オヤジの星
その日、スサノオは、三日月連盟との戦渦立ち込める戦線にある一つの星にいた。星は、元々、連邦領であったというのに、反旗を翻した一つであったのだ。聞けば、現地人の抵抗のみならず、それに賛同する入植者たちも少なくなく、「一等星人」の風上にもおけない「非国民」ばかりなのだという。とうとう星一丸となった三日月連盟への支持を前に、連盟からの部隊も派遣されれば、連邦サイドは後手後手となっていた。
自らの船であるヤマト、そして伴侶クシナーダが率いるムサシで、その星のある宇宙空間に辿り着き、直轄の軍曹からの報告を聞いた瞬間、ブリッジ奥深くの専用の椅子に腰かけた、彼が口にした言葉と言えば、
「無能が……」
という一言で、即座に、その場でレーザー銃を引き抜くと、今の今まで何もできなかった無能な軍曹を射殺した。ブリッジ内は戦慄する空気が一気に立ち込めたのは言うまでもないが、スサノオには関係ない。
「……俺がでる」
「提督閣下、お供します!」
やがて、彼が呟き、ムサシからは、女の声がブリッジに鳴り響くのであった。
いざ、戦地に着地し、赴けば、敵軍は報告通り、地球人と異星人がいりみだれて向かってくるではないか。
「……『一等星人』たる民族が『二等』、『三等』なぞと手を組みよって」
多種多様な敵軍の容姿など、醜さこの上ない。ましてや、地球人の民族の誇りを忘れた者など、スサノオにとっては粛清の対象でしかなかった。やがてスサノオとクシナーダは、自軍の先陣をきるようにしながら、レーザーサーベルで切り裂き、銃でもって脳天を貫き、敵軍を次々に打ち破っていく。と、そこへ、
「スサノオか!」
(…………)
どこかで聞いた声に、振り向けば、レーザーサーベルを構えた、髭もじゃの男が睨んでいるではないか。すぐ隣でクシナーダは構えたが、
「待て……俺がやる」
「ハッ!」
スサノオは、その見知った顔をじっと見据えながら女を諫めると、女は、怒涛の戦場の中を、新たなる敵を求めて突き進んでいった。
(老いたな…………)
目の前で、こちらを睨む者が肩で息をしているのもじっと眺めながら、スサノオが感じた事と言えば時間の経過であり、やがて、彼は、
「ほう……生きていたのか。署長殿」
と、おもむろに口を開いたのだが、その制服が、自らの知る皇宮警察隊のデザインではない事と、制帽にしっかりと象られた、黒地に三日月の紋章である事も確かめれば、
「……いや、今は、署長でもないのか。……なんだ。お前、連盟の犬になったのか」
と、更に口調は淡々と、冷酷になっていくのみであった。
「若造が! 目上への物の言い方も忘れたか!」
「……野蛮な者どもと手を組んだ犬に、目上もあるか」
激昂して返したのはリュウの方であり、その目は勇壮な情熱が燃えに燃え、スサノオを睨みつけていたのだが、男はどこまでも無情だった。ただ、やがて、含み笑いを浮かべると、
「……に、しても、ヤマトポリスでの、あの日の対外試合も懐かしいというものですな。皇宮警察隊の剣技には心も躍ったものだ」
言いながらも、際に、レーザー銃を発砲すれば、それはリュウの刀身に見事に打ち返され、瞬時によけたはずが、彼の頬をレーザーは掠め、頬を血が伝っていく!
