帝国の実情

 スサノオという男がいた。彼もまた親に捨てられた孤児だった故に、力を欲し、自らの力のみを信じて生き、やがて太陽系連邦の軍に入隊後は、元が筋肉質である恵まれた体格も活かして戦績を残しては、頭角を現していき、ついには戦線の全てを取り仕切る提督という地位にまで登りつめた者であった。


 特に、総裁がヒミコの頃の、彼女の一際強欲な帝国主義願望を叶えていったのは、彼の手腕によるところが大きかったものだ。そしてイヨなぞという小娘に総裁の代が変われば、下手をすると、首都星の命令すら無視して軍部全てを従わせる事もできる彼に対し、ヤマトポリスの老獪たちの方が顔色を伺うようにしていた。


「…………」

 今、大柄な彼は、太陽系からはるか彼方にある連邦の、前線基地本部と呼ばれる、広大な宇宙基地の司令室に立ち、窓の外に見える宇宙空間を眺めているところであった。周囲には、数々の宇宙戦艦が浮遊していて、出動を繰り返したりしている。

「弱者が、よくあがく、か……」

 低く、冷淡な声が響いた。それは、尚、抵抗してくる三日月連盟の事であった。ただ、未だ銀河系全征服の道半ばではあるが、既に彼の中の興味は、かつてのヒミコがそうであったように、銀河系のはるか彼方に浮かぶ赤い星雲、アンドロメダ銀河に在った。


「……で、ですが、提督」

 そして、その日の作戦会議中、彼の背後では、直立する幹部たちが恐怖のままに互いの様子を伺う中、その中の一人が、恐る恐る口を開くと、

「あの船二隻は我が連邦軍の虎の子です。ましてや、そのような僻地の戦場に、提督閣下、自らがお出ましにならずとも……他の艦隊を回しては……」

 連邦の宇宙戦艦の中でも最強クラスであるのがヤマト、ムサシであるという事は周知の通りである。そして、この最強の二つの艦の一つを取り仕切るのが提督スサノオであり、幹部の言う「二隻」とは、今も、基地周辺にて停泊したままにある、一際に巨大な船である彼の船らを指し示しているのである。


「閣下のおっしゃっている真意が伝わらないのですか? 軍曹」

 背を向けているスサノオのすぐ隣では、寄り添うようにして幹部たちを睨み据える女の姿があった。金髪にして碧眼ながら、流暢な日本語を使いこなす、スタイルよき美女の名は、スサノオの寵愛を受けているクシナーダという女であり、出撃の際には、ムサシの艦の一切を取り仕切る艦長ともなる副提督である。

「提督閣下は、今日、この日まで皆さんに任せ、沈黙してきたのです。その結果がどうですか?」

「ハッ……」

 女の詰問には、助言を試みようとした軍曹もうなだれるしかない。


 問題は戦況だけではなかった。いづこかにある三日月連盟の本部基地から、連邦全土へと繰り返し送られ続けている、元総裁イヨの自由の保障と民主主義の宣言のホログラムや声明は、各地に残るテロリストたちも活気づかせ、虐げたはずの星々の中から反旗を翻しはじめる事態にも陥っていたのだ。

(……あの小娘、生きていたとはな……)

 昂る自らの女の隣で、尚、眼前の宇宙空間を冷淡な眼で見つめたまま、スサノオは思う。彼もまた、かつてのヒミコと同じく、あくまで、この銀河を支配するのは、崇高な民族、「一等星人」地球人である。という考え方であった。そう思えば、理念を等しくしていた先代の総裁が、色欲まみれに入れ込んだ果ての、地位の移行であったとは言え、間諜から伝え聞く総裁就任以降のイヨの成す事は、どれも奇妙に感じていた矢先、彼女の暗殺を考えた大臣たちから助力を頼まれれば、地球に残してきた自分の配下の者たちに暗殺すら命令させた、彼は「守旧派」の中でも実力者であった。


(……褥では散々、ヒミコ殿に食われ、いい声で鳴いていたのだろう? 考えは、無い、か、それに等しい、とよんでいたのだがな……)

 彼もまた、ヒミコとイヨの関係を生々しく知る一人であったが、その事自体には何も心が動かされる事はない。ただ、今日も、自らの司令室のレーダーにまで映し出される小娘の立体映像が、繰り返し、連盟への有志を募っているのを眺めるのは、うるさい子蠅を眺めているような気分ではある。やがて、スサノオはゆっくりと振り向くと、

