光明、垣間見える
枕と椅子の役割を終えた男と女が、共に立って見送ろうとしてきたので、久方ぶりに会ったチャイナドレスの元風俗嬢の方に、オレが会釈をしていると、彼女は、屈託ない笑みでこちらに手を振り返してくるではないか。気のせいだろうか、あの店で出会った時より、なんだか幸せそうにしている。そしてウズメは、今度は男の方の筋肉を触り続けつつ、男もまた、まんざらでもない顔で、老婆に良い様にされる中、
「ふむ……気分的に、あのおなごにするかの~」
などと呟いて、パンパンと手を叩けば、
「はーい。かわいいウズメちゃん、ただいま~」
気の抜けたような甘ったるい返事と共に、ゆっさゆっさと物凄い巨乳を揺らしながら、別の若い女が駆け付けてくるではないか。
(ウ……ウズメちゃん……?!)
年齢差を考えれば、あり得ない言い方にも驚いたが、マイクロビキニ姿で現れた女は、眼鏡をかけていたのだが、レンズは額にもある三つ目で、その者が異星人である事にもこれまた驚いていると、
「だっこじゃ~」
「はいはい。ウズメちゃんは甘えん坊さんね~」
老婆が、子供のようにねだれば、その者はひょいと抱きかかえる。そして、ウズメがその巨乳の中に、顔を埋めたりしながら、頬ずりを繰り返せば、異星の三つ目の女は、優し気に頭を撫でてやる始末ではないか。オレの椅子変わりを勤めていた異星の男とは、涎も垂れるほどの熱いキスを、惜しげもなく交わしあえば、
「よし……じゃあ、いくかの」
と、当たり前のようにオレに言い、漸く移動をはじめるのであった。そして、
「じゃあ、後はよろしくな」
「よろしくアルね」
「オーケー」
などと引き継ぎをしあう、ウズメの婿と嫁たちは人間関係も良好のようだ。かなり狂気であったが、これがこの空中宮殿の当たり前の光景なのだろう。
オレは、ふと、イヨが語っていた思い出話などをよぎらせてみて、かつてのヒミコも、イヨの胸に、こんなふうに甘えたりしたのだろうかなどと思うと、若干の嫉妬がもたげなくもなかったが、女性の同性愛でも、こんなふうに赤子のように甘える事もあるのだとすると、今まで交際してきた元カノたちや、シリナ、イヨに対し感じていた、オレのちょっとした後ろめたさ、気まずさなんてのもアホらしいのかもしれない、なんてふうにも思ったりした。
嫁の胸には、ウズメは顔を埋めながら、
「ワシゃ、みーんな、愛しちゃってるからの~」
などなどと、道中、宮殿内を行き交う、地球人、異星人を問わない、どの婿や嫁にも逐一ちょっかいを出しての移動は、随分、時間も食ったものだが、ようやく辿り着いた場所は、円盤状の、まるで競技場の一角なのであった。嫁の胸から降り、もう一度、手を叩けば、なにやら身の丈よりも大きな物を担いだ、ウズメよりも遥かに小柄な、明らかに宇宙人である小人が、一生懸命に駆け寄ってくるではないか。
さっきまでまるで母親に甘える赤子のようであったのを、今度は、孫を労うような慈愛の瞳で見下ろしては、婿の一人を労い、手にしているものは、鞘に入った剣のようである。
そして、シャキーン! という音と共に、抜かれた刀身は、周囲に立ち込める、巨大な大気の向こう側で、いつまでも夕日の色をしている太陽の光を浴びると、一際に光り輝き、
「これはの、太古に滅んだ星にあったという、宇宙一最強ともいわれる、神秘の金属でできておるんじゃ」
と、ウズメは説明を始め、
「お前さんの、その腰元にあるのもそうじゃ。得物として成ったのはこの二本のみじゃ。これはな、鋼としても超一等品じゃが、不思議なもんで、『神通力』なんぞ流し込めば、はるかに強くなるっちゅーすぐれもんじゃて。で、老婆心で、その扱い方でも教えてやろうという事じゃ。遠慮はいらん。かかってこい」
なぞと言うと、柄も華麗に装飾された西洋の片手剣風にアレンジされた剣を、今や、老婆は、まるで慣れた手つきでブンブンと振り回せば、颯爽と、オレに対して構えるではないか!
