少女の正体

 ネオンと人波の喧噪もさんざめくコンクリ―トジャングルの街中で、カヨと名乗っていた少女はとうとう思い切ったようにオレとシリナを見返すと「話がある」と再度、宇宙船内まで呼び戻すのであった。

 各自の持ち場に戻るように席に着いた後、

「…………」

 彼女は結んでいた自らの黒髪をほどくと、いつものロングヘアーに戻し、そうすれば、先ほどのテレビニュースで流れていた主とは、まるで、ほとんど瓜二つの姿ではないか。


「……リュウさんにはほとぼりが冷めるまでって言われてたんだけど、わたし、コソコソするの好きじゃないしっ!」

 彼女は言い切ると、肩にかかる髪をかきわけ、

「……そーよっ! わたしが太陽系連邦、現総裁、イヨよっ!」

 名乗っては足を組み直し、腰に手をやれば、その豊かなのを突き出すようにして胸をはり、オレたちを見返すのであった。とりあえず、未だいまいちニュアンスをつかめていないオレは、その貧弱な情報量を露呈するかのように、

「……え? ヒミコじゃなかったの?」

 と、呆然と彼女を見返していたのだが、

「あんたって人はもーう……ううん。そんなんだから、リュウさんも、わたしを、あんたんとこに送ろうとしたわけか」

 呆れるふうにしてから、イヨは何やらオレの父の事で勝手に憶測をたてては納得なんてしているのだ。


「……じゃあ、あのニュース? という大きな画面に映っていた方は……?」

 少々、表情も厳しいシリナが問うと、

「あ、あの娘はね。……よっと」

 黒髪の乙女は前にせり出してくると、オレとシリナの間に割ってはいるような体勢となり、慣れた手つきでパイロット席にあるモニター画面を操作していく。インターネットに繋がった画面は、やがて立体映像をオレたちの前に映し出し、それは天照宮殿における現総裁の直近の近影という事になっていた。

「わたしの双子の姉妹、名前はトヨよ」

(………………!!)

 明らかに超国家機密的な事を、すぐ隣でしれっと言うものだから、オレが思わずのけぞった。


「…………影武者さんなんですか?」

 流石、有事には慣れている部族の族長の姫である。シリナは、すぐさまに本質を見抜いているようだ。

「そうね……そういう事になるはね。……『守旧派』が知ったら、国を揺るがしにくるはずだわ……」

(…………?!)

 そして総裁である少女の横顔は、年に似合わない為政者特有の哀愁を、一瞬、よぎらせて答えてみせたりしていたのだが、関係者の末裔ながら、連邦という、超国家がからんだ突然の大展開の急激さに全くついていけていないオレは、ただただ、目を見開き、呆然とするしか術はなく、

「……『守旧派』?」

 静かに問いかけるはシリナの貫禄であった。

「そうね……何から話そうかしら……わたしがやった事はたいしたもんじゃないんだケド……」

 現総裁イヨは、一度、後部座席に座り直して、考えてみたりもしていたが、すぐさま再度、ネットを操作しはじめると、

「わたし、女官制、やめたのよ」


 映し出される最近の天照宮殿の映像には、かつて、地球で、オレが子供であったりした頃、テオに頼まれてオヤジの忘れた弁当なんかを届けにいく時、アホみたいな階段の数の果てに、漸く辿り着いた殿内でよく見かけたものだった、白い小袖に緋袴姿の女官たちの姿が一切に消え失せていて、寧ろ、我が父たちの部隊の制服に近いような雰囲気のものを着用した老若男女の「スタッフ」が働いていて、ヒミコの時代には、むやみやたらとスタイルのいい、エロガキだったオレなら尚更ドキドキするような美女、美魔女ばかりであった総裁の取り巻きさえも、現総裁の周囲は、男女が共に、まるで秘書のような雰囲気でお伴をしているのであった。


「ただ、『あの人』のずぅ~っと、以前から、女官の人たちっているわけじゃない?」

(………………)

