Distorted Stars
自分たちを「王国」を呼び、表向きは理想に燃え、国の外観も太古の古き良き時代を彷彿とさせた街並みではあったが、その裏では猟奇と狂気が混在した恐怖の政治が行われていた星を一目散に逃げ出したオレたちは、つい行き場を失いかける程のテンションのガタ落ちを感じ、特に、操縦棹を握り続けるオレは、この際、怠惰に宇宙空間を漂うだけ漂っていればいいんじゃないかとすら思いはじめていたのだが、何を思ったのか、後部座席に陣どるカヨは、突然、「経済開放特別星系」に行ってみたいと言い始めたのだ。
「なに? 博打でもしにいくの?」
「い、い、か、らっ!」
オレが訝し気に振り向くと、カヨは、何か物思うようにして一点張りだった。
太陽系連邦は、圧倒的に軍事を優先とする先軍政治であり、次々と、他の星を自分たちの配下におく帝国主義である事は間違いない。だが、経済政策にも同等の力はいれていて、故に、主に「首都星」地球は潤っているのである。そして、その政策の一つが、ビジネスアイディアを一般公募し、厳正な審査の上で可とした者には、占領した一つの星系を丸ごと事業希望者に明け渡し、個人の経営する土壌としての使用の自由を許可する「経済開放特別星系」であった。
「……けど、ああいったとこって、確か、ヒミコのババアが……」
オレは聞いた話を思い出すようにして独り言を呟く。
言わば植民地政策の一環であるにしろ、一見、良策にも見えるこの政策は、かつては二等星人、三等星人とされた異星人でも一発逆転を狙えるビジネスチャンスであったのだ。だが、ヒミコが総裁となってから、いつの頃だか、あくまで事業者たる者は一等星人である地球人である事が必須とされていたはずだ。
「…………」
オレは、ふと、助手席に座るシリナの姿を見た。オレたちのやり取りを、ただにこやかに見ていた彼女は、
「…………?」
表情もそのままに、こちらを明るく見返す。
「ほんと、あのババア、おかしいって……」
改めて、自分の祖国の国家元首の差別主義に、真向から疑問を感じていたオレが、ボソリと呟いた時だった。
「……ね、ねぇっ! その『ババア』って言うの、やめてくれるっ?!」
「……は?」
たまりかねたように口をはさんできたのはカヨで、オレは意味が解らず振り向くと、カヨは、後ろ髪を結って、まとめ髪のようにしつつ、なにやらムスッと怒っていたのだが、思わず口をすべらしてしまったかのようで、既に目を泳がしつつ決まりも悪げに、
「……なんだか……その……っ! こ、子供の悪口、言われてるみたいなのよ……っ!」
「……は?」
更に意味不明な内容を続ければ、オレも問わずにはいられない。ただ、まだ何か言いたげでもあったカヨではあったが、グッと堪えるようにすれば、
「……っ! ま、まあいいわっ! と、も、か、くっ! 出発よっ!」
ごり押しし、とうとうプイっと顔を横を向けてしまった。
「……。操縦するの、オレなんすけど……」
(なんだかよくわかんねーな……)
とりあえず、ブツブツと呟きながら、操縦の準備に取り掛かる真横で、
「…………」
シリナが、少々、噛みしめるようにした表情で、じっとカヨの横顔を見つめていた事など知る由もなかった。
(ふーむ……)
とりあえず、オレはコクピット席の盤上にあるモニターを操作しながら、近場に「経済開放特別星系」がないかを探してみる。そして何光年か先にあるというヒットした星系には、コンピューターによる説明表示が流れると、登録された事業者の画像の主の顔を一目見て、
「あ。オレ、こいつ知ってる……」
と、思わず呟いてしまった。水星にいた頃は、音楽活動という生き甲斐と、生きていくための労働に追われ、おまけに水星のボロアパートという劣悪な環境であれば、束の間の休息の過ごし方は、主に宇宙空間の宇宙船内となったりしたわけなのだが、楽器を鳴らす以外の娯楽と言えば、インターネットで、そんなネットでたまに眺めていた、立体動画配信チャンネルを個人でやっている実業家の顔が其処には映りこんでいたのだ。高学歴で頭もいいからだろう。他人によっては少々、鼻につく物言いもあるのだが、こちらは徒労にまみれ、うつらうつらと半分も理解してないうちに一通りの映像は終わってしまう事も大いにあったにしろ、正論だと思えるものもまあまあ多く、部分的には好ましいとも思える人物でもあったのだ。
(……ま。この人の実際の経営って見た事ないわけだし……)
それが星系全体で展開されているとするならばオレも興味深げには思え、
「……あいよー。見つけたよー」
誰に言うでもなく報告すれば、ワープ機能の操作へと入るのであった。
