戦傷と憎しみの間

 今日も、三日月連盟の宇宙戦闘機0式ウイングのコクピットから見える外の景色は、原始の森が広がる星が佇んでいる。

「…………」

 やがて、いつもの巡回ルートを辿り、ふいに眩しい太陽の光が機内に飛び込んでくれば、特殊な性質で出来ているガラス状の航空眼鏡でも、オレは思わず顔をしかめてしまった。この星系は、こんな森深き星々を数個抱えていて、それぞれの地下には三日月連盟の重要な拠点が置かれており、それらは銀河系の中でも、オレの祖国であった太陽系からはるかにずっと奥深くの彼方で、故に連邦と抗するには絶好の隠れ家であった。


 ある日の会議に呼び出され、施設の一室にて、同居人の元総裁イヨや、グリバス等と肩を並べるようにしていると、結晶卿は、水面下で作成は急がせていると前置きはした上で、つい、先日、オレがデビュー戦にして遭遇した強大な敵、ヤマトとムサシのデーターを、机上に立体映像として映し出し、

「結局、宇宙戦を制する要は、宇宙戦艦の存在次第であったりする。恥ずかしながら、現在の我々のそれに関しては、追いついていないのが実情だ」

 と、残念そうに語っていた。


 戦争は想像以上にハードな日常だった。そして、

(みんなの悲鳴が、残ってる……)

 などと、ふと、あの強烈な記憶に取り憑かれそうになった瞬間、

『タケル隊員! 報告はどうした~!!』

 装着したゴーグルの視界の一角では、グリバスのサイボーグの顔が映り、ギョロリと睨みつけてくれば、

「あ、す、すんませ~ん。こちら、グリーン4。状況報告、MR003、異常な~し!」

 と、我に返るのである。デビュー戦にて誰もが予測しなかったトラウマを抱える事となったオレは、戦線から基地周辺の警備班へと回されていた。今も徹底抗戦となった作戦が展開されていっている最中、この厚遇ぶりは、正に軍民が共用しているような、寄り合い所帯故になせる技かもしれない。そうして巡回ルートを何度か巡った後は帰投し、今日もオレは医務室へと向かうのだ。


 あれは初任務翌日の事であった。同居人イヨに無理矢理に医務室まで連れ出され、オレが渋々一通りの診断を受けると、肩を並べるふうにして座るオレとイヨを前に医者が告げたのは、「PTSD」という一言で、

「…………」

 イヨは心配げな顔つきですぐ隣にいるオレの事を覗き込んだが、オレにとっては何もかも実感が伴っていないような感覚のどこかが、

(みんなの悲鳴が、残ってる…………)

 と、呟くのみであった。


 確かなのは今のオレにとって、あの初戦でよくしてくれた、戦友たちの命を奪った太陽系連邦という存在が、心底憎くなっていた事は間違いなかったのだ。

 ただ、毎夜、毎夜、あの日の戦いの記憶の悪夢に魘されれば、その度にそっと、イヨがオレのベットの中に忍びこみ、その胸の中でオレを抱きしめ、すると、静かに寝息をたてはじめていたようなのだが、翌朝の彼女の、

「起きなさーい!」

 という、まるで何事も無かったかのような一喝と共に叩き起こされると、あまりにいつも近くで漂う彼女の芳香に、

(…………?)

 と、疑問に思う事はあっても、イヨがまさか、毎夜、毎夜、そんなふうに尽くしてくれていたなんて、夢にも思わぬままに、日々は過ぎ行くのであった。


 今日も窓の外は、差し込む朝日と共にまぶしい。だが、夢の余韻であるかのように記憶の残像が体の中を突き抜けると、外の景色は、亜熱帯特有の熱さまで、部屋の中に押し迫ってくるかのようであるというのに、オレは寒気を抑えるようにして、両手を交互に自らの肩をつかむのである。

(みんなの悲鳴が、残ってる……!)