 イヨは澱みなく話を続け、それはもう、オレたちの目の前で、逐一、自らの正体を隠さなくていいというフラットな感覚となった上で、寧ろ、オレたちの方も解っているであろうとでも言うふうな語り口でもあったのだが、シリナはともかくとして、先代の総裁であるヒミコの事を「あの人」と呼んでしまうところに、オレは自分の家柄故に、得も言われぬ感情がよぎるのは禁じえなかったにしろ、まだ、その場では何も言わない事にした。


「しかも、わたし、総裁の権限で一気に辞めさせちゃったし……相当、恨みを買っちゃったのよね~」

 彼女は尚も語り続け、一度、肩をすくめてみせると、

「ま。そんくらいは受けて立ってやるくらいに思ってたんだケド。何故か大臣クラスの連中まで、わたしの事、危険視しはじめちゃってさ。……暗殺されそうになったのよ。わたし」

(…………?!)

 静かに語るイヨの、またもや、水面下で起きた強烈な事件に、オレはただただ、目を見開いて彼女を眺めた!


「……リュウさんたちが守ってくれたから、事なき、得たんだけどね。……けど、女官と政治家がどこまで繋がりがあるかは解らないんだけど、もう一度、ヒミコさままでのやり方に戻そうと執拗に動いている連中がやたらいるの。これが『守旧派』よ。今でも彼らは、わたしの命を狙ってる。……そして、わたしや、リュウさんたちは、宮殿を以前のように戻したくはないわけ。だから、ひとまず、リュウさんは、わたしをあんたんとこに、逃そうって考えたわけね」

(…………おいおいおい!)

 単なる堅物だと思っていた我が父の国家レベルの大計画にオレはますます驚いていると、

「……トヨさんは、大丈夫なんですか?」

 やはり、貫禄のままに語りかけるはシリナの方で、その問いには、流石に現総裁も顔を曇らせ、

「そうなのよね……。ただ……洗いざらい、家族と話したのよ……。そしたら、トヨが、わたしがやるって……今こそ、家族で助け合おうって……」

 何かの思い出が彼女の中によぎったようだ。イヨは、ふと、潤んだようになった後、

「発つ時に、リュウさんは、わたしを『変革の象徴』だと言ってくれたわ……」

 思い出の一つ一つを辿っていくかのように語りはじめ、

「でも……わたし、国自体がここまで歪んでたなんて、到底気づく事もできなかった……『あの人』が、わたしの前だけで見せてた無邪気な笑顔……信じすぎちゃってたのかなぁ……」

(……え? あんなやつの笑顔なんて……?!)


 イヨは自分の中だけにある思い出を見返すように遠くを見始めているのだが、多分、彼女が思う者と同一人物を想像しようにも、オレの中では「笑顔」というキーワードと全く結びつかない。ただ、彼女は尚も語り続け、

「わたしがしたことはほんとに些細なことよ。まだまだ、総裁って立場に、馴染めてなかったしね。目を疑うような文書もたくさんあったの……けど、それも『あの人』が言っていたとも、つい考えれば、言い返したくても言い返せなかったわ……」

(……ええええ……どんだけ……)

 と、オレが思う間もなく、

「…………けど、『あの人』に託された総裁だもんっ!」

 今度は俯き、手を強く握っては胸に押し当てて、自分に言い聞かせるようにしているではないか。


(………………)

 オレは、この間、ずっと言うか言わまいかを随分、行ったり来たりしていたのだが、とうとう意を決する事にした。

「あの、さ……」

「…………?」

 話しかけるようにすれば現総裁の美貌は、すぐ間近でこちらを振り向き、見返してくる。気づけば随分、近い距離でも語れる仲になったものだ。オレは尚も、言葉の選び方に苦慮もしたのだが、

