敗走

 太陽系連邦最新兵器にして、最強、凶龍戦艦ヤマタノオロチの前に、オレたち、三日月連盟は成す術がなかった。無理矢理にすら見える、戦艦に結合された八匹の哀れな宇宙龍が口から繰り出す、エネルギー砲を前に、味方の船たちや0式ウイングはあっけなく砕け散り、ツキヨミですら、バリアー機能でなんとかしのぐ事で手一杯だったのだ。それでもオレたちは諦めず抗戦し続けた。だが、保ち続けた戦線を維持する事は叶わず、とうとう、じりじりと、撤退を余儀なくされるのであった。ヤマタノオロチは執念深かった。やがてワープにワープを重ねたツキヨミに、どこまでも追いつこうと現れてくれば、オレたちは、拠点であった地下基地のある亜熱帯の森の星々も放棄せざるをえす、更なる敗走を続けるはめとなったのだ。


 最早、あてなき臨戦態勢であるかのように、ワープを繰り返しては、ツキヨミと、辛うじて残った艦隊の群れを、0式ウイングで護衛して飛んでいると、ゴトリ……と、コクピットの座席の後ろでは、無理矢理ねじ込んであった愛用のギターケースが揺れた。オレの持つ「力」が感じた予知だったのか、はたまたオレなりの心のバランスが戻った故かは解らないにしろ、ヤマタノオロチと対敵したその日、自らの0式ウイングには小烏丸だけでなく、愛用のギターケースまで放り込んでいたのは奇跡であった。あの日、もし、自室に楽器を置きっぱなしに戦地へ赴いていたとしたら、今頃、どんな気分であった事だろう。自分にとっていかに芸術が大事であるかも思い知らされる、逃走の日々であった。


 無線では、気丈に味方たちが声を掛け合い、時に、オレも答えながら、

「…………」

 ふと、オレは傍らに置かれた、我が家に伝わる伝家の宝刀なんてのも眺めてみた。精神のすり減る、孤独な操縦席の日々で、父の存在は、心の救いだった。


 宇宙龍の圧倒的な力により、ネットワークの回線などもハックされる事の繰り返しでいたが、それでも人類主導のハイテクの上を、自立型の人工知能はなんとか突き破る事に成功する。かくして、その猛追を辛うじて逃れ、緊急避難場所となったその星は、放棄した秘密基地もあった星のように、密林だらけで、かつては文明も栄えたようだが、太古に滅んだという巨大遺跡の一角の奥底の中に、ツキヨミも、辛うじて残った船たちも収容に成功できれば、息を潜めるようにして難を逃れるのであった。


 そして連盟によって解放された星々は、再び、次々に、太陽系連邦の圧政の元に屈服していったのだ。

 今までのやり返しであるかのように、連日、皇帝スイコは、今や連盟の顔となったイヨに向け、降伏をせまるホログラムを発信し続け、それをオレらは沈黙して、苦々しく眺めるほかなかった。


 正に眠れる獅子であったスサノオが牙をむけば、このくらいの巻き返しは朝飯前だったという事なのだろうか。地下生活の中、人知れず気分転換に、ギターをつま弾こうとしたはずの手は、ふと、悔しさに止まり、だだっ広い遺跡に、ほのかに響いていた音も鳴り止んだ。だが、それでも、オレも、イヨやシリナ、マグナイ、そして結晶卿などの仲間たちも、起死回生への希望は忘れなかった。


 既に秘密基地自体がツキヨミという船と化した、ある日、通路を行くオレの名を呼ぶアナウンスが流れたので、ブリッジに向かうと、逆転劇の模索を続ける、イヨやテオたちと共にいた結晶卿が、

「木星にいってもらえないだろうか」

 と、切り出してきたのだ。直ぐ隣では、イヨが、張り裂けそうなほどに心配げな瞳で、こちらを見つめている。

「この先、逆襲へと転じるためにも、先ず、我々が尚、健在である事を、ある人に伝えてきてほしいんだ」

「…………なるほど」

 語り続ける卿に、オレは、丁髷を揺らして答えると、

「これまでの連盟も、そこにいる、ある老婦人の貢献が一番に大きかった……そこで、その彼女に、我々が健在である事を伝えた上で、その際の援助の確約も取り付けてきてほしいんだが……」