 心の中で呟いていると、そんなオレを険しい顔でじっと見つめていたイヨが、

「今日も……行くの?」

 と、問いかけてくるのである。震えるようにしていたオレだったが、なんとか作り笑いをうかべると、彼女の方を向き、無言でコクリと頷いた。


 いよいよ困惑する顔のままに、彼女ははぁ~とため息すらつくと、

「あんたも強情ね~っ。だ、け、どっ! 一応、病人、なんだからねっ! くれぐれも無理は禁物っ! ……途中までついてってあげよっか?」

 もしかしたらヒミコも、こんなふうに世話焼き女房な彼女の性格なんかにも、魅かれていったのかもしれない。ただ、あの妖怪女と比べるのもなんだが、オレもイヨより年上なのである。こんな時、ヒミコは甘え切っていたのかもしれないが、一応、オレは男だ。もう一度、作り笑いのままに、無言で首を横に振ると、心配げな黒髪は、もう一度、呆れるように溜息をついて、

「……わかったわ! 食欲は? ある? 薬もあるんだから、ちゃんと食べるわよっ」

 などと、やがて浮遊するテオのドローンと共に、キッチンへと向かうのであった。

 ヒミコに仕込まれたのか、元の女官の頃からなのか、はたまたクマソの実家が貧乏であった由縁か、水星で、必要にせまられてこさえていたオレの男の料理と違い、イヨの作りだすそれらは、どれも、オレが想像する母親の手料理そのものであったりして、

(まぁ……テオもいればな……)

 左手にもつフォークで一品をつまみつつ、なんとか一人と一体と歓談をし、今日も一日は、はじまろうとしている。

(…………)

 ただ、一緒に食べた食事と言えば、シリナと共に風俗星から逃げ込んだ星での野性味溢れる味すらも、ふと、思い出してしまうものであった。


 改めて思う。台所で一品、一品を作りだし、やがては熱々のそれらをテーブルに並べ、こちらに食事を促すイヨの微笑みと、獲物を、相手が食べやすいようにブツ切りにし、自らの手から炎まで生み出した後に、それらをくべ、食べ頃を見計らっては、その串焼きを手に取り、オレに勧めてきた異星の乙女の笑顔の穏やかさには、どんな違いがあるというのだろう。

  

 オレの為に戦い抜いた彼女は、今も眠ったままにしているのだろうか。

(……………!)

 それを思えば、立ち止まっているわけにはいかないのだ。いづれにせよ、本日も同居人は、太陽系連邦の最後の総裁となった知名度を活かし、銀河系全体に、三日月連盟に一つでも多くの星々が加わる事を呼びかけるのだろう。オレが食べ終えるのをジッと待っている素振りすらあったイヨだが、皿洗いはテオに任せると、やがて慌ただしく支度をはじめた。

(……………)

 オレも、未だ、作り笑いは顔の端に残したままに準備を開始し、こうして各自の任務に向けてオレたちは分かれ行くのであった。


 それはオレが先ず、初戦で華々しく活躍できた上で、というメンタルの前提で組まれたレーザーサーベルの訓練プログラムであったのだ。訓練室にて、オレの眼前では、サイボーク化がモットーの師匠である宇宙人がデンとは構えていたのだが、少し様子を伺うようにしながら、

「タ、タケル隊員ーー!」

 と、先ずは一喝いれてくる。

「は、はいーーーー!」

 とりあえず、恒例行事のように大声で答えると、

「ま、な、なんだ。……しっかり食べれているかー?! 寝れているのかー?! タケル隊員!!」

 師匠としても、予期せぬ重しを弟子に与えてしまった事が気がかりなのであろう。そこにあるのは労いだった。

(優しさかよ……風邪薬のCMかよ……)

 なんてニヤリとしていれば、

「どうか! と聞いているんだー! タケル隊員!即座に答えろー!」

「うい~っす! 食って寝てま~す!」

 グリバスは、とうとうギョロリとこちらを睨んできたので、オレも答えたが、

「な、ならば結構! 今、お前に一番必要なのはそれなのだからな! くれぐれも無理はしない程度に! き、気分が悪くなったら早く言うんだぞ! タケル隊員! では訓練開始!」

(ツンデレかよ、お師匠さん……)

 やっぱりニヤリとしてしまった。。



 レーザーサーベルは、レーザー銃のレーザーを、その光る刀身でもって受けてたち、跳ねのけるという技術が、一先ず必須であった。訓練開始となれば、グリバスも容赦はない。自らの改造された腕に仕込まれているレーザー銃の光線の出力を、最大限に落とした銃口をこちらに向ける。オレは昔とった杵柄で、構えだけはいっちょ前に、サーベルの柄を両手に握っていた。やがて、BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! BEEEEEEEEEAM! と、光が放たれれば、それらはオレに襲い来るのだ!


