上がれるハイデリヤ人とは、いったい何者なのだ。
「ぬ……ぬ……ぬ……ぬ……!」
周囲は、敵味方入り乱れての大合戦の中、今や、筋肉をプルプルとさせながら、未だ、猛り狂う敵の一波を捉えたままの体勢で固まり、苦悶している丁髷がオレだった。そして敵は勿論、容赦などない。
BEEEEEEEEEEAM!!
いづこからか飛んできた第二波は、無防備に硬直しているオレに瞬時に襲いかかり、
「うわあああああああああ!」
衝撃と激痛と共に、彼方に吹っ飛ばされる事はあっと言う間で、
「タケル君!」
こんな状況でも、気は優しくて力持ちのシリナの声がどこかで聞こえた。
「いっちっちっち…………」
尚も、体の周囲をビリビリと、余韻のように、エネルギー波の残り火がまとわりついてやがる。着用している、特別な化学繊維で出来た着物や袴がなかったら、ひとたまりもなかった事だろう。だが、オレは、以前、スサノオの闇の力の猛攻撃にも、なんとかギリギリ耐え抜いた男だ。マグナイほど機敏とはいかないが、立ち上がろうとすらしていた。
ただ、敵は無論、容赦などない。すぐさま、反り返った短剣を二本もった敵方のハイデリヤ人が、飛びかかるようにして、オレの前に躍り出てきて、
「ウィりりりりりりりりりりりりりぃいいいいい!!」
と、叫んでくれば、オレも咄嗟に、小烏丸にて受けて立ち、
「こんにゃろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
なぞと、負けじと応戦するのみであった。鍔迫り合いとなれば、両者は睨み合う。ますます直近だと、彼らの目が普段から光るのが特徴ながらも、不自然に真っ赤で、異様な輝きなのは、その敵が、おぞましい人体兵器にさせられてしまっているという証拠だ。
現在、戦況は、全く自分たちとは無関係なはずの権力に巻き込まれた、ハイデリヤ人同士の同士討ちという悲しい縮図ながら、拮抗していた!
だが、接戦すぎて、当初の計画よりも確実に時間は超過しはじめそうな予感の事を、オレは気にしはじめていた。
ガキーーーーーーーーーン!
ガキーーーーーーーーーン!
剣と剣で牽制しあい、尚も、双剣使いの異星の戦闘民族に苦戦を強いられつつも、
(ま、まずいな…………他の連邦兵たちも駆けつければ、流石に、やばい、やばい…………)
などと、次第にじりじりしはじめていると、相対していた、気のふれたようにしている宇宙人の背後には、目にも止まらぬ速さで大きな影が、ぬっと現れれば、即座に、
「ふん!」
と、いう気合と共に大斧が一閃し、オレを狙っていたはずの生物兵器の生首は、あっけなく彼方へと吹き飛んでいったのだ。
ドサリ……と、残された敵兵の体が倒れ込む中、返り血をもろともせずに、目の前に立ったマグナイは、
「タケルよ。哀れなはらからたちの始末は、余輩らに任せよ」
と、語りかけては、間もなくして、早速、新たな同族と戦いはじめていて、
「タケル君は先に!」
今や、空中に舞い踊るようにしながら、魔法の矢を打ち続けるシリナをも、こちらに叫んできていた。どうやら考える事は、皆、同じ事のようだ。
「わかった! 死ぬなよー!」
そしてオレは絶叫すると、シリナの弓矢でもって作り上げられた、一瞬の活路の中を駆け出し、強烈な生物兵器たちの群れの中から、辛くも、一人、脱出する事に成功したのであった!
カンカンカンカン…………!!
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!」
巨大な通路の中を、オレのブーツの駆ける音が響き、緊張で荒くなる声がそれに伴った。幸いにも未だ、連邦の兵に遭遇する事すらない。
「………………」
そして、ふと、立ち止まると、オレは腕の袖口をまくり、突入前に装着していた腕輪状の端末を操作するのである。それは言わば最終確認であった。途端に、その場に映し出された立体映像は、テオが導きだした機関室までの最短ルートと、自分の現在位置が表示され、見事、その距離が直近である事を物語っていたのだ!
「よっしゃ!」
流石に歓喜は禁じえない。だが、またもや駆け出し、機関室寸前という地点で、オレは禍々しい「気配」を感じとったのだ。
(まさか……!)
と、嫌な感触がよぎった時には、時、既に遅しであった。
機関室のある周囲は、開けた空間となっていて、その真ん中に鎮座するようにしてある、エンジン部へと向かう巨大な自動ドアは、階段を登って辿り着くという仕組みとなっていたのだが、今や、その階段をカツリカツリという甲冑の足音と共に、降りてくるのは、不敵な笑みをたたえた、スサノオの姿であったのだ。
「待っていたぞ……灰色」
そして一言、オレに語りかけると、男は腰元にある魔剣を引き抜いた。男のレーザーサーベルは禍々しい光で、まるでオレを迎え撃とうとしていた。
一方、ツキヨミのブリッジでは、イヨたちが敵の猛攻に必死に耐える中、特別に設えられた一室では、結晶卿が目を瞑って座禅を組み、「結界」と「命の光」の事を一心に念じ続けていたのだが、そのクリスタルの体は、徐々に、徐々に、ひび割れ、きしみはじめてすらいたという。
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