月は誰の空の上にも等しく

 結晶卿なる者と共に、オレ、イヨ、シリナが歩く通路内で、中途、気さくに行き交う人々と挨拶を交わす彼の姿は、皆からの信頼関係が厚い事を伺わせた。シリナはともかく、オレとイヨに対する厳しい視線が集まる中、やがて自動ドアが開かれた一室の内部は、コンピューター画面の設備などは壁面中に張り巡らされ、応接等に使用するのであろうテーブルといくつかの椅子以外は、生活に使うはずの日用品らしい類や、寝室らしきものもほとんど皆無で、組織を導く者の一人の住居としては、質素というより空虚ですらあった。

「とりあえず、そこでくつろいでくれたまえ」

 そして結晶卿はダイニングキッチンに向かうと、やかんで湯を沸かしはじめ、ドリッパーにペーパーまで準備すると、コーヒーの粉など放りながら、オレたちに腰かける事を薦めた。


(…………)

 随分と地球の習慣に手慣れているようだ。オレとイヨと、そして、今や地球のあらゆる事に関心のある異星の姫であるシリナが、興味深げにその光景を眺めていると、コポコポとした音の後には、香り深い湯気が室内に漂いはじめ、

「……私の、昔からのこだわりの豆なんだ」

 顔面のほとんどを結晶が覆っているが、表情が辛うじて残っているおかげで、彼の顔がこちらを見て微笑んでいるのが解るのだった。しかし、世の中、いろいろな宇宙人がいるものである。まるで彼は人間と鉱物が合わせ混ざったような個性だ。こんなタイプの宇宙人に出会った事もないオレたち三人は、彼の動作、一つ、一つを不思議そうに眺めるほかなかった。


「さて……」

 やがて、結晶卿は、三つのコーヒーカップをトレイにのせると、こちらへ近づいてきたのである。そして、一人ひとりの前に、湯気立つそれを置くと、

「砂糖とミルクは必要かい?」

 なぞと聞いてはくるのだが、オレは、

(……自分の分は?)

 と、素朴な疑問を視線で彼に投げかけてみせ、すると察した本人は、

「こんな体だからね」

 一度、おどけてるふうにしてみせた後、

「……必要ないんだ。飲み物や、食べ物とかね」

(…………!)

 オレたちは、やはりはじめて遭遇するタイプに驚いてしまい、やがておずおずと、初めての飲み物を口に含んだシリナが、

「苦っ…………! いんですね……」

 と、尚更、びっくりしていた。


 そして、不思議な結晶の存在も着席すれば、

「さて……」

 先ずはオレたちの乗ってきた船についての質問で、

(…………)

 イヨまで堂々と名乗ったのだ。いい加減、オレも男らしくしなければなるまい。意を決すると、オレは自分の家族が皇宮警察隊の人間である事をとうとう打ち明けるのだった。すると、返ってきた言葉は、

「皇宮警察隊かあ……! これまた、随分と懐かしいなあ……!」

 という意外なもので、

(…………?!)

 三者三様に驚くようにしていると、結晶卿は、こちらをじっと見返しながら、

「君たちも素性を明かしてくれたんだ。私も言わねばなるまいね」

 などと、前置きをすると、

「私も地球人だよ。……だった、と言った方が正確かもしれないがね」

「…………!!」

 その言葉に、オレたち三人が更に驚いてしまったのは言うまでもない事だった。


「君たちは、アンドロメダ星雲計画を知っているだろう? あ、シリナ姫……」

 更に結晶卿は、シリナにも解りやすいふうに簡単な説明をした後、

「なんせ銀河系から、更に二百五十万光年という途方もない距離だ。更なる領土拡大と言っても、其処こそが懸案事項だった。ただ、歴代の総裁の中でも、やるといったら絶対にきかない総裁と言えば、君らも誰かわかるだろう?」

