光と闇
大戦は、ムサシを失った連邦側が大混乱のうちにヤマトを退かせた事で、ツキヨミも退く事にした。実際、ツキヨミ自体もかなりのダメージを負ったので、秘密基地にとって返せば、修理が急がれる事となったのだ。だが、天下を二分する事となった広大な銀河の戦線は、いよいよ両者譲らず、互いの艦船と戦闘機たちがひしめき合うように行き来しながらの、睨み合いのような様相を呈していき、やがてその間には、一時的な、合意なき休戦ラインがしかれた状態となっていった。無論、時に、小競り合いのような散発的なビーム光線の応酬などもあり、当直として乗り込んだ0式ウイングで、戦線の策定された巡回ルートを辿っている最中、コックピットから、オレがBB29を睨みつけていれば、無線が入り、現場に駆け付ける事すら少なくなかった。
戦争は終わらず、そして、今のオレの気持ちも、終わらずにはいられなかったのだ。
戦艦ツキヨミが、初戦にして、あのムサシを落としたという戦果は、連邦側にとっては大事件であったにしろ、連盟に解放された星々の人々のみならず、未だ連邦の圧政に苦しむ人々にすら、勇気をあたえた朗報であった事は言うまでもないだろう。
ただ、オレの心の中には、スサノオに全く刃が立たなかったという凝りだけが突き刺さっていて、任務を終え、本部に戻るオレが先ずした事と言えば、時に、トレーニングルームで、マグナイたちにかじりつくようにして、修練しようとし、それをマグナイが、「それでこそ、男というものだ」と頷く隣では、シリナが、オレの魂の輝きなるものの変化を気にしていて、根を積め過ぎないようになぞと、心配げに諫めてきたりもしたものだが、今のオレには耳を傾ける余裕など、一切なかったのだ。そして、一度凝り固まったら、もう止まらない気性は自室でも続き、家具をどかせば、一心不乱に、小烏丸を振り続けるオレの姿があったのだ。
Pi……。
最近、以前にもまして、遥かに帰りの遅くなったイヨが、我が家の自動ドアを開け、
「ただいまー。って、はぁ……やれやれ、今日もあぶないわねー。また訓練ー?」
と、先ずする事と言えば、一心不乱に素振りを続けるオレの姿に呆れる事だった。
「…………!」
オレは何も答えずに黙々と、剣技の型の反復練習などを続けている。お次はいつものように、その辺にあるものでも浮かしてみようか。ルームメイトの剣士がトレーニングメニューを模索する中、今や、星々の解放の顔であるツキヨミ艦長殿は、制帽や制服を脱ぎ始めながら、AIに冷蔵庫の中身を知らせるように指示しつつ、
「よーし。ご飯は食べたみたいねー。さっき、テオが自分がいくら言っても焼け石に水だって、嘆いてたわよー。ちょっと根詰めすぎなんじゃなーい? あんたらしくないわよー」
と、早速、世話焼き女房の顔を見せ始めたが、オレは更に、無言で、何もない場所に、仇であるスサノオの、あの巨漢の姿を思い浮かべては睨みつけていたりしていると、
「ほーんと、へんなとこ、頑固なのよねー。ねぇ、ギター弾いてよー。なんか一緒に歌いましょー?」
と、解放者の女神はセッションの申し出すらしてきたが、今のオレには無視しかできず、
「…………ほんとに、もぅっ!」
とうとうイヨは、プーっと顔を膨らます始末であった。
いつしか、いつぞやのように、オレはギターを弾かなくなっていた。
そして、ある日の「力」の訓練の時の事だった。コート上では、オレと結晶卿がいつものように座禅を組み、向き合っていると、
「……随分と、感情が蠢くままにあるね。……ある程度でいい。鎮めるんだ。でる『力』も、でなくなるぞ」
なんでもお見通しの卿は、「そんな事、自分でも解ってらい」と言い返したくなるような、弟子への指摘からはじめるのであった。すかさずオレが、
「……スサノオは、もっと感情的になれみたいな事、言ってました」
と、言い返すと、師は、まるで、ここ最近のルームメイトのような呆れ顔となり、
「それでは『闇』、そのものだ」
なぞと諭してくるのである。
(『光』だとか、『闇』だとか! なんなんだよ! それ!)