「うわっ!」

「ひゃっ!」

 挙句、慌てふためき、オレはバタバタするだけで、とうとう全くよけきれず、それは腹に被弾するのだ!

「う……っぐ……?!」

 今まで味わった事のない強烈な痛みに、オレは思わず顔をしかめて膝をつく!

「どうした! どうしたーー! 敵は待ってくれんぞーーーー!」

 師匠は一度、火が付いたら、もう誰にも止められない。急かすように、オレの周囲に次々にビーム光線を打ち込んでくる。

(みんなの悲鳴が、残ってる……!)

 だが、そう思い切れば、オレは歯を食いしばって立ち上がり、

「……いい目だ!」

 師匠は一度、そんなオレに頷くと、更に容赦なく銃を打ち込んでくるのであった。


 訓練は、小学生の頃に父親から素振りしか習っていない剣の、本格的な剣術指南にまで及び、

「よーし! 今日はここまで!」

 と、普段は何本もの剣を持つ事すら可能な腕を、オレに合わせるために両手もちのみにした剣をしまい、師匠が再び喝と共に訓練をしめる頃、基地の外から差し込む明かりは、既にすっかり真っ赤な夕焼けと化していて、

「ハァハァハァハァハァ!!」

 人生最大の運動量に、オレは大の字となって寝転ぶのだった。


 グリバスが更なる自分の任務へと去っていって尚、オレはしばらく動けずにいたが、ライブで流してきた汗とは、また一味違う感触も悪くないと思えていた。

 自らの腰元にサーベルをおさめ、一介の剣士とすらなったオレがフラフラと通路へでたところ、

「タケル君……」

(…………!)

 その随分懐かしい声を聞いた気がして、思わず振り向けば、多忙に行き交う連盟の隊員たちの中、そこにいたのはやはりシリナであった。だが、裂傷甚だしかった肌の傷はほとんど癒えているにせよ、彼女は電動式の車椅子に乗っていて、その痛々しさは、やはりオレの胸を締め付けずにはいられず、ただ、彼女は、あの日と変わらない笑顔のまま、先ずは、

「タケル君、訓練、ご苦労さまです」

 などと、オレの事を労いながら近づいてきたのだった。


「シリナ……」

 一瞬、深刻な口調で相手の名前を呟いてしまったオレだったが、すぐさまに、

「おーう。ありがとう!」

 と、慌てて明るく答えるようつとめた。と、そこで、尚、穏やかな顔つきのままにこちらを見つめていた、異星の乙女の顔の方が、一瞬、複雑な面持ちをも映し出したのだが、

「タケル君……ちょっとだけ、お話、しませんか?」

 などと、彼女の誘いを断る理由などが何ひとつなかった事は、言うまでもなかった。


 道中も、本人が快方に向かっているという話には一先ず安堵したのだが、いずれ卒業する日が来るとは言え、今も自らが操作している車椅子の精巧さに、またもやシリナの地球人かぶれは深化していて、しきりに技術を褒め上げたりしている様子には、

(ずっと狩りしかしてこなかった人が、すぐに使いこなせてる方が凄いと思うけどね)

 なんて思う心は、多少の穏やかさをもたらしてくれるものだった。


 やがて、オレたちは、広大なジャングルの夕景が眺める事ができる、ロビーの一角に腰かけていて、しばらくは、共に黙ってそんな外を見つめたままにしていたのだが、

「タケル君……空軍に所属されたのですね。……宇宙船の運転、上手だし、私、向いてると思います」

「でしょ~?! 見てよー! このオール革な感じ!」

 やがてシリナが語りかけてくれば、オレは、自らの制服には、後はマフラーに航空帽、航空眼鏡が配給された事などを語り、嘯いていると、ウンウンと聞いてはくれていた異星の乙女であったのだが、

