No music No life!!
オレは、太古のフォークシンガーのように、時に時代の世相を見事に切り抜く、社会派のシンガーソングライターなんてのを目指していたはずだった。だが、水星にいた頃、追われ、追われる極貧暮らしと、束の間のライブ活動の間の中、気づけば、今、オレが操縦中の宇宙船内の後部座席で、昼寝なんてかましやがっている、ふてぶてしい新総裁に、時代が変わっている事にすら追いついていなかったようだ。
(……そりゃ、新曲もできねぇはずだわ……)
思わずぼやきたくなった。相変わらず、オヤジからの連絡はない。
「シリナ、改めて謝らせて……。ごめんなさいっ!」
「イヨさん……」
一通りの「経済開放特別星系」巡りの旅を終わらせ、自分の事までも強烈なカミングアウトと共に暴露したイヨは、その日、一先ず、自分の総裁としての至らなさを、シリナに深く謝罪したりしていた。もしかしたらこれをきっかけにして、我らが大帝国は、何かが変わるのかもしれない。
ただ、そうして完全に開き直ったイヨは、時に、何も知らないシリナの顔が真っ赤になるのもお構いなしに、ヒミコとの思い出を語ったりしたものだった。
天照宮殿の女官になるという事は、労働以外に、未成年には一般教養の授業のシステムが無料で提供されている事はオレもよく知っている。イヨが女官を志望したのも、タダで勉強もできる環境を手に入れ、親に苦労をかけたくなかったからだったそうだ。因みに女官時代のイヨの学業の成績はトップクラスだったらしく、ヒミコの性奴隷とされ、裸同然が義務づけられた毎日の中では、専用のAIがイヨの勉強をみていたそうなのだが、
「『あの人』ったら、どんどん、わたしにいれこんじゃったからさ~……プププ……っ! わたしの肌、『AIにも見せたくない! 自分が勉強はみてやる!』とか言い出しちゃってさ~……!」
「ひぇぇぇ……!」
イヨが、まるで愛おしい思い出のようにすらして遠い目をし、語るのを、顔を手で覆い聞くシリナは、その顔が真っ赤になりすぎ、そのうち木の枝からでも落ちてくるんじゃないかと思えるほどであった。
(……いやいやいや。だから、そういうのを百合やらビアンって言うんだろうが……)
操縦棹を握りつつ、聞き流しながら、オレは本人が強く否定した謎を、もう一度問いただしくもなったりしたが、めんどくさそうでもあったから黙っている事にした。
「けどさー、そんな『あの人』の一言で総裁にまでされちゃったわけだけど。わたしは、ヒミコ様の重荷をほどいてあげたいって、ただそれだけ、思って、そばにいただけなのよ? なかなか勤まるもんじゃないのよー」
気さくな総裁は、すっかりあっけらかんとまでしている。
「……大変なお仕事でしょうね。私たちの部族はとても小さいものでしたが、それでも、皆の話を聞いてあげたり、他の部族との話し合いだったり、祖母も大変そうでした」
表向きはイヨの威厳が原因で自分たちの星を追われた身であるというのに、シリナはすっかり同情までしている始末ではないか。
(…………)
そんな女子トークを横目で見つつ、とりあえずオレは宇宙空間の中を突き進むのであった。そして、ここで明かされた真実とは、このアルバイトはとんでもない超VIPのドライバーであったという事だ。ただ、現状目下、影武者が活躍していると思えば、皆が振り向く事はあっても、まさか太陽系連邦の現役総裁が、場末の星々を巡り巡っているなんて誰も思うまい。
金に困れば「植民星」の一つに赴き、
「ウィりりィいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
今日も、巨大な宇宙怪獣に、勇猛果敢にシリナが突撃し、イヨは、長い髪を舞うようにさせて、レーザー銃をBEEEEEEEAM!! と発射し、援護する。
かくいうオレは、腰には、父と同じようにレーザーサーベルを引っ提げてはみたものの、現場は勇敢な女性陣に任せて、星々の求人情報をネットで検索しては、普通に日雇いの仕事を繰り返す係と化していた。自前の宇宙船である事を活かしてのおしぼり配達であったり、工場内のロボット操作や、時にイベントの客寄せ係などいろいろやった。
シリナ&イヨコンビに比べれば、大した稼ぎにもならないが、びびりのオレなりに編み出した、これは、このあてなき旅のオレの処世術であったのだ。無論、短期の仕事となれば、その場限りの人間関係である事が当たり前である。老若男女、名前も知らない人々と、沈黙したままの休憩時間の日々が続いた。
