戦地へ、ふたたび
その日は唐突に訪れた。長らく眠っていたかのようにオレたちの目の前に現れなかったヤマト、ムサシは、連邦と連盟が睨みあう戦線の一区画に突如出現したのだ。一報が駆け巡れば、戦艦ツキヨミにスクランブルはかかり、慌ただしく人々は準備に追われていく。ただ、長年、オレの祖先と言う、言わば武人の類に近い人種を見、接してきた経験のある人工知能、テオは、彼らの出現に、何がしかの意図を感じていて、警戒する事を発していたが、連邦に堂々と対抗できる虎の子まで手にしたオレたちは、ここでヤマトもムサシも一挙にたたいてやろうと浮き足だっていたのだ。
「う、宇宙戦艦ツキヨミ、発進っ!」
いよいよブリッジにいるイヨの発令と共に、ゲートは開き、今日も晴天の元の密林の中から、巨大な我らが母船は初陣するのであった。そして、その後を続くように、多くの星々の有志から届けられた大型船をも連なっていくのである。この日のために、中途で更に加わる予定の異星の船もあるという。前線に辿りつく頃には、大艦隊となっている事だろう。
「…………」
ツキヨミの格納庫にひしめきあう0式ウイングの中の一機であるコックピットにて、オレは、オヤジも誉めてくれた丁髷を揺らしつつ、精神を統一するように目をつぶっていた。と、操縦席の一角には、通信が入ってきて、それは移送機に乗り込んでいる結晶卿の姿であった。
『……タケル君。作戦の確認だ』
いつもの穏やかな声ではあるが、いざ戦いを前にして、彼の声にも凄みが増している。
『君には、襲いくるBB29を撃墜しつつも、その後は私たちが突入する地点へと合流してほしい。ポイント地点は、私が、直接、君の心に語りかけよう!』
「了解!」
懐に差し込まれている小烏丸の鞘を強く握り、オレは力強く答えた。
宇宙空間にでると、艦長イヨの次なる命令は、ヤマト、ムサシの待つ戦線へのツキヨミのワープである。ブリッジ内では、テオのサポートと共に、多くの隊員が操作に追われている事だろう。
幾重にもワープは繰り返された直後。
ドーン!!
振動は、突如として艦内に響き渡った!途端に周囲は警報のアラームが鳴り響き、「総員第一種戦闘配置! O式ウイング隊は、至急、全軍発進せよ!」というオペレーターたちのアナウンスが繰り返される! 矢継ぎ早に、オレたち、空軍部隊の前の出発ゲートが開かれれば、そこは最早、敵、味方のレーザー光線が入り乱れた宇宙の星々の最中であった!
『お前ら! いくぞ!』
「ラジャー!」
新たなグリーンリーダーの一言に、オレたちは答え、次々に自らの0式ウイングを発進させていく!!
(……もう一度、来れた……!)
既に襲いくる敵機BB29を、次々に蹴散らしながら、オレの心の中は歓喜にすら打ち震えていたのは言うまでもない。だが、ヤマトとムサシの巨大な船影を目にした途端、とてつもない「憎悪」がオレの心の中を掻き乱した!
あの場所の何処かに、憎むべきスサノオがいるはずなのだ!
「どけええええええ!!」
今や絶叫と共に、オレは突進する!
『グリーン4! はやまるな! 蜂の巣にされるぞ! くっそ! 誰か、あの馬鹿の援護に回ってくれ!』
無線からは、リーダーの諫める声も聞こえてきたが、オレはお構いなく突進していく! 流石、主たる船に一気に突っ込んでいこうとするのだから、応戦してくるBB29の群れも夥しい数だ!
(……上等だよ……こんにゃろう……!)
オレは怯まずにいたが、
『ちょっとっ! タケル!?』
聞き慣れた声と共に、メガネレンズに映りこんできたのは、ブリッジにいるはずの、今や、制帽すらかぶった艦長イヨの厳しい表情で、
『あんた、単独行動なりすぎ! 隊の連携が乱れるわっ! 個別任務の打診があるまでは、みんなと協力して戦って! 艦長命令よっ!』
(…………)
様々な情報が錯綜しているであろう司令ブリッジからも、目に余る「暴走」だったのだろう。解りやすい指示も手伝って、オレはハッとして我に返る事ができた。
「了……! 解……!」
機首をひっくり返しつつ答え、オレは再度、所属するグリーン隊の同志たちに合流するようにすると、襲い来るBB29たちと対敵し、「その時」を待つ事にした。
BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! DOOOOOOOOOOON……!!
BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! DOOOOOOOOOOON……!!
