孤独な女、哀れな女

 いつの時代の女性総裁がはじめたのか、女官の風習は、専用の寮まで建築される事となり、そこには津々浦々からの女性で埋め尽くされる事となっていった。長い歴史を経れば、組織も寮の建物も巨大化し、使われなくなった空き部屋なども当たり前のようにざらとなる。既に地球にとって脅威など何一つもない時代となって久しい。傲慢と付随する緊張の弛緩は、そのような空き部屋にまで警備ドローンやロボットの見回りすらもなく、防犯カメラの出力も停止されていて、言わば無法地帯であった。


「はぁ………あ………」

 そんな一室から、今や、悶える喘ぎ声と、はむ……はむ……と一心不乱に何か豊かなものでも頬張るのを繰り返す、涎のまざった咀嚼音のようなものが聞こえる。


 一室の、使われなくなったベットでは、若き日のヒミコが、在りし日の恋人である、ナミのその豊満な胸を食べ物でもあるかのように口にくわえ、吸い込むようにしているところであったのだ。


「ああん…………っ! ヒミコちゃん………………!」

(………………!)

 いくつか年上のナミが、まるで大人っぽい声音で自らの名を呼ぶものだから、流石のヒミコもドキリとしてしまうものだ。これは発育の差もあるのだろうか。はるかに大人っぽい体つきのナミと比べ、ヒミコは健康不良のように小柄であった。ナミの服はあっけなく脱がされ、今や生まれたままの姿であったが、明らかな見劣りを避けるかのように、一心不乱に、汗すら滲ませて愛撫をし続けるヒミコは、自らを覆い隠すかのように着物調の私服を着たままにいたのだ。


自分の恋人にドキリともすれば、自然と愛撫の熱も熱くなる。ナミは呼応するように喘ぎで返した。そして、夢中になりすぎれば我も忘れ、自らの孤児という出自故か、

(………………)

 気づけば、まるで、まだ見ぬ母でも追い求めるかのように、よだれまみれとなった豊かな胸たちに、ヒミコは目をつぶり恍惚げに頬ずりを繰り返してしまう。

「…………ヒミコちゃん…………」

 察したナミが、そんなヒミコの黒髪を優しく撫で回せば、ヒミコは我に返り、その優しさの主を見上げる。ナミは慈しむようにして髪を撫でてくれていた。

「ナミ先輩…………!」

 まだまだ当時、少女であったヒミコの事である。それは天にも昇る気持ちと共に、再び、愛撫を再開すれば、なんとか髪を撫でてやりつつ、ナミは再び喘ぎ、反応するのだ。


(けど………もしかしたら………!)

 ふと、ヒミコの脳裏に邪推が通る。あんなふうに自分の名の呼びかけができるのも、かつては男と経験した事があるからこそなのかもしれない。

(そんなの……許さない……!)

 一瞬、止まった愛撫は、言い難い激しい嫉妬とともに、途端に、その豊かな弾力を嚙み切るかのように歯を立てた。当初は耐えてたナミであったが、

「ヒ、ヒミコちゃん……いたい……!」

 とうとう悲鳴はあげたものの、

(ナミ先輩は私のもの!! 私だけのものよ………!!)

 ヒミコは、やがて後の世まで語り継がれる事となる、妖怪じみた鬼の形相でナミを睨みつけ、ナミは痛みにこらえつつも、なんとか笑みをつくり、更に、撫でては、顔を振り続けていた。


 表向き、寮の規則として、性的な交遊は禁止とされていたのだが、正に、人類完全天下の太平の地球である。緩みきった世俗は、時に、皇宮警察隊の隊員の勇壮な青年や、将来有望な官僚の息子たち等の連れ込みもざらであったし、一部の女子たちの性的指向は女子のみを愛する一派をも作り上げていったのである。見た目は小柄ながら、その一派の中で強大な勢力をもっていたヒミコが、ナミを落としたというのは、寮の通路にて、同僚からの驚きの目に遭遇する度に、飽くことない自らの虚栄心をもくすぐるものがあり、わざわざ自分の所有をアピールするかのように、多くの者の前できわどいボディタッチを繰り返しては、大人しいナミの顔を真っ赤にさせ、困らせる事もざらであった。


(……このまま終わってなるもんかってのよ……!)