「あっ、もしかして、あの婆さん?!」

 こういう時、テレパシーとは便利である。読み取った結晶卿は、いつしかのように、

「ああ。そうか、そうか、君らはお会いしてるんだったね。それなら話が早い!」

 と、口調を明るくした後に、オレの帯刀している小烏丸の方にも目を移してみせたりして、

「……もしかしたら、君自身、新たな気づきがあるかもしれないしね」

 なぞと、付け足すのであった。


 決まれば、善は急げというものである。味方の船の倉庫の隅に眠っていたという、ボロボロの貨物船は、既にそのために改造すらし終えていた。テオが、ダミーの身分証などを用意すれば、オレは、髷をほどくと、かつてのザンバラ頭に戻り、自らの着物袴の上から、目深に頭まで覆える、みずぼらしいローブを羽織って、小烏丸やギター等を操縦席に運び入れると、早速、発つ事に決めたのだ。

「0式のワープ機能も移しておいたよ。これで一気に歩も進められるが……その上でも、ワープゲートを、更に何度も使用する事になってしまうと思うが、頼んだよ……」

「うぃ~す」

 見送る結晶卿の語りかけに答えると、

「タケル……!」

 直ぐそばにいたイヨはたまらずと言ったふうに、駆け寄ってきて、とうとうオレに抱きついてくるではないか! (え……!)と、此方が狼狽する間も、離さないふうにしながら、潤んだ瞳でオレを見上げ、

「絶対っ! 絶対っ! 帰ってくるのよっ! ご飯、きちんと食べるのよっ!」

 なぞ言ってくるフレーズには思わず(……母親かっ)なんて苦笑はしたが、頷いてみせた。


(………………)

 やがて、久々に乗りこんだ一般用の宇宙船の船窓には、各自の船の元にテントを張ったりして、それぞれに仕事、任務に追われている、地球人や宇宙人たちの同志の姿が映っているのである。シリナやマグナイたちも、今頃、密林の中、食料確保の為、自慢の鼻を活かしている事だろう。改めて、此方を見送るイヨと結晶卿に、親指を突き出しては、笑みを作り、オレは、宇宙船にギアを入れると、巨大な空洞の遺跡の中を出発し、やがて、いくつもの小さな太陽が一か所に固まった、まるでトンボの複眼のような太陽をもつ青空の下に、顔を出すのであった。


 大気圏を出、オレたちが逃げ込むその日まで、誰も知らなかった星のある星系すらも出ると、オレは、一先ず、連邦領の真っただ中となる宇宙空間にまでワープを開始しようとしていて、やがて地下奥深くのテオから通信が入ってくると、

『……坊チャマ、急グ旅デモアリマスガ、長イ道中デス。キチント食事ヲトリ、栄養ト睡眠ノバランスハシッカリト……デハ、Good Luck』

 と、言われれば、同じ星にいる誰かさんと同じく(……母親かっ)なんて、苦笑したが、長年の付き合いである従者にも元気に答えると、いよいよ秘密の一人旅ははじまったのだ。テオによって最短コースは見事に導き出されていたにせよ、今や、はるか彼方となった太陽系までの道のりは、長旅であった。時に、宿泊や食事のために立ち寄る場末の店の、古ぼけたカウンターに腰をかければ、周囲では、元の鞘に収まったかのように、宇宙人の奴隷を鎖でしばって引き連れている地球人たちが憩う星々をいくつも経由したし、設えられたワープゲートは何度も通り、オレの隣でシリナが感動していた超光速空間の中を、宇宙船は幾度も航行するのであった。実際、時に、息抜きに、かつて水星で暮らしていた頃のように、路肩に船を留め、オレは束の間にギターに手をのばしては歌っていた。拍手や賞賛をくれるイヨもシリナもいないにしろ、音楽は、やはり、自分の心の拠り所だった。


 すっかり無精ひげもそのままに、ローブ姿で曲げなどおろせば、まるでヒッピーだったが、ワープゲートでは、AIの機械の眼が何度もオレの事を覗き込んできても、ダミーの身分証のおかげで、全く問題なく通り抜けられたし、横切る連邦の宇宙戦艦やBB29なんかを、こちらが憎々しげに睨みつける事はあっても、地球人による独裁支配という大計画、「銀河系統一共栄圏」に邁進する彼らには、まるで、こんなボロ船、見えていないようだった。


