覚醒

「タケル……タケル……」

 誰かに呼びかけられたので、オレはいつの間にか瞑っていた目を開き、そして、自分の居場所が突飛もない事になっている事に気がつくと、ひどく仰天するのであった。


 たった今、自分の周囲は、どこまでも不思議な虹色の様な光沢でほのかに彩られた何もない空間で、その中にオレは浮遊するように浮かんでいたのだ。

「タケル……」

 そして、もう一度、自らの名を言う者の方を振り向くと、そこには、巨大な、光り輝くクリスタルが存在しているのではないか!

(…………!)

 あまりに突然の事にオレは目を見開いて仰天していた。既視感を感じるとするならば、その結晶体の特徴が、まるで、今や同志である結晶卿の体の一部となっている箇所とひどく酷似している事であろうか。ただ、驚きは禁じ得なかったにしろ、その姿には何故か懐かしさこそ感ずれど、恐怖感は全くなかったのであった。


 どこがどう、というには言い表し難いが、今、眼前で光るクリスタルは、じっとオレの事を優し気に見おろしているようで、

「……タケル。私は、あなたの事をずっと見てきました」

 と、やがて口を開き、

「あなたは、生まれが違えし魂に手を差し伸べ、呪縛に囚われし魂をも解放しました。そして、戦とは何たるかも知った、今のあなたなら、光と闇、この相反する2つの仲をとりもつ『調停者』の役割が果たせる事でしょう」


 語りかけの意味は、いまいち解るふうな、解らないような、曖昧模糊とした感も否めなかったのだが、

「は……はあ……」

 とりあえず、相槌でオレは返すと、

「光と闇、それは表裏一体。そして、それは、それこそが、宇宙を構成する大事な要素なのです」

(…………)

 クリスタルの語る内容にはいづこかで聞いた事もあるような内容も含まれていたが、とりあえず、相槌をうつようにコクリと首を縦に振ってみると、

「あなたがこれまで見てきた宇宙空間の姿は、無数に煌めく星の光の群れと共に、そこには常に伴うように闇が広がっていたはず。宇宙とは、光と闇の世界であるというのは、そこで充分に物語られていたはずです」

(…………!)

 これもどこかで同じふうなたとえ話があった気がする。記憶から漁るのももどかしく、オレは首をひねるようにする他なかった。


 結晶は、更に静かに語り続けていく。

「そしてそれらは、決して、どちらかに偏りすぎてはならないもの。かといって、全てが一定でもありえないもの。時に光が闇となり、闇が光ともなりながら。それが命、生命そのものなのです。宇宙は、その命の真理を繰り返す大河のようなもの」

(…………)

 物体の話す内容はどんどん深みを帯びていくようだ。とりあえずオレは、じっとその者の事を見つめるのみにしていると、

「例えば、それが感情というならば、例えば、恐怖という感情は闇を生み出します。ただ、その分、思慮深さをも兼ね備える事でしょう。光とは、壮健である事。ですがそれは行き過ぎれば、傲慢とすらなる事でしょう。さすれば光と闇は逆転しますが、歴然として、そこに在り続けるのです。光と闇とはそういうものです」

(…………)

 なんだか難解になっていく、「光と闇講座」は続いていくのである。と、そこでクリスタルは、正直なオレの顔色に思うところでもあったのだろう。


「タケル……あなたは音楽をよくしますね。これを楽しむ感情も、多くの生命が持ち合わせているという事は、あなたもわかってきたはず。……ところで、人と音楽を奏でる上で、一番、大事な事とはなんですか?」

 と、唐突に話題を変えてきたのだ。どうやら、この正体不明な物体はオレの生き甲斐までよく熟知しているようだ。やがて、考え、オレが出した答えとは、

「え……ハーモニー? 調和?」

 だった。すると、結晶は、

「そうですね。その気持ちを忘れずにいてください。そして、あなたはその調和の心をもってして、やがて、闇にも、そして光にも、新たな命を芽吹かせるのです。そうすれば、今、銀河を発祥としている光と闇のバランスの崩壊は、やがて均衡に戻り、宇宙は再び、平穏でいられる事でしょう」

 と、語りだしたのだが、やはり、どこかダイナミックなその話を前に、結局、オレは押し黙ってしまうのであった。


「全ては、必然です」

 結晶は、尚も語る。

「宇宙とは、様々な命が溢れに溢れている生命の箱庭。故に、多種多様な種の栄枯盛衰、潮流はあってしかるべきなのです。……ですが、それにしても地球人は、この銀河に多くなりすぎました」

(……それは解る)

 今や、その問題に頭から突っ込んでいるオレが苦笑する中、

「そして、この銀河系で、地球人ほど、光からも、闇からも、一際に干渉されやすい種もいないのですが、今更、時を戻す事も不可能です。真理とは、闇に堕ちすぎず、また、光のみに生きようともしてはならない事ですが、時に、地球人は、どちらかのみに突き進む時があります。ここまで地球人が銀河系に溢れた現在、それでは他の種への影響は大きすぎて、あまりあると言っていいでしょう。そして銀河系がどちらかのみにひた走ってしまえば、いずれは他の銀河をも飲み込み、宇宙のバランスは崩れてしまう事でしょう」

(…………)


 またまた、少し、なにやら難しい。オレは、最早、これはシリナが聞いた方がよかったんじゃないか、なんて事を頭によぎらせていると、

「……『調和』のために、今、地球人こそが試されていると言って、言い過ぎではありません。銀河と、そして宇宙のために、遣わした命の使命が、いよいよ目覚めなければならない時のようです」