オレは、ただただ、親の仇討ちがしたいだけなのだ。いつぞやの夢の中のクリスタルといい、スサノオすらも同じ事を口走っていたが、一体、それがなんだと言うのだ。それが解ればスサノオに勝てるとでもいうのか。もやもやとした気持ちで顔を惜しみなくしていると、結晶卿は、
「……タケル君。今、銀河は『闇』で満ちようとしている。これはやがて銀河系のみならず、宇宙の全てに影響を与えるであろう、危険な状態なんだ」
「その話は前も聞きましたよ!」
いつぞや、どこかで聞いた話をまたもや繰り返したりするのだから、それは、もううんざりという話で、オレは不満げに言い返すしかないのであった。
ともかく、オレは、あれだけ鍛錬をつんだと言うのに、スサノオに手も足もでなかった、その事のみが悔しくてたまらなかった。すると、結晶卿は、そんなオレの事をジッと眺めた後に、
「言わば、君は『過渡』として選ばれた存在なんだ。故に、私も感情を否定する気はないよ。それが人らしいという事だろう。だからこそ、バランスを忘れてはならないんだ。……いづれ、調和がなされた時、更に慈悲深き者もあらわれるのかもしれない。だが、今の君は、あくまで、その間で、己を見つめ、自己を表現するんだ。猛々しくある事もいい事だろう。だが、その衝動のみに飲まれてもならない……君は君だ。タケル君。スサノオではない」
(…………)
とも、諭してくるのだが、オレは、まだ、釈然とはしない。ただ、言われてみれば、確かにあの男の力は圧倒的であったにしろ、あんな冷酷無比な顔をした男になりたいか、と、問われれば、決してそんな事はない。例えば、あいつはどんな音楽を聴くだろうか。否、多分、芸術などに何の理解もないであろう。そんな奴と同じレベルになりたいか。と、言われれば、決してそんなふうになどなりたくはない。
ただ、それでも、あの男を倒したいオレの気持ちは収まらなかった。
すると、結晶卿は、
「ふむ……、よし。今日は、趣向を変えてみよう」
と、静かに語りかけるのであった。
オレと結晶卿は、本部の外にある密林に出る事にした。本日も晴天の頭上で浮かぶ太陽は、木々の間から木漏れ日を照り返していて、やがて、結晶卿はおもむろに、
「さぁ、目を閉じ、手をひろげ、周囲に向けて集中をしてごらん。今の君なら、……見えてくるはずだ」
と、指示を出すのである。初の野外授業で何の事やらと意味不明であったが、オレは、これで強くなれるのならばと、我が師の言葉通りにしてみた。
(…………)
最初は、亜熱帯の風が、たまに肌にまとわりついてくるだけの暗闇であった。が、師に言われた通りの集中と呼吸法を続けていくと、暗闇だった視界には、やがて周囲の熱帯雨林の森並が浮かんでくるではないか。そして、それだけではなかった。その光景の中には、光かがやく粒子のようなものが、あちらにもこちらにも漂うようにしてあるのが見てとれたのだ。
「師匠、これは……」
この「力」に覚醒後、不可思議な現象には慣れっこだったので、その声質は、随分と落ち着いてはいたが、尚、瞑ったまま、オレは隣にいる結晶卿に訪ねた。
「それらはね。この森が、そして、この木々たち、植物たちが持っている、言わば、『命の光』だよ。」
と、結晶卿は、答えはじめ、
「私独自の言い方だがね。そして、この『光』は、私たちにもあり、そして、星自体にすら、決して闇の中に照らされているのを私たちが目視できない一刻でも、実は延々と光っているんだよ。森羅万象、あらゆるものの中に『光』はある。私たちが特有の『力』を発揮できたり、笑ったり、話したりできるのも、この『光』があってこそだ。『光』は全ての根源なんだ。ただ、時に、『光』は『闇』の前で、もろく、あっけない。この銀河系が『闇』に染まりきってしまったとするなら、今、君の目の前にある草木の『光』は失せ、枯れゆくだろう」
(…………!)
説明し続ける結晶卿の隣で、目を瞑るオレの視界の中の世界は、今や、宇宙空間に浮かぶ無数の星空の中に漂っているかのようだ!
