新隊員
専用の溶液で満タンとなった医療カプセルの中には、人工呼吸器を装着したシリナが眠るようにしている。周囲に取り付けられた計器類の数々が本人の重傷度を物語り、医療スタッフ、AIやロボットたちが頻繁に覗き込んでは、立ち去るのを繰り返していた。今や、阿鼻叫喚と化しているといっていい医療室の一角で、オレとイヨ、結晶卿は暫くそんな彼女の事を見つめた後、一先ず其処を後にしようとしていた。
「話がある……」
そんなオレたちを呼び止め、スタッフたちが遮るのも聞かず、包帯だらけのままに直ぐ近くのベットから立ち上がった大男はマグナイで、オレたちは部屋をでたすぐの通路にて、互いの顔を突き合わすようにしたのであった。
周囲を忙し気に行き交う隊員たちに、励ます素振りを見せながら、先ず口を開いたのは結晶卿で、
「シリナ姫は、艦船を、中から打ち崩す白兵部隊の隊長を買ってでてくれてね。ハイデリヤ星の中でも草原の主と言われるモル族の、その族長の姫だ。頼もしい限りと、此方の方こそ、お願いしたくらいなのだが……まさか、ここまで手酷くやられるとは……」
そして、彼女の痛々しい姿を思い出す様にしては、苦悶にも似た顔を浮かべていると、
「船にいたは、ドタール族の者たちであった……!」
話の続きを語るかのように、当時の戦況を忌々しげに語り出すはマグナイであった。聞けば、ドタール族とは、モル族、オロニル族にひけをとらない実力を持つ部族ではあるらしいのだが、
「姫が余輩らを鼓舞し、先陣をきる姿たるや、まさに神話にでてくる戦の女神そのものであったわ! 余輩らは果敢に戦った! だが……ドタール族のやつらめ、草原の民としての誇りも忘れたか……!」
(…………)
その語りを聞きながら、ふと、オレは、気ままに星々を巡っていたあの頃、方々で対敵した宇宙人、宇宙生物たちに突撃していった彼女の、勇ましくも可憐であった勇姿を思い出していくのであった。
「当初は、姫の弓と魔法のみでも、襲いくるドタールどもと対はるほどであったのだ! だが、多勢に無勢であった……。万能なモルに、余輩らオロニル族の怪力の技をもってしても、次第に圧されていく事となったのだ……!」
そして、彼は言い切った後、
「だが……彼奴等の、あの、途方もない『力』はなんだったのだ?」
と、呟くのであった。
聞けば、連邦の宇宙戦艦の中でマグナイが見たドタール族の連中は、まるで何かに取り憑かれたかのような表情をしていて、筋肉は血管が異常に浮き出ているほどこわばり、ハイデリヤにいた頃のように互いの意思すら通じず、彼らの超能力(どうやら彼らはそれを『魔法』と呼んでいるようだ)が、星にいた時とは比較にもならないほどの強烈な力となっていたとの事であった。じっと聞いていた結晶卿は、
「きっと、人体兵器、だね……」
と、答え、
「特にヒミコ総裁が熱心であった、とも聞いている」
顎のクリスタルをさすりながら続けると、ここでも暴かれた元カノの悪行に、イヨが、一瞬、眉をひそめるのであった。
「人体兵器だと?!」
そしてマグナイは驚き、
「なんと……! 地球人め……! 余輩ら民族をどこまでも侮辱しよって……!」
その憎々し気な視線がオレとイヨを睨みつけるのは至極当然の事であろう。
「…………」
「…………っ!」
その憎悪に光る瞳を前に、オレとイヨはうつむき、相手の顔はまともに見れないでいた。だが、
「……マグナイ酋長」
と、猛り狂う大男に静かに語りかけるは結晶卿で、
「イヨ殿もタケル君も、最早、我々の仲間なのだよ? 君も、イヨ殿が、全領土へ向けて、自由と民主主義を宣言したのは見ていただろう? その後だって、懸命に、私たちと取り組んでくれているじゃないか」
「ふん……確かに、その女は使えるな」
卿の語りに、マグナイの表情は、選別でもするかのようにイヨを見た後、
「なら、このわっぱはどうするつもりだ? 戦がはじまったというのに、女に守ってもらってばっかりではないか。……情けない男だ。『神に繋がれし者』らしいが、オロニルに生まれていれば、お前なぞ、とうに命もないぞ」