(…………!)
オレは、未だに、ただ、ただ、驚いている事しかできなかった! すると、ウズメは、
「なーんで、お前の『神通力』が通用しなかったと思う? 生まれつきなんじゃがな。ワシも結晶卿に負けず劣らずの『神通力』の持ち主なんじゃぞい? けっけっけ。魔女なんてものがいるなら、ワシみたいな者の事を言うんじゃろうて。若い頃は、剣も『神通力』もよく奮った~。おかげでボロ儲けさせてもらったもんじゃ」
なぞと、述懐すらはじめるものだから、とりあえず、オレは、
「え、じゃあ、ばーさんも、あのクリスタルとしゃべる、みたいな夢見たの?」
と、問うてみたのだが、
「なんじゃそりゃ?」
尚、構えたままの老婆は容量を得ていない。ただ、
「まぁ、宇宙はの。よくわからんことが常日頃から起こるから宇宙なんじゃ。ま、ワシはいい男と美女さえおれば、それでええってもんじゃがの。さぁ、若いの。とりあえず、剣を抜け。かかってこい」
と、語り続けるのであった。
そして、さっきまでの、単なる両性愛者のハーレムの主の、気の抜けた雰囲気はすっかり成りをひそめ、只者ではない空気が、びしびしと伝わってくる中、オレは、とりあえず、頭の覆いをとり、髷など結い直すと、カチャリ……と音を立てて、小烏丸を抜くのであった。
「噂にあった東の剣、か……。本当にあったとはの。長生きはしてみるもんじゃ。ほう……構えはすっかり様になっとるの……さぁ、遠慮はいらん。斬りかかってこい。この聖剣グラムドリングと力比べじゃ……!」
なにやら、眼前の老婆はぶつぶつと言っている。ただ、小さな体からはものすごい気迫を感じてはいるにしろ、相手はご老人なのである。
DAH…………!!
とりあえず、駆け出して接近したはいいものの、オレは、様子を見るようにして、大ぶりに一閃を作るのみであった。途端に、ウズメの姿は目の前から消え、
「な~んじゃ! その気の抜けた一太刀はー!」
大声は、頭上からする。
「小僧ー! ワシがババアだからって、なめとるなー!」
脅威の跳躍力でもってかわした後、茜の空に、「空中停止」した老婆は、立腹した様子だ。
「そうかい。そうかい! なーら、早速いじわるしちゃうもんね~!」
そうして、立て続けにまくし立てると、剣を手にした老人は、両手を水平にし、なにやら、先ずは、其処でゆっくりと回りはじめたのだ。
ゆっくりと回りはじめたのは、最初だけであった。
BYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUN!!
今や、目にも止まらぬ速さとなったウズメの姿は、其処だけが強烈な竜巻と化している有様である!!
「えええええええええ?!」
「うっひっひっひっひ!!」
突飛な現象を眼前に、オレが仰天するのと、ウズメが不気味に笑って襲いかかってくるのは、全く同一時刻であった。
BYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUN!!
最早、人間竜巻である! ましてや相手は剣を手にしているのだ!
DAH!!
慌ててオレは大きく飛躍し、第一波を避ける!
GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAAAAA!!
途端に、勢い余った大旋回は、競技場の固い盤面を次々に削り取っていく有様ではないか! こんなものを体に浴びたら一たまりもない!
「うっひっひっひっひ!!」
BYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUN!!!!
だが、尚も旋回は、不気味な笑い声と共に容赦はない! すぐさま、避けたオレに向けて牙を向こうと方向修正する!
「あっとっとっと……!」
DAH!
ともかく、オレは跳躍し、避ける!
「ほーれほれ!避けてばっかじゃ、そのうち捕まえてしまうぞい!」
これも「力」の持ち主の特権なのだろう。人間竜巻と化しているのに、ウズメの声は全く明朗であったのだ。
「うっひっひっひっひ!!」
BYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUN!!
「くっ……!」
DAH!
追いかけっこの時間は延々と有様だ。年齢で侮っていた。確かにウズメの実力は想像以上だ。流石はこの才能で一財産築いただけの事はある。そして確かに、既に、何度か危ない目には遭遇していて、汗だくのオレの頬は、ところどころの切り傷から、流血すらはじまっている頃合で、このままでは、そのあり得ない回転率の剣の切っ先の餌食とされてしまうのは、時間の問題だった。
(やばいやばいやばいやばい……下手すりゃ……死ぬぞ……!)
