リフトオフ

 その日、航空眼鏡ごしのコクピットから覗いた、ハッチの向こうの空は、どこまでも突き抜けるような青空で、オレは地球にいた頃すら見た事のなかった自然の営みに、しばらく惚けてしまっていた。ただし、

『基礎中の基礎みたいな任務だ! 訓練の事をしっかり思い出せば、必ずできる!』

 という喝と共に、操縦席の一角に、グリバスの機械と生き物が交じりあった顔が映像で映し出されれば、

「は、はい!」

 オレは思わず我に返っていた。見渡せば、同じように、闇夜に銀の月が浮かぶロゴを機体に両翼をたたえた、緑の同志たちも、次々に出撃準備態勢に入っている。


 流石に自然と喉もゴクリ……と鳴れば、直前の緊張も、多少よぎった。


 オレの腰元には、きままな旅時代に購入したレーザーサーベルがひっさげられていた。

 万が一、戦闘機外で敵と討ちあわねばならない時の護身用であったが、今回は訓練まで間に合わず、グリバスは、この任務の後の訓練は剣術だと言い切った後、

『先ずは、お前が得意とする空中戦に勝ち! 自信をつけろ! だが、油断はするな!』

 とも、言い残した。見た目の怖さ、不気味さに反して、案外、師匠は世話焼きであった。


 やがて、管制からのGOサインの元、次々に発信する自軍の戦闘機の群れの中で、慣れた動作でもある、機器類のスイッチをもカチカチと押すと、

「グリーン4! 行きまーす!」

 オレは青空の果ての宇宙の彼方に、飛び出していくのであった。


 オレに課せられた初任務の作戦は、現在、連盟と連邦が対峙する戦線上にある、小さな植民星の「解放」であり、オレが配属された隊は本隊の援護の部隊となるので、言わばデビュー戦としては、適当、か、もしかしたら随分と生易しいかもしれない任務のはずだった。


 宇宙空間の中を、隊列で飛ぶオレたちはいく。

『頼むぜ。ルーキー!』

 すると我が隊の隊長は、まるでオレの緊張をほどくようにして声をかけてきたのだ。コクピットの一角では、三つの目をもった隊長の姿が、はげますようにこちらを見つめていた。隊長は元々、連邦側の戦闘機乗りだったそうだ。

 三日月連盟は敵軍人を捕虜にする事はあっても、人道的なので、合戦相まみえた後、独裁と恐怖の傘下にいる事に嫌気がさし、連盟側につく軍人も少なくないのだという。続くようにして、共に隊列を組むパイロットたちからも、人種、民族をこえた励ましが、無線で聞こえてきたりしていて、オレがたとえ地球人だったとしても、今は共に戦う仲間であるという、三日月連盟とは、そういう組織であった。


 レーダーが目的地まで間近である事を表示した。眼前の船窓には小さな太陽と惑星が二つしかない星系がひろがっている。悠然と、隊長が、

『……全0式、報告しろ』

 と、促せば、

『グリーン10、スタンバイ』

『グリーン7、スタンバイ』

『グリーン3、スタンバイ』

『グリーン6、スタンバイ』

『グリーン9、スタンバイ』

『グリーン2、スタンバイ』

『グリーン1、スタンバイ』

 次々に隊員たちは反応し、

「グ、グリーン4、スタンバイ!」

 最後、オレがなんとかしめると、

『全機、フォイルを攻撃形態にロックしろ。防御シールドを張れ』

 隊長の口調はどこまでも静寂だったが、間もなくして、レーダーは、連邦軍の青い機体の群れが接近中である事を告げる!


 一人が、

『連邦軍、三十機をレーダーで確認! 七分で射程距離に入ります!』

 と、報告すれば、

『敵は同等! タイマンじゃねーか。くー。蹴散らした後の酒がうまそうだぜ!』

 お調子者の誰かが返した。

『無駄口は慎め、グリーン2。では総員速やかに戦闘準備! 行くぞ、みんな!』

 隊長が言い終える頃には、敵機の群れはレーダーに頼る事なく、目視で捉える距離にある!

『おでましだ』

 そして指揮官の一声が合図であるかのように、オレたちは正面からぶつかり、レーザービームにて交戦しあうのであった!

『グリーン・リーダー、こちらシルバー・リーダー』

(………………!)

 正にオレたちが激しい撃ち合う最中! 別動隊からは無線が入る!

『聞こえるぞ、シルバー・リーダー』

『我々は目標の星の解放へ向かう』

 宇宙戦の最中! 白兵部隊の隊員の移送船も含んだ隊の隊長からの報告に、

『了解。領宙の敵の攻撃は我々がひきつける』


 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!! 

 交戦しながらも、互いのリーダーはどこまでも冷静だ! 際に、レーダーには、緩やか且、迅速に星へと向かう隊の群れが表示!

 それを追わんとする機を確認すれば、

「うおおおおおおおおおおおお!」

 雄叫びと共に、オレは操縦棹を傾けては近づき、

(目標をセンターに入れてスイッチ!)

 と、素早くボタンを連打するのだ!!