それは、ある植民星系のローカル局の衛星放送局のキャンペーンという事で行われたイベントでの事だった。時代は進み、ロボットやAIが行う仕事が圧倒的に多くなったにせよ、街を行き交う人々を振り向かせる客寄せなどは、人間がやる事が好ましいとされている。オレは太古からほとんど形が変わっていないといわれる、拡声器を用いて、口からでまかせに営業していたのであった。ふと、休憩時間に、スタッフ専用のブースで憩っていると、何かのはずみで話も弾んだ同僚たちは、皆、同じバンドを組んでいるバンドメンバーという事だった。
「けど、俺ら、パンクだから、髪型もこんなんだし、こんなバイトしかありつけないんだよねー。ま、先ずは面接で門前払いよ」
相手は、自分のモヒカンや、金髪に染色したロン毛を指さしながら話し続けると、ほんとそれなと言わんばかりに、他のメンバーも同意していく。
「やー。バーチャルアクセスじゃなくて、ライブにこだわってる人、いてくれて嬉しいよー!」
とりあえず、オレは、ジャンルこそ違えど、同じ志を持つ者との、思わぬ僻地での出会いに喜んでいた。やがて、本格的に親しくなっていくなか、では、自分たちがよく演っているライブハウスで演奏してみないか、とまで誘われると、
「やー。オレ、集客ないよ? 系内でもやばかったし」
などとは言ってみたものの、既に、血の中の何かがたぎりはじめていたのは言うまでもなかったのだ。
それは問題ない。むしろ、近々開催予定の自分たち主催のライブイベントの演者に、ちょうど、空きがでてしまっていて困っていたのだ。是非とも頼みたい。とまで言われれば、
(…………!)
オレの中の何かは、更にたぎってしまうものであった。ライブイベントというのも様々にあるものだが、こうしたバンド主催のイベントというのは、共演者も圧倒的にバンドばかりであったりするのが常である。ましてやパンクロック主体の中に、単身、アコギのみをもって乗り込むというのは、自分のフィールドに如何に持っていくかという点において、あらゆる意味でやりがいがあるというものなのだ。ましてや、ホームであった地球や水星を遥か離れた、アウェイである植民星でのライブデビューである。
「じゃあ、是非!」
かくして、オレは快諾し、音楽が繋げてくれた縁にすら感謝した。
ブラックな日雇いならよくある事だが、労働時間の解放はかなりの夜更けで、オレは、月光る夜空の下、宿の前に止めてある駐船場に入っていくと、宇宙船内から自分のギターと、楽曲データーの入った端末を取り出した。
(…………)
考えてみれば、この旅をはじめて、徒労にまみれるだけのうんざりする日常とはおさらばできたが、以前に比べて、楽器の触る頻度は極端に減った気がする。なんだか自分の事でも取り戻すかのような気分で部屋に入っていくと、既に、自動ドアの向こうでは、すっかり宇宙生物ハンターコンビが板についたシリナ&イヨコンビが、互いのベットの上に腰かけて、何やら女子トークで花を咲かせている。と、オレの入室に気づいたイヨが先ずは振り向き、
「あー。あんたのベッド、今日ないからー。そこのソファーで寝てよねーっ。って、おや?」
そういえば、イヨは、宇宙船内で、自らが座る後部座席の隣にあるケースしか見た事ないはずだ。はじめて見る中身に、一瞬、表情を変えた。
「わあ、タケル君、なんか弾いてくれるんですか?」
シリナの瞳は、途端に光沢が更に照かったであろうか。
「おー。ソファーねー。ちょうどいいわ。いろいろ、チェックしときたい事もあるし」
オレは二人に向け笑み、横切ると、備え付けられたソファの上に腰かけ、目の前のテーブルには端末を置けば、作動させた。すると、自分の演奏しているホログラムであったり、録音物であったり、歌詞やコードのメモであったりが、次々と浮かび上がり展開されていくのである。
「あ……これにすっか……や。これ久々に演るのもいいかもな」
ブツブツとオレが呟き、いよいよギターの音まで鳴らしはじめると、そんな姿をじっと見ていた女性陣であったが、
「……ねぇ。その歌って、あんたの自作ー?」
「あー。まーねー」
先ずはイヨの問いには、まるで生返事で答えたが、
「……やさしい、綺麗な声……」
「……えへへ~……どーも!」
シリナが素直な感想を述べてくれれば、誉めて伸びるオレがそれに喜ばないわけがなかった。そして、尚、こちらの作業を、興味津々であるかのように眺めつづける我が女性メンバーたちに、今日の労働で思わぬ展開があった事を語れば、
「……ふーん」
