国王と妃

 宇宙は広大だ。そして、異星の乙女に、謎の令嬢、そしてうだつの上がらない自称音楽家という奇妙な一行のオレたちがはじめた事と言えば、当てのない珍道中である。少し前までの単なるオンボロ宇宙船は、ピッカピカに磨き上げられた上に、ハイスペックなワープ機能までついている。オレたち一行の最強クラスの頼もしい旅の仲間が宇宙生物をバッタバッタと倒してくれたおかげで、しばらくは資金も潤沢に食う事にも困らない。親のコネで(白目)堂々と天下の公道も出歩けるとなれば、船内でネット検索をしては、宇宙空間に浮遊して経営している飲食店の名物店の食べ歩きだとか、自前のワープを繰り出しては、観光名所である星々の風光明媚を楽しんだりもしていた。たまに、妙に周囲の視線が気になる事もあったけれど、これだけの美女二人に両手に花なら、そりゃ振り向きたくもなるだろうくらいに、オレは考えていたのだ。ただ、オレもまあまあ若かったし、美女二人は輪をかけて更に若かった。若さにとって、目的のない旅こそテンションの継続は難しい。オヤジからの連絡は未だないから太陽系に戻るわけにもいかない。そしてオレかカヨか、どちらが言い始めたのかは今となっては忘れたが、せっかくだから、一度、思いっきり遠出をしてみようなんて。


 ……思ってみたのが波乱の幕開けだった。


 BEEEEEEEEE!! BEEEEEEEE!! 

 今や、船内には、警報アラームが鳴り響き、オレはコクピット席で、周囲を旋回する、見た事もない軍用機たちとのシーソーゲームに追われているところであったのだ! 途端に、無線には、連中から、

『ここは『王国』の神聖なる領空である! その怪しき船は我らが領空を侵犯している! 速やかに投降されよ!』

 という、なんだか、オヤジが好きそうな古めかしい物言いが鳴り響き、

「だからなんだよ! 『王国』って! ここは連邦領内だろうがよ! おめーたちの船こそどこの船だよ! それ!」

 オレは、船窓やレーダーに映る、明らかに連邦軍の宇宙船の軍用機でない相手さんたちにやり返してみたのだが、

『速やかに投降されよ!』

 連中は一点張りであった。


「話にならねーな……! わーったよ! じゃあ、でるから! ほな、さいならー!」

 そして、マイ宇宙船は、眼前にある、紺碧の星に背を向けようとしたのだが、

『我らが存在を知った以上、帰す事は叶わぬ!』

 連中は、尚もひつこくオレたちを追い回そうとしてくるではないか!

「……っ! ひつけーな! バカやろ!」

 オレが舌打ちをしモニターを眺めては、なんとか抗い、ケツだけは守ろうと最大限の努力をしてきたつもりだったのだが、

「……やっべ……ロックされた!」

 とうとうオレがギリギリとしながら呟けば、

「なんかないのっ!」

 後部席からカヨは無茶ぶりを伴って身を乗り出し、

「何言ってんだよー! こっちは単なる宇宙船だぞっ!」

 と、オレがやり返せば、

「……私、行ってきます!」


 助手席では、ベルトと首輪を外した凛々しい横顔のシリナが、弓矢を携え、今や船外へと飛び出そうとしているではないか!

「なにいってんの?! 宇宙空間だよ?! ほんとに何も知らないの?! バカなの?!」

 原始の暮らししか知らない民族を思いやる心持ちは、この時ばかりのオレには何一つなかった。


 適当にワープなどしているうちに辿り着いた、その星系は、コンピューターにはほとんど何の情報も記載が出てこなかったのである。ただ、オレたちは気ままな旅暮らしの身だ。一角で、たまたま見かけたのが綺麗な星だという、ただ、それだけの事で、なんの気なしに近寄ったのが運の尽き。国籍不明な軍用機たちはあっという間にオレたちを取り囲んだのだった。

「……わかった! 降参だ!」

 とうとうオレは一つのボタンを押し、白旗である旨のデーターを相手の船へ送ると、観念して操縦棹から両手を離した。途端に、こういった場合、銀河系中の通例となっている相手の捕縛レーダーが船の周囲を取り囲み、操縦の自由を剥奪され、オレたちの船は、謎の星からやってきた軍隊に捕捉され、連行される事となってしまった。


 ただ、この時、マイ宇宙船にとりつき、一体化して沈黙していたテオの一部がそっと光を放ち、

「坊チャマノ危険ヲ感知……」

 と、再起動をはじめた事など知る由もなかった。


 辿り着いた星では、宇宙船の開錠と共に、我らがコックピット内に、着込んだ鎧の金属音をガシャガシャ鳴らしながら躍り込んできた、憲兵と名乗る者たちは、金属でできた剣の切っ先をオレたちに向けたりしていて、あまりに見慣れない武器に実感がわかないのもあったが、