 そうして、故郷であった太陽系に再び辿り着いた頃のオレの姿は、本当に、みずぼらしい密使となったままに、まるで、一日中、空は夕暮れのままであるような茜色で、山脈のように、厚い大気の雲に延々と覆われた木星に到達するのであった。あちこちの、巨大な気球の下にぶら下がったようにしている、まるで、洋の東西のおとぎ話にでてくる宮殿のような豪邸たちが浮遊している中を、オンボロ宇宙船は、最早、更に、くたびれ、エンジン部分などくたびれている箇所もあれば、斜めのまま飛行しながらも、かくして、オレは、コクピットのナビゲーションシステムを起動させ、連盟のパトロンであるという、あの老婆の住宅を、物好きな富裕層のたまり場であるという木星の空中宮殿から探し出すのだった。やがて、ある一角の空中宮殿にて、無線越しに、出立前に結晶卿から教えられた合言葉なぞを、応対にでたAIに口にしようとした瞬間など、流石に緊張も走ったものだが、

「ほいほい、少し前から、お前さんを感じておったぞ。……お入り」

 と、しゃがれ声の主自らが回線には割って入ってきたりして、オレは首をかしげながらも、宇宙船を進めるのであった。


 其処は、巨大な雲ばかりの星に浮かぶ宮殿の中に設えられた、真ん中に、噴水も噴き出している庭園であった。ローブの目深となった視界ごしに見た久々の老婆は、あの日のように、パイプのタバコをくゆらして、目の前にいる。そしてチャイナドレスを着た、どこかで見た事もある美女の露な腿を膝枕に寝転び、更に二人の椅子変わりとして、ボクサーブリーフ一枚の、筋肉質な男が四つに這って支えているのであった。オレが勧められた方の男性は異星人であったりしたが、とりあえず、「失礼するっす……」と、一言、声をかけると、おずおずと腰をかける事にした。


「うっひっひ」

 名をウズメと語った老婆は、先ずは不気味に笑ってみせると、その手を、膝枕とさせているチャイナドレスの中へとしのばせ、我が物のようにまさぐると、女もまんざらでもないように、その愛撫に感じ、脈打つ中、

「あまりに気に入ったからね。うちの嫁の一人として買ったのさ」

 なぞと説明しはじめたのだ。思い出した。今、顔を上気させている女は、あの日、オレが、はじめて風俗の店をくぐった時に、接客してきた風俗嬢ではないか。そして、ウズメは、今度、お茶を運んできた、メイドキャップに裸にエプロンしかしていない異星人の女がやってくれば、そっちの体なぞも触りはじめ、かと思うと、今度は、椅子変わりとなっている、這う男の筋肉質な尻なども撫で回したりと、目の前でやたらとなにやら忙しい。


(…………!)

 オレは、あの日のように呆然唖然とするしかなかった。すると、

「この屋敷はの、ワシの婿と嫁だらけちゅーわけじゃ。いくつになってもの、快楽はええぞい!」

 不気味ながらも老婆は、今日も明るく奔放だ。片目を瞑って語りかけるところなど、これがヒミコの親戚かと思ってしまう程、チャーミングですらあった。ただ、今の此方に、老人の趣味に付き合ってる暇はない。

「…………で、早速、本題なんすけど」

 オレは、早速、任務を開始しようとしたのだ。すると、またもや、

「うっひっひ」

 と、ウズメは笑い、

「おぬしら、風前の灯火ちゅーわけじゃのう。連邦の者ども、もう銀河系を征服した気ですらおるぞい」

「…………」


 その言い草は、まるで愉快そうであるから、尚更、オレを不愉快にさせた。また、この不気味な老婆は、かつての総裁とすら関係のある家柄である。警戒感を強めたオレは、手にしている小烏丸の鞘にも意識しながら、今や、鍛えに鍛えた「力」を発動させてみる事にしたのだ。相手の目をジッと覗き込めば、その目の前で片手を舞うようにさせ、