 そう言いつつ、クリスタルは、じっとオレを見つめているふうにすると、

「……タケル、全ての契機となる者よ。この銀河を再び織りなすために持つべき力を、あなたに授けましょう」

 と、語りかけ、

「……ただ、これは『きっかけ』にすぎません。そして、あなたがたが、これから、どのように変わり、変わり続けるか、私はここから見ていましょう」

 そう言い終える頃には、

「おきなさーーーーーーーいっ!」

 と、大声で、オレの起床を促す同居人の顔が思いっきり目の前であったりして、とうとう、オレはそれが夢である事を悟ると、

(な~んだ……)

 なんて、よくあるオチの類と思いつつ、既に、朝飯まで用意されていたテーブルに向かい、同居人や、従者の機械に挨拶なんてかわしつつ椅子に座るのであった。


 やがてオレが、皿洗いなどの片づけを、テオなんかとこなしていると、バタバタと支度を整えたイヨは、オレより先に出勤しようとしているのである。実質的なリーダーは結晶卿であるにせよ、今や、三日月連盟の顔となった元総裁は、今日も粘り強く、星々に向け、三日月連盟という旗の元に集まるよう、皆を促す発信をするのだろう。実際、三日月連盟の、戦線での善戦という影響だけでなく、イヨのメッセンジャーとしての役割も相俟って、こちらに加わる星々は増加しはじめていた。やがて家事の一通りを済ませるオレも、後を追うようにして訓練へと向かおうしたのだが、いざ、自動ドアの前に立つとどうも気になり、一先ずその足は、結晶卿の自室へと向かう事にしたのであった。


 結晶卿の姿は、丁度、まだ自室にいて、胡座をかいて浮遊しては、目をつぶり、何やら瞑想に耽っているところだったのだが、語りかけるタイミングに思いあぐねていると、尚、目は瞑ったまま、

「どうしたんだい?」

 と、彼の方から穏やかに話しかけてきてくれ、

「……あのー。なーんか、変な夢、見ちゃったんすよねー」

 オレが答えれば、やがて彼はゆっくりと目を開き、微笑みかけてくるのだった。


そして 瞑想を終えた結晶卿が煎れてくれたコーヒーなんぞに口につけつつ、オレが今朝見た夢の出来事を語ってみると、一先ず彼は、

「……そうか……やはり……とうとう君の前にも現れたか……」

 と、呟いた後、

「それはね。夢ではないよ。あの存在なら、人の夢を超越する事など容易い事だろうからね……まぁ、今は訓練に勤しむといい。……自ずと、クリスタルの言っていた意味も、それで解ってくる事だろう。とりあえず私は、君が、また戦おうとしてくれている事に、感謝しているのだよ」

 などと語るのだった。


 ついこの間の、シリナの何某かの超能力のおかげであろうか。あれからというもの気分は爽快だし、今のオレには、気持ちの迷いすらなかった。ただ、ただ、目の前で散っていった戦友たちの事は決して忘れる事はできないでいて、

(……いづれ、また戦地へ……!)

 固い決意と共に、今日も、訓練室では、サイボーグの師匠の目の前で、オレはレーザーサーベルを抜き、身構えるのである。なんだか師匠の太刀筋が、以前よりも多少、見えてきた気がすれば、(練習の成果がでてきたな~)なんて思ったし、実際、当初こそ、信じられないほどの筋肉痛に苦しんでいたりもしたけれど、こなすうちに体力もついてきたし、元々、得意である操縦訓練でハイスコアなんて叩き出せば、自信は更に深まっていった。


(……いづれ、また戦地へ……!)

 改めて固く誓いながら、夕焼けの通路の中を歩くある日の訓練の帰り道、とうとうオレは一介の兵士となりつつあったのだ。

「タケル君」

 そして聞き慣れた声に笑顔で振り向けば、電動車椅子を完全に使いこなすシリナが、今日も医療室から抜け出して来ていて、つい、頭などかきつつ、それにははにかんでしまうというものだった。


 いつかのように、本部の中へと差し込む夕日を共に見つめながら、

「シリナ……やっぱ、オレ、戦うよ」

 と、オレは語りかけたのだが、その声音には以前のような悲壮感はなかったし、また、

「……そうですか。けど音楽は、続けて下さいね!」

 なんて、シリナはオレを見上げては答えていて、そんなオレたちの様子をイヨが遠巻きに、複雑な顔つきで見つめ続けていた事など、今日も露とも知らずにいたが、

(もっちのろ~ん!)

 と、帰宅後のオレといえば、ジャカジャカとギターを奏でていたのだ。


 すっかり我らが一室のキッチンに立つ姿も板についた、炊事担当のイヨがやる気がでるように、オレと全く趣味が同じだった、彼女が好きだというカントリー&ウエスタンやフォークソングなものを奏でているオレは、すっかりBGM担当が板についた感もあるが、そんな感じで、同居人と、AI従者と、共に歌ったり冗談なんて言い合いながら歓談を楽しんでいる時の事であった。


 オレは、飲み物を注いだカップを、何の気なしに置いたはずの場所に、たまたま手をのばそうとしていて、確かに、オレは彼女たちとの話題に夢中で、全くそちらの方向を眺めてはいなかったのだが、それが手中におさまった途端、

「タ、タケル?!」

 同居人は、その一部始終を眺めた途端に顔をギョッとするようにするし、

「ワ、私ノスコープ、一度、点検シテモライマショウカ……」

 従者の人工知能ですら何やらすっかり狼狽しているではないか。


 二人によると、台座におかれていたはずのカップは、オレが手をひらけば、やがて自ら動き出し、手中におさまってきたというではないか。

 ただ、

「まさかー!」

 と、その時のオレは全く取り合う気すらなかったのだ。




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