爆撃と墜落と噴煙の最中で、襲い、襲いくるビーム光線が入り乱れ、オレたちは戦う! 多くの者を撃墜し、また多くの被害も続出していった!
(………………!)
無線越しに聞こえる仲間たちの悲鳴は、やはり、あの日と同じように、オレの心をざわつかせる。だが、食いしばるようにして尚、オレは、自らのコックピットのナビ画面にて、敵機がロックオンされれば、
「……センターを、目標にいれて……スイッチ!!」
と、振り払うように、ビーム光線を討ち続けるのであった!!
BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! DOOOOOOOOOOON……!!
どれだけの時がたっただろう! 全体の戦況はつかめない。ただ、ヤマト、ムサシを含めた連邦の艦隊を前にして、善戦している手ごたえはあった! と、丁度、襲いくるビーム光線を、持ち前の絶妙なかわし方でよけつつ応戦していると、
『タケル君、此処だ!』
と、結晶卿からのテレパシーはいよいよ届いてきたのだ! 伝わる彼の「思念」は情報として、ヤマトとムサシに分散した白兵部隊の、結晶卿率いる部隊が、ヤマト艦内への強行突入に成功した事と、束の間に生み出す事のできた侵入航路まで告げてくれている!
『了解!!』
オレもまた、「力」でもって答え、
「グリーン・リーダー! 卿からの受信を感じました! オレは離脱し、白兵仕様に切り替えます!」
と、上官に無線を送り、
『そうか……死ぬなよ……!』
内実を知るグリーン・リーダーは、オレを見送るのであった!
(…………!)
電光石火! オレの乗る機は加速度を増し、一筋の流星のように空間を突き抜け、憎き大敵の待つ巨大な船へと向け、進み行く! 手薄となっていたとは言え、既に航路に立ちはだかるBB29もあったが、味方機の援護もあり切り抜ければ、見えた先は、敵機が次々に発進したであろう、ヤマトにある戦闘機の出立ゲートの一つであり、強行的に着陸した連盟の移送船が、派手にスピンを繰り返した果てに留まっているのであった!!
(…………!)
オレもすべりこむように着陸し、すかさず、小烏丸を握ると、コクピットを開く! 既に戦場と化していたゲート内は、噴煙、立ち込めていて、レーザー銃を手にしたままだったり、ロボットに乗ったままの連邦兵の夥しい骸が、あちこちに倒れているではないか!
(…………)
やはり、強い。これが、結晶卿が前線に立ったという証なのだろう。ただ、いつものように呆けている時間などありはしない。既に、奥へと突き進んでいったと思われる結晶卿たちの部隊に追いつくために、その彼の心に語りかけようとした瞬間に、なにかの「妨害」を感じ、
(…………?)
はじめて感じた「感覚」に首をかしげていると、
「その、髷……」
聞き慣れぬ男の声と共に、カツリ……カツリ……と、噴煙の向こうからは、誰かがこちらに近づいて来ようとしている!
「だ……誰だ?!」
飛び降りたオレは、すかさず、刀の柄を握り、抜刀寸前の構えをつくると、その声の方を睨みつけたのだが、いよいよ、その姿を目の当たりにした瞬間、体の奥底から、言い様のない戦慄が、電撃のように駆け巡るのであった。
白く、長いマントをゆらりとさせ、襟元に連邦の御旗の刺繍が彩られた白い制服の下には、物々しい、BB29と同色のメタリックな淡い青色をした甲冑を着込んでいる、祖国であった国の軍部でも上位の者を表す格好をした大男は、不敵な笑みをこちらに向けたまま、今、ゆっくりと、自らのレーザーサーベルを引き抜いた。そして、オレはこの男の名を、今や、いやという程、知っている。
「スサノオ………!」
歯ぎしりするかのように呟けば、
「久しいな……会いたかったぞ。 ……灰色」
変わらずに笑み、男は答えた。が、片方の手を広げるようにしていて、しばし目を閉じると、
「やはり……光、でもなければ闇でもない……奇妙な……お前は、なんだ?」
と、問うてきたのだが、オレは今や無言にて、鞘に収めていた刀を引き抜くと、敵意をむきだしにして睨みつけるのみであった。
「ほぅ……その刀……」
そして、どうやら、オレの得物の事は、憎き宿敵も見知っていたようだ。尚も宙にある手のひらは何かを感じ取るようにしていたものの、やがて、何がしかを得たような顔をし、ニヤリとした笑みを更に向けたスサノオは、
「なんだ……お前、あの犬の息子か……」
(………………!!)
それは明らかな挑発行為であった。が、殺された親を「犬」呼ばわりして激怒しない子供がどこにいようか。
DAH!!
