存在に耐えられない重さ
太陽系連邦の徹底的な侵略政策に抗う、言わば急先鋒の存在の三日月連盟という組織の知名度は、イヨが存命である、という事が周知されていくにつれ、やがて銀河中に知れ渡っていく最中であった。
地球人が銀河系中にまき散らそうとしていた侵略の歴史は、これまでない様相を呈してきていた。無論、経済解放特別星系などで、現地の搾取に余念がなかった面々などは太陽系連邦支持を即座に表明していったものだが、表向きは連邦に従属しながらも、三日月連盟に秘密裏で融資をしていた植民星系在住の有力者たちは、軒並み三日月連盟につくことをネット上で宣言したり、かつて連邦に屈した星々の中には、もう一度反旗を翻し、抵抗組織の士気をも上がり、それらは現地の連邦軍及びハンターが抑え込もうにも、手こずる事態も生じ始めた。
それは三日月連盟の活動範囲がひろがったという事も意味していたのだが、それでも尚、太陽系連邦の勢力範囲には及ばず、天下統一に向け、勢力を二分した状態、と呼ぶには、まだ遠い状況だった。
やがて、総裁代行臨時政府は、国民の締め付けを行うかのように、関係者の中から「皇帝」を選出する事を宣言する。そして現れた、全てを金で覆った十二単調の衣服に、太陽が更に誇張された王冠をも頭にかぶった初代皇帝の女は、名をスイコと言い、隣には同じように黄金の狩衣をまとい烏帽子をかぶった、旦那である、よれよれの老人の皇配ビダツまで立ち並んでいたのだ。立体映像の中に映る豊満な体形の美魔女と皺だらけの男は、宮殿前で、恐怖政治故に送られるヤマトポリスの人々の喝采を見下し、口の端に讃えた笑みが歪んでいて、二人共にそれがとても醜くかった。
「うそ……。この人、わたしのお付きにいた人だわ……! こいつは、あの時の大臣……!」
「なんて事だ……! 世襲を宣言するなんて……! 逆行も甚だしい事を……!」
(…………)
この星に連行されてきた時と同じ大広間で、オレは、イヨやシリナ、結晶卿たちと共に、太陽系連邦の新たなプロパガンダのホログラムを共に見ていたところ、イヨが総裁時代の何かを思い出しては、身震いすると、結晶卿は、悔し気にしていた。
ただただ、オレは、目の前で次々に起こっていく事が信じられない日々だった。そして、連邦史上初の女性皇帝スイコが、
『三日月連盟の不届き者たちを、地獄の底まで突き落とせ!』
と、叫べば、シュプレヒコールのように、ビダツと国民たちが「突き落とせ」と絶叫し、映像は終わったのだ。
(…………)
最早苦笑しかでてこない。あの異様な熱気は、ヤマトポリスにいた頃に見たヒミコ以上の狂気と化していた。相変わらずの不快さながらも、故郷の風景の一部であった天照宮殿の雰囲気自体、まるで更に禍々しく、オレの祖国は、もう、何処にもなかった。
「タケル君……大丈夫、ですか?」
そんなオレを気遣うようにシリナが声をかけたのだが、
「え~……まあまあ~?」
頭をかくようにして、尚、苦笑交じりに、異星の乙女に答えようとしているオレは、今日も両手に花の立ち位置で、気を配ってくれていたのは、決して彼女だけでなかった事は言うまでもない。
今度は背中をバーンと叩かれ、
「ほーらーっ! 猫背! しゃきっとしなさいっ! リュウさんだって、結晶卿たちが探してくれてるんだからっ!」
(……ってぇな! もう!)
振り向けば、自らの家族の死をも乗り越えて、総裁としての勤めも立派にはたしている黒髪の少女が、腰に手をやって堂々としているのだ。尚、無言で呪わしく、そいつの事は見てはやったが、確かに、イヨの姿勢は大いに見習わないといけないのかもしれない。
ビューン…………!
ビューン…………!