 問いかけに、オレ達は三者三様に表情を変える。全てを見回すと、

「そう。ヒミコ総裁は、未だ開発過程のワープ機能の人体実験に踏み込んだ。私は、当時、連邦軍の、単なる職員に過ぎなかったのだが……無作為に選ばれたとは言え、拒否権はない事も当然の事だった」

(…………)


 ここにもまたヒミコが引き起こした悲劇があった。一際に顔色を変えていたのはイヨでもある中、オレたちは彼の事を複雑な表情で見つめていたが、やがて、結晶卿は、思い出を噛みしめるかのような口調で、

「……結論から言って、実験は失敗さ。ただ、私は単なるしがない公務員だ。秘密裏で行われた実験は、そのまま握りつぶされた。遺った家族は、適当な理由をつけられて宮殿から帰されたそうだよ。彼らの中では、私は既に死亡した事になって、それからかなりの時間も経ってしまった」

(…………)

 オレは、目の前のテーブルの、湯気立つコーヒーカップを眺めながら、ふと、オヤジの事を思い出していた。警察と軍は別組織だ。せめてこの事には、関与していてもらいたくないなどと心底思っていると、

「知れば知るほど……! ほんっとに……悪い子だなあ……『あの人』は……っ!」

 隣でポツリと呟いたのはイヨで、

「だめねっ! 好きにばっかさせてあげるんじゃなかったっ! ……いつかあったら…………もっと、ちゃんと怒ってあげないと……!」

(…………)

 誰よりもヒミコと特殊な関係にあった男勝りの性格は、眉間も険しく、その口は真一文字に事実と向き合っていたのだが、

「……ただ、私はこうして戻ってこれた。いや、戻された、と言った方がいいのかもしれない」

 結晶卿は、そんな現総裁の様子をなだめるようにすらすると、自らの不思議な体験を語りだすのであった。


 強行された、未だかつてない超光速空間の中で、運転していた試作機の船も大破し、彼はその中に投げ出された。試験用の装備も服装も次々に消滅していく中、最早これまでと悟った時、彼の目の前の世界は、全く未知の領域が広がったのだという。

「嗚呼、ここが天国か、とも思ったがね」

 おどけるふうに付け加えた彼が目にしたものとは、ただただ、どこまでも、穏やかな光の中に包まれた空間で、そして、眼前には、巨大に煌めくクリスタルが存在していたのだそうだ。

「……そして、それは私に語りかけてきた」

 それは、それまでテレパシー経験のない彼の初めての体験で、手始めにはじまった事と言えば、この宇宙という世界における「バランス」についての講義であったのだという。曰く、全ての星の光が煌めく分、闇が目立つように、宇宙とは、全て、光と闇の「調和」で保たれているのだそうだ。


(…………)

 例えば、思慮深いシリナなら、こういった哲学的は話も先ずは理解しようと努める事もあるかもしれないが、ちょっと、オレには、追っつかなくなりそうな予感も感じはじめた矢先、結晶卿は、オレの表情に笑みを送ると、

「……そうだね。あの存在がなんだったのか、今でも私ですら理解できていないでいるよ。まるで、『宇宙の代弁』であるかのようにも聞こえたが……どちらにしろ、『大いなる意思』と呼べる、何か、だろう。……解りやすく言うと、太陽系連邦の、私たち、地球人が、銀河で行っている事は、闇である事ばかりを増やしていて、このままでは『バランス』が崩れる。つまりは宇宙の存在も危うくさせる、と言う事なのさ」

(…………!)

 そしてあまりの大スケールに驚けば、

「尚もクリスタルは言ったよ。再び、銀河に光と闇の均衡を取り戻すため、ある魂たちを遣わそうと。後は、皆が、何を見極め、何を成すか、私は此処から見ていよう、とね。そして、私には『帰りなさい。』という一言と共に、目を開くと、何処かも解らない宇宙空間に漂っていた。この体となってね」

(…………!)

