導かれるように
森と泉に覆われた原始の世界の星の空を、まるで似つかわしくない宇宙船の連隊が通過していこうとしている。その中には、運転の主導権を奪われたオレたち三人の船が連行されている最中であった。
「……なんなんだ、こいつら」
「…………」
オレは総裁ならば何か知らないかと、後ろを振り向いてみたが、イヨは、顔も険しいままに、ゆっくりと首をかしげて答えるのみだった。
今にも巨大な山間の谷間を抜けるかのようにすると、その山の一角は、やがて、ゴゴゴゴゴゴ……などと、おごそかな程の音を立て、緩やかに入口を開けていくではないか。なんと内部は山にカモフラージュされた、セキュリティーに敷き詰められた秘密基地であったのだ。
船内に、幾人かの多種多様な宇宙人が銃口を向けつつ侵入してくると、彼らは先ず、シリナの姿に表情を変えた後、イヨの顔には、いよいよ驚きの眼差しを向けたりしていたが、どのみち、オレの事などまるでなかったようにしつつも、オレとイヨが腰に引っ提げていたレーザーサーベルとレーザー銃は、無論、取り上げられ、オレたちは、あの時の「王国」のように連行される事となってしまい、
「坊チャマノ危険ヲ感知……」
テオは誰にも気づかれないように、僅かな灯を灯すと起動を開始したのであった。
(…………)
無論、未だ、レジスタンスとは知らないオレは、見慣れない施設を見渡しながら、胃が痛くなるしかなかった。
天然の資源の中は見事にくりぬかれ、連邦の国旗の表記ではなく、黒地に銀色の三日月のような形は、まるで闇夜の中に浮かぶ月であるかのようなロゴ表記を船体に映した軍用機が、ずらりと整然として、巨大な格納庫の中に並んでいるのである。
(……やばい。賊か、テロリストかも……)
どのみち似たようなものであったが、実は太陽系連邦のやり方に物申している連中がいるのだ、という事は、ハンター稼業をはじめてからの、これまでの旅の中途、見聞きし、それはこの旅をしてみなければ知り得なかった事実であろう。ただ、今も目の前で行き交う様々な異星人の規模も含め、ここまでの組織力が展開されているのを目の当たりにするのは、はじめての事だった。
(……どのみち、やばい)
共に行くシリナは、凛として前を向き、その首輪を外していて、反撃できるチャンスを今か、今かと伺っている様子である。一方の総裁ですら表情としては何も変わらない中、オレだけが、これから起こる事をあれこれ考え、びびり、更に胃を痛くするしかなかった。
通路上では、
「地球人だ……地球人だぞ……!」
「え、あれ、イヨなんじゃねーか……?」
なんて声がすれ違いざまに聞こえれば、
(…………やばい……絶対に……これは、やばい…………)
どのみち、ただ事ではすまない事態が着々と近づいている事を感じつつ、オレは、ゴクリ……と唾をのみこむ事しかできないのは当然だろう。
やがてオレたちは、モニター画面となっている壁面には、今在る星の星系内の映像や、その他様々な情報を、随時、モニター画面で映しだしたりしている大広間のような一室に通された。室内には、その部屋の制御を担当しているオペレーターたちが各自着席している姿なども含め、実に多種多様な異星人たちが集合し、その視線は一斉にオレたちに向けられ、それは決して友好的とは程遠い眼差しである事は言うまでもなかった。
「地球人だ……地球人だぞ……!」
ここまで来る間にも浴びせられた呟きがまたもや聞こえてきたが、
「イヨ………?!」
「総裁………!?」
という彼らの中のやり取りに、最早、オレは白目を向いてこの場で倒れ込み、現実逃避でも決め込みたくなるような心境であった、と、その時!
「どちらでもよいわ! この腐れ地球人どもが! 我ら種族の恨み! 思い知れーーーーー!!」
異星の人々の中から、体中を機械化したサイボークの男が飛び出すと、その何本もの腕には既にレーザーサーベルをいくつも握っていて、今やオレたちに向かって襲いかかってくるではないか!!
「ウィりりィいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
際に、雄叫びで返すと共に、シリナは特殊合金で出来た両腕の拘束を難なく引きちぎり、光り輝くサーベルの中へと真正面から突進!
あわや開戦! とされたその時!