血筋で言えば、オレと同じ、元太陽系連邦の関係者である。「訓練」とは名ばかりで、本当は死体となったオレを、眼前の首都星に引き渡す心算なのかもしれない。そのくらいの邪推がよぎってしまう程、とうとう、オレは追い込まれてしまっていた。
(…………)
そしてオレは、ただ、背を向けて逃げるのをやめると、振り返り、目を瞑れば、結晶卿仕込みの呼吸法と集中をもって、更に自らの「力」を発動させた!
「うっひっひっひっひ!!」
BYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUNBYUN!!
際に、大旋回は情け容赦なく襲いかかってきたところ!
ガキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
心眼で、旋回を見切ったオレは自ら突っ込むようにすると、今や、そこには、鍔迫り合いで睨みあう、老婆と丁髷の姿が、木星の永遠の夕暮れのシルエットで映えていたのであった!
DON…………!!
そして、即座に、互いに跳躍すると、オレたちは、競技場の隅と隅に着地し、大きな間合いを作り出していた!
「ハァハァ……!」
ただ、相手を睨むオレは、肩で息をしている始末であったが、歳はとうに100以上離れているであろう老剣士であるというのに、ウズメは涼やかな顔で息切れひとつせずに、余裕すら浮かべ、こちらを眺めている!
(くっそ……!!)
そしてオレが心底、悔しくなっていると、
「さぁて、では、こいつはどうかの……!」
おもむろにウズメは呟く。すると彼女の刀身は、みるみる光り輝いていって、
「ほれ! ほれ! ほーれ!」
と、矢継ぎ早に剣を振ったのだ! なんと其所からは、三日月型のエネルギー波が生まれ出しては次々に、オレに襲いかかってくるではないか!
「くっ……!」
またもや、トリッキーな攻撃にオレはに避ける事しかできなかった! そして、首の皮一枚でなんとかかわしつつ、
(まるで、スサノオだ!)
と、ヤマトに乗り込んだ時に、宿敵が放った技なぞを心によぎらせるのであった!
「ほーれほれほれ! 悔しかったらかかってこんかい!」
剣から表出するエネルギー波を、次々に連発させながら、さも愉快であるように、老婆は挑発する。だが、スサノオをも繰り出した事のある技に、オレがどのように抗すればいいと言うのか!
「言ったじゃろう。ワシの剣とお前の刀は、同じ金属で出来ておるのじゃぞ?! 神秘の物質じゃ!」
(……んな事言ったって……!)
なんとか避けつつも、ウズメの言う事はまだ見えなかった。すると、
「お主の持つ『神通力』じゃ! それを刀に落とし込んでいくイメージを持つんじゃ!」
(…………!)
成程、そういう事か。尚も攻撃の波動は止めてくれない老剣士ではあったが、この「力」を持つ者なら解る、特有のニュアンスならつかめる事ができた。際に、精神の集中のイメージを、両手で握る小烏丸の中の刀身の中にまで、みなぎらせるようにしていくと、徐々に、その刃が、目の前の相手の持つそれ同様に輝いていく!
それが刀一杯にみなぎる感覚をつかんだ瞬間!
「どおおおおおりゃあああああああああああああ!!」
オレは雄叫びと共に、光り輝く自らの得物を、大きく振りかぶっていたのであった。生み出された、エネルギー波は、巨大な弓なりに反り、相手の波動を次々に飲み込んでいくと、全てを粉砕し、突き抜けたのだ!
(……………!)
