VISION
シリナが退院する事となり、オレやイヨ、マグナイに、オヤジまで医療室に出迎えにくると、既に彼女はお気に入りのブラウスにプリッツスカートを着込んでいて、オレたちの到着を待っていたところであった。
「ほんと、よかった……おめでとうな」
「ありがとう……タケル君……」
オレはその姿を噛み締めるようにして、花束を渡すと、彼女は微笑みと共にそれを受けとり、
「ほ、ほーんとっ! おめでとうねっ! シリナ!」
「え、ええ! ありがとうございます!」
やけに上ずった声で、白いワンピース姿のイヨが続けば、まるでつられるようにシリナも上ずり、随分ぎこちない笑みを互いに交わしたりし、
「……タケルの父でございます」
と、今度はオヤジが深々とシリナに頭を下げたのだった。
シリナが、オヤジの仰々しい態度に驚きながらもつられるも、どうか頭を上げてほしいと恐縮する中、
「……ふん!」
と、鼻を鳴らすだけで、マグナイはそんな彼女の姿をジッと見つめ続けるのみであった。
快気祝いという事で、皆でカフェに赴こうと、わいわいと通路を歩いている時だった。終始無言だったマグナイはオレに近づいてくると、
「おい……」
「うん?」
耳打ちに、見上げれば、
「タケル……お主、姫の事はどう思っているのだ」
「えっ……?」
無表情ながらマグナイは、シリナをじっと見つめていたりして、オレは、ドキリとしつつも、即答できなかったのだ。すると、
「あんたたちー! なにやってんのよーっ!」
気づけば、遥か先を行くシリナたちの中から、イヨが様子に気づき、振り向いては促してきていたのだが、
「……余輩はいい。鍛錬にいく……」
(……………)
マグナイはその一言を残すと、背を向け立ち去ってしまおうとしていて、暫くオレは、その巨体な背を眺めてはいたものの、気を取り直すようにすると、
「おーう! 今行くー!」
と、袴をひるがえし、皆の元へと駆け寄るのであった。
今日もカフェは、多種多様な、非番の異星人同士で賑わっていた。そしてテーブルでは、今日の主役はシリナだと言うのに、気づけば、話題は、この連盟の基地に辿り着くまでのオヤジの長い旅の道のりを、オレたち三人がウンウンと聞かされているような有様となっていて、とうとう、自分の語りにすら酔い始めた感もあるオヤジが、
「……星々を巡り、わしは改めて我が太陽系連邦が愚策であったかを思い知らされた! 二等星人だの、三等だの! 皆、同じ人間ではないか!」
(……オレと同じこと、言ってんなー……)
熱く語りつづける姿には、自分のルーツを見出したような気すらしていたが、今度は、シリナに、
「ハイデリヤの姫! 改めて私からも! 我らの蛮行、謝罪致す!」
と、またもや、どこかの時代劇にでもあるかのように深々とオヤジは頭を下げると、
「はいっ! ……いえ、そんな、お父様、お顔をあげてください」
(オヤジ〜……)
慣れぬ習慣に圧倒されるように、異星の乙女もそれを真似たが、最早、すっかり困りきっていれば、オレが苦笑するしかなく、「もう、そろそろ……」と諌めようとしていると、
「ボスー。ここにいたんですかー?」
かつての皇宮警察隊で見知った事のある顔が、こちらに近づいてこようとしていたのである。そして、オレたちと目で挨拶すらも交わしながら、
「制服の配給、もう、はじまってますよー」
と、何やら父に促すではないか。
「おお! そうか、ま、そうだな。ここは若い者たちに任せて……」
「当たり前っすよー。年寄りが若い子たちにまざって何やってんすかー」
「な、なんだね。息子と水入らずの時間を過ごしてなにが悪いのだ! 久々なんだぞ!」
そしてオヤジが振り向き、立ち上がろうとしたところで、上司と部下は軽口をたたきあっていたのだが、
「オヤジ……まさか……」
「……ああ。そのまさかだ。よろしくな!タケル!」
事態に気づいたオレに、オヤジは、片目なんてつむってみせると、陽気な顔で親指なぞ、突き出してみせたりするのであった。
暫くして戻ってきたオヤジの制服制帽の姿は、まるで皇宮警察隊の頃のそれを彷彿とさせたものだが、制帽の額には、三日月連盟の闇の中に浮かぶ、白銀の三日月のロゴが施されていて、かくして鮮やかな剣技をも有した猛者たちの集団である「革命派」は、部隊の中の一部隊として確立される事となり、
「結晶卿からは早速、任務を与えられた。行ってくるぞ」
オヤジは早速、戦地におもむく事に、大張り切りだったのである。
ここに新たな三日月連盟の戦闘隊員が生まれた。
そして、オヤジたちが率いる新たなる部隊、その名も「革命派部隊」が初出陣の日の事だった。ゲートでは、オレとイヨ、シリナが見送る中、オヤジは、
「タケル……総裁閣下を頼んだぞ」
「ああ……! わかった!」
いつになく真剣な眼差しに言い切る事ができたオレは、以前のどもり気味な口調はすっかりかき消えていて、力強く相手に頷いてみせ、
「…………!」
オヤジは、かつての警官の時のように敬礼をすると 、背を向け、部下たちと共に移送船に乗り込んで行くのであった。
「……………」
戦地へと離陸していく船団たちが青空の果てへと飛び去っていくのを見送った後、オレたち三人が、各自のスケジュールに戻ろうと振り向いたところには、結晶卿の姿もあるではないか。そして、オレの事をジッと見据えるようにすると、