そして、ふと、オレは、故郷であるヤマトポリスにあった森や海などを思い出してみたのであった。少年時代、多忙なオヤジがなんとか休日を作ってくれて、テオと共に、キャンプや潮干狩りなんてした事がある。例えば、そこにも、このような宇宙空間の星々のような『光』があるとして、『闇』なるものにのまれてしまえば、そんな思い出深き山は枯れ、海すらも汚れきってしまうというのだろうか。などと、あれこれそんな事を思っている時だった。途端に、木々が次々と踏みつけられる足音がしたので、オレは本能的に、瞑っていた目を開け、音のする方を向いたのだ。するとそこには巨大な影が覆っていて、
「Gurururururu……!」
なんぞと、まるで太古の肉食恐竜のような宇宙生物がオレたちに牙を向き、睨みつけているではないか!
慌てて、師である結晶卿の方を見ると、彼は涼やかな顔ですらいて、
「……さて、君ならどうする? タケル君」
という一言だけを残せば、なんと、テレポートと共に消えてしまった!
(……えええええええええええ?!)
そんな芸当の出来ないオレは、最早抜刀するしかないではないか!
「GAAAAAAAAAAAAH!!」
途端に、巨大な牙を持ったガマ口はオレに襲いかかってきたので、
「ちょ…………!!」
慌てて「力」を発動させると、オレは、地球人ではありえない飛躍でもって第一波をかわす! すぐさま、刀を構えると、そのままに斬り殺してやろうかとも思ったのだが、連邦兵ならともかく、そうでないものの命を奪うのにはひどく抵抗があった。ためらっているうちに獣との距離は大接近していて、体勢を変えたオレは、その大きな穴が二つある鼻先に着地を試みる!
「GAAAAAAAAAAAAH!!」
辿り着いた途端、野獣は抵抗し牙をむく! オレは、即、飛びおりるようにすると、見上げ、
「ちょっと! 待てって! おまえ!」
と、無駄に語りかけたのだが、
「GAAAAAAAAAAAAH!!」
案の定、全ては無駄だった。
際に、オレは背を向け、逃げ出したのだが、ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! と、背中越しに追いかけてくる宇宙生物の振動はひつこく、下手をすると、本部にまでやってきそうな勢いだ。
「……お前! ひつこいぞ! このやろう!」
とりあえず、振り向き、叫んでも、
ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!
「GAAAAAAAAAAAAH!!」
ジャングルをかき分けて迫りくる相手には、何一つ通じていない! と、その時だった。
『……彼の中の『命の光』を感じるんだ……タケル君……』
オレの心の中には 結晶卿が語りかけてくるではないか! すぐさまテレパシーと悟ったオレは、
「結晶卿?! どっかで見てんなら助けてよ!」
と、叫んだのだが、
『…………彼の中の、『命の光』、だ……タケル君……』
(……この状況で?!)
師の一点張りには、オレはキリキリとするしかなかった。が、(ええい、ままよ!)と、一際に集中をすると、強く目を瞑ったのである! 途端に音のくぐもった世界ながら、目にしていたジャングルが広がれば、「GAAAAAAAAAAAAH!!」と、背後では、相変わらずの吠え声すらしている。
ただ、その背後すらも、目の前にあるかのように感じる事ができはじめると、巨大なトカゲの姿の輪郭はぼやけていき、その生き物の中にひろがる「光」は、まるで星であったのだ。そしてオレは、その「星」を感じると、じっと目を凝らすようにし、すると、伝わってきたものは、猛々しい咆哮の裏腹にある、その者の持つ「恐怖心」であったり、更に、その「中」を覗き込んでみるようにすると、彼の伴侶が、二人の子供が眠る卵たちを温めている巣の光景すら映り込んでくるではないか! どうやら、これこそが、こいつがここまで必死な理由のようなのだ。
「……お前」
今や、駆け抜けるのをやめたオレが、思わず振り向くと、先ほどまで、あれほど猛々しかった宇宙生物すらも追いかけるのをやめていて、
「Gurururururu…………」
と、喉を鳴らすだけに佇んでいるのである。やがてじっと見上げたオレは、気づけば、
『……お前さん、オレは敵じゃないよ。君の大事なものを、オレは決して奪わない』
という「思念」すら送っていて、
「Gurururururu…………」
静かになった生き物は、もう一度、喉を鳴らすと、ズズズ……と、やがて去ろうとするのであった。
「……どうだい?」