そして今日も、基地からは次々と、黒地に三日月のロゴを入れた軍用機が宇宙へと飛び立ち、
「…………」
オレは一人、それらを部屋の中からジッと見上げる事しかできないでいた。
同居人であるイヨは、今頃も、最後の総裁である知名度でもって、この広い宇宙へ向けて呼びかけてみたり、来たる日に備えてレーザー銃の訓練などにも打ち込んで、帰宅は遅くなるはずだ。組織内には当初こそ、反発や抵抗もあったが、彼女の存在は、三日月連盟の象徴的な存在となりはじめていた。
「…………」
所詮は単なる苦労知らずの坊ちゃまという事なのだろうか。オレ一人が、まるで何一つできないでいたのだ。尚、軍用機でざわつく青空から逃げるように項垂れると、
「坊チャマ……」
テオのドローンがBOOOOM……と周囲を飛びながら、そんな主の事を一つ目に見つめる。と、そこへ部屋に来訪者を告げるブザーが鳴れば、モニター越しに映るのはシリナの姿であったのだ。
「…………」
自動ドアを開けると、彼女は、いつしかにオレが購入した赤いモンゴルの民族衣装に身を包み、背には弓と矢を装備している。
此処にも平時ではない事を物語る、何かが、オレへ向けての回答を差し迫ってくるかのようであった。シリナもそんなオレの表情に何かを感じたのだろう。
「戦、ですから。これが私たちの通例なんです。けど、タケル君が、私に買ってくれた、これを着て戦いにいけるなんて、私、とても嬉しいんです!」
「…………」
こちらを見上げ、健気に語りかける異星の乙女の瞳に、オレは複雑な表情のままに黙って見つめる事しかできないでいたのだが、
「タケル君……そんな顔しないで……」
語りかけながら、ただただ、彼女は、心配げにジッとこちらを見つめていて、
「ふん。モル族の。やはり、ここか……出陣だぞ」
と、大きな影と共に現れたのはマグナイで、オレに一度一瞥した後は、事実を淡々と述べるのみであった。
「解りました。……タケル君!」
そして彼女は、大男に頷いた後、オレの両手をギュッと包むように握ると、
「大丈夫! すぐ、終わらしてきますから! …………いってきます!」
「…………」
明るく言い切り、今や、颯爽と戦場へと向かう弓使いの後ろ姿は遠のいていったのだが、尚、オレは、何も言えず、窓の外では、未だひっきりなしに戦線へと向かう軍用機は、次々にまだまだ宇宙へと向かっていくのであった。
すっかりスタンバイの喧噪も静まった闇夜の中、じっと窓の外の密林なんて眺めていると、やがて自動ドアは開かれ、
「なによー。あんた、今日もずっと部屋にいたのー?」
AIに部屋の照明を促しながら、イヨが帰宅した。そして肩にかかる黒髪をかきあげると、オレの事を眺めては、ひとつ溜息をつき、やがてガチャガチャと音を立て、
「よっと」
自らの得物である、レーザー銃の引き金ものぞくベルトを、ゴトッとテーブルに置くと、先ずは汗を流すために浴槽へと向かい、彼女がバスタオルと共に戻ってきて尚、オレは窓越しに外を見たまま、無言で佇んでいると、
「テオ~」
今や、すっかり親しくなった、我が一族に代々使える人工知能を呼んだ。
「ハイ、イヨ御嬢様」
BOOOOM……という音と共に、ドローンは彼女の周りを回ったが、
「……こいつ、今日はどうしてたの~」
「ソレガ……」
人工知能は、相変わらず、飯も喉を通すのも億劫にしている自らの主人の事を、イヨに告げると、
「も~うっ! リュウさんたちならきっとダイジョブよ~っ! こうなりゃ仕方ないでしょ~っ?! あっ! ほんとだっ! せっかく、わたしが作ってやったのにっ!」
冷蔵庫の中をあければ、今度は自分の手作りの料理に、ほとんど手がついてないのを確めたりし、
「も~う……! 今日という今日は!」
やがて、何かを決意した同居人は、レンジにそれらを押し込むと、AIに、あたためを命じてみせたのだった。
テーブルの上には熱々の料理が並べられていた。まるで猫背に座ったまんま、オレがそれらをジッと見つめていると、
「はいっ! あんたは先ずはお腹いっぱい食べるっ! ………見ててあげるから……っ」
(……………)