 今や、よがるナミは四つに這い、その尻から、ヒミコは一度顔を離すところであった。その口まわりにまでついたものまでも漏らさず堪能しようと舌舐めずりをし、空き室となった二人だけの秘密基地のベッドの上で、青い月夜の頃合に、ヒミコはいづこかの闇を睨むようにして思った。


 ヤマトポリスの総裁の女官となる事は一つのステータスでもあった。労役も課せられるが、主に未成年には、一流の講師による一通りの学習環境が整えられていて、ライブ講座もサテライト講座も学習アプリも含め、国の保証により無料で、様々に、受講できたのだ。無論、ある程度のカリキュラムもこなす事ができれば、学歴として「学士」の資格も認められるシステムとなっていて、後のイヨも、その利点も鑑み、女官を志したものなのだが、当時のヒミコは、若さにまかせて誰よりも野心家であった。

(……私こそが、太陽系連邦の、真の法律となってみせるわ!)

 孤独であった幼少期の愛への飢えも相俟ったのか、この少女は、その小さな体ではとても覆いきれぬ大いなる野望があるようである。ゆくゆくの進路は官僚なのだろうか。法務大臣なのだろうか。それとも……。


(私は、『欲しい』と思ったものは、どんな手を使ってでも手に入れるのよ……!)

 そしてそう思いきれば、目の前で、震える桃のようにしているナミの隙間へと、ヒミコは再度、むしゃぶりつく。激しい愛撫にさらされれば、普段おしとやかなナミが、再び、絶叫にも近い喘ぎ声をあげていた。


カーテン越しの窓の向こうからは月光が差し込んでいる。小柄さと貧相な体形にコンプレックスもあるヒミコだが、そんな自分の目の前で、狙った獲物であった理想の体型のナミの生まれたままの姿が、自らに屈し、自らの手によって思うままに弄られ、愛撫に跳ねている様に、優越感すら浮かべば、

(……これだけ食べてしまえば、私の胸と背も少しは大きくなるというものかしら……)

 なぞと戯れな思いも心でうそぶき、歪んだ感情と共にニヤリとすらした。


 二人の姿はまるで子供に屈している大人のような関係であった。


 故郷に恋人をおいてまで女官となったというナミが、ヒミコの性的指向の毒牙になぜに、どのように堕ちていったかは此処では語るまい。ただし、女だらけの寮内で、その気のない同性ですら思わず振り向いてしまうほどの美貌とスタイルをもった、ナチュラルショートボブな髪型の女性がナミであり、その者のはじめての同性の恋人が、ナミに比べれば、大人と子供ほどの身長差であるといっていい、小柄で、目つきも悪く、既に、あまり顔色の血色もよくないような醜悪な顔つきではあったが、伸びた髪には白髪のひとつもない、少し年下の、若き日の頃のヒミコであった。どんな時でもヒミコはナミの側から離れようとはしなかったが、時に呆れるようにしつつも、普段は年上の貫禄と包容力でもって、ナミは恋人のそんな独占欲を許した。今日も、宮殿の庭の手入れをわざわざ二人で行いながら、太陽の下では、互いの笑顔すらあったものだ。


「………………」

 たまたま、通りがかった、ほとんど男装といってもいい雰囲気の、総裁専用の軍服を常に着用していた当時の女性総裁が、二人の、特に、ナミの事を、狙いを定めた鷹のように見つめていた事にすら気づかぬほど、二人は仲睦まじかったのだ。


 ある夜、ヒミコが寮に戻ると、唐突に、外出禁止が寮生全員に通達され、一定の時間、外部との連絡もつかなくなった。首をかしげているうちに全ては解かれたが、今宵も「ごちそう」にでもありつこうと、既に舌舐めずりも我慢ならぬ気持ちでナミの部屋を訪ねれば、そこはもぬけの殻になっていた。やがて「総裁お付き」となった事が解ると、何故かナミとは全く会えない日々が続く。

(………………)

 だが、この時、彼女の心情に去来した感情は、恋人と会えぬ事となった淋しさや慕情などでは決してなく、自分より先に出世した、という、ナミに対する、憎々しいほどの「嫉妬」であった。


 それから数年が過ぎた。ヒミコがあの手、この手で落とした女も数知れぬ規模となっていったが、

(先輩みたいな子にはなかなか出会えないわね~……)

