旅路の最果てに

 オヤジを弔った満天の星空の夜、墓前に佇むオレとイヨの姿を遠巻きの木陰からジッと眺め、やがて人知れず去っていくシリナの姿があった事など、オレは露とも知らなかった。


 とにもかくにも、オレの再び戦地へと赴きたい衝動は、父の死という事も相俟って、尚更に激しいものとなっていったのだ。剣技の訓練では、相手に鬼気をもって迫り、その勢いは師匠グリバスも更に唸らせ、パイロットテストでは、元々あった操作技術を更に高みなものとさせていった。


 憎き宿敵の顔を思い浮かべれば、尚の事、力はアホのように湧いてでる。ただ、結晶卿の特別講義では、

「……決して憎しみのみに囚われてはいけない。バランスだよ。タケル君」

 と、諭され、訓練室のコートにて、相対して座禅を組み共に瞑想を続ける師匠には、なにもかもがお見通しであったりもした。心のバランスと、感覚、感性を磨き上げる事の大事さを説く師匠は、オレの根っ子である音楽という趣味を、更に続ける事を、師、自ら奨励する所が、他の訓練ではない要素であり、きっとそういった事が、オレにも備わったという「力」が、剣技や操縦などといった技術とは根本的に全く次元の違う代物である事を物語っているかのようであった。実際、汗だくとなった訓練の後、訓練室の前の通路にて、待っていたかのようにしているシリナと、夕映えの影の中、しばしの歓談を楽しんでから自室に戻り、風呂場で汗を流せば、既にキッチンで腕を振るっているイヨと憎まれ口をたたきあいつつ、つま弾くギターの時間は、下手すると「復讐」という一言の「怨念」に、全てが傾きがちになりそうな心境を、思いとどまらしてくれる、オレの癒しの時間であった。


 そんなある日、オレの集中する「力」によって、床におかれた一客のスプーンが、今や、いよいよ、ゆっくりと空中に浮かんでいくのを、満足げに頷いてながめながら、

「シリナ姫と、イヨ殿……二人にも感謝しなければいけないね」

 結晶卿は、ふと、口を開くのであった。きっと彼は、本人の、そのすばぬけた超能力のおかげで、ここ最近のオレの暮らしぶりを覗いてみる事など朝飯前の事なのであろう。ただ、オレのような、元が単なる地球人からしてみれば、全く異次元の話である現象を前にして、此方にそれに答える余裕はさらさらになかった事は言うまでもない。

(……………)

 オレは、更に意識を集中し、その浮遊する食器の向きを、まるで、操作する宇宙船の航行を変更するかのように、ゆっくりと変えようとしてみせる。


「……感覚、感性を鋭敏にしつつも、心を静かに落ち着かせる。『力』を発動する際に、一番、大事な事だ」

 弟子が、教えた通りに出来ている事に、更に頷きながら、結晶卿は静かに語り続ける。

「……時に『憎悪』もいいだろう。ただそれのみに走ってはならない。それは視野をせまくし、やがて心を濁らせる。また清らかであり続ける事とも違うのだろう。人らしく、全てはその起点からはじまる、そんな闇と光の、その『中庸』である事が君なんだ」

(………………)

 オレは、尚も答える事は叶わず、師匠の言われた通りの集中と、呼吸法をもって、手始めの教材となったアルミニウムのスプーンを浮かばせ、向きを変え続けていく。


「ところで、タケル君……」

 結晶卿は尚も語り続けたのだが、

「……シリナ姫と、イヨ殿、君はどちらが好きなんだい?」

 と、言われた途端、

(なっ…………?!)

 オレはすっかり慌てふためいた。その感情を表すかのように、スプーンは、途端に、まるで魔法が解けた様に転げ落ち、いつの間にかじっとりとした、自分の汗を体中に感じながら、見開いたままの目つきで眼前の結晶卿の姿の方を向けば、最早、地球人離れしたはずのその表情は、まるで、かつて人であった頃のように、少しからかうような顔つきで此方を眺めているではないか。ただ、