「そこまでだ!」
という男の一声に、後日、自らをサイボーグ化する事を風習としている異星種族であると知る者が、ピタリと立ち止まり、全ての切っ先を見事に切り抜けた上、相手の顔面に正拳をくらわす寸前の構えで、シリナが自らを抑えた。やがて集う人々が道を譲るようにする中を、ゆっくりとした歩調で歩いてきたのは、漆黒の長いローブで頭まで覆い、その体のほとんどは、まるで何か鈍く輝くクリスタルに覆われたかのようにした、銀色の先端には三日月の形のデザインをした杖を持った、一人の男で、
「……団長。あくまで客人だ。手荒な真似はよそう」
と、先ほどの一喝が嘘のような穏やかな声になると、サイボーグの同志の顔を見上げ、
「ふ、ふんっ! 結晶卿は相変わらず、ぬるい!!」
自分から仕掛けておきながら、圧倒的なシリナの攻撃力の前に、今にも屈する寸前であった事にも罰わるげに、男はぶつぶつと自らの機械化された腕たちをしまうと、人々の中へと戻っていくのであった。
「…………」
結晶卿と呼ばれた男は、そんな彼を穏やかな笑みで見送るようにした後に、オレたちの方に振り返ると、
「……単なる一般の船なら、見逃す手もあったのだけどね……」
と、前置きした後、
「あの船が、太陽系連邦の中でも、天照宮殿の関係者でなければ扱えないパーツを使用しているとなれば、話は違うというものなんだ」
(……あ~。テオか~)
変わらずに毅然と相手を見返す女子諸君は置いておいて、すっかり根性の決まらないオレが、思わずガクンと項垂れてしまったという事は言うまでもないだろう。
「聞こう。君たちは何者だい? どこから来た? そして、どこへ向かう」
(え……まじで……)
未だに温厚な語り口ながら、その口調にはこちらに逃げ場を与えない迫力も感じる。だが、シリナはともかくとして、オレとイヨの素性などばれてしまえば、この場が修羅場となる事は必至であろう。オレがその本質的な質問には狼狽えるのみであった、その時、
「姫さま……?」
「姫さまじゃ……!」
「おお……! モル族の姫……!?」
「モル族だと……?」
またもや、新たな呟きと共に、多種多様な集まりの中からわらわらと前に出てきた集団は、なんと、老若男女、シリナと同じように、両耳変わりの角を髪から生やし、鱗の尻尾を漂わせては、かつて彼女が言ったように、地球の太古のモンゴルの人々が着用していたデザインとそっくりな民族衣装を着込んだ人々で、
「姫姉さまーーーーーー!!」
「まぁ……! あなたたち……!」
中でも、子供たちは、その心を抑える事も我慢できぬと、シリナの元に駆けつけて飛びつけば、大変に驚いていたシリナの表情は途端にほころび、全ての子らを出迎えるように両手を広げると、思わぬ民族同士の再会は歓喜の渦となって、広間には聞き慣れぬ彼らの言語すら飛び交うほどであった。
一先ず、落ち着きを取り戻すと、
「姫さま……よくご無事で……」
「皆こそ、よく無事で……!」
彼らのやりとりはすっかり地球語(日本語)が馴染んでいた様子だったが、喜びあいながらも、シリナが常に誰かを探すようにしている素振りに気づいた一人が、やがて彼女に近づくと、
「我らが巫女、テムルン様でございますが……」
と、彼女の祖母の死を残念そうに聞かすのであった。途端にシリナの顔が絶句すると、
「なんでも、永久に果てまで氷しかないという星へ連れていかれ、道理に合わない労働を強いられたそうです。巫女様は、我らが一族らしく、気丈に、そして温厚に、地球人からの無理強いに耐えましたが、いくら我ら民族の体力が年をとって尚、強固と言えど、老体には、さぞかし堪えたのでありましょう……」
「……わかりました。我らが大巫女が、草原の良き風となった事を、皆で祈りましょう」
その者は髭の中の口もくやしげに説明を続けると、民もうなだれたが、シリナは、気丈に、そして優しく彼らを諭そうとした、その時であった。
「おい、祈りは後にしろ。モル族の。お前が連れている、その目ざわりな者たちはなんだ?」
武骨な声でそれを遮ったのは、大きな斧を背に担いだ大男の、別のハイデリヤ人で、厳しい表情のままであるにしろ、旅の仲間の思わぬ再会劇を前に、口元の端には穏やかな笑みを作っていたイヨと、
(やばいやばいやばいやばいやばいやばい……)
としか、相変わらず考えられていなかったオレの事を、ギロリと睨みつけているではないか!
「…………」
シリナが、相手を真正面から見上げるふうにすると、
「モル族の巫女の事は、草原の隣人として、余輩らオロニル族からも哀悼の風の意を表明しよう。だが、余輩らの一族が宿敵とした者は、大地を裂いてでも、これに必ずの制裁をくわえる事、姫もわかっておろう」
男は、淡々とした口ぶりであったが、やがて視線はシリナ全体を見、
「……また、隣人として、言わせてもらうが。姫たる者が、なんだ、その格好は?」
今度は、シリナのグレー色の肌を包む、地球の女子の格好の、オレが彼女の体の特徴に合わせるように、レーザーで尻尾が飛び出るように合わせたスカートなどが気にいらない様子で、
「……我らが草原の主である一族たる姫が、卑劣で下賤な民族の真似事など、余輩ら、オロニルは断じて認めぬ!」
男の口調は、実は、ものすごい怒気を含んでいたのだ!