真向いに座ったイヨが催促されるがまま、おずおずとオレは左手に箸を持つと、茶わんをかかえた。それは口に含んだ途端、エネルギー飲料では到底味わえない、豊潤な味が徐々に体の中を流れていき、気づけば箸をもつ手は止まらなくなっていったのだ。当初こそ険しい顔でこちらを見ていたイヨだったが、そんなオレの姿の変わり様には、だんだんと表情は緩めていき、
「ごちそっ、さん……」
腹が膨れれば、確かに気持ちも明るくなったような気がして、ゲップと共に謝意も込め呟くと、イヨは、テオやダイニングに設置されたロボットたちに食器洗いを命じつつ、自分の髪の毛先を眺めていたところで、
「……いつだったか、少し髪梳いたことあったのよね~。『あの人』ったら、『また、いちだんとかわいらしい』とか言ってくれちゃって……ずっと裸んぼされてたけどさ……懐かしいなあ」
オレが想像もできない性奴隷の日々の事を、いつものようにしれっと語ってくるではないか。
(……………)
勢いであったとは言え自分が一度は抱いた事もある女が、目の前でかつての恋人(?)の思い出を語るというのは、オレにとって複雑な感情をおぼえさせ、それは明らかにヒミコに対する嫉妬にも似た感覚である事は間違いなかった。ましてや、栄養がいきわたった事で、気持ちの余裕も覚えると、
「あのさ……お前さん、よく『あの人』、『あの人』言うけどさ…………。今だって、その変態野郎のツケを代わりに支払わされてるとも言えんじゃねーの? ……よく、できるね。そんな事……!」
口調は、つい、皮肉めいて、ついには目も合わせられず口すらとんがってしまったであろうか。イヨは毛先を指先にのせたままに、目もパチクリと、こちらを眺めていたのだが、
「……あのね~。総裁やるって、ほんっと、大変なのよ~?」
一度溜息すらつくと、経験者として、まるで諭すように語りはじめ、
「こうなりゃ、戦うしかないじゃないっ! トヨのためにも……家族のためにも……!」
と、続けると、立ち上がり、テーブル越しにこちらにゆっくりと近づけば、
「あと、そんな言い方はやーめーてっ。せめて、ヒ、ミ、コ、さ、んっ! OK?」
途端に繰り出されたデコピンは、すっかりいじけるように猫背となっていた、オレの姿勢を戻すにはもってこいだったのだが、元カノに対する冒涜なのに、口調は随分と穏やかであったりしたのだった。そして、なんだか、妙に甘酸っぱい雰囲気すら二人の間には醸し出されていたであろうか。
BEEEEEEEEEEE!! という音と共に、イヨが腕に巻いている通信端末が鳴り響いたのである。すぐさま、彼女がボタンを押せば、結晶卿の佇む姿が映しだされ、クリスタルに覆われた人体部分の表情を厳しくしていて、こちらを眺めているではないか。
「……二人とも」
そうして卿から語られる戦況にオレとイヨが目を見開いて驚いていると、部屋の窓の外では、兵士を積んだ傷だらけの移送船が、空から落ちるようにして、次々に帰還していくところであったのだ。
(…………!)
「あ、タケル!!」
イヨの声を背に、最早、待ってられぬとオレは久々に部屋を飛び出すと、かつて、この基地まで連行された際に最初に眺めた光景である、広大な係留所に向けて駆け出していて、到着した時には、怒号と喧噪の中、救護班の隊員たちが次々に戦傷兵をカプセル状のタンカーにのせていっているところであり、丁度、オレが目にしたものと言えば、到着した船の一隻の中から、血だらけに傷だらけとなったマグナイが自らの斧を杖変わりに、その肩には、ズタボロとなって果てたシリナを肩をかついで、辛うじて這い出てくるところであったのだ。
やがてオレの姿をギロリと睨みつけた大男は、
「邪魔だ! この臆病者の地球のわっぱが!」
と言い放った後、
「モルの姫は、余輩らが草原の主の一族らしく立派に戦った! それも全てはお前のためだ! そして、お前はあの部屋にこもるだけで……!! 姫のためにいったい何を成した?!」
(……………!!)
ガツ―ン! と斧をも地に叩きつけ、マグナイは尚もオレを睨み、激しい一喝は迫力のみならず、オレの心の中に突き刺さってくるのであった。
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