「……おもしろい」
スサノオは不敵に笑み、レーザー銃をしまえば、片手で手にするのみにしていたレーザーサーベルを、両手で持ち変えたのである。
「でりゃああああああああ!!」
そして、リュウは勇猛にスサノオに挑みかかったのだ。が、熟練の剣士であったとは言え、最早、人間離れした「力」すら手にしていたスサノオを前に、リュウの力は全く通用しなかったのだ。切っ先すら全く見えないまま、切りに切り刻まれた老体は、あっけなく倒れ、
(タケル…………)
絶命する瞬間の父の思念は、愛息子の愛くるしい笑顔の記憶であった。
「……全く、話にならんな」
すぐさま立て続けに襲いかかってきた連盟軍の者たちを次々に打ち払いながら、かつて、共に剣を交わした者の屍にも目もくれず、スサノオは進軍を続ける。今や、彼にとって、この銀河系に自らに叶う者はなく、既に手に入ったも同然の心境であれば、興味のそそるものはなにひとつなかったのだ。
(……やはり……)
圧倒的な戦力で、自らを返り血で血まみれとさせながら、よぎる欲望は、遥か彼方に浮かぶ赤い星雲の事である。
「フッ……先ずは皇帝となってからだが……!」
次々になぎ倒していきながら、彼は戯れるによう口を開いた、と、その瞬間の事であった。何がしかの「気配」を感じ、スサノオはそちらを振り向いたのだ。
其処には、伸ばした髪の毛を丁髷に結ぶようにした、自分より幾何か年下の男が立っているではないか。ただ、何やら自分を凝視しているその姿は、そこに「見える」というだけで、実体ははるか遠くにあるという事を、スサノオは瞬時に悟っていた。
「……ほう。もしや……」
こうして、スサノオはタケルに向け、ニヤリとした笑みを向けたのだ。すると、混乱したかのようなその姿は、その場で霧散して掻き消え、彼の「予感」は的中したのだ。
「やはり…………!!」
一連の現象を見届けると、珍しく、感情を発露した口調がスサノオからもれ、
「……おもしろいやつもあるものだ……!」
尚も次々と、連盟軍をなぎ倒しながら、彼は久々の興奮に歓喜していた。
そして、スサノオは、まるで手の平を返したかのように、星を去ってしまったのだ。
元来、常人以上の実力者ぞろいであった元皇宮警察隊、現「革命派部隊」は、猛者の如く大いに戦った。大将を失い、宿敵を討たんとして初戦で全滅という悲劇すら生み出したが、辛うじて、対象である星の解放に成功したのは、不幸中の幸いであった。
寧ろ、太陽系連邦の兵たちの士気の方がてんでバラバラであり、スサノオたちが去れば、すぐさま総崩れとすらなってしまったのだ。無論、逃げ帰ってきた者たちには、スサノオが極刑をもって戒めた事は言うまでもない。
そんなある日のヤマトのブリッジでの事だった。玉座のようにして座していたスサノオは、眼前の、自らの顔色を伺うかのように、ビクビクしながら、仕事に追われている連邦兵たちの、「当然の光景」を無表情に眺めつつ、あの戦場で、こちらを凝視していた丁髷の男が発していた、「力」の事を、改めて思い出していたのだ。ただ、その姿は、ひどく狼狽えているだけで、何もできずにあったものだ。
(……目覚めたばかり、といったところか)
ならば、それを導いている者がいるはず。そんな芸当ができるとすれば、ただ一人しかいない。そして、ふと、自らの戦いの記憶の中にある、漆黒のローブに、銀色の杖を握った、 結晶の姿の者などを思い浮かべれば、ニヤリとし、
「……やつだな。やはり……生きていたか……」
などとひとりごちたのだ。
すっかり銀河系には興味は失せ、アンドロメダに目移りしていたスサノオであったが、
「ふっ……まだまだ覇者の道は半ばという事か……案外、銀河系も、楽しめそうだ」
男は不敵に笑った。
(…………ハァハァハァ!)
信じられないほど衝撃的な光景を目撃した後に、目を見開いたオレは、肩で息をするほど呼吸を荒くしていて、
「どうしたんだ?! タケル君?! 何を見た?!」
と、結晶卿は、既に駆け寄り、オレの直ぐ目の前にあった。
「………………!!!」
顔面を蒼白とさせながら、オレが見返すようにしつつ、今あった事を語ろうとした瞬間、
『タケル…………』
「えっ…………!」
声なき父の声を内側に感じたようにして思わず答えると、
『総裁閣下、と…………』
「…………!」
台詞こそ違えど、もう一度鳴り響く声質を聞き間違うはずもない。だが、それはそれきりでプツリと途絶えた。
「タケル君…………!」
もう一度、結晶卿が語りかければ、未だ、愕然としつつもおずおずとオレが語りはじめ、
「そうか…………」
一際に卿の表情が厳しくなったのは、オヤジを一瞬で討った連邦兵の大男の特徴を述べた時であったのだが、
「『彼』に見られたか……だがタケル君、今は尚更、心を強く持つんだ。君は、『光』と『闇』の間にあるべき存在なのだから。『光』に溺れてはいけないように、決して『闇』に飲まれてもならないのだよ…………!」
(……あいつ……! どっかで……!)