 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 DOOOOOOOOOOOOOON…………!! 

 突き刺したレーザービームが相手に当たれば、憎き青と、白地に黄金の太陽のロゴをはった機体は木っ端みじんだ!!

「うへへ……!」

 オレは、今や、どす黒い快感にすら囚われているようだった。

『グリーン4! 先走るな!』

 とは、隊長のおとがめであったが、

「あ~い」

 最早オレは今まで感じた事のない興奮に、聞く耳すら持たずに旋回し、更に敵機の群れへと突っ込んでいく!

『グリーン4! 敵機BB29の性能を侮るな!』

 他の隊員すらなにやらうるさいが、知ったことか!


 

 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 DOOOOOOOOOOOOOON…………!! 

 長年にわたり苦渋と共に鍛えてきた宇宙飛行士の我がスキルは、無駄ではなかったのだ! 青い者たちのビーム攻撃を、ギリギリなところでかわしながらの反撃は、相手を仕留めゆくではないか!


『あの突っ走り坊主の援護にいくぜ』

『了解、グリーン3』

 などというやりとりが聞こえた時には、

(……いいって~! 大丈夫って~!)

 オレは今また敵機の繰り出すビームの隙間をギリギリのところでかわしつつも、襲いかかる瞬間であったりしたのだが、

『やられた!』

『脱出しろ!』

『持ちこたえてやる!』

『いいから! 脱出しろ!』

 なぞというやりとりも交差していて、戦況は一進一退のようだ。と、今にも味方機の後方に敵が迫るのを目視すれば、

「一機、張り付いてますよ!」

『ああ! ぴったりついてきやがる! 振り切れないんだ!』

 オレは叫び、今や、仲間を助けるためなら、

「こちらグリーン4! オレがやってやりますよ!」

 迷わず、素早く操縦棹とギアを機敏に操作し、弧をえがいては、宇宙の中にて火花散る最中!



 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 BEEEEEEEEEAM!!

 DOOOOOOOOOOOOOON…………!! 

 オレの火砲がビームを吹けば、先輩隊員に及ぼうとしていた魔の手は消え去る! そして、

『助かったぜ! ルーキー!』

 などと褒められれば、「へへっ」とばかりに悪い気はしないものだったが、

『後ろを見ろ! グリーン4! お前の0式ウイング、煙をあげてるじゃないか!』

「えっ……」

 指摘に振り返りつつ、モニターで確認してみれば、深刻なダメージを告げる表示すらでている始末ではないか!

「ええっ……いつのまに……」

 ただ、この時のオレは、今まで味わった事のない渦中にいたのだ。この興奮をもっと、もっと味わいたくてしょうがなくなっていた。素早く応急処置をAIに命じると、

「こんなんそれほどでもないっす! やってやりますよ! オレは!」

 更に、操縦棹を握り直して、戦地へと突入!

『無茶な飛び方しやがって!』

 なんて声も聞こえたが無視してやった。


『グリーン6、グリーン5が見えるか? グリーン5、どこにいる?!』

『グリーン・リーダー、こちらシルバー・リーダー。我々も制圧を開始する』

『了解、シルバー・リーダー。こちらは任せろ』

 いよいよ状況は混沌の極みも呈してきたが、オレたちが善戦し続けている最中、いよいよ、本隊は星にいる連邦との戦いをはじめ、我が隊の隊長は、まるでオレの心の代弁者のようであった。



 BEEEEEEEEEAM!! BEEEEEEEEEAM!!  BEEEEEEEEEAM!! 

 BEEEEEEEEEAM!! BEEEEEEEEEAM!! BEEEEEEEEEAM!!  DOOOOOOOOOOOOOON…………!!


 オレたちと、そして敵も負けじとレーザービームで応酬しあう時が怒涛に経過していく! と、次第にこちらが優勢になりかけた頃合だったかもしれない。

(……連邦、余裕~)

 正直、ゾクゾクしながらも、オレのアドレナリンは軽い躁状態のように無敵な気分となっていた、その時、

『各隊員……シグナルをキャッチした。……船が二隻だ』

(えっ……?)

 一人の隊員が不穏な声音で報告をあげたが、オレが自分の機内で確認しようとすると、先ほどの損傷でどこかイカれたようなのだ。

「さーせーん。自分、スコープ、バカになってるぽいっす~」

『スキャンを見ろ。来てるぞ!』

 すっかり間延びした声には、先輩隊員がアドバイスをくれ、

『……グリーン隊、こちらグリーン・リーダー。マーク6・1に集まれ。フォーメーションだ』

 元連邦軍人の隊長の口調は、どこか深刻な様子である。

『こちらグリーン9、そちらへ向かいます』

(へいへい……)

 次々に、隊長の告げた地点へ皆が集まっていこうとする最中、オレも操縦棹を操り、皆の後へと続こうとしていた、その時の事であった。


『速力をあげた……なに……で、でかい……!? まさか……! ポイント3・5に来るぞ!』

 誰かが唸るように呟いた、瞬間! 目の前に突如現れたのは、舳先に黄金の太陽のシンボルを冠した、巨大な二隻の宇宙戦艦だったのだ!!