「君は、狭間の存在、だからね……まあ、魅力的であるというのはいい事さ。……やがて流れの果てに答えはあるのだろう」

 と、付け加えてきたりもしたが、その内容はあまりに意味深で、オレは尚も狼狽えずにはいられなかった。


 その日も汗をじっくりと流した訓練後、多忙に、多種多様な宇宙人の同志たちが行き交う基地の通路の中を、オレは帰路につこうとしていた。今日も秘密基地には、茜色の陽射しが一杯に差し込んできている。今や、グリバスを含め、知り合いも多くなった道すがら、それぞれに挨拶なんて交わしつつも、

(……確かに、ガキでもねーんだからさー……)

 と、オレは結晶卿に虚を突かれたように、心のもやもやと向き合っていたのだ。


 気づけば、オレは、奇妙な三角関係の只中にある事をいよいよ実感していた。全ての始まりは、あの日の風俗星でシリナと出会い、例えようのない情動に突き動かされた事がはじまりである。ただ、それは途上で出会ったイヨと、また、何一つ起こるものも起こらなければ、単なるルームメイトという事でもすんだのかもしれない。ただ、一線を越えてしまった事で、嫌でも意識してしまう瞬間があったし、それは同時に、かつての彼女の、百歳以上も歳の離れた元カノ、ヒミコに対する言い様のない嫉妬心すら、うごめくものがあった。かといって、どうやら女特有の勘でオレとイヨの関係の変化に感づいてしまったシリナが、まるで、悲し気にそれを打ち明けてきた時の俯いた横顔には、たまらないほどに強い全否定をもって答えたかったのも、事実なのだ。


(くっそ……なにやってんだ……オレ……! 煮え切らね!)

 オレは舌打ちと共に、自分を呪いたくなっていると、

「……タケル君!」

(…………!)

 今日も地球人女子の格好のままに、シリナが人波の中からオレの方へ駆けてきて、先ずは胸に手を当てると、息を整えるようにしているところであったのだ。エプロンすら羽織っている姿は、まるで自らの力を縛り付けるように、あの日の首輪がしっかり固定されている。答える事もできずに、目の前の異星の乙女の姿を眺めていれば、

「あ……あの。今ならお台所もありますし……で、部族の者に、刃の海にあったものと似た食材があると、教えてもらいまして……」

 やがて、こちらを見上げて一生懸命に語りはじめる彼女の瞳は、真っ直ぐにオレに飛び込んできていて、その顔は、夕陽のせいなのか、赤らめて見え、

「タケル君のお口にあうかわからないんですけど……よ、よかったら今晩は私のうちで、ごはん、ご一緒しませんか……?」

(……………!)

 こんな健気な申し出を断る理由がどこにあろうか。ただ、そうなると、もしかしたら、既に自室に帰っている同居人に、一度、連絡しておいた方がいいだろう。


 シリナがイヨに負けず劣らずの料理の腕前である事は、かつての旅暮らしの中で実証済みである。ただ、

「お、お~! ありがとー! 久々だなー! シリナの料理! やったぜーい!」

 我に返るようにしたオレが答え、連盟から支給してもらった連絡用の端末を取り出すと、

「……イヨさんも……よかったら……」

 と、彼女は付け加えるようにしてくるので、オレは、電話モードにした端末を耳に押し当てながら、なんとも言えない感情の中を漂い、

「もしもし~?」

「あっ?! イヨっ?!」

 やがて電話にでた同居人の声を聞いた途端、答えるオレの声はすっかり裏返ってしまっていて、事の顛末をやや早口気味に話せば、

『そ、そーっ。いいじゃなーい! ごちそうしてもらいなさいよーっ。まーいにち、まいにちっ! 大変だったしーっ、助かるわー。わ、わたし?! わたしはー、いいかなー! え? ま、まだ作ってないけどー? もちろーん、作ってないわよーっ? じゃあねーっ!ばいばーいっ!』

 今度は答えるイヨの声もつられるように早口で、これまたなんとも言えない感情が、オレの中を漂う事となったのだ。


 一人暮らしの地球人女子の部屋の間取りと化している、シリナの部屋の自動ドアが開くと、既に室内は、これまで嗅いだ事はないが、食欲のそそる、いい香りで、満ち満ちていた。そして、ちゃぶ台の上の皿には、見た事もない生き物がこんがりと焼かれ、ドロリとした未知の餡がかけられ、見た事のない野菜の盛り合わせに、これまた見た事のないマヨネーズ的な、ドレッシング的な、何か、が、ふんだんにかけられていたりしていて、それらは本当に全体的に初めて見る光景だったのだが、どういうわけか、剣技の訓練に比べれば、大して体も動かしていないというのに、「力」の訓練の後のオレの腹は、特に減っていれば、それらを眺めまわした途端、グ~……と腹の音が鳴るのは至極当然の事だった。そんなオレに、クスリとしながら、シリナは着席を促し、

