禁句
その星の街の路は舗装もされていない土塊がむき出しとなり、埃っぽい風が地平の彼方から吹きすさんでいた。くたびれたコロニーの家並みなら、いくらか見た事もあるオレであったが、木材を組み合わせただけの建物なんて、学生時代の授業の立体映像でしか見た事はない。オレが驚く様をカヨに伝えれば、
「あら、ほんとにヤマト育ちの人って都会っ子ね」
彼女は、隣で平然とした顔がまえで街の中を歩いている。
(…………!)
オレは返答に肩をすくめるようにしてみせた後、今度は、後ろを行くシリナの方を、複雑な顔をして振り向いた。そして、もう一度、
(……ごめん)
と、目で謝ると、異星の乙女は、微笑みのままに首を横に振り、際に無力化装置である首輪から、オレが握りしめている手の平までの鎖が、ジャラリ……と、音を立てるのであった。
太陽系連邦により支配された星々には、人類が入植し、二等星人、挙句には三等星人となった現地人を、目を背けたくなるような圧倒的差別でもって支配していて、それは、風俗星で目にしたレベルなど比ではなかった。
たった今も、酒場のスイングドアは勢いよく開かれると、既に、道端に、ダダッ!! と倒れ込むようにした奴隷である宇宙人の後から、自由を奪う鎖も片手に、カウボーイハットをかぶった何処かの国の白人は現れ、レーザーで光る鞭でもって、自らの奴隷を叩きまくっていたのだ。地球語ではあるが公用語である日本語ではないから、何を言っているのかは解らない。ただ、何度も詫びを入れている健気な奴隷に向かって、カウボーイハットは罵声のかぎりを浴びせているのは間違いなかったのだ。周囲を行き交う人々は、そんな光景に、我関せずか、ヘラヘラと笑ってすましては自分の日常に戻っていくのである。これが「植民星」と呼ばれる星々の、当たり前の日常だとも言うのか。
(…………!)
とうとう我慢ならず、オレは一等星人であり、また、「宗主国」出身でもある自分の立場を利用して、仲裁に入ってやろうかと数歩進んだ。途端に鎖は限界に伸びきり、振り向くと、
「…………」
シリナが佇んだままに、こちらに厳しい視線を向けていて、首を横に振り、
「バカ……やめなさいよっ」
カヨまでオレを制する始末であったのだ。
ただ、残酷な光景を厳しい顔で見つめ続ける黒髪の乙女の横顔は、
「……どうしていいのか、解らなくなっちゃってたのかな……」
などと、ふと、意味不明な事を、口にしていたのだった。
一角の酒場に入ると、大勢の地球人が、奴隷を引き連れ酒を飲んでいた。この星の流行りなのか、腰にはレーザー銃をぶら下げている、その多くがカウボーイハットをかぶっていて、オレは、ウッド調の向かい合わせの席に座ると、カヨに向け、
「お前、まだ未成年なんだから、酒はだめな。オレは飲むけど」
「え~。なによ~それ~っ! 自分ばっかり~っ!」
などと軽口をたたき合いながら、注文し、店内で、電光を伴って浮かぶ張り紙たちを眺めていった。そこには、入植し、尚、人類の植民地化を手こずらせている宇宙生物の駆除や、なんとテロリストの掃討依頼まで書き込まれているのである。
「………」
オレは、とりあえず、近場で浮遊している「情報」の一つに向けて、手繰り寄せるような素振りをすると、途端に反応した「情報」は、机上に現れ、次々と詳細の事柄を広げていくのであった。
「……とりあえず、これ、いこっか」
「はい。タケル君がよろしいなら」
オレは、見上げ、尚、複雑な笑みを以てシリナに話しかけると、起立したままに、共に「情報」を読み込んでいた彼女は、「三等星人」とは到底思えない地球語の知識で、健気に答えるのであった。
(……………)
オレは、自らが手にしているシリナへの鎖の「違和感」からも早く解き放たれたいがために、とりあえず、そのクエストの「受注」と表示されたボタンを押すのである。とりあえず、その星で、そんな感じの日々を数日過ごしてみたのだった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAH!!」
「ウイりぃいいいいいいいい!」
今や、だだっ広い砂漠には、巨大なサメに手足を生やしたような大怪獣の害獣が、オレたちを見下ろし、鬼気迫る怒号をあげていて、全くひけをとらない雄叫びをあげながら、立ち向かっていくシリナの後ろ姿があった。
「シリナっ! 援護するわっ!」
すぐそばでは、街で購入したレーザー銃をカヨが構えていて、既にBEEEEEEEEEAM!! と、銃口から発射さえしている!