(……一体、いつの時代だよ……)

 両手をあげて意思をしめしながらも、その無駄に重厚そうな、太古の騎士であるかの様なマントと鎧の姿に、少し苦笑にも似たものをこみあげるのが必死であったりもした。


 彼らは検分をするかの様にしている最中、オレよりも先ずはカヨを見て、一瞬何やら首をかしげたりしていたが、

「……べーっ! だっ!」

 同じく両手をあげながらも、カヨが思いっきりベロを出してやり返してみたりすると、目を大きく見開き顔を見合わせては苦笑して頷きあったりし、シリナを眺めると、更に、表情を変え、

「…………」

 カメラ端末を取り出しては、顔形や身体中の撮影をしはじめ、終いには、ポージングの要求までしてくる始末ではないか!

(……せまい船の中で、なにやってんだよ……おっさん……)

 すぐ隣にいるオレはそんな風な思いも禁じえなかったのだが、

「…………」

 困惑気にこちらを見る異星の乙女の視線には、

(……ちょっとの間だから……我慢して……)

 目で答える事とした。


 こうしてオレたち三人は罪人として、重い鉄格子のついたレンガ作りの牢屋の中へと放り込まれてしまった。自動ドアしか知らないオレが、それが何か、最初、解らなかったのは言うまでもない。

「とりあえず、あんた! こっちに入ってくんじゃないわよっ!」

 シリナと共に、向かい側の壁に座り込んだカヨが、先ずはいつものように屋内の仕切りを決めはじめ、オレが返す気力もなく苦笑のままにいると、暫くして出入り口の重いドアが開閉する音と共に、ガシャガシャと鎧の金属音たちが近づいてくれば、それはいつの時代の人類史にでてくるかもわからない騎士の井手達をした連中で、番兵が敬礼をする中、オレたちに視線を向け、

「王がお呼びだ」

 という一言と共に、錠の鍵は開け放たれるのであった。


 オレは馬車という乗り物を知らなかったし、ましてや、すぐ近くで、馬や、馬と似た形状の宇宙生物を仕切る手綱をひき、時に急き立てるように鞭をうつ音と姿には、ただ、ただ、驚くしかなかった。憲兵たちの強引な牢獄までの連行の時には、何一つ解らずじまいの星の事であったが、車輪がグルグルと回る隙間から窓の外を覗いてみると、そこには街がひろがっている。ただ、入植者であろう地球人たちだけでなく、顔を獣のようにしていたり、スラっと背が高く耳だけが異様に長かったり、小人の妖精のような宇宙人たちがいて、彼らが皆、気さくに笑い合ったりしながら、なんとも仲睦まじげに暮らしているではないか。そして、その風景を彩る街並みは、少なくともオレが生まれ育ったヤマトポリスの未来都市の外観とは全く異質なもので、石畳の路傍に立ち並ぶどれもが、まるで、デコレーションされたお菓子でもあちこちにあるようで、

(…………)

 オレは、かつて、子供の頃に、テオに読み聞かされたメルヘンの御伽噺の世界を思い出していた。


 馬車は、街並みの中でも、一際に巨大なデコレーションの菓子建物の中へと入城していく。そこは、「国王」と「王妃」を名乗る夫妻を中心とした一族が住む、「城」と呼ばれる建物であった。


 通された「謁見の間」と呼ばれる場所の絢爛豪華さたるや、言葉で言い表す事は到底不可能であった事は言うまでもない。カヨは未だ憮然とし、シリナが困惑気に、そして、オレはと言えば、ただただ、呆然と周囲を見渡している中、とりあえず、眼前の、黄金に煌めく玉座に座る冠をかぶった老夫婦の、目を細めたままの笑みは人が良さげに映ったもので、やがて、「国王」を名乗る老紳士が、まずは、白髭だらけの口元をもしゃもしゃとしながら、

「おお。旅のお方、久々の異国の者への無礼、許してほしい。この星は、基本、鎖国を強いておるゆえな」

「……はぁ」

 オレに語りかけてきたので、とりあえずの返事をすると、

「まさか、その勇壮な実力たるや、銀河一とも言われるハイデリヤの部族を従えておるとは。おぬし、なかなかの者とお見受けした」

(……えっ! そうなの!)