「軍曹……」

 と一言、呼びかけ、彼が「はっ!」と呼応する間もなく、BEEEEEEEEEAM! その手にしたレーザー銃からは光線が放たれ、いともたやすく脳天を貫けば、ドサ…………。その者は倒れ、周囲の軍曹が更に恐々とする中、スサノオとクシナーダだけが全く表情を変えずに、尚も、部下の群れを睨み据えていて、

「前線の王は俺だ」

 と、男は言った。


 巨大な国境線と化しつつある中、対連盟との小競り合いの一つに目を付け、自らの艦船を出すと言い放ったスサノオは、こうしてつがいとなるムサシと共に繰り出し、ブリッジにて聞かされる報告と言えば、あの緑の子バエたちに、既に自軍は押されはじめてると言うではないか。即座に、艦の進軍を命ずると、

「ハエが……」

 眼前で仕事に追われる者たちの奥に在る司令席にドカリと座り、スサノオは呟く。無数のビーム光線が次々に、タケルたちも含む連盟軍の機体を木っ端みじんにしていく最中、

「潰せ……」

 今度は、容赦なく自らの艦にふんだんに蓄えられている、連邦戦闘機BB29の出動を促していく! 見る間に戦況は自軍の圧倒的勝利となっていくのだが、今や、船窓越しに、またはモニター画面にて、散り散りに儚く消えゆく敵機を眺めながら、スサノオが、ふと、思った事と言えば、彼の者たちとの衝突以来、敗北後、彼らに寝返った連邦軍人もあるといった情報の事であった。


(……生きて虜囚の恥ずかしめを受けるな。我が帝国軍人であるなら、鉄則であろう)

 内訳のその多くは異星出身であるという。

(……だから、我々、一等星人が導いてやらんといけないのだ)

 あの逃げ惑う0式ウイングの群れの中にも、そんな裏切り者がいるのかもしれない。

(……そんな者は、連邦の人間として、先ず、風上にもおけぬ……排除だ)

 とりわけ、一機、やけによけるのがうまい緑の者もいたが、いよいよ数機となったところで、敵どもはワープを用いて銀河の彼方へと消えていく。未だつかめぬ彼らの拠点だが、いづれ、今、火の海にしてやる事を誓うと、

「さて……」

 スサノオは自らの帝国の領土を、今、正にかすめ取ろうとしている連中がある、一つの星に目を向けるのであった。


 戦闘終了後、ヤマトの船内に設えられている「拷問室」に、スサノオの姿はあった。最高司令官の到着に、その場にいた者たちが一斉に敬礼をする最中、鎖に雁字搦めとなっている、その者の連盟の革で包まれた制服は、既に激しい拷問の後で、ビリビリに破れていた。

「ふむ……」

 スサノオが、そのうなだれた顔から、ゴーグルを乱暴に外せば、我に返った、意思強そうな巨大な一つ目が睨みつけてきた。その臀部には尻尾も生やしている。

(こんな者が、部隊の司令官だと?)