それは、シリナの雄叫びに、共に耳を塞ぎながら、
「なにっ! あの娘、すごいわね……!」
「ああ! あいつといると、人類がいかに非力な生き物かがまざまざすぎて、ホント、嫌になるぜ」
カヨの驚きに、オレが白目を向きたくなる心境で答え、シリナがバッタバッタと宇宙生物を倒していく雄姿を、共に呆然と見ている事しかできなかったのがたった数日前、というのが嘘のような変わり映えであった。
(……………!!)
壮絶な戦況を目の前に、ただただ、目を大きくしながら、子供の頃、オヤジに素振り位は習ったので購入したレーザーサーベルを、抜刀する寸前の体勢のままにうろたえ、何もできずに固まっているのは、今日もオレだけだった。
的確なシリナの弓術は、今日も獣を確実に弱めていく!そして、とうとうハリセンボンと化した相手に向け、
「………………っ!!」
オレたちが聞いた事もない呪いの言葉を口ずさみ、彼女が両手を掲げれば、怒涛の氷なんぞ生み出されると、それは、一瞬にして巨大な害獣の雪像を形成!!
「カヨさん! 今です!」
「OKっ!」
際に、シリナが振り向き、カヨが引き金をひけば、巨像に命中した光線は、瞬間に全てを瓦解させ粉々に粉砕するのであった!
そして、勇ましい女子二人が共に駆け寄り、手を繋ぐようにして戦勝を喜びあう中!
(………………………………!!)
未だ、抜刀寸前体勢のまま、呪いにかけられた銅像のように固まる事しかできないオレがいた!
後は街に戻り、かけられていた賞金を手にすれば、更なる諸費用の足しの完成である。
(…………)
ただ、今日もオレは何一つ、何もできなかったのだ。オヤジの口座には極力頼らない。方々の星の街で、宇宙生物なんかを駆除したりしながら日銭の仕事で稼ぎ、暮らしていこう、と提案したのはオレだったはずなのだが。
「おいっ。言い出しっぺっ。あんたも少しは頑張りなさいよっ」
元々、学習意欲が高いようであるカヨは、宇宙船内や宿にあるインターネットを駆使してはレーザー銃の事をすっかり熟知し、荒野の風に、長い髪をはためかせながら、腰にもどすその仕草なぞ、すっかり一介の、言わばガンガールの姿を成していて、
「……タケル君、無理せずでいいですから」
ぐうの音もでないでいるオレに、思いやりに溢れた微笑みをくれる、この一行で、一番の、気は優しくて力持ちの異星の乙女は、今日も地球人風の女の子のTシャツに、尻尾を突き出すデニムのパンツも泥だらけなのは、一番の過酷さを物語っているのだが、本人は息一つあがっていないのであった。
反応は三者三様ならぬ二者二様であったが、いつもスカート姿ながら、あの一件以来、まるで誰かへの純潔を守るかのように、見せパンを履いては奮闘を続けるカヨの動作があまりに機敏なので、その理由を問うと、
「まーねー。クマソにいた頃は、山の中、走り回ってたもん」
と、その美少女ぶりで、シリナにも負けず劣らずの自然児の表情を覗かせたりするから、余計、オレの立場はなかったのだ。オレの故郷、ヤマトポリスも、過去、命題ですらあったらしい環境問題はとっくに払拭されていて、随分と森深き都であったのだが、
(所詮は、都育ち、か……)
グランドキャニオンも夕日へと向かう頃、目の前では、今や、大昔からの友達同士のように楽し気に会話をしている女性陣の逞しさに、オレは、苦笑と共に、
(……まぁ、ギターより重いもんもったことねーし)
なんて言い訳をしながらも、
(……せめて抜刀くらいはしようぜ!)