 宇宙空間でも生きていける種とは、確か銀河系内でも非常に限られているはずだ。もはや、目の前にいる彼は、確かに人間ではなくなってしまったのかもしれない。


「……ましてや、こんな能力まで身についてしまった」

 言いながら結晶卿は、今度は、三人の中で一番先に飲み終えたオレのコーヒーカップに向けて、手をかざすようにすると、それはいとも容易く、無重力状態であるかのように宙に浮くのであった。他にも、人の感情の声を聞く事ができたり、果てには、時に、過去世(?!)まで見る事ができる超能力を手に入れ、かつては見えなかったものまで日常的に見えるようになった現在、彼の世界観はガラリと変わってしまったのだそうだ。


「……だから、私が地球人であったと言っても誰も信じてくれないんだ。風体も風体だしね」

(そーりゃ、そうだろ……)

 コーヒーカップを静かに元に戻しながら、彼は話し続け、オレは心の中で突っ込んでいた。

 旅の道中、オレたちがで出会ってきた宇宙人のほとんどは、地球人によって無力化されていて、超能力と言えばシリナの雄姿くらいである。何度見ても、不可思議な力だ。そして、ふと、結晶卿は、オレとイヨの事をじっと見つめ、

「イヨ総裁、貴方はかつて……そして、タケル君、君は………いや。君たちは君たちだ。君たちの人生をいけばいい」

 と、何かを言いかけ、やめるのだった。


 やがて、結晶卿は、特に、ここ百年以上続いたヒミコの治世により、太陽系連邦の領土は最大に拡大したのは事実だが、とかく広くなりすぎた事について語りはじめ、

「……未だに、総裁がヒミコ殿だと思っている星系も、あるかもしれないね」

 などと、一呼吸置いた後、

「太陽系連邦というのはね、本来、民主的な共和制をめざしていたはずなんだ」

 と、元関係者らしい一言も付け加えるのであった。


 そして、そんな遥か彼方の戦線からはじまり、少しずつではあるが、連邦から民衆に解放した領域を拡げているのが、結晶卿たち率いるレジスタンス、三日月連盟であり、オレのみならず、ヒミコから総裁の座を引き継いだイヨすらも、その存在を知らされていなかった事に関しては、

「これだけの国土だ。とっくに情報網はあちこちで破綻しているし……面子に取りつかれた一部の者たちが、都合の悪い話を途中で握りつぶす事など、独裁の国家にはよくある事だよ」

 と、推測すると、

「……ただ、私に限って言えば、連邦を滅ぼしてしまおうとも思っていないんだ……まるで討ち滅ぼすような事をしてしまえば、それは更なる闇を生んでしまうようなものだよ。それではヒミコ総裁のしてきた事となにも変わらない」

 などとも、どこまでも思慮深く、

「私は、大事な事は、光と闇、どちらも存在していて、それぞれが共に織りなす『調和』である事と思う。だから、今や、誰が言い出しかは定かではなににしろ、『三日月連盟』という呼称は、私自身も気にいっているんだ。正に、夜空に浮かぶ月の大きさの変容は、光と闇が織りなすハーモニーだからね」

 今度はそう言って、手元に置いてあった自らの杖を手にすると、その先端を目を細めるようにして眺めていたのだ。


 彼が率いる組織は、元々、名称らしい名称もなく、結晶卿自体もそれで構わずにいたそうだ。ただ、連邦との戦いを続ける最中、彼に、自分の母星に受け継がれてきた武器であるその杖を託し、散った者がいた。徒手空拳であるよりも、超能力を強力にするその杖の先端のシンボルは三日月に似ていて、数の差異こそあれど、多くの民族が夜に見上げた故郷の三日月を思い出すと、いつしか、それは組織の名として根付いていったのだという。

「私も、元は人間だしね。思い悩む時はあるのさ。そんな時は、この杖を見て、『彼女』を思い出し、また自分を奮い立たせているんだ」

(……………)

 そう語り、杖をじっと見つめる彼の視線には、想い人であったのだろうという事を伺わせた。










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