「その、さっきから『あの人』ってさ……それ、先代の……、ヒミコ、だよね?」

 と、どう表現しようにも言葉は核心めいた表現になってしまった。

「…………っ!」

 漸くイヨは我に返ったかのようで、顔を真っ赤にして俯いてしまい、

「タケル君……それって、どういう……?」

 多分、話の途中から、いまいち、一番内容がつかめていなかったであろうシリナが首をかしげ、オレに問うてくる始末で、

「え~っと……これ、噂よ? あくまで噂! しかも家んとこだけだからね?!」


 尚も、真っ赤に沈黙しているイヨの様子を横目で伺いつつ、オレは、実家に親戚一同が集まったある夜の事、つい、大人たちがコソコソと喋っていた、ここ最近継続してきた女性総裁の地位の移行の際の裏側で、極秘裏に行われてきたらしいある日々の事について、更に何も知らない女性相手に言葉を選び、語らざるをえなくなってしまったのだ。やがて、聞き終えたシリナは、

「そ、そ、そんな……お、女の人同士、じゃないですか……!!」

 それまで静かに尋問しているかのような雰囲気であった事すら嘘のように、イヨに負けぬほどに顔を真っ赤にすると、最早、全く、想像もできない世界に卒倒しそうな雰囲気で両手で口周りを覆い、大きく見開いた目はゆっくりと、イヨの方を見てしまう始末だった。


「………………っ!」

 だが、下を見たままのイヨの顔は黒髪に覆われていて、尚、赤面中である事くらいしか解らない。

「いやいやいやいやいや。けど、ほら、家って、古いわけじゃない? なんせ、ずーっと昔から、あそこのガードマンやってっからさー。なーんか、ほら、噂に背びれ、尾びれついちゃったー! みたいな?!」

 今や、船内の温度は、二人の乙女の体温の上昇のせいで、適温なんぞ保たれていないのではないかなんて疑いたくなるほど、オレは、汗をかくように慌ててフォローをはじめたが、ふと、自分の熱を冷ますようにして、頬に両手をあてていたシリナは、

「あ……けど……」

 と、ハイデリヤのあった星系から太陽系までの道のりの、思い出などを語りだすのであった。


 ある日、窓一つない牢獄からシリナは一人の軍人に呼ばれると、煌めく通路の一角では、イヨの肖像画が飾られていたそうだ。やがて宇宙船内の一室では、様々な検査をさせられた際、カメラを向けられ、撮影もあったそうなのだが、その時、

「言われました……。『先代のヒミコ総裁なら妾の一人に欲しがりそうだ』だとか、なんとか……」

 そして、目の前で、未だ俯いたままにいるイヨをちらちらと見つつも、

「私……てっきり、男の方、だと……。なんて恐ろしい事を……なんて思っていたんですけど……」

「ええええ…………」

 どうやら、噂は軍関係者にも無論、広まっていたようである。当時、耳年魔といっていい年ごろであったオレは、幼心ながらにドキドキしてしまったものだが、いよいよ、大人になってから聞く現実は、やけに生々しく、言葉にし難かった。そうしてオレも、直近で、尚、俯いてしまっている、黒髪の乙女の方に視線を向けようとした、その時の事であった。


 俯いていたイヨは、一度、静かに スゥ――――…………などと、息を吸い込むようにすると顔を上げ、

「そ、そうよっ! 毎日、毎日っ! わたしの体中を舐め回したり、吸いまくったりしたのはヒミコ様よっ! これで満足っ?!」

 尚も顔を真っ赤にしながらも、その爆弾発言に呆然唖然とするオレたちを真っ直ぐに見返すと、まるで開き直ったかのように口火を切り始め、

「そりゃ最初は嫌で嫌で死にたくもなったわよ! ……けどねっ! 『あの人』はわたしの家族の事も思ってくださったしっ! ……優しくて……実は寂しがり屋なところもあるのよ……? いつからか、全然苦しくなんてなくなってったわ! わたしの体で! 『あの人』が、全ての重荷を忘れて、嬉しそうにしている姿が愛おしかったのよ……っ! わたしはそれで構わなくなってった……っ!」