 今宵も、自らがおもちゃのように弄んだ挙句に果てている、豊満な女性の肉体を眺めながら、未だ、若いヒミコが思う程度は軽いものだった。そんなある日の事、当時の女総裁は急死した。急死したかと思えば、新総裁として、太陽の冠と共に十二単調の服装を以てヒミコたちの前に現れたのは、いつの日かに生き別れとなっていた恋人、ナミだったのだ。すっかり大人となったナミの美貌は、身なりの荘厳さもあって、もはや息をのむほど神々しいものですらあったが、ヒミコは皆と同じようにひれ伏しながらも、かつては自分が抱いていたはずの女の大出世に、その腸は悔しさで煮えくり返る程であった。だが、そんなナミが就任早々にした事と言えば、使いの女官を寮の部屋まで派遣して、ヒミコを「総裁お付き」とする事だったのだ。


 かつてナミが監禁状態であったという、前総裁の寝室の太陽の黄金のような豪華さには、思わずヒミコの中の上昇志向が震えたものだが、

「ああ……ヒミコ!」

 ナミが部屋の中で先ずした事と言えば、自ら膝をおり、自分より遥かに小柄な女に抱き着く事からはじまったのだ。

「……ナミ、様」

 あれだけ嫉妬に狂っていたとは言え、十二単調から醸し出されるナミの芳香が、かつてと何も変わらない事が解ってしまえば、ヒミコも思わず目をつぶり、その再会を噛みしめる。だが、やがて、この数年間に渡る前総裁からの仕打ちを、涙ながらにナミが語りだせば、流石のヒミコも驚きに目を見開くしかなかった。そして、

「抱いて……! ヒミコ……! もう一度、私を、あなただけのものにして……!」

 という悲鳴にも似た懇願には、

「ナミ様……!」

 かつての恋人らしく、震える体をしっかと強く抱きしめてあげたのだ。こうしてヒミコはナミの総裁お付となり、また、やがて政策アドバイザーともなっていった。ナミの計らいによりヒミコは寝室以外の出入りも自由に許され、そして当初こそ、ナミの総裁としての日々に尽力したい一心で、ヒミコは、宮殿内にある国立図書館等にすら足しげく赴き、難解な政治関係の電子書籍などをインストールしては読み漁り、研究を重ねていったのだ。ただ、いつまでも政治にあまりに疎いままのナミの姿には、次第にヒミコはいらだちすら感じはじめるようになり、

(……こんな人が連邦の総裁でいいの?)

 という疑問は、

(まって……この女さえいなくなりゃいいじゃない……)

 という、恐ろしい野望へと変化していくのであった。


「あ……ん……っ。ヒミコ……こうしてあなたに体を許している時、私は、とても優しい気持ちになれます」

 今宵も吐息まじりにナミが語りかけると、夢中になって貪っていた、大きく開かれた股の間の箇所から、ヒミコは一度顔を離せば、口まわりについたものまで残さず堪能するかのように舌舐めずりをした後、

「ありがたきお言葉にございます」

 赤らめながらも自らを見守るようにして見下ろす美貌に向け、答える。


 総裁と、総裁お付きという立場でありながら、衣服はナミのみがはだけ、もはや全裸にさせられており、ヒミコが全く肌を見せていないというのは、月日と立場すら変われど、二人の通例が何も変わっていない証だ。

「あなたはいつも、まるで、赤子のように……求めますね」

 ただただ貪欲な愛撫を許し、受け入れ、それに喜びすら交え喘ぎながら、尚もナミは微笑み、語りかけると、

「それは、ナミ様が、あまりにお美しすぎるからです……!」

 ヒミコはとどめとばかりに、欲望まみれの舌を暴れさせ、流石に微笑む余裕を無くした総裁は、奥深くまでの侵入に、歓喜の悲鳴をあげ絶頂し、体をのけぞらしてしまうのであった。あれからどれだけの女を昇天させたかは数えてもないが、いつ聞いてもナミの声は、誰のそれよりも変え難く、この美しい体の味わいは、唯一無二のような錯覚すら覚える。

(けど……)

 ヒミコは在りし日のようにナミの体をおもちゃにしながら自らに言い聞かせていた。

(あなたは、だめ……)