カっと眼を見開いたオレは、途端に蓄えた「力」を発動させ、蹴り上げるようにすると、一気にスサノオに飛びかかり距離をつめるのであった!!
ガキーーーーーーーーーーーーーン!!
刀身と刀身は激しく衝突! そして、受けてたったスサノオは、
「ほう……」
と、だけ、ほくそ笑み、こちらを見下すようにしている!!
(…………!!)
今一度、飛び、距離をあけ、矢継ぎ早に、次々と、刀を繰りだすように突進すれば、
「ふっ……」
その全ての切っ先を、物の見事によけきりながら、
「にぶい……」
と、すら口にし、オレが更に激昂する間もなく、「ふん……!」というブレスと共に、反撃された一閃は、衝撃音と共に、一撃で床を切り裂くように彼方まで轟かした!!
DON………!!
「くっ……!!」
衝撃の予感に、なんとかよけきろうとはしていたものの、その技一つの風圧で、オレは吹き飛んでしまい、転がり回りそうな寸前でなんとか踏ん張れば、もう一度、小烏丸を握り直し、宿敵を睨みつける!
「……かるい……」
(…………!)
昔とは違い、今や、人間離れした動きすら可能となったはずのオレである。だが、刃を通して解るのは、スサノオとの圧倒的な実力差であった。カツリ……カツリ……と足音をたて、剣を片手にした男は憎々し気に笑みをたたえ、近づいてこようとしている!
それでも今のオレはひるまなかった。
「オヤジのかたきいいいい!!」
絶叫と共に、瞬時に間合いをつめ、伝家の宝刀で大きく振り払ってやろうとし、オレ専用の袴は呼応して、嵐のように舞う! その動きは正に、そこいらの地球人には到底、真似もできない芸当のはずだったのだ! が、感触は虚空を斬るかのようで、
(…………!)
ハタと気づけば、既に、スサノオは振り払ったオレの彼方まで後退し、口惜しくも、全くそれにオレの目はついてはいけていなかった!
「……おそい」
そして呟く男の顔からは、先ほどまでの笑みは消え、
「なんだ、灰色。お前はそんなものか、俺は少々、買いかぶっていたようだ」
冷淡な口調は、落胆したふうとなれば、
「そうだな……お前に一つ、いいことを教えてやろう。『力』とはな、『憎しみ』や『強欲』、『渇望』、があってこそ生まれるのだ。白くも黒くもない、中途半端なお前よ。それはな…………これだ…………!」
言い切った男が、手の平をオレへ向けた途端、そこからは、ほどばしる、禍々しい光沢のエネルギー波が生まれると、途端にオレに襲いかかった! 今まで経験した事ない壮絶な痛みが、体中に牙をむき、
「ぐあああああああああああああ!!!」
たまらずにオレは悲鳴をあげてしまっていた!
「これだ! これこそが無限のパワーだ……! これこそが、『闇』…………!!」
宿敵は、情け容赦なく、更にエネルギー波を激しく増幅させ、苦しむオレの姿に、心底愉快な顔つきでニヤリとする!
「だが、お前は……興味深い。俺はな、いづれ、全宇宙を支配する男だ。」
カツリ……カツリ……足音をゆっくりと響かせ、波動の力は緩めずに、スサノオはこちらに近づいてきていた。
「『光』、というわけでもないのだ。ならば、俺に近い、とも言える。なに、お前なら容易い。お前の中のある『憎悪』に、更に身をゆだねればいいだけの話だ。そうすれば、この無限のパワーを生み出す事もできよう。そうだな……お前、俺の弟子となれ。俺が鍛えてやろう。そして、俺の手足となって、俺が宇宙を支配しやすいよう、身を粉に、せいぜい働け。いづれ、星系の一つや二つ、くれてやろう。どうだ?」
(…………!)
耐えがたい激痛にあった。ギター以上重たいものを持った事のない頃なら既に失神していた事だろう。だが、鍛錬と経験は、確実にオレを人間として成長させていたのだ。今や、目の前にて語りかける大男の姿をキッと睨むと、
「ふ、ざけろ………!!」
苦悶に耐えつつ、自らの口からでた言葉は、反抗の精神だったのだ!
スサノオの表情は、尚、変わらずにあったが、そして、まるでなんでもないというふうに、
「そうか……ならば、死ぬか……」
「があああああああああああああ!!!」
一層の闇のエネルギー波は、オレの全てを破壊しようと襲い来る! 正に断末魔の声をあげた、その時!
「タケル君!!」
結晶卿の声が聞こえたと思えば、一筋の光の塊がいづこかから飛んできて、凶悪なエネルギー波は粉砕されたのだった!