「わあ! 素敵です! 良かったですね! タケル君! ……ところで、ライブハウスというお店は、どんなところなのですか?」
いまいち薄い反応のイヨに対し、シリナはどこまでも素直に喜んでくれたりしたものだった。
「ま。よかったらさ。スケジュール空いてるなら来てよ。サクラでも、いるいないで、モチベって違うし……」
オレはシリナに、箱とはどんな場所かを説明しながら、今、この旅の一行で一番の収入源を担っているコンビにお願いなんてしてみた。ただ、オレたちは、何の目的があるわけではない、風むくままの風来坊の一行だ。
「ええ! 絶対いきます! そんなに沢山の『神に繋がる者』の方々が一挙に演奏されるお店まであるなんてっ! やっぱり、地球の方々はすごいですっ! ねっ、そうしましょ? イヨさんっ!」
「……まー。いいけどー」
はしゃぐくらいに喜んでくれているシリナに対し、いつもの快活はどこへやら、イヨの反応はいまいち薄かったりするのであった。
「……よっしゃ! サンキュっ!」
ただ、とっくに自分の世界に入り込んでいたオレは、別段、それに気にするわけでもなく、やがてジャラーンと音を鳴らせば、セットリストに組み入れようと決めた自作の曲の一曲を、その場で朗々と歌いあげてみせたりして、
「わあっ! ほんと、ほんっと! 素敵です! タケル君!」
「……ふ~ん。ま、ま、いいじゃない……」
瞳をキラキラさせ、パチパチと拍手するシリナの隣では、つられるような拍手で感想を述べるイヨの頬が、かずかに赤くなっている事なんて、全然オレは気づかなかった。
(やっぱ、これだ…………!)
オレは、シリナやイヨのように、宇宙生物や宇宙人に立ち向かう勇気はないけれど、ステージなら、惜しみなく自分を発揮できるという事を噛みしめていた。
かくして、植民星ライブデビューが決まり、ネットを開けば、当日のライブフライヤーの演奏者の中には、オレのアー写が書き加えられていたりしていて、オレとシリナは喜び合い、イヨが、おずおずと後から続くような数日を過ごせば、本番の日はあっと言う間に訪れるのであった。
リハーサルがあるので一先ず先に宿部屋をでる時、
「がんばってくださいねっ!」
「シリナ……」
(ほんと、いいやつ、お前さん……)
シリナは両の手をグ―にして、胸元に掲げ、オレの方を真っ直ぐに見上げて応援をくれているので、噛みしめていると、
「ま、まぁ、いいせんいってんだから、しっかりやりなさいよっ!」
(…………?)
オレは、そっぽをむきつつのイヨの意味不明な言葉の噛み具合に、首をかしげたくもなったが、
「……まぁいいや。じゃあ、オープンしたら、よろしく!」
言い残すと、自動ドアの外へと繰り出すのであった。
紙媒体のフライヤーがベタベタと貼られた地下に向かう階段を降りていくと、重いドアがあり、開けば、箱特有の匂いが鼻孔をくすぐった。最早、すっかり気の合う仲間のようになった主催バンドのメンバーたちと挨拶をかわし、その後の顔合わせともなれば、案の定、オレ以外は、皆、ゴリゴリのロックバンドばかりで、思わずニヤリとすらしてしまった。
リハーサル中、対バンには、メンバーのドラムに八つも手足のある宇宙人が叩く、異次元的超絶ドラムソロなんてのも見る事ができて、
(……ずりぃ~!)
なんて思う事もあったりしたが、そういう時こそ、更に、オレは、ワクワクしてしまうというものだった。
オープンを迎えた。まぁまぁ、場末の箱にありがちなライブイベントは、客席のほとんどが出演者兼お客さんであったりするのは、どこの星であろうと共通であるようだ。やがて、ゆるいSEがかかる中、
「タケル君!」
(おおう……!)
名を呼ぶ声に振り向けば、ジャラ……と首輪の音すらしつつも、ブラウスにプリッツスカートを履いたシリナが先ずは声をかけてきて、暗い照明ながら、化粧すら施された美人っぷりに感嘆をあげる間もなかったのだが、すぐその背後には、シニヨンに髪を編んでいるせいで、黒いドレスの背中が、随分とひらけているのが目立ってしまうものを着込んだ、足元はハイヒールに、まるで大人っぽさの演出半端ない化粧でまとめた、イヨが控えていたりすれば、
(おおう……?!)
「な、なによ……」
驚きはそちらに集中せざるをえなかったが、実際、イヨ自体もかなりの勢いで照れているもようであった。
当然、会場の視線もちらほらと二人の美女を行き来していて、特に、イヨの背中は、かなり目立っているに違いない。
「そ、総裁なる前は、ずっと裸だったし……? こんくらい、なんともないわっ」
(いやいやいや。天国だか地獄だかにいる元カノにたてた操は……?)