 根っからの差別主義であるスサノオは、不愉快に感じながら、

「……なんとまぁ、醜い種族だ。『三等』だな」

 などと呟いてみれば、

「こんな事で勝ったと思うなよ!」

 シルバーリーダーであった彼は気丈に言い返すのであったが、スサノオによぎるのは、

「野蛮人が……生意気に……」

 という冷笑でしかなかった。


 やがて、ポキリ…ポキリ…と自分の拳を鳴らしはじめたスサノオは、

「こいつの拘束を解放しろ……」

 なぞという命令を下したのである。その場にいた兵の一人が驚き、

「し、しかし提督……」

 と、何やら言いかけたのだが、

「二度は言わん。早くしろ」

 やがてウォーミングアップのように体中の関節を鳴らしながら、言葉には凄みが増した。

「…………はっ」

 それはスサノオの趣味の時間を告げているのだ。おずおずと、兵が、拘束をほどけば、訝し気にしているシルバーリーダーに、

「さて。お前の星はどこだ……?」

 スサノオは不気味に笑いかけながら、捕虜の出身を問いかける。シルバーリーダーが答えれば、

「あ~。思い出したぞ。我らが軍を前にして一日も持たなかった星だ。口先だけは達者であるのは、当時と何も変わっていない。やはり『三等星人』だな」

「な、なんだと?! それはお前たちが!!」

 大きな一つ目は、キッと睨みつけ、何かを言いかけたが、

「確か、除去したはずだが。お前、家族はどうした?」

 スサノオは更に問いかける。


「お前たちに全て殺された! 国も故郷も全て、お前たちが!」

 リーダーの語気が荒くなる。するとスサノオは、

「ほ~う。『三等』の分際で国を語るか……」

 と、不敵で冷笑な笑みを尚、浮かべつつ、呟いた後、

「……だが、その気概に免じて、特別に恩赦をやろう。お前もいっぱしの軍人なんだろう? この俺を倒してみろ。さすれば、ここから出してやる」

「……本気で言ってるのか?」

 スサノオの挑発に、今度はシルバーリーダーが不敵に返した。リーダーのくやしさの記憶として残るは、あの日、あの時、連邦の船が母星の頭上からばらまいてきた細菌型の無力化装置の事である。あれさえなければ、

「我々がひ弱な地球人ごときに負けるかー!」

 確かに目の前の敵幹部は、自分たちの仲間となった青年よりも遥かに体格はいい。だが、リーダーは確信をもって目の前の挑発に挑みかかっていったのだ。が、スサノオが、

「笑止…………」

 と言った瞬間、既に勝負はついていた。


「が…………!」

 目にも止まらぬ速さでスサノオが拳が繰り出した刹那、それはシルバー・リーダーの一つ目を突き破り、その向こう側まで腕は伸びきっていた。 

 途端に室内には体液らが散らばり、スサノオは、今や風前の灯となった連盟のパイロットの、その大きな耳元にて、

「我ら偉大な地球人が、いつまでも無力化装置に頼っているとは、ゆめゆめ思うな。我々は進化する。どの種よりも、貪欲にな……!」

 と、語る主が即座に繰り出した致命傷は、一際に筋肉が盛り上がり、血管すら浮き出ていたであろうか。そして、無造作に引っ込んだ時には、シルバー・リーダーは、絶命し、倒れていた。


 その夜、提督室のベットの上では、スサノオとクシナーダがいつものように一つとなっていた。今は寝転ぶスサノオを喜ばせるように、献身的に、クシナーダが騎乗のポーズで、腰を動かしつづけているところである。

「どうだ……? 今夜あたり胤はつきそうか。……『皇太子』の胤が」

 不敵な笑みでスサノオが問えば、眼前で妖艶とし、汗すら浮き出た金髪碧眼は吐息交じりに、

「あら……提督……『皇女』かもしれませんわよ」

 と、返す。どうやらこのやりとりは二人の日常会話であるようだ。祖国は今や帝政である。スサノオには野心があった。

(……あんな峠の越えた女と、干からびた老人に、この国を任せられるか。……俺こそが始皇帝だ)

「……かもしれぬな……!」

 心によぎらせ、答えれば、絶倫としたそれをもって、クシナーダを下から突き上げ、貫いていく。

「…………!!」

 クシナーダは声なき声となりながら、すがるように、鍛えぬかれ傷だらけの自らの肉体にしなだれてきた。さすれば、あっけなく自分が上となり、後はとことん女を抱くのみだ。


「クシナーダ……美しき我が妃よ……二人の国を作ろうぞ……!!」

「………………!!」

 話しかけたスサノオもこの時ばかりは流石に息遣いも荒くなったものだが、いつもは彼の隣で凛としている副提督は、最早、すっかり、彼の女としての反応しか見せる事ができない程、余裕をなくしているのだ。その姿を眺めながら、

(愛いやつだ……)

 と、スサノオはもう一度、不敵な笑みを作るのだった。


 無論、シルバーリーダーのみならず、取り残され、結局、挟み撃ちとされてしまったシルバー隊の隊員たち全員が、容赦ない拷問の果てに殺されたのは言うまでもない。


 また、スサノオたちが来るまでの間、戦いぬき、その後も辛うじて残ったBB29のパイロットや、連盟の地上部隊を前に敗北しかけた連邦兵たちも、国防精神が足らぬ、また、国家の名誉を傷つけた罰として、全員処刑された事も言うまでもない。


 これが、これこそが太陽系連邦のやり方なのである。








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