今や、競技場の向こう側の、厚い大気の連なる雲たちのある果てで、漸く掻き消えた現象を前に、自らが生み出したものでありながら、オレが、目を大きく見開き、驚いていると、
「うっひっひ。若いのう!」
頭上では、空中停止した老婆の剣士が、さも愉快そうに、笑いこけているのであった。
未だ一試合の熱気も冷めやらぬ雰囲気の中、共に剣を収めた後、オレは老婆と肩を並べていた。やがてウズメは、木星の彼方を眺めるようにしながら、
「……いつかは、ワシらが持つ、この不可思議なもんも、もっともっと、あたりまえになるのかもしれんのう」
などと、遠い未来を重ね合わせるようにした後、
「剣技は、まあまあ、そこそこ、といったところじゃの。ワシがもうちょいもんでやってもええが。そんな時間もないんじゃろ。後は、せいぜい精進して、自分で創意工夫せい」
グリバス以上に荒っぽい剣の師匠は、技術にも更に厳しかった。
(……………)
そして、ふと、オレはウズメに、スサノオも同じ技を使っていた事を告げたりもしたのだが、
「やつは、とっくにでたらめじゃ」
開口一番にでてきたのはウズメの苦笑であり、
「やつは、『神通力』云々以前に、連邦が行ってきた生物兵器の実験手術にも、次々に自ら手を出しおったんじゃ」
(………………!)
情報通の老婆の衝撃の事実には、オレは驚く他なく、その横顔を見れば、真剣な眼差しは、
「その中には、ヒミコが、百年かけて推し進めた、おぞましい実験もあったらしいぞな。時に手術に、実験に、失敗しようにも、あやつは、全てを乗り越えてきた……それも少年兵の頃からじゃ」
(………………)
そうして、ヒミコと浅からぬ縁を持つ老婆の顔は、今まで見た事もない複雑な顔となり、茜色の空を見つめはじめただろうか。
「そんな男が持つレーザーサーベルじゃ。既存の剣でなくて当たり前じゃろうて。恐らくは、連邦の研究者どもに、飽くなき要求をして作らせた、言わば、魔剣じゃろう。じゃがな、よくわからん宇宙と言えど、歪みきった悪なんぞ、永遠に栄える事もないのが不変の道理というもんじゃろう。聖剣の扱い方の手ほどきは授けた。…………後は、お前に、託したぞい」
(………………)
夕日のような黄昏の太陽の世界の中、そう言って、静かに微笑みかけてくるウズメに、オレは何故だか、ヒミコに語りかけられたような錯覚を覚えたが、一度、顔をブルブルと振ると、なるたけ力強い笑みを作って頷く事にしたのであった。そこで、ウズメは表情を変え、
「……して、お前、今宵はどうするんじゃ? 泊まってくのは構わんが、ワシゃ、婿や嫁たちと助平するので忙しいぞい?」
と、すっかり、性欲に奔放な顔つきに戻っているではないか。正直言って、オレも嫌いではない方だが、一応、軍属である以上、任務完了と言うならば、時間は惜しかった。苦笑を浮かべつつ、オレは、挨拶もそこそこに立ち上がろうとしていると、
「……ま……余裕はないじゃろうな。貧して鈍する孫を眺める趣味はババアにはないしの。さて、いつまで寝とるかは知らんが、起きた時に、先立つもんも、ないより、あった方がええじゃろう。とりあえずの小遣いでも持ってけ」
「…………!!」
とりあえず、無造作に渡されたアタッシュケースの中身が札束だらけなら、あまりの額に驚いたが、オレが乗ってきたボロボロの貨物船なども、オレが、言わば「聖剣道」の手ほどきを受けている間に、ウズメの宮殿にいるAIロボットたちが、全ての修理を終わらしてくれていれば、見た目は変わらずとも、新品同様にすら換えてくれていて、貨物部分には、更なるアタッシュケースでぎっしりと埋め尽くされていれば、ウズメの太っ腹には更に驚くしかなかったが、見送る老婆には深い謝意と共に、オレは、その黄昏の世界から、一路、帰路につく事としたのであった。
巨大遺跡の一角では、見事、任務を終え、無事に戻ってきたオレの事を、結晶卿を中心に、皆が総勢で出迎えてくれていて、地球人や宇宙人の同志たちの拍手と喝采の中、オレがはにかみながら、丁髷頭をかきつつ船を降りると、作戦決行以前から、危険な旅となる事を充分に知っていて、それでも見送ったイヨも、空の果てへと消えていく宇宙船を森の中で眺め、胸騒ぎと共に帰宅してから真相を聞かされたシリナも、最早、気持ちの抑えが効かぬと、共に駆け寄ってきてはオレに抱きついてきたりすれば、長旅の疲れもあろうか、あっという間に倒れてしまったオレの体の上では、三角関係の重みが、尚も、でんと折り重なっていたりするのであった。
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