やり手の実業家が経営手腕を発揮している星系にあった星の原住民の人々の、かつての化学文明は、人類を遥かに凌駕していたらしい。そして「善隣外交」を良しとし、「平和主義」、「自然、異民族との共生主義」等をもモットーとした崇高な文化人ばかりの二等星人とされた彼らであったのだが、実業家が持ち込んだカジノなどの賭博、風俗星顔負けの風俗サービス、アルコール飲料、はては非合法のドラッグなどにドはまりにはまれば、依存症になっていて、豊かにあった財産を破綻させ、生活保護者となっている者も少ない事が、あくまで現地民族の中では社会問題となっていた。
かつては華やいだ未来都市の都であったのだろう街の空は、昼間だというのに、なにかの化学物質のせいでどんより曇ってさえいる。派手な格好をして出歩いているのはほとんどが地球人ばかりで、生きているんだか死んでいるんだか、その大きな瞳が黒目一色に覆われているせいで余計に難しい、耳が大きく、口と鼻が異様に小さき原住民たちは道端に寝転んでいたり、うずくまったりしている様は、かつてのオレの住居のあった水星を彷彿とさせた。ただ、ただ、目を真ん丸にさせて歩きはじめた三人だったが、既に、ネオンもあちこちで主張する人波の喧噪の中で、慣れないアレルギー反応のように咳き込みはじめたのはオレで、
(…………)
おもむろに携帯の端末をひろげながら、更なるローカル情報なんてのを拾っていくと、事業者が起こした経営会社は、地球人だけでなく宇宙人の採用も奨励されてはいるのだが、社長である事業者の、社員への業務に対する要求が常に半端ないらしく、その無理難題のせいで、彼らが過労死どころか、精神的にすら追い込まれ自殺者まででている事が描かれていて、
(…………!)
オレはかつて自分が勤めていたブラック会社のことを思い出していた。
まだ反骨心があったので、オレはそこまではいたらなかったわけだが、往々にして洗脳された彼らにとっては、社長は神同然の存在であり、その要求に応えられない自分たちを恥じ、死んでいくというのは、地球人であろうと宇宙人であろうと変わりないらしい。きっと、実業家自体は、自分が宇宙人の社員に求めるスペックのレベルが高い、という自覚はないのだろう。無論、自殺者まで出ている事に自己の責任なんて感じていないのだろうし、自分の行っている事業が人、宇宙人を堕落させているとも到底、想像は及んでいないはずだ。ネットの映像の中では、随分いい事も言っていた、かつて逮捕歴もある彼の動画チャンネルであったが、
(……取りあえず、もう、あいつの動画は見ないわ……)
咳き込み続けるのを鎖に繋がれたシリナが心配してくれる中、それに返しながら、オレは「現実」を目の前に、心の中で固く誓い、
「…………」
そんなオレに一瞥はしながらも、カヨは、何かを考える風に厳しい表情で腕を組み、真昼間からギラギラとしている巨大カジノ施設の看板をじぃっと見つめ続けていたのであった。
船内に戻り、
「……次、行くわよ」
「……またぁ~?!」
当然のようにカヨが言い切った時には、オレは思わず振り向いてしまったのだが、
「…………」
既に、カヨは心あらずなように深刻な顔で自分の世界に没入している。
「……。操縦するの、オレなんすけど……!」
とりあえずブツブツと呟いていると、直ぐ隣に座るシリナの、
「タケル君、もうちょっと、自然のある場所の方が……」
(……それだ!)
その一言には目から鱗で、思わず彼女の方を指さして素晴らしきアイデアを賞賛した。
検索にふるいもかけてワープした矢先にあったその星は、かつてオレとシリナで暮らした事のある星以上に、鬱蒼としたジャングルに生い茂り、緑豊かな植物園として星全体を解放していた。現地人の愛用であったというカヌーに乗り込めば、まるで、子熊のぬいぐるみのような原住民が船頭をし、人類用に巨大に作り替えられた船を、えっちらおっちらと漕ぎながらの、拙い地球語の案内は愛らしく、アトラクションとしての効果は抜群にあったと思う。
「…………」
オレは、自然豊かなこの星の、太陽の陽射しも一層に輝けば、幾何か心もまぎれて青空を仰ぎみたりした。
ただ、一見、楽園のようにも見えたその植物園も、食事をとろうと立ち寄ったカフェレストランで、「問題」は垣間見えてくるのであった。
原住民であるぬいぐるみ宇宙人たちは、かつてのシリナのように、またはそれ以上の原始的な暮らしをしていたのかもしれない。どうやら種の先天的な特徴として、ハイデリヤ人ほどの知性、知識を持つ事自体が困難であるようにも思えた。ただ、体中にふさふさの体毛を生やし、小柄でずんぐりむっくりな彼らが、まるで不釣り合いなタキシードを着込み、オレたちに一生懸命、接客しては、あらゆる席へと飛び回り対応しているのは、少なくともオレたち三人にとっては微笑ましく見えたのだが、時に、その拙い地球語を他の客が嘲笑していたり、中には、一生懸命に働くところに足を伸ばして、ひっくり返したりする輩もいれば、途端に、オレの虫唾が容赦なかった。
(…………!)