「味付けは、少し合わせてみたんです……」

 なんて言いつつ、鍋敷きの上に置かれた鍋の鍋蓋を開くと、これまた香ばしい湯気と共に、グツグツと煮立っているスープ状の水面には、謎の目ん玉のような何かが、一つ、二つと、ポコリポコリ、まるで、こちらを覗くように浮かび上がってきたりしたものだから、びっくりしては、のけぞってもしまったが、シリナは、地球製のお玉で、慣れたふうに、その浮かぶ目ん玉と、その他、まるで初めての、共に煮込まれていた野草のようなものたちや、肉塊を丁寧にすくうと、取り皿にのせ、オレの眼前に給仕するのであった。


「あの時は、焼いてあげるくらいしかできなかったので……」

「あ、あ~。あったね~そんなとき~」

 とりあえず、両手を合わせていると、シリナは思い出話を口にし始めた。

「海で遊んだ時も、これは食べられるってわかったんですけど……」

「いや~、あっという間に釣ってくるんだもん。すごかったよ~」


 思えば、オレたちは遠くにきたものだ。あの頃のオレたちは、単なるその日暮らしの旅暮らしだったはずだった。今や、銀河の平和を取り戻すレジスタンスとなる事など、誰一人、想像できなかったであろう。ただ、ふと、

(……てか、まさか、あの頃は、こんな意識しあう関係になるとも思わなかったな……)

 とも思っていると、やがて、一通りの支度を終えたシリナは、

「だから、私、今、とても嬉しいんです! タケル君に、やっと、私の本当のお料理、食べてもらえるから……」

(…………)

 そうやって噛みしめるようにしてオレに微笑みかけ、語りかけてくる異星の乙女の健気さに、何一つ感情が突き動かされない男がいようか。やがて、二人の食事の時間は始まった。

 その料理は、多少、クセすらあれど、言わば、オレたちで言うところのエスニック料理の類に近いもので、はじめての異星料理に、オレが舌鼓をうったのは言うまでもない。そして、和やかな空気のひと時は、イヨと共に毎晩しているような、騒がしい夫婦漫才のような時間ともまた違う魅力で経過していくのだ。食後のデザートと、セロリを出されてきた時には、いやこれセロリと突っ込みたくもなったが、育ってきた環境が違うのだから、それも善しと思えた。


 せめて故郷を忘れないためと、部族の一人が大事にしていたというモル族の茶葉で淹れたお茶は、びっくりするほど甘かったりしつつも、話し込むうちに、すっかり夜もふけてしまっていた。考えてみれば、二人で太陽系外に脱出した当初こそ、こんなひと時もあったものだが、イヨが現れてからというものの、彼女は、ただただ、オレたちの騒々しいやりとりを、ニコニコと眺めているだけの事の方が多かった気がする。なんだか久々な時間を噛みしめていると、

「あら、大変! もう、こんな時間!」

 時間を気にしてくれたのはシリナの方で、明日の業務に支障がないようにと、オレの帰りを急かすのであった。せめて、皿くらい洗っていこうとすると、

「だめです! 男の方が厨房に入ってはいけません!」

 銀河一の戦闘民族は、意外なところで古風な考えのようである。


 とりあえず、今まで味わった事のないゲップを繰り返しながら、玄関へと向かうと、

「よかったです……」

 見送るシリナは、微笑み、こちらを見上げているのである。そして、

「お父様が、お亡くなりになってしまって……また『悪鬼』でも取り憑いているようなら、御祓いしてさしあげようと思ってたのですが……タケル君の心が、強く輝いているのを感じます。よかった……おやすみなさい」

 などという言葉には、オレは心からの感謝の意で答え、同じく夜の挨拶をする頃、自動ドアが閉まり切る寸前まで、異星の乙女の可憐な瞳は、穏やかな相手への安堵で、満ちみちていた。やがて、未だ、各自に忙し気な、個性あふれる同志たちの人波の中、帰路につこうと歩きはじめたオレが最初に思った事は、

(……なんて、いいやつなんだ……!)

