Distorted fantasy

 絶対に、女性陣の方を向いてはならず、寝返りも叶わないにしろ、窓からさしこむ朝日と共に起きるのも悪くはないと思えた朝であった。尚且つオレたちは、王と妃からのお墨付きをもらったVIPである。早速、観光がてら、先ずは煌びやかな王都の散策に出歩けば、住人たちは地球人も異星人たちも共に気さくで、聞こえてくるのは善政を行う二人への賛美ばかりであった。それもそうだろうなんて頷いていると、

「『蛮族』の異星人さらいも騎士たちがなんとかしてくれてるしな!」

 聞けば、毎年、国民のある一定数の異星人だけが、現地人である「蛮族」たちに攫われているというのだ。

「陛下たちのお慈悲に従えばいいものを! 先住民だからっていつまでも抵抗しやがって!」

 尚も説明をしてくれる住人の視線の先をオレたちも辿ってみると、下半身は、まるで野生の馬のように蹄を持った四つの足をはやしていて、上半身だけ地球人そっくりな風貌の者が、「蛮族」というプラカードを下げられて、鎖につながれ、道端にうなだれている。かつては颯爽と駆け抜けたのであろう足たちは屈するようにしていて、暴行し尽くされて腫れ上がった顔が、その一声に反応すると、

「オ、オレたちは、そんなこと……!」

 と、口走ったのだが、

「まだいうか!」

 言い返す間もなく、近くにいた他の異星人の者が蹴り上げていた。


(おいおい……)なんぞと思いつつ、

(けど、人さらいはまずいって……)

 とも、その時のオレは思ってしまった。


 「王都」の眼前は、海水浴場となっていて、王の言った以上に白い砂浜に透明色の海の綺麗さはヤマトポリスを凌駕していた。熱い太陽の陽射しの下、水着姿となってしまえば、シリナは無論の事、カヨの抜群のプロポーションまでガン見してしまうのは、全て太陽のせいだ。

「ジロジロ見んじゃないわよっ!」

 いつしかのコールドスリープ用の服装よりもきわどいビキニだというのに、あの時とは違い、尚も腰に手をやり堂々とはしながらも、こういった時のカヨの反応は相変わらず早い。

「み、見てねーよー! 」

(はいはい……『あの人』……『あの人』……!)

 オレは明らかに目を泳がせつつ心の中でなんとか言い返す。そして今度は、シリナが、かつての店内とは違う陽射しの下での自らのビキニ姿に戸惑いつつ、

「わ、私、あの、カヨさんと違って……鱗、とかあるし……やっぱり、宿に帰ります」

 なんて言い出すもんだから、

「……あに言ってんだよ。最高だよ。あんた」

「……ばーか」

 こんなセットでおいしいシチュエーションを逃したくない一心のオレが、フォローになってない一言を真顔のガン見でもらせば、気づけば、すぐ隣まできていたカヨにデコピンをくらわされる始末であったが、なんだかんだ海の家も楽しみつつ、オレたち三人は久々に本気で遊んだのだ。


 夜、さざ波も聞こえる中、浜辺では穴を掘り、三人で焚いた火を囲っている時の事だった。

「あー! 久々に男の子と遊んだわーっ。やっぱ、楽しっ!」

「…………」

 カヨの一言にはオレは思わず苦笑してしまった。男を変態呼ばわりしたと思えば手のひらを返すようなことを言い、「女同士」にやたら過敏であったりする、なんとまぁ、忙しい女だ。オレは、ふと、

「カヨさ。前々から思ってたんだけど、おまえさんさ、何? 女子高の人?」

 そんな素朴な疑問が口につくと、彼女は、一瞬、何かを考えるかのように、瞳をクルリと回したが、

「まっ! そんなとこっ!」

 オレたちは、こうして談笑しあっていたのだが、

「…………」

 そんなオレたちの姿を交互に見る様にしては複雑な表情をしていたのはシリナで、カヨと同じ水着姿なのに、自分の体の端々にある鱗とカヨの肌を見くらべたりした後、そっとそこから姿を消してしまった事に、オレもカヨも暫く気づかなかった。