もう我慢ならぬとオレが席を立ちかけると、奥の厨房からは、ガッシャ―ン!! という音と共に、
「この三等の無能が! ほんと使えねーな! バカで無能なお前たちに、金、払ってやってんだぞ! もう、給料やらねーぞ!」
「ゴメナサイ……マスター……ゴメナサイ……マスター……」
地球人の怒号が続けば、うろたえ、小さい体を更に小さくしているだろう毛皮の主の事を想像する事は容易く、たまらない気持ちになるや否や、
「………………っ!!」
いつもならオレの制止役の一人であるはずのカヨが、ワンピースをはためかすようにして厨房へと怒鳴り込むようにして飛び込んでいってしまい、
「やめなさいっ! あんたのやっている事は太陽系連邦民法、対異星種侮辱罪よっ!」
「誰だ……あんた。……えっ?! あんた……?!」
「……っ!? ……で、でるわよっ!」
と、どこで仕入れたのかも知らない法律の知識を披露する始末で、厨房のコックが何やら驚きはじめると、あわてて戻ってきて、いつもと違う展開にただ驚いているオレとシリナを外へと連れ出したりするのであった。
こうして、後部座席のカヨがムキになっていく様子に、オレは首をかしげつつ、シリナは噛みしめるようにし、無言にその表情を振り返りつつの、「経済開放特別星系」巡りの旅は暫く続いたのだが、結局はどこにいこうが、そこにあるのは地球人を頂点とするピラミッド社会で、地球人のみが潤い、他の異星人たちは過酷な環境の中で、心が折れていたり、耐え抜いたりしている構図である事にはさほど変わりはなく、単なる「植民星」でもない、特に経済に偏った人類主導の開発は、土地の土を削り、海を汚し、環境問題ですら甚大に、搾取されるままに放っておかれていたのであった。
全てはヒミコの悪政の結果と言っていいだろう。
(………………)
旅路の途中、いつしか船内でカヨは眉間に皺をよせ、何やら考え込むように口に手を当てると、押し黙ってしまっていた。
と、ある経済開放特別星系の一つの星の巨大な都にて、スクランブル交差点を渡ろうとしている時の事だった。コンクリートジャングルの未来都市は、あまりの人の多さで、都育ちのオレも流石に人酔いでもするかとしている中、
(……銀河系統一共栄圏って言うけどさ、人類の元、皆、平等ってより、これじゃ、まじ奴隷だろ……)
オレの脳裏にも様々な考えが浮かんでいく。
(……あの王様、やってた事はおかしかったけど、皆、同じ人間って、言ってた事は正しかったよな)
あの狂気に取り憑かれた王たちはいつ、見誤ってしまったのであろうか。
(……まぁ、カモフラージュとは言え、オレもこうしてシリナに鎖をつけてるわけだが……)
そうして三人連れ立って歩く時に、いつも気が重くなるのは、この旅の一行で一番頼もしい仲間に課せなければならない偽装の事だ。今、オレたちを何も知らぬ人々は、奴隷を連れている若者二人くらいにしか思わないはずだ。ここまで地球人と、他の異星の人々を、区別しなければならない理由とはなんだ? そして、これが当たり前となっているオレたちの銀河系社会は狂っているとは言えないのか?
スクランブル交差点に、でんとかまえている大きなビルの一角は、スクリーンに映像が流れるようになっていて、
(……そういや。水星で暮らし始めてから、ニュースらしいニュースって見てなかったよな~)
物思いの合間、久々にテレビのニュースなんてのも見上げてみる。なんと話題は地球の事だった。どうやら「総裁」のおわす天照宮殿に、「同盟国」のアメリカ、中国の元首が来日し会談をしたそうだ。
(…………?)
ただ、総裁の名前の部分でオレは聞いた事もない発音があったので、思わず違和感を感じると、立ち止まり、目をこらすようにしてみた。テロップには「イヨ総裁」という文字が描かれていて、十二単調の総裁専用の衣服に、太陽の冠を額にかざした少女の姿を確認すれば、そのスタイルの良さもあって尚更、まるで服に着させられていたような醜悪な顔の小柄な老婆との変わり様に、目を見開き、
「え……?ヒミコじゃないの……?」
などという素朴な疑問が口につき、
(…………)
一度、アップに切り替えられた「イヨ総裁」なる者の顔に強烈な既視感を覚えれば、化粧が施されているとは言え、その顔は、オレのすぐ隣で、ほぼ、すっぴんでいる少女とあまりに酷似しているではないか。
(…………?!)
いつかの誰かがそうしたように、思わずオレも驚くようにしてカヨの方を振り向くと、
「…………」
既に彼女は、罰もわるげに目を泳がしたりしていて、
「…………」
そのすぐ隣では、やはり、少々、噛みしめるようにした表情のシリナも、カヨをじっと無言に見つめたままにいるのであった。
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