「……けど、戦地で大変な経験をされたと聞いてます……」

 と、一先ずそこで言葉を切ると、

「……大丈夫ですか?」

 続ける語りかけは、惜しげもない心配と慈愛に満ちた視線だったので、すると、オレの心の中の「何か」がざわつけば笑顔は失せ、

「うん…………」

 と、なんとか答えた時には、彼女の顔すらまともに見れないように俯いてしまっていた。


 シリナは、しばらくそんなオレを見つめた後、もう一度、眼前の森林の光景を、常に僅かに光る瞳の中に落とし込んだりしながら、

「……私たちの星では『神と繋がれし者』は、基本、戦いません。彼らは私たち、戦う者の魂を癒し、鼓舞するためにあるからです。それはモル族だろうと、オロニルだろうと同じです」

 と、いつしかのように、自分たちの星の事を教えてくれるのであった。

「……ですから、タケル君が戦にでたって聞いて、私、とても驚いちゃって……」

 彼女は尚も語り続ける。

「此処は、私たちの星でない事も解ります。……ですけど、タケル君は『神に繋がれし者』です。……戦は私たち、戦う者に任せて……」

「……そういうわけにはいかねーんだわ!」

 そして、遮ったのはオレだった。尚も俯く横顔をシリナは、じっと心配げだったが、

「……次は勝ってやらねーとさ! 気がすまねーんだわ! みんな、死んじまった…………!」

 気づけば、オレは自分の膝の上で拳を作っていて、

「あいつら……まじゆるせねー……だから! 0式ウイングの操作も、おれ、もっともっと、絶対上手くなって……!」

「タケル君……」


 シリナは尚、見つめ続け、やがて、肩を震わすようにしはじめた、オレの肩先から背中にソッと手を伸ばすと、

「…………」

 何やらハイデリヤの言葉を囁き、途端に、その優しくさすりはじめた手が、ほのかに光りだしたのだが、

「せっかくできた戦友だったんだよ! 目の前でバッタバッタと殺されていったんだよ……! ゆるせねー! 絶対、あいつらがゆるせねーんだよ!」」

 オレは全然気づかずに、挙句にとうとう唇をかみしめ、俯くのみであった。彼の地の言葉で囁きながら、彼女はオレの言葉にも耳を傾け、相槌を打ち続ける。ただ、

「マグナイの言う通りなんだよ……シリナ、こんな怪我までした時だって、オレはなんにもしなかった……!」

 と、とうとう吐露した感情には、

「タケル君……それは違います」

(……………!?)


 ピシャリと否定した異星の乙女の顔は、振り向けば笑顔で、

(……………?)

 ここに来て、今の今まで色んな意味でしんどかった体の節々が、驚くほどスッキリしている事に気づいたのだ。すると、尚、微笑んだままに、

「タケル君……ギターは、弾いてあげれてますか?」

(……………!)

 彼女の問いかけには、オレ自身、最近の自分の決定的な変化である事に漸く気づいたのだった。ギターは部屋に立てかけられたまま、全く弾かなくなっていた。だが、

「だって……だって……!」

 何やら色んな感情がないまぜに涙まじりとなったオレの背を、未だそっとさすれば、シリナは微笑んで頷くのみで、

(……………!!)


 後の事はよく覚えていない。通路を行き交う隊員たちも驚くほどの大きな声をあげて、悲鳴のように、オレは泣くに泣いていた。車椅子に座るシリナと、その膝に顔をうずめる泣き顔は、まるで、女神にかしづく一介の迷える魂のようで、少し、頬を赤らめては見おろし、いつかのようにそっとその髪すら、シリナは撫でると、

「タケル君……タケル君はタケル君のままでいてくれれば、それでいいんです」

 などと囁いたのは聞き取れたのだが、そんなオレたちの光景を、複雑な顔つきで、黒髪長髪の乙女が遠巻きに見つめていた事には気づかなかったにしろ、悪夢は、その日を境にぷっつりと消え去ったのだった。





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