 シリナはオレたちから離れ、超巨大な月が浮かぶ浜の一角でしばらくじっと物思いにふけっていたそうだ。その中身までは教えてくれなかったが、瞬時に、その一族特有の研ぎ澄まされた感覚で、誰かの襲来を察知すれば身構え、すると向こうの方から退いていったのだという。ちょうどそこへオレとカヨは追いつくと、

「なーに、一人で黄昏ちゃってんだよー。青春かよ」

「そうよー。とってきてくれたお魚、焼けたわよー。一緒に食べましょーっ」

 と、次々に語りかけ、

「え、ええ」

 彼女は、笑みを作って答えたのだそうだ。


 王からも、そこに住む人々からも異口同音に王都周辺より更に向こうには、野蛮で残忍な習慣をもつ、蛮族と呼ばれるネイティブ民族がいる事を散々注意されていたのだが、今や、オレたちの乗る宇宙船は、王都を抜けると黒々と生い茂る周囲の森林地帯を抜け、はるか地平の彼方まで広がる未開拓の大地を駆け抜けているところであった。三者三様、性格に違いもあれど、まだまだ若さはみなぎるトリオである。すっかり高揚した船内では、オレの加速の度に二人の乙女がキャーキャー喜べば止まらないというものだ。と、モニター画面に警報アラームが鳴り、

「あれ……?」

 気づいた時には、船窓には、現時点でものすごい速度が出ているのにも関わらず、それに並走するかのような群れの影がいくつも見えた。

「…………」

 やがて群れの中の一人は、ゆっくりとこちらを振り向く。その顔つきは、独特な入れ墨が施されているだけで、髪や瞳の色も、まるでオレやカヨと変わらなかったように思う。だが、筋骨を隆々とさせた肉体には、シリナが手にする以上に巨大な弓を背負っていて、下半身となる、蹄の四つの足は、今や高らかに鳴り響いているのだ!

「……やっば……!」

 事態を察したオレは、即座にギアチェンジをかけ上空に逃げようと試みた! だが、時、既に遅し! 部族の一人が放ったチェーンが船体の一角に絡みつけば、船は飛び立つ事も叶わず一気にバランスを崩す!

「げ……!」

「きゃあっ!」

「……!」

 オレはなんとか不時着させようと船の腹を地面にこすり続けさせる事で手一杯となり、カヨは乙女らしく、ただ、驚いていたが、銀河一の戦闘民族であるらしいシリナは、既に次の一手を考えているかのように、毅然と凛々しい顔で船窓の向こうを睨みつけていた!


 ZZZZZZZ………………!! 

 船はとうとう不時着! 途端に、

「……私、いってきます……!」

「シリナっ! 援護するわっ!」

「…………」

 愛用の弓矢を手に、シリナが先ずは席を立てば、さっきのダメージもなんのその、すっかりスナイパーとなったカヨが気を取り直して続き、

とうとう、オレもレーザーサーベルを抜刀したのであったのだが! これから起こる事を考えれば、オレの両手は、初めてのライブの様にガチガチだった。


「ウィりりィいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 今や、雄叫びと共にシリナは群れの中へと突入! 弓術と格闘術に、炎に氷まで両手から生み出す超能力で相手を圧倒!

「シ、シリナっ!」

 だが蛮族たちも戦いには慣れ切っているようだ。俄仕込みのレーザー銃は、援護にすらならず、華麗にかわされていく!