「…………」
マグナイの語りかけには、オレはぐうの音も出ず、尚、俯いたままでいるしかなかったのだが、
「…………っ! ちょっとっ!!」
その言葉に一天にわかに語気荒め、大男に詰めよろうとしたのはイヨであったりもした。だが、無言で諌めたのはやはり結晶卿で、ただ、ゆっくりとオレの方を振り向けば、
「……タケル君。君にとっては晴天の霹靂だろう。別に誰も、君もイヨ殿のようにやれなどと思っているわけではないよ。……ただ、君が答えを導ける時間はそこまでかけられないかもしれない。このような状態になった以上、私たちも余裕はなくなっていく一方だからね」
と、語りかけるのであった。
気づけば皆の視線がオレに集まっているような中、オレは、ふと、この戦争をすぐ終わらすといって出ていったシリナの笑顔を思い出していた。
(……………)
何も言ってやれなかったオレの表情の両手を包むようにしてくれた、女子特有の、あのひんやりとした手の平のきめ細やかさの感触も、未だに手に取るように再現できる思い出だ。
(……………)
オレは、あの時、彼女に何て言うべきだったのだろう。何て言わなきゃいけなかったのだろう。
何故、何も言えなかったのだろう。
戦争はとっくにはじまっているのだ。そしてシリナもイヨも既に戦いをはじめている。また、つい、先刻のマグナイの言葉がオレの心の中を突き刺していたのも事実であった。こんなオレの為に身を粉にして、実際、力尽きた女の子が目の前にいるというのに、オレは未だに何に怯えているのだろう。マグナイの言う通りだ。本当に情けない。もう、オレは、後戻りできないところまできているのではないか。それに古来から国家元首を守り抜いてきた勇猛なDNAだって、オレの中にも息づいてるはずなのだ。
「…………!」
一度、大きく息を吸い込み、天井を仰ぎ見た。それから、
(今のオレには何が出来るかわかんねーけど!)
そんな事をよぎらせながら、
「……オレも、戦うっす……!」
と、とうとう皆を見回して宣言していたのだ。その表情はどこかが吹っ切れていて、瞳には、先祖代々培ってきた、強い意思をも宿しているようだった。
此処に、新たなる三日月連盟の戦闘隊員が誕生した。
イヨは心配げな眼差しを此方に向け、
「タケル……」
と、だけ呟いたが、
「……踏み切ったね。重い決心だ。改めて、君を三日月連盟として歓迎するよ」
結晶卿は静かに語りかけてくれた。そして、マグナイは、
「ふんっ!」
と、鼻で笑うような素振りこそ見せたものの、
「戦とは、枯葉のわっぱが務まるものでは毛頭ないぞ……だが、勇気は目覚めたか。今からでも遅くはない。せいぜい鍛錬を重ね、戦線では、少しでも余輩らを驚かしてでもしてみせろ……余輩は、一度、部屋に戻る」
言い残し、背を向けようとしていた体は、既に民族特有の自浄作用で傷口をも塞がりはじめ、包帯すら要らなくなりつつある肉体をしていたのであった。
「……マグナイ!」
そんな彼を呼び止めたのはオレだった。大男がゆっくり振り向くと、オレは、ふと、今の今まで、彼がオレに言う「わっぱ」呼ばわりが気になっていたので、素朴な疑問をぶつけたのだ。お互い体格も遥かに違う異星人同士とは言え、なんとなく自分と彼は同い年くらいでないかと思っていたのだが、質問を聞き終えた異星の大男は、大笑いした後に、
「せいぜい百たらずしか生きられぬお前たちと余輩たちを一緒にするな。草原の民はゆうに五百は生きるわ」
と言ってのけたのだ。ハイデリヤ人の新たなる真相にオレが驚いていると、
「姫ですら、お主よりはるかに年長の者なのだぞ? そもそもが違うのだ。覚えておけ。まぁ、余輩もお主をタケルと呼ぼう。……では、次は戦場だ。防人の戦いぶり、期待してやる」
そうして語り終えた大きな背中は、束の間の休息のために自室へと戻っていくのであった。