と、自分を鼓舞してみる事にした。
その日、たまたま泊まった宿屋は、入浴施設が個室にはなく、男女に分かれた天然の温泉である事を売りとしていて、施設の案内をアナウンスするナビロボットからそれを知ったオレが、シリナに温泉について説明すれば、異星の乙女も大きく目を開いて興味津々となり、カヨだけが、少し、複雑な表情をしていただろうか。そして、では早速、仕事の汗を流そうと、宿部屋でオレとシリナがテンションをあげていると、やはり、カヨだけがいつもと様子が違っていて、やや、ためらうように、後から一人で入るなどと口走りはじめたのだ。
オレが、こんな星で、宇宙人であるシリナを一人で入浴させるのは、何か問題が起こるかもしれない。せっかくの天然温泉なのだ。一緒に行ってこいなどと諭すと、尚、表情にどこか複雑さをたたえながらも、寧ろ風呂好きである少女は、それもそうねと漸く頷くのであった。
「あ"---------っ!」
結局、今日、何もしてこなかったはずのオレは、壮大な茜空を見上げながら、湯気も心地良い巨大な浴槽の中で思いっきり足を伸ばしていた。
見渡せば、男風呂に、他の客はおらず独占状態だ。と、すぐ隣にある仕切りの向こうからは、シリナとカヨの声のみが聞こえていて、どうやら客は、ちょうど三人だけの様子だった。
今、仲良さげな乙女たちが、薄い仕切りの向こうで裸のままに会話をしている。しかも、その両者は共に美女なのである。
(………………)
これも男の悲しい性というものであろうか。オレは、客が誰もいない事をいい事に、気づくと仕切りに近づけば耳を押し当てていて、まるで聞き耳をたてるように、その中身を把握しようとしていたのだ。その内容たるや、穏やかな雰囲気のものではあったのだが、
「シリナー。あんた、おっぱい大きいわねー」
などという、カヨのちょっとしたパワーワードが丁度開始されていた頃合で、オレは思わず何かに喜ばずにはいられなかったのは言うまでもなかったのだ!
「そ、そんな、恥ずかしい事言わないでください。そういうカヨさんだって……!」
うろたえるシリナがバシャリ! と音を立てた。どうやら、現在二人は、共に湯舟につかっている様子である。
「……まーねー……で、なにー? そのおっぱいでタケルの事、よろこばせたりしてあげたのー?」」
カヨは全く動じず、 更にたたみかけ、
(な………………っ!)
オレは動揺が声にでそうとなるのを抑えるので必死となったのは言うまでもない。そして、もれなく訪ねられた張本人であるシリナが、動揺に動揺を重ねていたという事は、言うに及ばずである。
「そ、そ、そんな……! よろこばす、だなんて! そ、そんな……! カヨさん、あなたは、なんということを……!」
シリナは絶句にも近い対応だった。今、オレとシリナの脳裏に共に駆け巡っているであろう思い出は、風俗星で出会った、あの夜の事である。ましてや、あの夜の彼女の反応で、オレは彼女が性的経験が皆無であろう事を直感的に見抜いていたのだ。すれてるオレと違い、彼女の絶句は至極当然と言えるだろう。だが、物腰は柔らかくても、ゆくゆくは狩猟民族の族長となるはずだった女性の事である。
「……そ、そういうカヨさんはどうなんですか!」
シリナはシリナなりに精一杯にやり返したのだ。ただ、カヨは、
「わたし……?」
と、一度、区切ると、ポチャン……と、何かを思い返すように体勢を変えつつも、
「まーねー……『あの人』、わたしのおっぱい大好きだったなー」
という一言には、その、あっけらかんとした過去の告白に、
(………………!)
オレまで仰天してしまい、
(……全く! 近頃のガキは! なっとらん!)
自分の事はさておいての憤慨と共に、興奮すらおぼえるアホさ具合を発揮していた。
ただ、この事に一番、仰天していたのはシリナのようで、
「え、カヨさん、恋人、いらっしゃったんですか……?!」
異星の者とは言え、自分より年下の女性が自らよりすすんでいる事に、心底驚き、
「………あ、あの、や、やっぱり、恋人の方って、胸、とか、さわってくるんですか? 触らせてあげた方が、いいん、ですよね?」
(………………)
しどろもどろの質問の内容に、とりあえず安心したのはオレの方だった。ましてや、その胸の谷間を枕変わりにしていた事を打ち明けられでもしたら、この場でオレが卒倒していた事だろう。
「……恋人、ね……」
質問を投げかけられ、カヨは、またポチャンと思い出しながら、
「『あの人』、わたしの恋人、だったのかな……」
(………………)
思わず、更に聞き耳を立てたくなるような意味深な言い回しで呟いたのだが、
「ただ……可愛かったわよー。プププ! さわるなんてもんじゃないわよっ?! ずーっと年上だったくせにさっ! まるで赤ちゃんみたく吸ってくるだもん……! それも毎日よ?! 毎日っ! ほーんと、大変だったんだからーっ!」
(毎日……年上なのに……赤ちゃんだとおおおおおおお?!)
今度は予期もしなかった年齢差カップル経験の告白に、オレは驚きと共に、
(……全く! 近頃のガキは……!)