見た事ないわけでもなかった。ただ、その時は、まさか、その姿が、太陽系連邦軍の全てを統括する提督、スサノオであるとは思いもよらなかったし、まさか、後に、自らの最大の宿敵となっていく事すら、オレは未だ、なにも知らずにいた。
(……………)
結晶卿からはリラクゼーションの呼吸法などを学びながら、この時のオレは、自らに宿った「力」に、未だ懐疑的だったし、ましてや、自分の父親が殺された事など、到底信じられるはずもなかったのだ。
ただ、程なくして、戦線から戻ってきた部隊からは、オヤジと、そのオヤジの部下たちで構成された「革命派部隊」が全滅した事を聞かされたのだ。
やがて辛勝と共に連盟の一員となった現地の星から、収容され、送られてきた、オヤジを筆頭とした「革命派部隊」全員の遺体は、どれもこれもが、圧倒的な剣技の前に切り裂かれた、痛々しい姿ばかりであった。
「……………」
言葉を失うとは正にこの事であるが、連盟の戦死者が眠る共同墓地に、彼らを埋葬する事を率先としてやったのはオレで、弔いに時間すらかかったが、歯を食いしばるようにして、務めあげたのだった。
夜となっていた。外敵からは見えないようにカモフラージュされているが、熱帯雨林に囲まれた本部の周囲の一角には、広大な、十字架の形をした墓石が延々と拡がる野原があって、その一つの前にて、側に刀を置いては、ギターを抱えるようにして座り込み、丁髷を風に揺らしたオレは、じっと墓標を見つめた後に、つい、でた言葉は、
「バッカだなぁ……オヤジは……」
という、憎まれ口だった。
専用の新設部隊で初陣だったというのに、こんなにもあっけなく人は死んでしまうのかとも思った。そういえば、オヤジはどんな音楽が好きだったのだろう。どんな事がきっかけで一時は画家になろうと思ったのだろう。なぜ、画家になる事を諦め、警察の道に進んだのだろう。母さんとは、どんなふうに出会ったのだろう。
母さんが死んだあの日、どんな顔でオレの事を抱きしめていたのだろう。
「……なぁーんにも、教えてくれないで、逝っきやがってよぉ~」
たまに、いつか、酒でも飲みながら語れる日がくるかもなんて思っていた。だけど、今、目の前では、オレとオヤジの故郷から遥か離れた星の月に照らされた、十字架の墓石が黙っているだけだ。
「バッカだなぁ……」
もう一度そう言うと、ふと、視線も下に落とした。
母を失い、父を失った。そして、他の親族もことごとく粛清され、オレは、代々、天照宮殿を警護してきた一族の末裔の、最後の生き残りとなってしまったのだ。まさか自分が天涯孤独になるなんて思いもしなかった。
やがて思い出は、次々にオレの脳裏の中に繰り広げられていけば、目の前の視界はぼやけるというものだ。と、
「タケル……」
そんなオレを呼ぶ声がして、振り向いてみれば、そのロングヘアーを熱帯の夜風に僅かに揺らしているイヨが佇んでいて、やがてゆっくりと此方に近づいてくるのであった。
「おーう……」
目をこするようにした後、やけにオレが間延びした口調で返せば、その顔はまるで複雑そうだったが、実際、オレの心の中は、折れている事など決してなかったのだ。
(……オレは負けない……)
固く誓うものがあった。イヨとどうすればいいかまでは解らなかったにしろ、あの日、オヤジからは、テレパシーとして、確かに飛び込んできたメッセージがあり、それがオヤジのオレに対する惜しみない愛情であった事は間違いないのだ。
(…………負けてるわけにはいかねーんだよ……)
あのスサノオという男を、絶対に仇討ちにするまでは負けるわけにはいかないのだ。オヤジに託されし小烏丸は、その為だけにあるふうにすら思えてきた。
(……オヤジはどんな歌が好きだったんだろう……)
ただ、イヨが寄り添うように隣に座った頃、ポロロン……とギターをつま弾いたオレは、もう一度、そんな事を思ってみた。とりあえず、口ずさみはじめたのは、きっとオヤジが若かりし頃に聴いたであろう、当時の流行歌であったりで、ふと、オヤジが解放した星も何処かにあるのであろう満天の星空を見上げれば、何故かたまに輪郭は、視界の中でぼやけながらも、オレは一曲、一曲と歌い続けていくのであった。
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