(やばいやばいやばいやばいやばいやばい……)
もう、オレは何かがちぢみこまりそうで、実際そうであった中、シリナは毅然と相手を見返し、
「それ以上の無礼な発言は、モル族を従える者として、この私が許しませんっ!」
と、言って返すや否や、先ずはオレの方を指し、
「この方はタケルさん! 私の恩人です!」
(えええ……?! オレ?!)
「そして、この方は……!」
オレが驚く間もなく、勢いもそのままにイヨの事をも紹介しようとしていたのだが、そこで迷いが生じ、言葉の続かぬ間ができたのだった。
「……いいのよ。シリナ」
「…………」
解りあう女心というものだろうか。ソッと黒髪の乙女が静かに語りかければ、シリナは悔し気に振り向いたのだが、そしてイヨは、自ら一歩踏み出すようにすると、
「そうっ! わたしが太陽系連邦、現総裁、イヨよっ!」
(ええええええ……)
この状況下で、よくも、まぁ言い切れるもんだと振り向いた横顔は、シリナに負けず劣らずの毅然とした視線で、ハイデリヤの男を見返していた。
静寂は一瞬の後、
「イヨ……」
「イヨだと……?!」
「ほう……」
徐々に周囲の雰囲気は騒然としはじめると、ハイデリヤの男たちの屈強な筋肉の集まりの一部など、既に自らが帯びる武器に触れている者すらあった。
「なんで! こんなところに!!」
「この独裁者!」
「直ちに処刑だ!」
周囲は更に騒ぎ、とうとう死刑論も飛び交えば、やがて、イヨは、ただただ、甘んじて全てを受け入れるように俯いてしまい、
「今こそ、我が民族の……!」
「団長! 皆…………!」
先刻のサイボーグ人間が、またもや手にした圧倒的な数のサーベルで以て襲いかからんとすれば、黒髪の少女自らの公表を、静観し、何かを確かめるようにその姿を眺めていた結晶卿が声を上げる間もなく、
「ウィりりィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
(…………?!)
シリナが、今まで聞いた事もない程の大きさで、相手の戦意を喪失させる効果もある民族特有の雄叫びを上げるや否や、銀河一の戦闘民族の、その中でも主たる一族の一喝に、場にいた全ての民族が固まったのは言わずもがなであった。
「…………おやめなさい!」
そしてシリナは言い直すようにすると、じっとイヨを見つめたあとに、皆をも見回して、
「この人は、いい人なのです……!」
と、現在、銀河系全体に及ぼうとしている、太陽系連邦が引き起こした様々な弊害は、ヒミコが主に引き起こしたものであり、イヨはそれを是正しようとしているのだ。などと、とうとうと語ってみせたのだが、やがて一人の異星人が、
「………連邦の総裁が何を変えようと、国の形など変わるものか! 現にお前たち地球人は、未だこうしておれたちの差別を続けてるじゃないか!」
と、話を遮れば、やはり、皆は勝手に騒ぎ立てはじめる始末で、案の定、イヨと、そしてオレへの厳しい視線などは、何も変わることは無かったのだが、今度は手にした杖をカツ―――ンと床に打ち付けると、結晶卿が皆を注目させ、
「皆! 忘れていないか! 私たちの合言葉とはなんだ?!」
などと、問いかけたのだ。
「……自由への解放。そして未来に目を向けて、共に」
「……そうだね。私たちが共に向かおうとしている、その未来には、様々な可能性があるはずだ。其処には、この少女が存在していても、なにもおかしい事などないんじゃなかろうか! 私たちの戦いとはあくまで自由への解放であるはずだ! 自由とは、何も制約がない! 違うかい?!」
どうやら、人々は、この組織のスローガンを口ずさんだ様子である。そして結晶卿が熱弁をふるえば、相変わらず、語尾は穏やかなれど威厳は勇ましく、とうとう皆を黙らしてしまったのだ。
「今回の件は、この私が全ての責任を持とう。皆、足労に感謝する! 各自、任務に戻ってくれたまえ!」
そして彼は言い切り、人だかりは解散していったのだが、
「相変わらず……卿は、ぬるい!」
などと言わせるままに許している、この組織は、随分と風通しが良さそうだった。
結晶卿は、側にいた者らに命じるとオレたちの拘束を解き、
「……本当は皆、声など荒げたくはないんだ。許してあげてほしい」
そう静かに、オレたち三人に微笑みかけてきた。
(…………)
とりあえずホッとはしてみたものの、改めて目の前にいる男の姿は、奇妙であった。ゆったりとしたローブからのぞく、体のほとんどを覆っているかのようなクリスタルの部分以外の僅かな肌や顔面は、オレやイヨと似た雰囲気もあったが、
「私の部屋で話そう。コーヒーでいいかい? 姫はお飲みになられますか?」
なぞと、地球の習慣を知っているようなら驚くというものだ。
こうして、太陽系連邦の帝国主義を終わらし、銀河に再びの平和を取り戻そうとしているレジスタンス、三日月連盟に、オレたちは何かに導かれるようにして出会い、そしてそれは何かがはじまる予感を醸し出していた。
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