言いながら既に鼻息すら荒くしている始末であった。
「ええええ……! 吸ってきたりするんですか……!! 毎日…………!!!」
最早未知の領域に、想像が及ばなくなっているのはシリナであり、
「そうよー。てか、シリナ、あんた、何にも知らないのね」
「……ええ。はい。一族の掟もありますから……」
カヨが平然と続ければ、シリナの部族社会には、そういった事への決まり事があるようだった。
ふと、カヨは話題を変え、
「ふーん……ところでさー。私たちみたいに大きいと、何かと生活、不便じゃない?」
「あ! 分かります! 肩こるし……私が星にいた頃、狩りの時なんかですね…邪魔だなぁ、って、よく思いました!」
「プププ! 地球でも他の星でも、女の子の悩みは同じねっ!」
こうして、シリナの答えにカヨが明るくまとめれば、
(………………)
この、ほっこりしながらも微妙に興奮する流れ、なに? と、湯気立つ向こうを見るようにして、相変わらず聞き耳をたて続けている体勢のままのオレがいるのであった。
「タケル君の宇宙船や、宿にあるコンピューターなんかで見て、地球の方の事、もっと勉強できました。私たちは水浴び位しか考えた事がなかったから……。こういう習慣って、とっても素敵だと思います。このシャンプーや石鹸っていうのも、とても綺麗になりますよね。私たちの星にも家畜のものを使った似たようなものはあるけど……。きっとこれは、地球の皆さんの肌が、繊細にできているからでしょうね。私たちとは違う……カヨさんの肌もとても綺麗です!」
「え……そ? ま、まぁ、ありがとっ」
シリナが語りだせば、何やらカヨは少しためらうように、またポシャンと音を立てつつ謝意を述べ、今度、シリナは、
「……ところでカヨさん、お背中の洗いっこって、してみませんか?」
と、提案すると、
「えっ。お互い、さっき、体は洗ったじゃない」
突然の申し出のせいか、カヨの物言いには更に動揺がはしっているようだが、
「ネットで勉強したんです! 地球の方々の『はだかのつきあい』って言うの、カヨさんとならしてみたいなぁって。とても素敵な事だと思うんです! 先ずはカヨさんに私がしてあげますから! 私たちの一族にとっても、いい狩りをした者同士の親睦ってとても大事な事なんです! ましてや地球の女の子と狩りができる日がくるなんて思いもしたかったんで、私、嬉しいんです!」
気にせずにシリナは語り続け、終わるとバシャリと湯の音はし、それはシリナが立ち上がった事を表していたのだが、
「いいってばーっ!」
何やらカヨは頑なにいやがっているのである。
と、ふと、疑問を持ったのだろう。シリナが、
「カヨさん? なんでそんなに恥ずかしがってるんですか? ……女同士なのに?」
と、素朴な疑問を口にした瞬間、
「……………っ! きっもち悪い事言わないでっ!」
カヨは突然、感情を爆発させると、ザッと立ち上がればスタスタと歩いていき、すぐさまに入浴施設の自動ドアが開かれる音が響いたのであった。
(………………!!)
オレは、その、ものすごい急な一喝に驚き、とりあえず後に続くようにして、脱衣室に続く自動ドアをあけた。
慌てて着替え、通路にでれば、しばらく待っているふうにしていると、女風呂の出入り口からは、カヨが現れ、当初はあれだけ和やかな雰囲気だったというのに、今やその表情は険しいではないか。
「ふんっ!」
そして、オレに一瞥をくわえると、彼女はスタスタと部屋へ戻っていってしまったのだ。風呂場に一人残されたシリナの事も気にはなったが、
「おいおい、カヨさんよー」
オレがその後をおって宿部屋の自動ドアを開ける頃には、ルームサービスであるドライヤーロボットに、長髪を乾かすようにさせながら、ベットの上で胡坐をかいたカヨは、随分と険しい顔つきだったのだ。
「なぁ。どうしたんだよー。シリナなりに、スキンシップ、とろうとしてたのにさー」
「聞いてたのっ?!」
先ず、オレが問いかければ、睨みつけ、
「………………!」
「ほんと、男の子って、変態ねっ! あんたなんて、ヘンタイタケルのヘンタケルよっ!」
答えに窮してしまえば、よどみない悪態すらはじまってしまい、流石にぐうの音も出ないままにしていると、
「……わたしはねっ! 嫌いなのっ! 『女同士』って言葉が!」
カヨはそう言い切り、険しい顔のままに、一瞬、目を潤ませると、とうとう、その後、膝をかかえて顔を突っ伏してしまったではないか。
当時のオレには、その理由が、かつて、彼女が経験した複雑な思い出の日々と関係しているなどという事は、到底知る由もなかったし、
「カヨさん……」
振り向けば、気づけば部屋に戻ってきていたシリナなど、じっと、複雑な表情で彼女を見つめる他なかったのだ。
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