そして、いづこかで一部始終を見守っていた結晶卿は、唐突に隣に現れ、
「復讐に心をたぎらせるというのも一向に構わない。ただ、今、君が見た『命の光』は、例えば、君のすぐそばにいる人の中にもあるという事だ。そして、それが全ての源なんだ。その源を『闇』から守るためにも、君の剣は振るわれなければならないというわけさ」
などと、語りはじめるのであった。最早、肩で息をするオレであったが、不思議な体験であったにせよ、悪い気分ではなかった。ただ、「そばにいる人」と言われた時、心の中によぎった人物が一人ではなかったのだが、せめて、その人たちの「光」くらいはこの手で守りたいなんて、気障っぽくも思えた時には、なんだか、つい先刻とは違うふうに、世界は見えはじめた。
三度目となるスサノオとの衝突も唐突だった。その日も戦線にて、オレの乗る0式ウイングはあるルートを辿り、直ぐ眼前にある連邦軍の艦隊やBB29と、睨み合いをきかしていたところであった。と、コックピットの一角には、ツキヨミに乗船しているオペレーターである異星人スタッフの、緊迫した表情が映りこむと、既に、互いに一気に色めき立ちはじめた目の前の現場に関しては直属の部隊に任し、話もそこそこに、オレは「ヤマトらしき船」があらわれたという表示されたポイントに、ワープを繰り返し向かったのだ。辿り着いた矢先、我らがツキヨミも、既に迎撃をはじめていたが、敵陣にあった巨大な船影を目視した途端、
「な、なんだ……こいつ……」
と、オレは思わずうめいてしまった。
いづこかの太陽に映えた影は、すっかり新調された戦艦部分を胴体であるかのようにしながら、何やら長い首が何本も生えているではないか
『……う、宇宙龍?』
『ま、まさか、伝説のはずだぞ……?!』
攻撃を開始しながら、0式ウイングのコクピット内では味方機同士の無線が交差する!
(……宇宙龍?)
聞き慣れぬ名である。既に、後に続けと、BB29を討ち倒しはじめながら、オレは、なんのことやらさっぱりだった。
『全クルーノ皆様ニ申シ上ゲマス!』
そして、戦艦ツキヨミの人工知能、テオは連盟全員のメンバーに語りだしたのだ。曰く、宇宙には、宇宙空間を生息地としている生き物もいるらしい。それらの種は、無論、銀河系の中にも有って、その中でも、その実在については長く議論の的であったのだが、データーから鑑みて、それらの首が、宇宙最強の生物とも言われている伝説の生物、宇宙龍なる生き物である事は間違いないという事だった。
そして、それらが何匹も、何故に宇宙戦艦に取り憑いているかのように生えているのかは、
『恐ラク、連邦ノ生物兵器実験ノ応用デ、船ニ、各自取リ付ケラレタモノカト……』
と、流石のハイテクAIも信じらぬような口ぶりであったのだが、瞬間、
『その名も凶龍戦艦ヤマタノオロチだ』
宇宙龍たちのパワーを原動力としたおかげであろうか。テオのハイスペックな回線に易々と割り込んだのは、スサノオの声で、
『伝説も可能にする……それが王だ』
竜の首を八つも生やした戦艦の主は、憎々しい声で語り続けるではないか!
また、オレは、BB29たちが、ただ、ただ、オレたちの布陣の船たち目がけて、物凄い速度で衝突するだけしては、強烈な爆発を引き起こすという、異様な光景がある事に気づいた! スサノオの声に負けじと、皆を励まし、指示をも出しはじめた艦長イヨが語り終えないうちに、
『キャアっ!……』
と、とうとう悲鳴もあげたので、思わずツキヨミの方を見てみると、修理も未だ万全でないまま馳せ参じた宇宙戦艦にも、今や、その理解不能な、奇妙な攻撃は襲いかかりはじめていて、船体の所々から火を吹き始めているのだ! フォロー役のテオが、
『……強度ナ新型爆弾ヲ機体内部二搭載サセタ、自爆部隊デス!』
と、説明を続ければ、
『俺は、この肉弾を神風(ジンプウ)特攻隊と名付けてやった。どうだ。効率がいいだろう?』
我が人工知能が追い出したはずのスサノオの声は、またもや回線の防壁を乗り越えてくるのだ!
「くっそ……!」
そして、敵陣の宇宙空間に浮かぶ、船とも生き物ともつかない禍々しい物体を、オレが睨みつけていると、
『ふむ……では、このヤマタノオロチの力を見せてやろう』
完全にハックされた回線上で、スサノオは呟き、途端に、船から生える首たちは、その端々まで裂かれている巨大な口を次々に大きく開いていくと、何やら未知のエネルギーを蓄え、途端にそれらは光線となって発射されれば、一瞬で、次々に味方の艦隊は炎上していくではないか!
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