 今や、ナミはヒミコの言いなりとなって四つに這い、尻に埋もれるようにすれば、そんなヒミコの事を愛おし気に振り向いてすらいる。

(……こんな、無防備……。総裁のくせに……まるで私の言いなりじゃないのさ………)

 責める事はやめぬまま、ひくつく体の隙間から、気づかぬうちにヒミコはいつもの鬼の形相で相手を見、

(あなたは、総裁の器じゃない………)

 冷たい決心を浴びせても尚、ナミの視線は暖かく、ヒミコに降り注いでいた。


 こうして、ヒミコを信頼しきり、すきだらけによがるだけのナミに、自分の指先や舌先から毒をもることなど容易い事であった。やがて何も知らぬナミは、好きなだけヒミコに体を蹂躙された挙句、盛られた毒で死に、ヒミコに総裁の順位が回ってくるのである。即位の日、天照宮殿にて、全ての万民が自分の元にひざまつくのを目にした時には、人生の悲願の達成に、喜びに背筋が震えるのをこらえるのがやっとの事であった。

(私こそがこの銀河系の……真の法律となってやるわ……!)

 そしてまた若き頃のヒミコは、理想にすら燃えていた事も事実なのだった。


 ヒミコは、長く続く代々の女性総裁の中でも、「随一の曲者」と、老獪な大臣や官僚たちからすら嘆きの溜息がもれるほどの実力者となっていく。御前会議では強面に周囲を鬼のように睨みつけ、付き人時代に培った政治の知識を最大限に活用し、強権を振るい続けながら、自らに手術に手術を重ねれば、百をとうに超えて尚、権力の中枢である事にこだわり続ける、亡者と化していくのであった。だが、いくら寿命をのばす最新手術を自らに施しながらも、寄る年波には勝てぬが人の道理というものである。表では男顔負けの剣幕で、最早、暴走としか言いようのない政策に、有無も言わせず皆を従わせながら、次第に弱る心の隙間は、かつての恋人であったナミの面影を、女官の中から探し出すようになる有様だった。だが、どんなに美しく、豊満な体の持ち主たちに襲いかかろうと、最早あの面影には程遠く、妾ばかりが増えていく。


「ナミ、様……」

 一人、暗闇の褥の中、張り裂ける後悔の想いに苦しみ、涙まじりにさえ彼女の名を呼ぼうとも、今思えば、自らの日だまりのようであった、あの人はもう帰ってこない。そんな虚しさとの戦いでもある日々の中、権力のパワーゲームの息抜きに、ふと、ヒミコは太陽の日差し眩しき、思い出深き宮殿の、あの庭に向かう事にしたのだ。


 そして、その時、たまたま水びたしとなっているイヨの姿を見かけた瞬間、

「…………!!」

 思わずその姿に虜となった。


お互いに絶世の美女である事に変わりはないが、短めに整えられていたナミの髪型に比べれば、腰まで届くかのような長髪は明らかに異なっている。当時はヒミコより僅かに年上のナミであったが、今の老いた自分からすれば、まるで末裔であるかのような年の差であろう。こちらに立礼を繰り出す前の慌てふためく素振りからは、自らに抱かれる時以外、おしとやかな姉のような雰囲気だったナミより、快活そうな雰囲気の乙女である事が伺える。せいぜい、胸の大きさの豊かさが、かつて、時に、自らがすがるように甘えたナミのそれを彷彿とさせる位であろうか。

「………………!!」

 だからというわけではないのだが、あの日、女官であった頃、寮で、ナミをはじめて見かけた時と同じような、電撃的な衝撃が久方ぶりにヒミコの体を駆け巡ったのだ。気づけば、御機嫌を取り続けようとする周囲の妾の女官たちを差し置く勢いで、陽の光に当たるイヨに近づこうとしている自分がいた。


 それは、太陽が一際に眩しい、ある日の事だった。






 カヨの突然の意味不明な怒りと悲しみに、何も打つ手がなかったオレは、未だ宿の部屋の入口で立ち尽くし、困惑気にしているシリナの方に振り返り、一度、苦笑と共に肩をすくめると、其処をでる事にした。外は街灯以外が驚くほど真っ暗ではあったが、フィンガローハットのレーザー銃使いたちは、方々の酒場で、宇宙人の奴隷たちをはべらしては、今宵も飲み明かしている様子である。