「タケル君……今日は私と訓練しよう」
と、穏やかに話しかけてくるのであった。
女性陣とも分かれた後、共に結晶卿と通路の中を行きながら、オレは、結晶卿は超能力で戦うはずで、剣技等といった、言わば肉弾戦の類とは無縁の存在のはずの事を、ふと思えば、首をひねりたくもなったのだが、今も、世間話すらこちらに語りかけながら、行き交う他の隊員たちとも挨拶を返しつづけるリーダーのご指名とあれば、光栄なものだと思うくらいにした。
やがて、結晶卿は、青空と太陽の光さしこむコートにて、向かい合わせとなると、
「タケル君……君は、強烈な『力』に目覚めつつある……それは私のものと同質のようでありながら……また何か違う『使命』を帯びていて、そこに在るようだ」
などと、語りはじめるではないか。
(……まさかー)
確かに、最近、同居しているイヨやテオが驚くような現象であったり、マグナイとの格闘中にも不可思議な事が起きたりしているが、先ず思った事はそんな半信半疑であった。ましてや結晶卿になんて足元にも及ばないと思っていたし、何はともあれ、オレは、例えば、シリナたちのような異星人とは違う、そんな事とはまるで無縁な、単なる地球人なのである。
オレは、半笑いで卿を見つめてしまっていたのだが、やがて、彼は、その三日月のシンボルが象られた杖を、ゴトッと床に置くと、その場で座禅を組みはじめたのだ。
「君も、やってごらん」
「へ、へぇ……」
慣れないポーズで悪戦苦闘ながらも、なんとか真似ると、
「……目を瞑り……背筋を伸ばし……肩の力を抜き……ゆっくりと深呼吸を繰り返そう…………」
囁く結晶卿の言葉は催眠術のようだ。おずおずとオレは従った。
「……心を静かにして……どうだい?何かが見えて来ないかい?」
(…………)
そして、当初は暗闇でしかない視界だったが、やがて、変化がはじまったのだ。
「光と……闇が……見えてきたっす」
オレはそう言ったのだ。気づけば、オレの周囲は神々しいほどの光と、まるでブラックホールのような暗闇が、自らの体をちょうど半分に引き裂くようにして、それぞれに広がりはじめていたのだから!
「ふむ……。では、さらに精神を集中してみよう。その光と闇はどんなものだい?」
「うーん……オレの片方で……光の方はどこまでも眩しいです。片っぽの闇は、ちょっとおっかねー程、どこまでも真っ暗だ……」
「……ふむ。やはり真理が見えているのか……それも丁度、境界、か……」
結晶卿は、更に静かに語りかけ、オレの答えには、なにやら呟いてみせた後、
「ふむ……それが君に託された『使命』なのかもしれない。さぁ、更に集中してみよう。その光とはなんだろう? 闇とは、なんだろう?」
「光は、光ってるっす。闇も闇で……」
オレは更に答えようとしていたのだ。だが、その辺りから、その眼前の光景は、だんだん混沌としていったのだ!
「や……待って。なんだこれ……」
オレは狼狽えはじめた!
「え? 光が闇になったり、闇が光になったりし始めてるんですけど……!!」
語り続ける合間にも、どんどん視界は切り替わっていく! そして、とうとう、今や、なんと目の前では、それは、「革命派」という名称の継承もそのままとされた「革命派部隊」であるオヤジたちが、各自のレーザーサーベルを振るい、太陽系連邦の連邦兵たちと、いづかの星にて奮戦している様子であるではないか! 上空では、連盟の0式ウイングと、敵側のBB29の戦闘機の群れ同士をも激しい空中戦を繰り広げていて、戦況は一進一退だ!
と、そんなオヤジの目の前に、大柄な男がのそりと現れた! 制服から鑑みるに、男は連邦兵の中でも上官クラスの人間で、二人は知り合いでもあるかのようだ。声は聞こえぬが何やら言い合いをしたのち、男も懐のレーザーサーベルを引き抜いた。我が父も壮健な体つきながら、不敵な笑みすら浮かべ続ける男は、父よりも遥かに筋骨が隆々だ! そして、互いの衝突は、あっという間に勝負がついてしまった! 皇宮警察隊の剣術は、軍の人間も叶わぬほど洗練されていて、太陽系連邦最強とうたわれていたにも関わらず、男の、まるで遥かに人間離れしたスピードの剣技を前に、父はあっという間に切り裂かれ、激しく血を吹き出すと、とうとう倒れ込んでしまったのだ!
「……オヤジ……!!!!」
オレは、まるで目の前で繰り広げられている信じられない光景に、思わず叫んでいた!
すると、返り血を存分に浴びていた男は、何かに気づいたふうにすると、まるでオレの方を向いてきて、ニヤリと不敵な笑みすらよこしてくるではないか!
(…………!)
信じられない光景に、オレは思わず目を開いてしまった。ハァハァハァ……! と、気づけば息も荒くなっている。ただならぬ雰囲気に、
「タケル君! どうした! 何を見た!?」
と、既にすぐ目の前まで駆け寄ってきていた結晶卿も、顔も険しく問いかけていたが、まだ、オレは何も答える事はできず、この時のオレは、これがオヤジとの最後の別れになるなんて、想像にも及ばなかった。
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