(え……?)

 シリナやイヨとの、気ままな旅暮らしの宇宙空間の中でも、見た事なかった戦艦のでかさに、オレも仰天していると、

『な、なんだと?! これはヤマトに……ムサシじゃないか!』

『こんな前線の果てに繰り出してきたというのか!?』

『ば、ばかな…………虎の子のはずだろ?!』

 先輩隊員たちをも思いもよらぬ出来事に狼狽しきっているようだ。と、途端に、甲板に取り付けられた砲台を軸に、その他の砲をも、こちらを一斉に振り向くと、夥しい数のビーム砲撃を以て襲いかかってきたのだ!

『さ、散開ーーーー! 散開ーーーー!』

 隊長が指示をだそうとした瞬間!


『うわあああ!』

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOON! 

 無線ごしに聞こえる断末魔と共に、今日、出会ったばかりのオレに良くしてくれた隊長は、古巣の毒牙にかかり、目の前で木っ端みじんとなった!


『グリーンリーダー! ああああああ!』

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOON! 

 隊長を失った瞬間、それを気遣う隙もなく、圧倒的な攻撃を前に次々に同胞は散る!

(…………!)

 オレは、ここにきて、その攻撃をギリギリのところでよけているのが奇跡であるほど、操縦棹を握りしめる手は震えはじめていた。


『緊急! 緊急! シルバー・リーダー! シルバー・リーダー! 真上に…………!』

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOON! 

 地表に向かった部隊に連絡をする隙も与えぬほど、その巨大な宇宙戦艦の攻撃力は圧倒的だ!


 空母も兼ねている戦艦二隻は容赦なく、今度は新たなる連邦戦闘機BB29の群れを更に放ち、敵側の増援すら膨らむ一方ではないか!

『ま、まずい! 数が多い!』

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!


 それは、小さな星の解放という細やかな任務のはずだったのだ。予期せぬ圧倒的な大敵を前にして、はるかに数の乏しい我らグリーン隊は混乱を極め、散り散りに敗れいく!


『うわあああああああああああぁぁぁ』

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!

『ぎゃあああああ!』

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!


 まるであっけなく狩られ、今日できたばかりの戦友たちは阿鼻叫喚と共に果てていく!

(ハァハァハァハァ…………)

 迫りくるレーザービームの猛攻撃を前に、寸前で辛うじてよけ続けるオレは、息遣いすら荒くしていた!

『て、撤退だー! 撤退ー!』

『速やかにワープしろ!』

『グリーン4! 早く! うわあああ!』

 DOOOOOOOOOOOOOOOOOON!


(ハァハァハァハァ…………)

(死にたくない…………!)

 今や、涙目にそんな事しか考えられなくなっていたオレは、なんとか、ブルブルとする手でもってワープのボタンを押そうとした、その瞬間、

「……タケル。宇宙とは、光と闇の調和なのです……」

 謎の声がオレの心の中に聞こえ、その確かな存在感に、

(……誰?!)

 とも思えたが、かぶりをふるようにすると、今のオレにはそこから逃げ出したい、その一心だったのだ。


 帰投後、すっかり消沈したオレはもぬけの殻のようになっていて、パイロットシートから、立ち上がる事すら出来ずにいたのは言うまでもない。

「しっかりしないか! タケル隊員!」

 新たな弟子の帰りをそわそわとして待ってたグリバスが、やがて乗り込んでくれば、オレの肩を機械仕掛けの腕でしっかとにぎり鼓舞するようにしてみせたが、デビュー戦にしてはあまりに内容が濃すぎる結果となってしまった状況に、やがて、師としても、顔面に残った有機体部分のトカゲのような目を細め、黙ってじっと見つめるのみでいるしかなかった。


 なんとか機外に這い出てみると結晶卿の姿すらある。その顔もまたとても複雑な顔つきをしていて、

「初戦で、大変な思いをさせてしまったね。すまなかったね……私たちも目下、『一人でも隊員が欲しい』というのも本音でね。その欲の空回りだったかもしれない。どうだい? 後方支援、というのもあるが……」

「……もう少し、やってみます……」

 提案には、オレは顔面蒼白なままに絞りだすように答えていた。


 息も絶え絶えにするようにして、なんとか自室の自動ドアを開ければ、

「タケル……っ!」

「…………!」

 帰りを待ちに待っていたイヨが立ち上がると、オレは、迷い犬が飼い主を見つけたかのような駆け出し、抱きついていて、思わず反り返りながらも、彼女は、その背にそっと手を置き、震えるオレをまるで包み込むようにすると、夜はそのまま、彼女の胸の中、尚、小刻みし続けるオレの体を温めるように、撫で続けていたのだ。


 そんなある日、シリナは目覚めた。見舞う同族の者から、オレが軍属になったという話を聞けば、途端に顔色を変え、

「あの人を戦場に連れ出してはなりません!」

 と、尚、安静が必要な体であるというのに、横たわるベットから無理やりに起き上がろうとしたそうだ。







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