(………………)

 オレは、砂漠の夜の風を感じながら、街はずれにとめておいた宇宙船のところまで来ると、

「おーい」

 と、一声、声をかけた。テオほどの高性能ではないにしろ、内部に取り付けられた人工知能は反応すると、船の一角からオレに向けて、ビーム状の光を放つ。


 主人のDNAと感知すれば、船内へのハッチは無造作に開かれた。

「………」

 やがて、コクピットにある自らの席に座り、リクライニングをおろしながら、

「……ベットで寝れないと、体、バッキバキになんだけど……」

 だとか、

「……そういや、最近、弾いてあげれてねーな」

 なんて、立てかけてあったギターなんて構えてみたところで、同じくDNA登録をすました反応サインを機器類は表示し、

「あの……こんばんは……」

 船の出入り口からひょっこり顔を出したのは、異星の者ではあるが、オレと同じように、旅の仲間の心情を測りかねているシリナの姿であったのだ。

「え……? まじ……せまいよ……?」

 拒む理由もないので迎え入れる事にしたのだが、オレは僅かばかりの動揺を隠す事はできなかった。


「………………」

「………………」

 共に座席を傾け、船の天井に向け、オレは少し決まりなさげにギターをつま弾き、シリナはジッと天井を見つめたままだった。

 エウロパで出会った時とはわけが違う久々の密集度に、ドキドキしないわけがない。

 こんな時、

「いいっ?! こっから先は絶対に越えられない、ジェリコの壁っ! 絶対に入ってくんじゃないわよっ!」

 などと、宿の部屋の仕切りを勝手に作りはじめる、カヨの快活な存在が、早く戻ってきてほしいと心から思える。


 オレが楽曲データーの曲順を編集した、地球の「神に繋がる者たち」のBGMが流れる船内で、尚、じっと天井を見つめるシリナは何を思っているのだろうか。

(何かもっともらしい会話を……)

「タケル君……」

 そう思って口を開きかけると、話しかけてきたのはシリナの方であった。


「え……?」

 オレは振り向くにようして答えたが、尚、彼女は横顔のままに真っ直ぐ天井を見つめている。だが、少々の思案を巡らせたようにした後、やがて、横顔のままに彼女が口にしたのは、

「……タケル君、カヨさん、お姉さんか妹さんがいるって聞いたことないですか?」

 という、ちょっと真意がつかめない質問だったので、

「いや、ないよ。なんで?」

 と、即答してしまえば、

「いえ。それなら、いいです」

 話を打ち切ってしまったシリナの横顔は、尚も何かを考えているふうだったが、

「………………」

「………………」

 いつもなら元気いっぱいのカヨが、膝をかかえ、肩を震わすように俯いていたあの後ろ姿を思い出すと、互いに、あまり、これ以上の話題は掘り下げたくはなかった。


 更に、しばらく沈黙の時間すらあったが、

(………………!)

 オレは、めんどくさげに一度、自分の頭をかくと、手にしていたギターを後ろに置き、

「寝よっか!」

 と、語りかければ、

「はい……おやすみなさい……」

 気づけば、シリナの方がうつらうつらしていたようだ。考えてみれば、常にオレたち一行の功労者はシリナだ。ここは労ってやらねばなるまい。

「おつかれ……おやすみ!」

 音楽好きの宇宙人と言うのなら、これも喜ぶだろうと、オレは、マイセレクトのBGMのチャンネルをヒーリングミュージックに切り替え、音量を落すと目を閉じるのであった。


 翌朝、機器類が何かに反応したと思えば、ハッチから差し込む、突然の朝日の感覚に、

(なにっ?!)

 と、オレが飛び起きた。流石に連戦の疲れもあるのだろう。助手席では、シリナは未だスヤスヤと眠りこけている。そして間髪いれず、

「どこで寝てるのかと思ったらー、まー! 仲のおよろしいことでーっ!」

 夕べの乱心はどこへやら。すっかりケロっとしたカヨが、白いワンピースの姿のままに船内へと顔をのぞかせたのだ。同郷の黒髪長髪の乙女は、普段の快活ぶりをとっくに取り戻していた。


 その後、オレたちは数日過ごすと、その星を後にする事とした。

















 



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