ドサ…………ッ!
一気に解放されたオレは、その場に倒れこみ、次の瞬間には目の前に現れていた結晶卿は、すぐさま、その杖の先にある三日月の杖から、矢継ぎ早に光を放ち、それらは一気にスサノオに襲いかからんとした!
「ほう…………」
相変わらず不敵な台詞を吐きながらも、よけきる間もなかったスサノオは、その禍々しいエネルギーを盾のように扱って攻撃を受け止めつつ、後退する! 咳き込みながらも、なんとかオレは半身を起き上がらせ、
「結晶卿……」
呟くようにして見上げれば、
「ドタール族の連中と手こずっていてね! 感じる事ができなかったんだ!」
自らの漆黒のローブ姿を旗のようにはためかせながら、闇を名乗る白いマントの敵を睨みつけつつ、卿の後ろ姿は答える。
「強敵、相手によくたたかった! ただ、感情に囚われすぎていたようだね! 更に修行を重ねるとしよう!」
「ふっ……やはり、お前が導いていたか……結晶の男よ……」
「久しぶりだな! スサノオ提督!」
師が弟子に語っている最中も構わず、スサノオは結晶卿に語りかけてくる。どうやら、二人は面識があるようだ。
「あの船首、よほど、昔の女が忘れられぬか……」
今や、ハイデリヤ人を中心とした他の隊員たちも駆け寄ってくると、その中の一人が、シリナのように、オレの体に触れ、ハイデリヤの言葉を呟きつつ、手の平を揺らめかせば、幾分か、激痛は和らぎ、オレはなんとか起ちあがろうとする力も沸いてきていた。激戦であったのだろう。周囲に在る多くの隊員が、オレと同じように、ボロボロとした満身創痍の姿をしている。
「ああ! 私のかけがえのない女性だ! 今でも愛している!」
「野蛮人の女であったな。俺が殺してやった時の、お前の泣き顔が今でも懐かしいぞ」
未だ、口撃の応酬は鳴りやまないが、
「確かに私は悲しかった! ただ、今では、あれも運命だったのだと思っているよ!」
オレなら、傷口をえぐるような一言に我も忘れそうな言葉でも、クリスタルの紳士はどこまでも毅然とした態度で答えている!
「ふっ……ぬかすな……」
そして、スサノオが手にしたレーザーの剣を一閃すれば、刀身から生まれた反り返るようなエネルギー波が、オレたちに向け、襲いかかってきたのだが、
「………………!!」
卿が杖をかかげ、目を見開けば、それらは瞬時に粉砕され、
「ほう……強くなったな……!」
「君もな…………!」
今や、不敵な笑み同士がぶつかった! が、尚、卿が、
「……が、今日は、ここいらでおいとまするとしよう……」
と続けた瞬間の事だった!
DOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……………………!!
今まで聞いた事のないような巨大な爆発音と共に、激しい地震のような揺れすら感じると、ヤマトの艦内には、新たな緊急を告げるアラームが鳴り響いたのである! そしてすぐさま、スサノオの腕の武具に取り付けられた通信機器から、
『て……提督閣下……!』
という女の声がすると、今の今まで不敵なままにしていたスサノオも流石に表情を変え、オレたちはその隙を逃さなかった。
二手に分かれ、ムサシの方に侵入したシリナとマグナイたちの部隊は、獅子奮迅の戦いの結果、なんとムサシを爆炎と共に陥落させ、連邦側は大混乱となったのだ。
「ふっ……油断したか。だが、それでこそ、狩りがいもあるというものだ……」
一瞬、顔つきを変えたスサノオであったが、虎の子の兵器であった船を一隻失ったというのに、その表情は、既に何かを楽しんでいるかのように、こちらを眺めている。
他の同志たちと共に、オレが、移送船の中に乗り込もうとしている最中、しんがりで睨み返していた結晶卿は、大男に向け、
「スサノオ提督!」
と、一声、呼びかけた。そして、本人の通信端末には、次々と自軍の部下たちの悲鳴が交錯しているというのに、全く無視するかのようにしている提督に、
「光と闇が共に生きていく道はないのか!」
と、問いかけたのだが、
「戯言を…………」
スサノオは、ただただ、冷酷冷淡とした笑みでしか返さなかったのであった。そして、結晶卿たちを猛追してきた、皆、異様に体の各所の血管が不自然に浮き出、眼の焦点すらもあっていない、人体兵器と化したドタール族の部隊すら追いついてきた。最早、時間に猶予はない。オレたちは睨み合いながら、ヤマトを後にする事とした。
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