リーダー的存在である結晶卿の意向なのだろうが、要するに、同志の寄り合いでしかない故に、正式な敬礼すら存在しない三日月連盟だが、オレが「入隊」するという報告に教育係を買って出たのは、皆からは団長などと呼ばれている、なんと、以前、何本もの腕に持ったレーザーサーベルでオレに襲いかかってこようとしたサイボーク男で、名をグリバスと言った。
『タケル隊員! 今日もガンガンいくぞーゴラァ!』
既にほとんど機械化されている声がコックピット内で響くと、耳はキンキンとするというものだ。
「は、は~い! よろしくおねしゃ~す!」
訓練用の機体の中にて、オレは、操縦棹を握り、圧倒されつつ答える。実戦さながらであるように、オレが今、着込んでいるのは、配給された茶色い革製の飛行服の胸元には黒地に銀の月の紋様が象られ、首元には白いマフラーを巻き、革の航空帽には、かぶれば目全体が覆われる航空眼鏡すら頭部に装着されている状態だった。
『なんだー! その気の抜けた返事はー! やり直しだー!』
未だ、暗闇の画面のままの一角には、顔全体を機械の装甲で覆い、トカゲのような眼の周囲だけを残した上司の姿が映り込んでは、一喝してきて、
「おい~っす! グリバス団長ー!! よろしくおねしゃーーーーす!!」
今日も、最早、恒例になりつつあったやりとりからはじまり、オレは言い直すように思いっきり腹の底から叫ぶのだ。
『よーし! 今日もガンガンだー! ゴラァ!』
やがて専門のスタッフたちが話を代わり、目の前の画面には、太陽系連邦の宇宙戦艦や、軍用機のデーターが映し出され、講義ははじまる。とりあえず、難しい事はさておき、デザインは、我らが軍用機のカラーリングが緑色系なのに対し、連邦は青で統一されているそうなので、ロゴも黒地に銀の月と白地に黄金の太陽だ。打ち間違えるという事はないだろう。
『……考えるな! 感じろ! 実戦訓練開始!』
グリバスの一言により、目の前のモニター画面が更に切り替わると、デジタル表示された、連邦の軍用機が次々にオレへと襲って来た! すると打点をナビする表示が入るので、後はタイミングよく、ひたすら操縦棹の先についたボタンを連打するのだ!
『目標をセンターにいれてスイッチ!』
団長の一声と全く同じタイミングで、ボタンを連打すれば、画面上に繰り出されたレーザービームは、青い機体を撃墜! 爆発のプログラムと共に、『筋はいい!』と褒められれば、思わずニヤリとすらしてしまうものだ。
まるで、なにかのゲームだ。元々、宇宙飛行士だったとは言え、オレは想像以上に軍用機乗りに向いているようである。
思わぬ自己発見に、オレは高揚すらしていった。こんな事で人が死ぬなんて事は、この時、全然考えていなかったのだ。
「……目標をセンターにいれて~……スイッチっ」
操縦棹を握り、ギアを切り替えては相手の背後に回り込んではロックオンし、
「……目標をセンターにいれて~……スイッチっ」
絶妙なタイミングで、襲い来るビームの隙間をよけ、殲滅させた。
「……目標をセンターにいれて~……スイッチ~」
上司の言葉を上機嫌な鼻歌まじりに呟く頃には、
『ううむ……!』
どうやら管制室にいるグリバスは、新隊員の想像以上の出来に唸る様が聞こえ、お調子者のオレが、更に高揚しないわけがなかった。
こうして、才能をむきだしにするままにむきだしにしたオレの事を、戦争が放っておくはずもなかった。オレはバーチャル空間での訓練もそこそこに、実戦に配属される事となったのだ。いよいよ、その前夜、同居人の黒髪の乙女が、眉を八の字にして心配げな視線を送る中、すっかり愛着すらもつようになった、マフラー付きのパイロット乗りの格好のままに、オレの気分は今まで味わった事のない興奮すら伴って、上機嫌ですらいた。
戦争独特の空気には、まだ気づけないでいた。
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