ただ、彼女は強がり、オレが苦笑していると、
「こ、これっ!」
「二人で選んだんですよっ!」
すかさずイヨはオレに花束を差し出してきたりして、屈託なきシリナの声のフォローを続けば、
「お~。ありがと~う!」
思わぬサプライズに、無論、オレが喜ばないわけはなかった。
本番がはじまった。まるで今まで聴いた事ない「神に繋がる者」の音楽に、いの一番にシリナは高揚していったが、爆音の中、イヨは、一度、オレの腕をツンツンと指で押すので耳を傾けると、
「わたし、あんま、ロックって感じは、好きじゃないのよねっ!」
と、音楽好きの南国人は自分なりの趣味を打ち明けてくるのであった。
いよいよ、オレの順番となりステージにあがれば、せまい舞台ではあるが、久々のスポットライトは心地よさすら感じた。そうして、オレは一曲、一曲を丁寧に歌いはじめたのだ。怒号のようだったコール&レスポンスが、静かなさざ波のような拍手に変われば、オレの世界観が場内に浸透した証拠で、ギターを奏で、歌い、ハーモニカを心を込めて吹き、最後の一曲が終われば、毒々しかった空気は、束の間の静寂のまなざしばかりがオレを見つめていた。
客席の穏やかなる拍手の中、シリナが最早、目まで潤ませ、
「……素敵……!」
と言っている側では、何故か、顔を真っ赤にしたイヨが俯いていて、
(やばい…………どうしよ…………あいつ…………かっこいい…………)
なんて、心の中で狼狽えていた事など、到底、オレが知る由もなかった。
太陽系内の人間だろうと、植民星出身であろうと、音楽を演る人間にわるいやつはほぼいない、と言っていいかもしれない。
イベントが終わり、互いの演奏を讃えあいながらの、皆で、車座のように、テーブルを囲んだ打ち上げは、地球人も宇宙人も関係なく大いに盛り上がった。皆はオレの両手の花を惜しげなく羨ましがり、静かな物腰とは言え、社交的なシリナが落ち着いた口調で、鼻の下を伸ばした者どもと交流を続ける中、見た目はいつになく気合が入っているのに、普段、快活であるはずのイヨは、すっかり黙りこくったりしているではないか。おもむろにオレは覗き込むようにして、
「お~い、どうした~? 小娘~」
と、訪ねると、至近距離に思いっきり赤面したイヨは、
「……っ!! うっさいっ! 顔っ! 近すぎっ!」
(……なに、こいつ?)
グラスに入ったジュースのストローを口にくわえては慌てるふうにそっぽを向く様子に、オレは苦笑せざるを得なかったが、やがて、そんなオレも、自分の交流の方に夢中になってしまっていった。
オレは、やはりまだまだ、ライブというものに飢えていたのだ。いつかの再会を誓いつつ、新たな音楽仲間にすら見送られる中、その星を離れる時には、
(……もっと、いろんな星のハコにでてみたい!)
という、この旅における明確なビジョンすらできあがっていたのだ。そして宇宙空間でのBGMでは、今まで録音したオレの歌もガンガンに流し出せば、隣でシリナが大絶賛するなか、
「……ふーん。いいじゃない」
イヨまでまんざらでもなさそうだ。そして、時に、シリナと談笑しあうオレの横顔を、熱っぽい視線で見ていた事など、到底オレが知る由もなかったが、船体には、太陽系連邦の、白地の中心には黄金の丸の御旗のロゴが煌めく、巨大宇宙軍艦が行き過ぎるところに出くわしてしまえば、ネットとは違う圧倒的な現実の迫力に、三者三様の複雑な思いでそれを眺めてみたりしつつも、旅は、更に充実なものになる、そのはずだった。
BEEEEEEEEE!!
BEEEEEEEEE!!
BEEEEEEEEE!!
船内は、いつかのように警報アラームが鳴り響き、
「……くっそ。やっちまった」
シリナは心配げに、イヨが口を真一文字に船外を眺めたりしている中、オレの船は、またもや、国籍不明の軍用機たちにロックオンされつつあったのだ。舞い上がる気持ちのままにいたオレは、すっかり油断していたのかもしれない。何の気なしに適当にワープしてしまった星系は、あの「王国」の時のように情報の記載がほとんどモニターに映らず、ましてや、そここそが、太陽系連邦の転覆を本気で狙う有志の集いである、レジスタンスの秘密基地がある場所であるなど、到底、知る由もなかったはずなのだが。
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