「……あなたは三日月連盟に援助する」

 と、「暗示」にかけてみたのである。一瞬、視点が定まらなくなったような顔をしたので、術は成功したかに思えたが、ウズメは、すぐさま、顔色を元に戻すと、

「……なーんちゃって! うっひっひ!」

 と、さも愉快であるかのようだったのだ。常人なら、誰もがかかる術のはずだった。オレが呆然としていると、

「ぶっひっひっ。あの時の小僧が、そーんな珍妙な『神通力』の使い手にまでなるとはの~。これだから長生きは面白いもんじゃ。だがね、んなもん、ワシにゃ、きかんよ」


 パイプをくわえた老婆は、美女の肌と、屈強な男の体を、尚も撫でまわしつつ、答え、

「せっかく『神通力』を得たちゅうのに、いまいち解っとらんようじゃのう~」

 などと、我が手にあるオヤジ譲りの伝家の宝刀を眺めているのだ。そして、

「……そのまんまじゃ、スサノオには勝てんぞい。どれ、この婆が、ちょいと鍛えてやろうかの。これが、ほんとの老婆心っての。うっひっひ!」

 なぞと、まるで、オレの記憶が解るかのようにして口走れば、尚更愉快そうにしつつ、人間枕と椅子から飛び降り、尚も呆然とするオレに、ついてこいと促すのであった。






 太陽系連邦は、三日月連盟が風前の灯というところで、前線基地本部の一室では、立食パーティーによる戦勝祝賀会に、最早、酔っていた。拡張しすぎた戦線に疲弊しきっている兵も数多くある中、提督スサノオというカリスマに心酔する軍人の数も実は多い。尊敬と畏怖をこめた視線は、地球出身者のみならず、その配下の者である異星人にまで、洗脳されたように、熱っぽく、彼の甲冑とマント姿に集まるのだ。無論、それはスサノオだけでなく、すぐ隣に常にある副提督、クシナーダにまで及ぶのは言わずもがなであった。ホログラムで参加している皇帝スイコと皇配ビダツは忌々しげにしていて、眼前にあるのは、スサノオが望んでいた光景と言ってもいいだろう。だが、男は、宴に浮かれる周囲の雰囲気など、まるで興味なさげにしていて、無表情に自らの手の中にあるワイングラスを揺らしているのみであり、隣にいる女は、ただ、それを気にするのであった。


 その夜の褥の時だった。今宵も寝転ぶスサノオのたくましい肉体にしなだれかかるようにして、クシナーダが寄り添っていると、やがて男は口を開き、

「クシナーダ……ビダツとスイコだが、アンドロメダまでは金がかかるなどとしぶってきてな。俺が買い取る事にした。今、開発はヤマタノオロチの機関室、『竜の巣』にある」

「なんと……!?」

 思わず、女が顔を上げれば、不敵な笑みは、

「あそこは、竜どもの力を蓄えておけるからな。正に適所と言えよう。やつらは、今ある国民どもから税を吸い取る事しか頭にないようだ。それはそれでどうでもいいが、全くバカどもばかりだ。我が妃よ。連盟を根絶やしにしたあかつきには、返す刀で、あれらを屠るぞ」

(御意……!)


 そしてクシナーダが、今は、正に、女であるというより、崇拝する上官への言葉を返そうとした時だった。

「……して、問題は、使える手駒というものだ。あの灰色など、使いつぶすには丁度いいのだがな……」

 未だ、天井を見つめたままの、我が上司は、自分ではない者を側近に置こうなどと、策を練っているではないか! 

(…………!)

女の感情は、唇を噛みしめようとも、今宵は留まる事はなかった。


「ス、スサノオ様…………!!」

「……なんだ……?」

 口にでた言葉は、つい、荒くなり、それを平然とした男の声は受け止める。そして、とうとう女は、

「是非、私にも、や、『闇』への導きを……!」

 と、乞えば、

「……お前には無理だ」

 答える声は尚も平然そのものだったのだ。


「で、ですが!」

 尚も女は食い下がろうとする。と、

「……お前は、やがて、我らが子の母になるつもりなのだろう?」

 スサノオは、はやる女の姿をジッと見ていて、

「『力』は我らが子が受け継ぐ。その者こそが、我らの『闇』となる。お前は闇の子の母となるのだ……」

 そして、不敵な笑みが語り続ければ、

「……はっ……」

 クシナーダは、また複雑な表情をして答えたのだが、ただ、

「そのためにも、お前は、ただ、俺に……尽くせばよい」


 そういうと、スサノオは、自らにかかっていたシルクのシーツをはいだのだ。そこには、凄まじいほど、いきり立っているものがあり、同時に、露となってしまった女の裸の姿もあったが、いつ見ても逞しいそれには、ドキリとしながら、女は状態を動かし、

「はい……」

 と、やがて顔を赤らめ、精一杯に咥えてみせるのであった。見上げれば、未だ天井の遥か向こうを見つめる、女の愛する不敵な笑みがそこにある。ただ、その男の瞳は、見下ろすと、物足りぬとばかりにベットの上に仁王立ちし、途端に女がひざまつくような体勢となれば、催促するようにその頭を手で抱え、もっと喉の奥まで突き刺されと、乱暴に動かしてみせようとする。


(…………!)

 時に、えづき、咳き込みながらも、その通りにする女は、自らの体に、主の胤がなかなかつかない事に、申し訳なくすら思い始めていて、自らにある快楽の全てを貪ろうとする主の欲望そのままに、今宵も身を任せるのであった。










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