 

 今度はその博識に驚くと、国王は、シリナの方に視線をうつし、

「そなた、神託と共に生きるというモル族の者ではないか?」

「どうして、私たちの事を……?!」

 どうやらご名答の様で、シリナすらも聞き返し、

「ほっほっほ。まぁ、老人の趣味とでもいうておこうかの。噂では聞いておったが……なんとまぁ、可憐ながら、しなやかに、美しい姿である事よ」

 王は、自分の知識の裏付けにご満悦であるようだった。すると、それまで同じく、目を細めたままにしていた、今度は王妃の方が、

「……して、タケル殿とやら。ハイデイヤの、殿方の知り合いはいないのですか?」

 などと、話しかけてくるものだから、

「え?や、まぁ、彼女だけっすけど?」

「あら……」

 オレは質問の真意に首をかしげて答えれば、王妃は一言だけに、手にする扇子で顔を隠すようにしてしまい、

「まぁまあ、お前……」

 王は王妃を、なにやらなだめる様にしているのである。


 やがて、王は、カヨをじぃっと見、

「はて、おぬしの顔、どこかで見たことある気がするが……」

「な、なによっ! わたしはあなたなんて知らないわっ!」

 その呟きには、カヨは何やら少し慌てて、いつかの誰かへのような返し方をしていて、

「…………」

 暫くは、そんなカヨの事をじぃっと見ていた国王であったが、

「ワシらは此処に『王国』を築こうと思っておるのじゃ。……全ての星の民が、真に平和で平等である『王国』をの……」

 その声音は、先刻よりも重厚に鳴り響いていて、

「……今の太陽系連邦のやり方は腐り切っておる」

 などというはっきりとした言い切りには、

(お~。言ったね~じいさん~)

 オレが感心する中、すぐそばのカヨの目が泳いだ事には全く気づかないでいた。


「ワシらは地球という故郷から離れ、多くの星の者たちと出会う事で、解ったはずじゃ。時に基から異もあれど、彼らもまた、我らと同じ、血肉をもった人間であると。それを一等星人、二等星人などと差別して、何が生まれよう。ワシらは血肉をもって、もっと交じり合えるはずじゃ。友愛という名の下にの」

 王の演説はいよいよ熱を帯びていく。ただ、その理念にはオレ自体は通じるものがあり、うんうんと聞き、シリナも続く中、カヨだけが決まりが悪そうだった。そして、とうとう、

「……ワシらは、いずれ、総裁率いる太陽系連邦を討つつもりじゃ」

 という宣言には、

(…………?!)

 オレたち三人で同時に驚いてしまったのだ。


 王は若者たちに更に目を細めるように笑みながら、

「なぁに。いますぐというわけではない。……先ずは、腹ごしらえもせねばならぬしの。ただ……真の平和と平等をうたう、ワシらこそが銀河を支配する王国となってやる腹づもりじゃ」

 語り続けては、今度は話題を変え、

「聞けば、おぬしたち、ただただ気ままに旅を続けておる若者たちというではないか。話をきき、すぐに縄を解けと放った次第。ここの海も、森の豊かさも地球にすらひけをとらぬぞ? 宿も既に手配ずみじゃ。存分に羽根を休めるがよい。無礼への詫びもこめ、無償で全てが行えるように手配しておる。いくらでもここにおってかまわぬぞ」

 思わぬ計らいには、三人共に喜んだのは言うまでもない。ただ、オレたちが安堵や喜びなどを共有しあう中、王の熱っぽい視線がシリナに釘付けとなっている事には気づく事もなかった。


 城門が開き、宿までの付き添い役とした騎士と共に、「王都」と呼ばれる街の中を連れ立って歩きはじめた時には、街は、そこ、ここ、かしこで街灯の中にチロチロと炎が灯る暗闇色の頃合だった。この星の暮らしは太古の、主に西欧地方の地球人の生活水準をモットーとしているそうだ。その制約ある暮らしさえのめば、地球人だろうと異星人だろうと「平等な」世界を国王王妃夫婦が保証する星となっている。既に、オレたちの宇宙船も、宿の庭先の一部を占拠してもらえているという特別待遇ではあったが、室内に入れば、設備はもちろんすべて大昔のものであり、オレも、そして流石のカヨもオイルランプのあかりの付け方も解らぬなか、似たようなものなら母星にあったとシリナが器用に火をくべると、真っ暗な部屋はほのかに明るくなった。


「……この星で皆さんが使っているものは、私たちの星にあったものと、似ています」

(…………)

 灯とはAIに一言いえば自動でつくものと思っていた。オレは今、シリナと共に、ランプの中の炎を見つめているわけだが、二人で過ごした、投棄された星の夜の日々なんてのも思い出すと、炎というのは見つめているだけで、なんと優しい気分になるものであろうか。ただ、

「……『あの人』もこーゆーの好きだったろうな……。ま、断然、あの二人の方が若いケド」

 と、これまたすぐ隣で灯を瞳に映し、黄昏ていたカヨの呟きには、思わずオレは聞いてはいないふりをしながらも、

(……えっ?!)

 と、狼狽した。











 



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