 

 彼女の語りは止まらない。

「あんな、何考えてるんだか分からないおじいちゃんの大臣たち相手に、百年以上もやり合って、国を動かしてきたんだもんっ! 凄い人よ!ヒミコ様は! ……だけど、普段はあんな強面だったくせに、わたしの前では、まるで、赤ん坊だったのよ? そ、そりゃ、とってもはずかしかいおねだりも、沢山されたけど……まるで赤ちゃんのように求められたら、何一つ拒めなくなってったわっ! ……むしろ、心行くまで満足させてあげたい、なんて何度思った事か…………きっと、年をとって弱っていく心もあったんだわ…………」

 

 イヨは尚も語り続け、

「け、けど、確かに、気持ちよくもなってったのよ……そしたら……だから、今日はもう、降参って、した事もあったわ。そんな時は、ただ、ずっとわたしに頬ずりしてて…………! 恐れ多くてしてあげられなかったけど、あの白髪頭をよしよしってしてあげたいって、何度、思ったか……! 今はそれが心残り! …………どう! これで満足っ?! これが全て! これが『あの人』とわたしの真実よっ!」

「…………!」

「…………」


 最早、熱弁のようにふるってくる暴露の前で、互いの表情の違いに性格が現れているものの、オレもシリナもじっと彼女を見つめる事しかできないでいると、

「……『あの人』の行った政治は、弊害がたくさんあることも認めるっ! だったら、わたしが直してあげるっ! それが『あの人』と私の『絆』よっ!」

「………………!」

「………………」

 「絆」とまで言われてしまえば、オレもシリナも何も言い様がない。だが、尚、イヨは、今度はシリナの方を向き、

「ねぇっ?!ちょっと!」

 キッと彼女を睨むようにすれば、

「は、はい?」

 すっかり赤面も通り越して圧倒されていた異星の乙女が答え、

「『あの人』、わたしを囲ってからは、わたし以外はもう何も、誰も、要らないって仰ってたからっ!」

「……は、はい」

 イヨの主張に、尚も圧倒されるままにシリナが頷けば、

「……以上っ!」

 言い切った現総裁は、完全に居直るように後部座席にドカッと座り直した。

(…………!)

 言い出しっぺではあったオレだが、本人からの、あからさまな爆弾発言とも言っていい暴露話を聞いて、尚、いくら女性の同性愛とは言え、百歳以上も年の離れた妖怪のような老婆と、現総裁でなくても誰もが振り返ってしまいそうな美貌を持つ美少女の間に、何があったのかなんて想像が追っつかないでいた。

(……てか、『女同士』って嫌いなんじゃなかったっけ?)

 シリナと共に尚、圧倒されながら、オレはいづこかの星での銭湯での盗み聞きを思い出したのである。では、その、はちきれるような豊かな胸を、あの妖怪が皺だらけのままに、赤ん坊のように口に含み喜んでいたのか、などとも考えると、二人の関係には絶句であった。

(…………)

 ただ、言える事は、今のイヨにとって、ヒミコとは、心の中の、何か特別な存在である事は間違いないという事だ。まぁ、オレ自体は異性が大好きマンであるにしろ、持論として、其処に愛があるならば、別段、オレにも偏見はない。むしろ、音楽なぞをやっていれば、様々な性的指向の持ち主に出会う事も多かった我が人生だ。ここは旅の仲間として理解を示そう。


「お前さ……要するに、レズなんだな」

 そう言いつつ、オレは、挨拶でも交わすかのように爽やかな笑顔と共に振り向いた。そうと解れば、別段、驚く事でもない話だ。だが、腕を組んでムスッと座り直していたイヨはこっちを見、一瞬、目をパチクリすると、みるみる顔を真っ赤にさせ、

「……違うわよっ! バカっ!」

 と本気で怒ってくるではないか。


 とりあえず、オレは想像以上に責任重大なドライバーをオヤジから任されていた模様だ。











 

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