 という一言だった。


「ただいまー」

 声をかけた室内は既に真っ暗であった。全てを悟ったオレはなるべく音を立てないようにすると、やがて、そっとベットに潜り込む。

(…………)

 そして、ふと、部屋に差し込んでくる月明かりに、隣にある同居人の後ろ姿が映えれば、あの夜の事が嫌でも思い出されてしまうのだ。

(……なーにやってんだよ!)

 ガバっと背を向けるようにして、流石にオレは再び自分を責め立てた。長年の女日照りから、突然ふってわいた女性問題に挟まれ、ブランク故なのか、どうにも煮え切らないオレだったのだ。ただ、みっちりとしごかれた訓練という名の仕事の疲れと、満足いく満腹感に、やがてオレが夢へと誘われるのは時間の問題だった。


「力」が覚醒するにつれ、様々な、不可思議な夢すら見る事も多くなったオレだったのだが、その夜、見た夢は、主観の視点で、目の前に広がる部屋は、オレが見た事もない間取りながら、違和感を感じる事もなく、ちょうどオレは、自室であるかのようなその一室の、机上に置かれた、随分、旧式のコンピューター画面の目の前にいて、その内容を覗き込むようにしているところであった。


 其処には「ナギへ」と銘打たれたメールが届けられていて、なぞるように操作を進めれば、長々とした文面が書かれていたのだ。夢の範疇であるから、全てを把握できたわけでもないが、


  あなたとの子がほしかったのは本当よ? 

  けど、私がいてあげなきゃいけない気がしてならないの。

  好き、なのかどうかはわからない。

  ただ、ごめんなさい。私の事は、もう、忘れて。 ナミ


 などという末尾と共に、まるで時空を超え、当時、いかに仰天したかが伝わってくるようなニュアンスで、オレはハッとして目を覚ました。すると未だ時刻は真夜中で、隣のベットでは、イヨが静かに寝息をたてている。

(……………?)

 オレは、一度、半身を起き上がらせると、夢の内容に首をかしげたが、再びベットに潜り込むのであった。


 その日、いざ訓練という頃合だったのだが、

「……君に見せておきたいものがある」

 と、結晶卿はオレを、訓練室からゲートまで連れ出すと、宇宙船に乗り、やがて、星系内の星々に点在する、連盟の他の基地まで向かうのであった。

 全ての星々が密林の宝庫となっている星々の一つは、オレたちが暮らしている秘密基地のように、表からは何一つ気づかれることなくカモフラージュされていて、宇宙船が近づくと、自然と一体化している基地への出入り口は、迎え入れるために、今、ゆっくりと開かれていく事は、すっかりお馴染みの光景であるかのようだった。やがて地下奥深くへと下っていくエレベーターに乗り込み、それが巨大な格納庫へと繋がっていくのが、ガラス張りに解り、そこに巨大な影すら見えて、思わず目を凝らしていると、

「……いよいよ、最後の仕上げなわけさ」

(……………!)

 結晶卿の語りの果てに見えたのは、巨大な宇宙船であったのだ。


 ただ、太陽系連邦の虎の子であるヤマトやムサシ等といった物々しい戦艦の船影はしておらず、甲板には、太陽光のソーラーパネルの役割もはたしているという大きな帆を幾重にもたたえ、船首には三日月の形のものを抱いた、何処かの異星人の綺麗な女性の像が象られた、まるで洋風の帆船のようなデザインのそれが、最新兵器であり、三日月連盟初の巨大宇宙戦艦ツキヨミ、と教えられた頃、ブリッジに辿り着くと、既に、イヨ、シリナ、マグナイ、グリバスといった連盟の中でも主要なメンバーたちは到着していて、

「坊チャマ、オ久シブリデゴザイマス!」

 と、船に搭載されたという人工知能の語りかけてくる声は、いくら無機質で特徴がないと言っても、

「テ……テオ?!」

 なんぞと、オレが聞き間違うはずもなかったのだ!







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