「…………!」

 そして、抜刀したはいいものの、両の手を震わせたままでいる事しかできないオレが一番邪魔であった。


 圧倒的に多勢に無勢であったのだ。

「はぁはぁはぁはぁ…………っ!」

「…………こっのっ!」

 オレははじめて、今や、矢はつき、傷まみれに、肩で息をするシリナの姿を見、尚もカヨは銃口を向けようとしていたが、オレたちの周囲を、蹄の足音と共に取り囲む蛮族の一人が、目にも止まらない速さの槍さばきをふるえば、ヒュルルル……! と彼女の愛銃は彼方へと吹き飛んでしまい、

「つっ……」

 打撃にカヨが顔をしかめていると、その馬の蹄を持つ民族たちの一人が、目の前に出、シリナたちを見下し、

「……戦いぶり、あっぱれであった」

 最早、未だ、抜刀した体勢のままに震えているオレを無視するかのように、語りだす始末だったのだ。ただ、気丈にもシリナは睨み返すと、

「私たちの部族にとって、戦士の敗北は死と同じっ! この命、狩りたければ、狩れっ!」

 なんぞと言い出した時には、

(……まじで?! やめて?! 嫌だよ! オレ、まだ死なねーよ!?)

 とは、心底思った。


「…………」

 体躯のいい蹄の主は、乙女の視線をじっと無表情に見返していたのだが、フッ……と表情を和らげると、今度はオレたちの乗ってきた船の方を見、

「……その船、うぬら、外つ国からきた者だな」

 そう言ってから、大空の方を一度仰ぎ、

「……去れ。今、この星は、我らと彼らの戦場よ」

 静かに語りかけるようにすれば、一声を周囲にかけ、呼応するかのように蹄は鳴り響くと、一族は、大地の彼方へと轟くように消え去っていくところであったのだ。


「…………」

 夫々に何をされるかと覚悟を決めたり、恐々としたものだったが、幕切れはなんとも淡白なものだった。王都までの帰り道は、まるで先刻までが嘘のように皆が静まり返っていたが、各々の気持ちの中にあったものは単なる敗戦のショックなだけでない事は確かであった。


 宿に宇宙船をとめ、部屋に戻る頃にはすっかり夜となっていて、地球じゃ見た事もない様な巨大な月が今宵もこの星の頭上には浮かんでいた。あまり会話はないままに、部屋でそれぞれに憩っていると、シリナの傷口は見る見る消えていき、もとのグレー色の綺麗な肌に戻っていくのに気づいた時には、オレもカヨも喜んだりした、その時だった。


 コンコン……と、誰かが部屋をノックしたのだ。

「なに……こんな夜更けに……」

 オレが訝し気にドアを開けると、闇夜の頭上にはテオのドローンが浮かんでいて、

「……お前、起きてたのかよ」

 苦笑しつつ見上げれば、

「重大案件。重大案件!」

 無機質な発声ながらテオは何やら訴えかけるようにしながら、勝手に室内に入ってくる始末で、

(おいおい。珍しいな……)

 旧い付き合いの従者の反応に多少驚いていると、人工知能は室内にて、なにやら録画したホロスコープを映しだしたのだ。


(…………)

 見るとそれは地球人と宇宙人たちの男女が交わっている映像で、更によくよく見ると、主導権を握っているのは、城にて謁見した時の人の好さそうな顔が嘘のような表情をした、国王や王妃、その一族の姿であったのだ。まぁ、その気となれば、地球人類、生涯現役も貫けるのが今のご時世である。

「……わーお……」

(ほんと、今日日の爺さん、婆さんって、元気だよなー)

 オレはぼんやりと、快楽に耽る者たちを冷静にすら眺めてしまったのだが、

「ひゃあっ!」

「キャッ!」

 シリナがと顔をそむけるのはまだ解るにしろ、カヨまでがまるで見たことないかのように、と両手で顔を隠し目をつぶった事の方が多少驚いた。


 王城のどこかに眠る秘密の一室なのだろうか。巨大なレンガの一室で、快楽に鼻息も荒く、喘ぎ声まみれの最中、

「……王妃よ。そっちはどうだい?」

「ええっ! いいわー! 最高よー!」

 国王が話しかければ、妃は自ら腰をふって答えている。互いに違う異性と行為をしながらも、交わす会話は仲睦まじい。当初こそオレは思わず苦笑すらして、

(……やー、お盛んだなー二人とも)

 と思っていたくらいなのだが、

(…………?)


 徐々に映像に違和感を感じた。それは、王に抱かれ、妃に弄られている、異星人たちの皆が皆、手錠をはめられ自由を奪われていたりしていたのだが、最初こそそういう趣味とすら思えたものの、女や男たちの表情がどれもこれも、苦痛でしかない感情を表している事に気づいたからだった。やがて、一通りを満足しえたと思われる頃合になると、

「……ふぅ。では、デザートといくか。なぁ、おまえ」

「はい、あなた」

 今度は問いに妃が答え、国王がパンパンと手を叩けば、部屋にはコック帽をかぶり、まるで背丈もあるかのような大きな包丁をもった、巨体な人間たちがあらわれたのだ。

「フ―――――……フ―――――――!」

 既に息も荒い彼らは人間ではあるはずなのだが、筋肉のつき方が異様におかしい。また、誰しもが正気を失っているかのように視点の焦点が定まっていなかった。

「……調理、開始」

 そして、目を細めたままに裸の国王がにこやかに号令をかけると、彼らは、一斉に、陵辱に涙したばかりの宇宙人たちに襲いかかり、その巨大な包丁でもってバッサバッサと切り刻みはじめるではないか!


「ギャ―――――!」

「あが……!」

 途端に部屋中に血はほどばしり、阿鼻叫喚と化す中、王、王妃を筆頭とした一族は醜悪な肉体をさらけだしたままに、にこやかに目の前の残状を眺めているだけではないか! やがて一通りの事が終われば、巨体なコックたちを退出させ、


「あ……あ……あ……あ……」

 未だ僅かに息がある者すらある彼らの中へと再度分け入っていくと、なんとこぞって彼らの事を喰らいはじめたのだ!

「おお……我らが一つとなっていく……これぞ、友愛じゃ!」

 恍惚とした表情で、餌食とした血で汚れた口を拭いながら王は口走る!

「おぇっ…………!!!」

 あまりの信じられない光景にとうとうオレが吐気を催し、更にカヨもつられる中、その景色に対しては厳しい視線で見据えていたはシリナであった。彼女が見つめている事を知らぬであろう王は、

「なかなか、隙を見せぬが……なんとか若造どもを油断させ、あのハイデリヤの娘、欲しいのう……なんとまぁ、美味そうな肉であったことよ。あの銀河一の肉こそ、我らと一つになるべきじゃ……!それが友愛……!」

「あなたー。私は、ハイデリヤの男の肉がほしいわー」

 血まみれのままに口走れば、妃すら欲望のままに答え、映像はそこで区切りをむかえた。


(…………!)

 尚もオレは顔をしかめながら、今こそ、その老人の、ふくらむだけ膨らんだ腹も、老婆の垂れさがるだけ下がった乳房も、その乾ききった体の全てが醜い夫婦だと心の底から思えた。


「……コノデーターニハ、太陽系連邦憲法デ定メラレテイル、アラユル違反ガ含マレテオリマス。ソモソモノ星系登録違反モ含メ、現在、旦那様二、データヲ送信中デス。坊チャマ様方ハ、直チニ、コノ星カラ離陸ヲシテ下サイ」

(……また、親父かよ)

 まとめるようにテオが言い切った時には、複雑な感情も沸いてしまったが、ここはテオの進言に従った方が良さそうだ。夜闇に寝静まる城下町の宿の一角にある宇宙船に、戦慄をおぼえたままにオレたちは音もなく飛び乗ると、即座にワープ機能まで用いて、とりあえず彼方へと、夜逃げ同然に逃げ出した。













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